セルビア

セルビア
Србиjа/Srbija (スルビヤ) (セルビア語)
Serbia (サービア) (英語)

Flag_of_Serbia_.png

ヨーロッパ南東部、バルカン半島に位置する内陸国セルビアは、かつて旧ユーゴスラビア連邦を構成していた6共和国の1つであり、またその首都ベオグラードを抱える国として連邦の中核を占める存在でした。中世、この地域には南スラヴ系セルビア人を中心とする独自の王権が存在し、14世紀半ばにはステファン・ドゥシャン王のもとでギリシャ北部にまで至る広大な領域を支配し、最盛期を迎えました。15世紀に入るとオスマン帝国に征服されたものの、1807年に自治公国が復活し、1878年には完全独立を承認。4年後の1882年には公国からセルビア王国に改称し、半島に数多く住む南スラヴ系民族の雄として発展していきました。第一次大戦後の1918年にはクロアチア人、スロベニア人など他の南スラヴ系諸民族と共に統一王国を樹立。この王国が後に「南スラヴ人の国」を意味するユーゴスラビアとなり、セルビア人王家のもと、後にバルカン半島の主要国の1つとなっていきます(以後のユーゴ時代の記述については、ユーゴスラビアの記事を参照して下さい)。

王政は第二次大戦後に廃止され、新たにユーゴスラビア社会主義連邦共和国(旧ユーゴ)が成立。セルビアもこれを構成する共和国の1つとなりましたが、1980年代に入ると利益配分をめぐって各共和国間の対立が激しくなり、1991年にまずクロアチアとスロベニアが独立を宣言。次いで1992年にはボスニア・ヘルツェゴビナとマケドニアも分離を表明するなど、連邦は解消に追い込まれました。ユーゴの中核国家たるセルビアは、唯一連邦に残留したモンテネグロと共にユーゴスラビア連邦共和国(新ユーゴ)を結成しつつ、失地回復を目指して分離独立した国々と激しい戦闘を繰り広げましたが、国際社会からの厳しい制裁に合って断念。1998年から1999年にかけては南部で独立を目指していたコソボとの衝突から、北大西洋条約機構(NATO)軍に空爆されるなど、この頃のセルビアは各国から地域不安定化の元凶という「悪役」を一手に引き受けさせられていました。2000年の政変とそれに伴う政権交代により、ようやく制裁の解除と国際社会への復帰を果たしたものの、今度はセルビアとの連邦維持に嫌気がさしたモンテネグロが独立志向を強め、2003年には連邦体制を廃止。構成共和国の権限を極限まで拡大した国家連合セルビア・モンテネグロを樹立して、モンテネグロを繋ぎとめようとしました。しかしこの連合も2006年の住民投票でモンテネグロが分離独立を決めると瓦解し、貴重な海への出口を失っています。こうした一連の出来事に対し、セルビア人の中には「我が国は一体どこまで小さくなればいいのか」「本当にセルビアだけが悪者だったのか」と反発する声も根強く、ヨーロッパに安定的な国際関係を構築するうえでの懸念材料となっています。

セルビア・モンテネグロ時代の2004年に制定されたセルビア国旗には、赤、白、青の汎スラヴ色が使われており、全体でスラヴ系民族の連帯を表します(1つ1つの色には特に意味付けは成されていません)。ホイスト寄りにある国章には、かつてのセルビア王国を含む中東欧諸国が歴史的に権威の象徴としてきた双頭の鷲が置かれていますが、これはバルカン半島が東洋と西洋の境界に当たると考えられたことから、必然的に双方に睨みを利かせる必要がある国家の宿命を表しています。古くは東ローマ(ビザンツ)帝国も紋章に用いていたとか。これに加えてキリスト教国であることを示す十字、キリル文字のСрбиjа(セルビアの意)の頭文字を象った火打鉄、そして王政時代からの伝統的な意匠である王冠が配されています。民間では国章を省いたシンプルな横三色旗も用いられるようです。

