スロバキア

スロバキア
Slovensko (スロヴェンスコ) (スロバキア語)
Slovakia (スロヴァキア) (英語)

Flag_of_Slovakia.png

スロバキアは中央ヨーロッパに位置する内陸国です。古くからハンガリーの支配下に置かれ、ハンガリー王をオーストリア皇帝が兼任するようになった後も、長らくハンガリー北部の農村地帯として認識されてきました。しかしこの地域の最大民族はドイツ系のオーストリア人でもウラル系のマジャール(ハンガリー)人でもなく、西スラヴ系に属するスロバキア人であり、系統的には隣接するボヘミアのチェック(チェコ)人と極めて近い「兄弟民族」とされてきました。この事実はオーストリア=ハンガリー帝国末期の1916年に統合の機運を生み出し、同帝国崩壊に伴う1918年のチェコスロバキア建国を以って結実に至ります。しかし長年オーストリア随一の工業地帯として先進的な文化を持ってきたチェコと、ハンガリー北部の農村地帯として扱われてきたスロバキアでは、例え一定の民族的な紐帯があっても埋められない深い溝が横たわっており、時としてスロバキア人を二級市民扱いするチェコ人への反発意識は、国家統合を進めるうえで常に懸念材料となっていました。これは第二次大戦直前にナチス・ドイツがチェコスロバキアを解体し、チェコ地域を併合、スロバキア地域を保護国とした際に如実に表面化しています。

第二次大戦後、再度チェコスロバキアは独立を回復しますが、今度はソ連が後押しするチェコスロバキア共産党の一党支配がはじまり、同国はソ連の衛星国となってしまいます。1968年にはプラハの春と呼ばれる民主化路線を打ち出しますが、ソ連軍をはじめとする東欧社会主義圏はこれを危険視し、武力によって鎮圧。以後約20年間にわたってチェコスロバキアはソ連軍の監視下に置かれました。このプラハの春の唯一の遺産として、1969年に国家は連邦制へと移行し、中央政府とは別にチェコとスロバキアそれぞれが独自の自治政府を持つことが決定。共産党の一党制のもとでは連邦制は機能しなかったものの、これによってスロバキア人にも独自の国家意識が強く根付くことになり、1989年の民主化革命以降はスロバキアの権限拡大を求める動きが広く行われました。この流れを受けて翌1990年に連邦制はその機能を取り戻し、1992年の総選挙ではチェコとスロバキア双方で分離独立を求める政党が勝利。そして1993年元旦を以ってチェコスロバキアは正式に消滅し、チェコ共和国スロバキア共和国が成立したのです。独立後のスロバキアはそれまでの遅れを取り戻すかのように着々と国家建設を続け、チェコに比べれば尚劣る面もあるものの、工業国として経済発展を遂げています。特に2009年、チェコに先駆けて欧州単一通貨ユーロの導入国となったことは、これまでチェコより遅れているという劣等感に苛まれてきたスロバキア人の自尊心を大いに鼓舞したそうな。

1990年、チェコスロバキアでそれまで形骸化していた連邦制が再機能するようになり、スロバキアは独自の国旗を制定する権利を得ました。その際制定されたのは白、赤、青の汎スラヴ色を使った横三色旗ですが、ソ連崩壊により独立したロシアの国旗と同じデザインだったため、混乱を避けるために1993年のチェコスロバキア解体時にホイスト部の国章を追加しました。赤、白、青の配色は汎スラヴ色と呼ばれ、スロバキア人を含むスラヴ系民族の多く住む国によく用いられる配色です。それぞれの配色に個別の意味はなく、全体でスラヴ系民族の連帯を表します。ホイスト部の国章には、東ローマ(ビザンツ)帝国時代より伝わる二重十字(総主教十字)を配してキリスト教国であることを表すと同時に、山麓の農村文化を基調とするスロバキア人が心の故郷として崇めるタトラ山、マトラ山、ファトラ山(マトラ山のみハンガリー領内)が図案化された意匠を施し、山がちな国土を表現しています。ちなみに縦向きに掲揚する際は、国章が横倒しにならないように工夫された専用旗が使われます。

縦横比:2対3


スロバキア共和国
Slovenská republika (スロヴェンスカー・レプブリカ)
Slovak Republic (スロヴァク・リパブリック)

Map_of_Slovakia.gif

統計データは原則として2015年時点のもの。

[地理]
位置:ヨーロッパ
面積:約4.9万km² (九州の約1.3倍)
人口:約546万人
都市人口率:53.6%
首都・最大都市:ブラチスラヴァ (ス・英:Bratislava)
主要民族:スロバキア人81%
       ハンガリー(マジャール)人9%
       ロマ人2%
       少数のチェコ人、ルシン人など。
主要言語:スロバキア語が公用語で、国民の大半が母語として使用する
       ほか、他言語の話者も大半が第二言語として習得している。
       他に南部ではハンガリー(マジャール語)、北東部ではルシン
       語の話者も多く、自治体によってはスロバキア語と並ぶ地域公
       用語に指定しているところもある。他にロマ語など。
主要宗教:キリスト教76%
        ローマ・カトリック教会62%
        福音教会(ルター派)6%
        東方典礼カトリック教会4%
        改革派教会2%
        正教会1%
       無宗教または明示していない23%
       極少数のユダヤ教など。

