セーシェル

セーシェル (セイシェル)
Sesel (セセル) (セーシェル・クレオール語)
Seychelles (セシェル) (フランス語)
Seychelles (セイシェールズ) (英語)

Flag_of_Seychelles.png

セーシェルは、アフリカ大陸東端のソマリアから更に南東へ1300kmほどの地点に浮かぶ、大小115の島々で構成される国家です。地理分類上はアフリカの一部とされ、住民も黒人系の混血者が主体ではあるものの、大きな陸地から隔絶された地勢もあって、同大陸の文化とは異なる独特な社会が形成されており、アフリカよりもインド洋沿岸諸国やヨーロッパ諸国との結び付きが強い国です。この地を最初に支配したのはアラブ人ですが、大航海時代の16世紀初頭にポルトガルのヴァスコ・ダ・ガマが西洋人として初めて島々を「発見」し、香料の生産およびインド洋における戦略拠点になりうる存在として重視され始めました。特に18世紀に入るとフランスが領有を目指して進出し、1756年には正式に植民地化しています。しかし19世紀初頭にヨーロッパを席巻したナポレオン戦争の結果、1814年にイギリスに割譲され、以後南方のモーリシャスや東方のチャゴス諸島と共にイギリス領インド洋地域(BIOT)として統治されることとなりました。このような支配者の入れ替わりの名残として、現在でもセーシェル最大の言語はフランス語をベースとしたクレオール言語(異なる言語が混合して作り上げられた言語)であり、フランス語、英語と共に公用語の指定を受けています。

植民地時代のセーシェルは、インド洋の美しい浜辺と年中温かい気候を持つ保養地として観光地化が進む一方、独立を目指す動きも1950年代より表れ始め、段階的に自治権を拡大。1976年にはセーシェル共和国として晴れて正式な独立を達成しました。その後、クーデターによる政変と社会主義政権による長期の一党独裁、そして反政府派を支援する外国(特に旧宗主国フランス)の暗躍などによって一時は不安定化しましたが、1991年に複数政党制を導入してからはおおむね安定的な政情を享受しています。経済的には、植民地時代から続く観光業が最大の産業となっており、英語とフランス語双方に堪能な国民が多いという強い集客力も相まって、毎年総人口の倍に相当する外国人がこの国を訪れます。その他にも島々がインド洋上の広範囲にわたって点在しているため、広大な排他的経済水域(EEZ、200海里)を持ち、マグロ漁船の拠点として日本からも多くの船が来港するなど、水産業の発展にも大きな期待がかけられています。これらの産業から得られる収入は、人口10万人に満たないこの小さな島国にとっては非常に大きな額で、今ではアフリカ諸国の中でトップクラスの豊かさを誇る国となりました。

現在のセーシェル国旗は、1996年の建国記念日に制定された3代目のもので、インパクトの強いカラフルな配色を施したデザインとなっています。青はセーシェルの美しい空と海、黄は燦々と照りつける太陽の光、赤は国家建設にかける情熱とセーシェル国民の統一、白は正義と調和、緑は豊かな自然環境を持つ国土を表し、それらがフライ側へと拡大しながら伸びていくことで、国家・国民が未来へと飛躍していく様子を象徴しています。また同時に、配色はセーシェルに存在する主要政党のシンボルカラーを組み合わせたものでもあり、政変や独裁政治を乗り越えたセーシェルが、各勢力間の融和のもとで再び結束を固めるという意味合いもあるようです。

【旧国旗】
Flag_of_Seychelles_1976-1977.png
1976年の独立と同時に制定された初代国旗です。X字で隔てられた青と赤は、当時の二大政党(青はセーシェル民主党、赤はセーシェル人民統一党(SPUP)を表します。またX字を形作っている白は、両政党に共通するシンボルカラーであり、二大政党の融和を表しています。しかし独立翌年の1977年、SPUPのクーデターにより、わずか1年で廃止されました。

Flag_of_Seychelles_1977-1996.png
2代目の国旗は、クーデターで実権を握ったSPUPのシンボルカラーを押し出した国旗となっています。SPUPは左派政党であり、赤は社会主義国家建設のための革命と進歩を表します。白い波線はインド洋の波と水産資源、緑は農業と国土を象徴します。

セーシェルではクーデター後、SPUPが改称したセーシェル人民進歩戦線(SPPF)による社会主義一党制が敷かれましたが、ソ連・東欧社会主義圏の混迷で後ろ盾を失ったのに伴い、1991年に複数政党制が復活。それにより、SPPFのシンボルカラーである赤が押し出されたこの旗を廃止する動きが強まり、1996年に現国旗に移行しました(ちなみにSPPFは更に2009年に人民党と改称し、現在に至るまで与党の座を維持しています)。


セーシェル共和国
Repiblik Sesel (レピブリク・セセル)
République des Seychelles (レピュブリック・デ・セシェル)
Republic of Seychelles (リパブリック・オブ・セイシェールズ)