縦横比:2対3

【旧国旗】
Kingdom_of_Serbia.png (★See below)
1882年、国名をオスマン帝国の自治国として名乗っていたセルビア公国からセルビア王国に改称したのに伴い制定された国旗です。この頃から既に汎スラヴ色が用いられており、中央には現在のものよりも大きい国章が配されています。1918年、周辺地域と合わせてセルブ・クロアート・スロベーン王国(後のユーゴスラビア王国)が建国されたのに伴い廃止。

Socialist_Serbia.png
第二次大戦後、国家はヨシップ・ブロズ・チトー率いるユーゴスラビア社会主義連邦共和国(旧ユーゴ)となり、セルビアも連邦を構成する1共和国となりました。各共和国は連邦旗のほかに独自の共和国旗を制定する権利を持っており、セルビアは王国時代の旗に連邦旗の赤い星を組み合わせた共和国旗を作成しました。

Former_Serbia.png (★★See below)
1990年代初めに旧ユーゴは解体され、連邦を構成していた6共和国のうち4共和国が独立。残ったセルビアとモンテネグロは1992年、ユーゴスラビア連邦共和国(新ユーゴ)を結成します。その中で旧ユーゴ時代の国旗は廃止され、赤い星を省いた新たな旗がセルビア国旗として制定されました。

しかしモンテネグロも次第に独立志向を強め、2003年には連邦政府の権限を大幅に削減し、新ユーゴはより緩やかな国家連合セルビア・モンテネグロに改組されました。これを機に連合の2共和国ではそれぞれの民族色を強く押し出した国旗を制定する機運が高まり、セルビアも2004年に現国旗へ移行しました。


セルビア共和国
Република Србиjа/Republika Srbija (レプブリカ・スルビヤ)
Republic of Serbia (リパブリック・オブ・サービア)

Map_of_Serbia.gif

統計データは原則として2015年時点のもの。分離独立状態にあるコソボは除く。

[地理]
位置:ヨーロッパ
面積:約7.7万km² (北海道より少し小さい)
人口:約714万人
都市人口率:55.6%
首都・最大都市:ベオグラード (セ:Београд/Beograd)
                  (英:Belgrade)
主要民族:セルビア人83%
       マジャール(ハンガリー)人4%
       ボシュニャク人2%
       ロマ人2%
       他に少数のクロアチア人、スロバキア人など。
主要言語:セルビア語が公用語で、国民の約9割が母語として用いる。
       他にマジャール(ハンガリー)語、ボスニア語など各民族語も
       用いられ、自治体によってはセルビア語と並ぶ地域公用語
       に指定している。なお、セルビア語はキリル文字、ラテン文
       字双方を対等な公式表記方法として認めているが、文字化
       けが起きやすいウェブ媒体などを除き、国内では一般的にキ
       リル文字表記のほうが好まれやすい。
主要宗教:キリスト教90%
        正教会85%
        ローマ・カトリック教会4%
        プロテスタント諸派1%
       イスラム教3%
       無宗教1%
       少数のユダヤ教など。

[政治・軍事]
建国:768年(初期王権の成立)、1878年(オスマン帝国からの独立)
    2006年6月8日(モンテネグロとの国家連合を解体)
国連加盟:2000年11月1日 (注1)
政治体制:共和制、議院内閣制
元首:大統領
    直接選挙制。任期5年。3選禁止。
政府:内閣
    首相は議会が選出し、大統領が任命。
    他の閣僚は首相が任命するが、議会の承認が必要。
議会:一院制の国民議会
    250議席。直接選挙制(比例代表制)。任期4年。
政党制:多党制
国政選挙権:18歳以上の国民全て
兵役制度:志願制
国防費:8億7700万米ドル
軍組織:セルビア軍
     陸軍1万3000人
     空軍5100人
     訓練・支援部隊3000人

