第22回夏季五輪 (モスクワ、1980年)

1980年夏季オリンピック大会
Летние Олимпийские игры 1980 (ロシア語)
1980 Summer Olympic Games (英語)
Jeux olympiques d'été de 1980 (フランス語)


【開催都市】
URS_(1955-1980).png
ソビエト連邦、モスクワ
Москва, СССР (Советский Союз)
Moscow, USSR (Soviet Union)
Moscou, URSS (Union soviétique)


【開催期間】
1980年7月19日-8月3日

【開会宣言】
レオニード・ブレジネフ (ソビエト連邦最高会議幹部会議長)

【選手宣誓】
ニコライ・アンドリアノフ (ソビエト連邦選手団、男子、体操)

【参加国・地域】
80ヶ国・地域
Participating_nations_1980_Summer_Olympics.png
1979年12月のソ連軍によるアフガニスタン侵攻、および事実上の傀儡政権の樹立に反発して、冷戦期の西側諸国の多くが対抗措置を採った。アメリカ、日本、西ドイツ、韓国などは今大会をボイコットしたほか、イギリス、フランス、イタリア、オーストラリアのように参加しても開会式には出なかったり、国旗や国歌は使わないといった様々な方法で、幅広く抗議の意思が示された。なお、リベリアは開会式には参加したが、直後にボイコットに加わり競技には出場しなかったため、参加国には含まれない。

中華人民共和国(中国)は1979年のIOC理事会でオリンピックへの復帰が認められたが、中ソ対立の影響により対米関係を重視するようになっていた当時の状況を鑑み、アメリカ主導のモスクワ大会ボイコット運動に加わった。また、同理事会の決議によって、それまでの「中華民国」の名での参加が認められなくなった台湾も猛反発し、ボイコットすることとなった。

イランは1979年2月の革命により親米の帝政が倒れ、新たに誕生したイスラム神権体制のもとでアメリカへの対決姿勢を鮮明にしていたが、それと同時に、宗教の価値を否定する社会主義国家ソ連が、隣国であり同じくイスラム圏の一員であるアフガニスタンに侵攻したことにも激しく抗議しており、今大会をボイコットした。このように、必ずしも西側諸国の一員というわけではなくとも、独自の判断で今大会に参加しなかった国も存在する。

【参加人数】
5259人 (男子4135人、女子1123人)

【実施競技】
23競技203種目
▼陸上(38種目)
▼競泳(26種目)
▼レスリング(20種目)
▼体操(14種目)
▼ボート(14種目)
▼ボクシング(11種目)
▼カヌー(11種目)
▼重量挙げ(10種目)
▼フェンシング(8種目)
▼柔道(8種目)
▼射撃(7種目)
▼自転車(6種目)
▼馬術(6種目)
▼セーリング(6種目)
▼飛込(4種目)
▼近代五種(2種目)
▼アーチェリー(2種目)
▼バスケットボール(2種目)
▼バレーボール(2種目)
▼ハンドボール(2種目)
▼ホッケー(2種目)
▼サッカー(1種目)
▼水球(1種目)

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プロフィール

嫁ドリル

Author:嫁ドリル
国旗と酒をこよなく愛する関西女。
カイロ、ドバイ、カルガリー駐在員を経て、現在は関東で働きながら旦那と1女1男の4人暮らし中。

国旗に関しては、まずは基礎知識カテゴリを熟読して下さい。

ツイッターやってます。基本的に更新情報はここでつぶやいてます。

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