スロベニア

スロベニア
Slovenija (スロヴェーニヤ) (スロベニア語)
Slovenia (スロヴィーニア) (英語)

Flag_of_Slovenia.png

ヨーロッパ中南部、バルカン半島の付け根に当たる部分に位置するスロベニアは、1991年までは旧ユーゴスラビアを構成する6共和国の1つでした。国の主要民族であるスロベニア人は、系統的には他の旧ユーゴ諸国と同じく南スラヴ系に属しますが、14世紀に神聖ローマ帝国、15世紀からはオーストリア帝国の支配を受けてきたこともあり、同地域で多数派となっている東方正教会ではなくローマ・カトリック教会の信徒が多くなっています。またオーストリアの支配はスロベニアの地にドイツ文化の潮流をもたらし、他の南スラヴ系諸民族とは一線を画した独自の伝統がこの時代に築かれました。こうした歴史背景は後に「大国の一員」というスロベニア人の自負を促し、民族的な誇りに繋がると共に、スラヴ文化圏からの別離も助長することになります。これは1918年のオーストリア帝国崩壊、そしてユーゴ建国を経ても変わらず、域内では最も西欧に近い、というより直に接しているという地理的特性もあって、文化・風習上のメンタリティは絶えず欧州列強諸国に傾いていたとのこと。

このような民族文化を持つスロベニアは、ユーゴ建国後はクロアチアと並んで国内最先端の工業地域として重宝され、第二次大戦後の連邦制移行後は分権化の恩恵を最も強く受けた国となりました。地理上の近さと歴史的な友好関係を生かし、連邦政府の介入を経ず西側諸国(主にイタリア)と直接貿易が行えるため、常に先進的な技術・文化に触れることが可能であり、他の連邦構成国とは比較にならないほどの大きな利益を獲得していたのです。しかしそれは同時に、連邦の財源の多くをスロベニア人が負担しなければならないことも意味し、ユーゴでカリスマ的な統治体制を構築してきた連邦大統領ヨシップ・ブロズ・チトーが1980年に死去すると、不満が一気に噴出。やがて分離独立運動へと発展していきました。結局、チトー亡き後の連邦政府は分離運動を合理的に収拾することが出来ず、1991年にスロベニアはクロアチアと共に独立を宣言。連邦首都のベオグラードを抱えるセルビアを中心とした連邦軍はこの動きを武力で鎮圧しようとしたものの、セルビアと接していないスロベニアでは戦闘は散発的なものにとどまり、程なくして独立国としての体裁を整備。1992年には国際社会からの承認も獲得しました。その後もスロベニアは順調な経済発展を遂げ、2004年には旧ユーゴ諸国の中でいち早くヨーロッパ連合(EU)に加盟し、2006年には共通通貨ユーロの導入も認められています。

スロベニア国旗は1991年の独立宣言と同時に制定されました。赤、白、青の配色は汎スラヴ色と呼ばれ、スラヴ系民族の多く住む国によく用いられる配色です。それぞれの配色に個別の意味はなく、全体でスラヴ系民族の連帯を表します。カントン部には20世紀後半のスロベニア人を代表する作家として広く尊敬を集めていたマルコ・ポガチュニクが考案した国章が配されており、スロベニア最高峰のトリグラフ(トリグラウ)山、国内を流れる河川とアドリア海を象徴する2つの青い波をあしらうことで、スロベニアの地理的特性を象徴しています(同時に山がスロベニア男性の勇壮さ、川と海がスロベニア女性の包容力を意味するとも)。その上部には黄色い3つの六稜星が置かれていますが、これはオーストリアの支配が始まる前にこの地の統治を担っていたツェリエ家の家紋に由来し、またこれを三角形に配置することで、スロベニアが三権分立の民主主義国家であることを表します。

縦横比:1対2

【旧国旗】
Socialist_Slovenia_.png
第二次大戦後、ユーゴはヨシップ・ブロズ・チトー率いる社会主義連邦国家となり、スロベニアは連邦を構成する1共和国となりました。各共和国は連邦旗のほかに独自の共和国旗を制定する権利を持っており、スロベニアは連邦旗の白と青の配色を逆にした共和国旗を作成しました。1945年制定、1991年廃止。


スロベニア共和国
Republika Slovenija (レプブリカ・スロヴェーニヤ)
Republic of Slovenia (リパブリック・オブ・スロヴィーニア)

Map_of_Slovenia.gif

統計データは原則として2015年時点のもの。

[地理]
位置:ヨーロッパ
面積:約2.0万km² (四国より少し大きい)
人口:約208万人
都市人口率:49.6%
首都・最大都市:リュブリャナ (ス・英:Ljubljana)
主要民族:スロベニア人83%
       セルビア人2%
       クロアチア人2%
       ボシュニャク人1%
       少数のハンガリー(マジャール)人、アルバニア人など。
主要言語:スロベニア語が公用語で、国民の9割が母語としており、
       他言語の話者も第二言語としてある程度は習得している
       場合が多い。外国語ではドイツ語が最も広く通じるほか、
       西部ではイタリア語の話者も少なくない。他にセルビア
       語、クロアチア語、ハンガリー(マジャール)語など。
主要宗教:キリスト教68%
        ローマ・カトリック教会62%
        正教会3%
        プロテスタント諸派1%
       無宗教25%
       イスラム教3%