Map_of_the_Seychelles_.png

統計データは原則として2015年時点のもの。

[地理]
位置:アフリカ
面積:約455km² (種子島とほぼ同じ)
人口:約9.4万人
都市人口率:53.9%
首都・最大都市:ヴィクトリア (セ・仏・英:Victoria)
主要民族:人口の7割はアフリカ系黒人をベースに、フランス系、アラブ系、
       インド系、中国系などを介した混血集団とされ、セシルワと総
       称される。非混血集団も大半は上記の地域をルーツとする。
主要言語:セーシェル・クレオール語、フランス語、英語の3公用語。フラン
       ス語をベースに英語など多くの言語が融合したセーシェル・ク
       レオール語は、国民の9割以上が日常会話で用いる最大言語
       だが、政府機関や教育、ビジネス、メディア等の分野ではフラン
       ス語と英語が優先される傾向が強い。
主要宗教:キリスト教87%
        ローマ・カトリック教会76%
        聖公会6%
        ペンテコステ派2%
        セブンズデー・アドヴェンティスト教会1%など
       無宗教6%
       ヒンドゥー教2%
       イスラム教2%
       仏教1%

[政治・軍事]
独立:1976年6月29日
国連加盟:1976年9月21日
政治体制:共和制、大統領制
元首:大統領
    直接選挙制。任期5年。4選禁止。
政府:閣僚評議会(内閣に相当、首相職なし)
    閣僚は大統領が任命。
議会:一院制の国民議会
    33議席。直接選挙制(小選挙区比例代表並立制)。任期5年。
    25議席は小選挙区によって、8議席は比例代表に基づき選出。
政党制:人民党とセーシェル国民党による二大政党制
国政選挙権:18歳以上の国民全て
兵役制度:志願制
国防費:1800万米ドル
軍組織:セーシェル人民防衛軍
     陸軍1000人
     沿岸警備隊200人 (海軍と表記される場合もある)
     空軍100人

[経済・通信・その他]
中央銀行:セーシェル中央銀行
通貨:セーシェル・ルピー (rupee, SCR)
国内総生産(GDP):14億2300万米ドル
1人当たりGDP:1万5978米ドル
GDP構成比:農林水産業2.6%
        鉱工業14.0%
        サービス業83.4%
労働人口:4.1万人
失業率:3.0%
輸出額:6億2500万米ドル
輸出品:魚介類とその加工品が約6割、他はほぼ再輸出品
輸出先:UAE23%、フランス15%、英国15%、日本7%、モーリシャス7%
輸入額:12億2000万米ドル
輸入品:船舶、機械類、精製石油、自動車、鉄鋼、紙類、穀物、衣類、家具
輸入元:UAE20%、スペイン14%、フランス8%、南アフリカ7%、モーリシャス6%
固定電話回線数:2万1000回線
携帯電話回線数:14万8000回線
国別電話番号:248
ccTLD:.sc
インターネット利用者数:約5.6万人
車両通行:左側通行
平均寿命:74.8歳 (男性70.2歳、女性79.4歳)

[日本との関係]
国交樹立:1976年6月29日
相手公館:無し (駐中国大使館が兼轄)
駐日相手国人数:4人 (永住者2人)
相手輸出額:4590万米ドル
相手輸出品:魚介類とその加工品が9割以上
日本公館:無し (駐ケニア大使館が兼轄)
在留日本人数:11人 (永住者2人)
日本輸出額:1380万米ドル
日本輸出品:自動車と部品、機械類、化学薬品、精密機器、船舶
現行条約:特に無し


《国歌「全てのセーシェル人よ、結束せよ」》
制定:1996年
作詞・作曲:ダヴィド・フランソワ・マルク・アンドレ/ジョージ・チャールズ・ロバート・パイェト

セーシェル、我らが唯一の祖国。
調和、幸福、愛、そして平和の中で生きる国。
我らは神に感謝する。
我らの美しき国を、海が与えたまう富を守ろう。
これらの貴き遺産を、子供たちの幸福のために。
団結の中で生きよう、旗を掲げよう。
永遠に、共に。
全てのセーシェル人よ、結束せよ。

《国名の由来》
セーシェル・クレオール語ではSesel(セセル)と表記される。1756年、ルイ15世時代のフランスの財務総監ジャン・モロー・ドゥ・セシェル子爵の命令により、フランス人がこの地に上陸したことにちなむ。これによりセーシェルはフランスの植民地となり、香料の供給地として1814年(イギリスに譲渡された年)まで支配した。

セイシェルと書かれる場合もあるが、これは英語の発音(セイシェールズ)に由来する。

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プロフィール

嫁ドリル

Author:嫁ドリル
国旗と酒をこよなく愛する関西女。
カイロ、ドバイ、カルガリー駐在員を経て、現在は関東で働きながら旦那と1女1男の4人暮らし中。

国旗に関しては、まずは基礎知識カテゴリを熟読して下さい。

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