[経済・通信・その他]
中央銀行:セルビア国立銀行
通貨:セルビア・ディナール (dinar, RSD)
国内総生産(GDP):365億1300万米ドル
1人当たりGDP:5143米ドル
GDP構成比:農林水産業9.5%
        鉱工業41.9%
        サービス業48.6%
労働人口:291万人
失業率:19.3%
輸出額:126億1000万米ドル
輸出品:機械類、鉄鋼、自動車と部品、穀物、果物、葉タバコ、ゴム製品、電力
輸出先:イタリア16%、ドイツ13%、ボスニア・ヘルツェゴビナ9%、ルーマニア6%、
     ロシア5%
輸入額:170億3000万米ドル
輸入品:機械類、原油、自動車と部品、天然ガス、精製石油、医薬品、衣類
輸入元:ドイツ12%、イタリア11%、ロシア10%、中国9%、ハンガリー5%
固定電話回線数:277万1000回線
携帯電話回線数:915万6000回線
国別電話番号:381
ccTLD:.rs
インターネット利用者数:約476万人
車両通行:右側通行
平均寿命:75.6歳 (男性72.6歳、女性78.5歳)

[日本との関係]
国交樹立:1997年5月20日 (注2)
相手公館:大使館 (東京)
駐日相手国人数:254人 (永住者46人)
相手輸出額:2億3300万米ドル
相手輸出品:果物、小麦、葉タバコとタバコ製品、ゴム製品、衣類、履物
日本公館:大使館 (ベオグラード)
在留日本人数:139人 (永住者33人)
日本輸出額:1880万米ドル
日本輸出品:機械類、自動車と部品、化学薬品、精密機器、ゴム製品
現行条約:特に無し
       (旧ユーゴからセルビア・モンテネグロまでの歴代国家と
       締結した通商航海条約、文化協定、科学技術協力協定、
       査証相互免除取極が旧構成国であるセルビアにも適用
       され、現在も有効とされる。うち科学技術協力協定につ
       いては、セルビア・モンテネグロ時代の2005年に新たな
       "技術協力協定"が締結され、事実上更新されている)

(注1)
旧ユーゴは1945年より加盟。ユーゴ解体により新ユーゴが旧ユーゴの加盟資格継承を主張したものの認められず、2000年に新ユーゴとして新規加盟。その加盟資格が2003年にセルビア・モンテネグロに継承され、2006年の両国分離後はセルビアに引き継がれた。

(注2)
日本は旧ユーゴと国交を樹立していたが、旧ユーゴ崩壊後に成立した新ユーゴについては、ボスニア紛争に対する姿勢から国際的に継承国家とは認められない状態が続いており、日本との国交も断絶していた。ボスニア紛争終結後の1997年、旧ユーゴとの国交が消滅したことを両国で相互に確認した上で、新ユーゴを「旧ユーゴとは別の新国家」として承認し、改めて国交を結んだ。

新ユーゴが国家連合セルビア・モンテネグロに改組した際は国交継続が認められ、2006年の国家連合解体を受けて、単独の独立国となったセルビアが国家連合と日本の国交を引き継いだ。ただ、旧ユーゴ時代からの歴代国家と日本が結んだ条約については、国交断絶期には「凍結」はされていたものの、廃止はされず、新ユーゴとの国交樹立に伴い復活している。


《国歌「正義の神」》
制定:1992年
作曲:ダヴォリン・イェンコ
作詞:ヨヴァン・ジョルジェヴィッチ

正義の神、災禍に満ちた過去から我らを救いたもう。
今こそ、そなたの子供たちの声を聴きたまえ。
そして我らをこれから先も救い続けたまえ。

力強きその手で我らを守りたまえ。
我らの歩む道、未だ困難なり。
神よ、救いたまえ。神よ、守りたまえ。
セルビアの土地とセルビア人を!
神よ、救いたまえ。神よ、守りたまえ。
セルビアの土地とセルビア人を!