[政治・軍事]
独立:1991年6月25日
国連加盟:1992年5月22日
政治体制:共和制、議院内閣制
元首:大統領
    直接選挙制、任期5年、3選禁止。
政府:閣僚評議会(内閣に相当)
    首相は下院の指名に基づき、大統領が任命。
    他の閣僚は首相が指名し、下院が承認。
議会:二院制の国会
    ●国民評議会(上院)
     40議席。国内の各種社会団体の代表者で構成。任期5年。
     22議席は地方利益団体、6議席は非営利団体、4議席は労
     働者、4議席は雇用者の各代表に与えられる。残る4議席は
     農業、手工業、貿易業、自営業の代表者が1議席ずつ占める。
    ●国民議会(下院)
     90議席。直接選挙制(比例代表制)。任期4年。
政党制:多党制
国政選挙権:18歳以上の国民全て
兵役制度:志願制
国防費:4億1500万米ドル
軍組織:スロベニア軍
     総数7600人。兵種は陸軍のみだが、陸軍内には一定の
     海洋警備部門と航空部隊が設けられており、俗称として
     これらを海軍や空軍と呼ぶことがある。それぞれの規模は
     海洋警備部門が100人未満、航空部隊が400人前後である。

[経済・通信・その他]
中央銀行:スロベニア銀行 (注1)
通貨:ユーロ (euro, EUR, 注1)
国内総生産(GDP):427億4700万米ドル
1人当たりGDP:2万713米ドル
GDP構成比:農林水産業2.3%
        鉱工業33.5%
        サービス業64.2%
労働人口:92万人
失業率:12.3%
輸出額:266億7000万米ドル
輸出品:機械類、医薬品、自動車と部品、鉄鋼、アルミ製品、精製石油、電力
輸出先:ドイツ19%、イタリア11%、オーストリア8%、クロアチア7%、スロバキア5%
輸入額:250億1000万米ドル
輸入品:機械類、精錬アルミ、自動車と部品、鉄鋼、精製石油、天然ガス、肉類
輸入元:ドイツ17%、イタリア14%、オーストリア10%、中国6%、クロアチア5%
固定電話回線数:75万3000回線
携帯電話回線数:235万4000回線
国別電話番号:386
ccTLD:.si
インターネット利用者数:約149万人
車両通行:右側通行
平均寿命:78.3歳 (男性74.6歳、女性82.0歳)

[日本との関係]
国交樹立:1992年10月12日
相手公館:大使館 (東京)
駐日相手国人数:156人 (永住者17人)
相手輸出額:9690万米ドル
相手輸出品:自動車と部品、二輪車部品、機械類、医薬品、家具、木材
日本公館:大使館 (リュブリャナ)
在留日本人数:143人 (永住者47人)
日本輸出額:1億2200万米ドル
日本輸出品:機械類、自動車、二輪車、化学薬品、精錬チタン、精密機器
現行条約:特に無し
       (旧ユーゴと締結した通商航海条約、文化協定、科学技術
       協力協定、査証相互免除取極が旧構成国であるスロベニ
       アにも適用され、現在も有効とされる)

(注1)
ヨーロッパ連合(EU)が統一通貨としてユーロを導入して以降、通貨発行権や金融政策の方針決定権はヨーロッパ中央銀行が担うようになり、ユーロ導入国が本来設置していた中央銀行はその傘下にある執行組織に改組された。ユーロ導入国の各中央銀行総裁はヨーロッパ中央銀行政策理事会の一員となり、連携してヨーロッパ中央銀行の政策を決定し、それに基づいて各国内での業務執行に当たることとされる。

なお、ユーロ導入前にスロベニア銀行が発行していた通貨はスロベニア・トラール(tolar, SIT)である。


《国歌「祝杯 (乾杯)」》
制定:1989年
作曲:スタンコ・プレムルル
作詞:フランツェ・プレシェーレン

神の祝福あれ。全ての国に。
輝かしき日を待ち望む者たちに。
地上から戦争や衝突が消え去り、
人が全て自由となり、
敵がいつか隣人となる、
その日を待ち望む者たち全てに。

《国名の由来》
「スラヴ人の国」の意。スロベニア語ではSlovenija(スロヴェーニヤ)と表記する。

スロバキアと似た国名だが、これはもともと国名の意味が同じのため。単に南スラヴ系のスロベニア語と西スラヴ系のスロバキア語で「スラヴ人の国」の表記が少し異なるだけである。

旧国名
1945-
1963
 スロベニア人民共和国
(ス)Ljudska republika Slovenija
  (リュドスカ・レプブリカ・スロヴェーニヤ)
(英)People's Republic of Slovenia
  (ピーポゥズ・リパブリック・オブ・スロヴィーニア)
1963-
1990
 スロベニア社会主義共和国
(ス)Socialistična republika Slovenija
  (ソシアリスティチュナ・レプブリカ・スロヴェーニヤ)
(英)Socialist Republic of Slovenia
  (ソーシャリスト・リパブリック・オブ・スロヴィーニア)

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プロフィール

嫁ドリル

Author:嫁ドリル
国旗と酒をこよなく愛する関西女。
カイロ、ドバイ、カルガリー駐在員を経て、現在は関東で働きながら旦那と1女1男の4人暮らし中。

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