[政治・軍事]
独立:1993年1月1日
国連加盟:1993年1月19日
政治体制:共和制、議院内閣制
元首:大統領
    直接選挙制、任期5年、3選禁止。
政府:内閣
    大統領が議会最大会派の指導者を首相に任命。
    他の閣僚は首相の指名に基づき、大統領が任命。
議会:一院制の国民評議会
    150議席。直接選挙制(比例代表制)。任期4年。
政党制:多党制
国政選挙権:18歳以上の国民全て
兵役制度:志願制
国防費:8億9200万米ドル
軍組織:スロバキア共和国軍
     陸軍6300人
     空軍4000人
     訓練・支援部隊3100人

[経済・通信・その他]
中央銀行:スロバキア国立銀行 (注1)
通貨:ユーロ (euro, EUR, 注1)
国内総生産(GDP):865億8200万米ドル
1人当たりGDP:1万5975米ドル
GDP構成比:農林水産業3.7%
        鉱工業31.1%
        サービス業65.3%
労働人口:272万人
失業率:11.5%
輸出額:731億2000万米ドル
輸出品:機械類、自動車と部品、鉄鋼、精製石油、ゴム製品、家具、木材
輸出先:ドイツ23%、チェコ13%、ポーランド9%、オーストリア6%、ハンガリー6%
輸入額:710億9000万米ドル
輸入品:機械類、自動車と部品、原油、天然ガス、鉄鋼、医薬品、ゴム製品
輸入元:ドイツ19%、チェコ17%、オーストリア9%、ハンガリー6%、ポーランド6%
固定電話回線数:86万7000回線
携帯電話回線数:667万6000回線
国別電話番号:421
ccTLD:.sk
インターネット利用者数:約448万人
車両通行:右側通行
平均寿命:77.2歳 (男性73.5歳、女性80.9歳)

[日本との関係]
国交樹立:1993年2月3日
相手公館:大使館 (東京)
駐日相手国人数:350人 (永住者85人、特別永住者2人)
相手輸出額:1億7100万米ドル
相手輸出品:機械類、自動車と部品、有機化合物、衣類、ゴム製品、家具
日本公館:大使館 (ブラチスラヴァ)
在留日本人数:193人 (永住者80人)
日本輸出額:3億1200万米ドル
日本輸出品:機械類、自動車と部品、精密機器、化学薬品、プラスチック製品
現行条約:1957年 国交回復協定
       1976年 文化交流取極
       1978年 租税条約
             科学技術協力取極
       2002年 査証(ビザ)相互免除交換公文
       2016年 ワーキング・ホリデー査証協定
       ※1992年までの条約は日本が旧チェコスロバキアと締結
        した条約のうち、独立後のスロバキアが引き続き承継し、
        現在も有効なものを記載した。
        
(注1)
ヨーロッパ連合(EU)が統一通貨としてユーロを導入して以降、通貨発行権や金融政策の方針決定権はヨーロッパ中央銀行が担うようになり、ユーロ導入国が本来設置していた中央銀行はその傘下にある執行組織に改組された。ユーロ導入国の各中央銀行総裁はヨーロッパ中央銀行政策理事会の一員となり、連携してヨーロッパ中央銀行の政策を決定し、それに基づいて各国内での業務執行に当たることとされる。

なお、ユーロ導入前にスロバキア国立銀行が発行していた通貨はスロバキア・コルナ(koruna, SKK)である。


《国歌「稲妻はタトラの山を走り去り」》
制定:1993年
作曲:伝統的な民謡による
作詞:ヤンコ・マトゥーシュカ

タトラの上に雷鳴閃き、稲妻が広く鳴り響く。
我らこれを鎮めよう、兄弟よ。
嵐の過ぎ去りし後、スロバキアは蘇るだろう。

我らがスロバキアは長き眠りの中にあった。
だが、雷鳴の響きは彼女(スロバキア)を呼び起こす。
目覚めの時が来た、と。

《国名の由来》
「スラヴ人の国」の意。スロバキア語ではSlovensko(スロヴェンスコ)と表記する。

スロベニアと似た国名だが、これはもともと国名の意味が同じのため。単に西スラヴ系のスロバキア語と南スラヴ系のスロベニア語で「スラヴ人の国」の表記が少し異なるだけである。

旧国名
1969-
1990
 スロバキア社会主義共和国
(ス)Slovenská socialistická republika
  (スロヴェンスカー・ソチアリスティツカー・レプブリカ)
(英)Slovak Socialist Republic
  (スロヴァク・ソーシャリスト・リパブリック)

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プロフィール

嫁ドリル

Author:嫁ドリル
国旗と酒をこよなく愛する関西女。
カイロ、ドバイ、カルガリー駐在員を経て、現在は関東で働きながら旦那と1女1男の4人暮らし中。

国旗に関しては、まずは基礎知識カテゴリを熟読して下さい。

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