《国名の由来》
セルビア語ではСрбиjа/Srbija(スルビヤ)と表記される。国名の語源についての詳細は分かっていないが、少なくとも南スラヴ系セルビア人の民族名からきており、「スラヴ人の国」を表すというのは確からしい。

公式国名を略したРС/RSという表記も広く用いられる。

旧国名
1817-
1882
 セルビア公国
(セ)Кнежевина Србиjа/Kneževina Srbija
  (クネジェヴィナ・スルビヤ)

(英)Principality of Serbia (プリンスィパリティ・オブ・サービア)
1882-
1918
 セルビア王国
(セ)Краљевина Србиjа/Kraljevina Srbija
  (クラリェヴィナ・スルビヤ)
(英)Kingdom of Serbia (キングダム・オブ・サービア)
1945-
1963
 セルビア人民共和国
(セ)Народна Република Србиjа/
   Narodna Republika Srbija
  (ナロードナ・レプブリカ・スルビヤ)
(英)People's Republic of Serbia
  (ピーポゥズ・リパブリック・オブ・サービア)
1963-
1990
 セルビア社会主義共和国
(セ)Социjалистичка Република Србиjа/
   Socijalistička Republika Srbija
  (ソシアリスティチュカ・レプブリカ・スルビヤ)
(英)Socialist Republic of Serbia
  (ソーシャリスト・リパブリック・オブ・サービア)



【おまけ:ヴォイヴォディナ自治州
セルビア語:Аутономна Покраjина Воjводина/
      Autonomna Pokrajina Vojvodina
     (アウトムナ・ポクライナ・ヴォイヴォディナ)

マジャール語:Vajdaság Autonóm Tartomány
      (ヴォイダシャーグ・アウトノーム・タルトマーニ)

英語:Autonomous Province of Vojvodina
   (オートノモス・プロヴィンス・オブ・ヴォイヴォディナ)

Flag_of_Vojvodina.png   Map_of_Vojvodina_.gif

セルビア北部に位置するヴォイヴォディナ自治州は、歴史的にハンガリー領だった期間が長く、今でも人口1割強をマジャール(ハンガリー)人が占め、セルビア人に次いで州第2位の規模を持つ民族となっています。その他にも多くの少数民族を抱え、セルビア国内屈指の多文化・多民族地域です。

事実上の独立状態にある南部のコソボとは違い、ヴォイヴォディナには独立を求める声がほとんどありません。一時はハンガリーとの統合を目指す勢力も台頭しましたが、州の最大民族(6割半)がセルビア人ということもあり、今では自治権拡大を求めながらもセルビアの枠内には留まる意向を示しています。

ヴォイヴォディナの州旗は赤、青、白のセルビア国旗をモチーフとしており、中央には州を形成する3地域(バチュカ、バナト、スレム)を象徴する3つの星が配されています。セルビアが現国旗を制定したのと同じ2004年に、ヴォイヴォディナ自治州議会において制定されました。

[地理]
面積:約2.2万km² (セルビア全土の約28%)
人口:約193万人
州都・最大都市:ノヴィ・サド (セ:Нови Сад/Novi Sad)
                  (マ:Újvidék 英:Novi Sad)
主要言語:セルビア語、マジャール(ハンガリー)語、スロバキア語、
       ルーマニア語、クロアチア語、パンノニア・ルシン語の6つ
       が公用語。筆頭公用語はセルビア語で、州民の多くが共
       通語として使用する。
主要民族:セルビア人66%
       マジャール(ハンガリー)人13%
       スロバキア人3%
       クロアチア人2%
       ロマ人2%
       ルーマニア人1%
       モンテネグロ人1%
       少数のブニェヴァツ人、ルシン人など。
主要宗教:キリスト教(正教会が大半)90%
       無宗教1%
       少数のイスラム教、ユダヤ教など。

[政治]
自治州成立:1945年9月1日
政府:ヴォイヴォディナ自治州政府
    自治州政府議長(自治州大統領)と閣僚は議会が選出。
議会:ヴォイヴォディナ自治州議会
    120議席。直接選挙制(比例代表制)。任期4年。
政党制:多党制


★(c) 2007 Buttons CC BY-SA 3.0 外枠付加
★★(c) 2008 Zscout370 CC BY-SA 外枠付加

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プロフィール

嫁ドリル

Author:嫁ドリル
国旗と酒をこよなく愛する関西女。
カイロ、ドバイ、カルガリー駐在員を経て、現在は関東で働きながら旦那と1女1男の4人暮らし中。

国旗に関しては、まずは基礎知識カテゴリを熟読して下さい。

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