スリランカ

スリランカ
ශ්‍රී ලංකාව (シュリー・ランカー) (シンハラ語、※)
இலங்கை (イランカイ) (タミル語)
Sri Lanka (スリ・ランカー) (英語)

Flag_of_Sri_Lanka.png
※シンハラ文字フォントが無いと文字化けします。こちらへどうぞ。

インドの南方に位置するスリランカは、1948年にイギリスから独立した島国です。かつてはセイロンと呼ばれ、現在も島の名産品となっているお茶のブランドにその名残を留めていますね。この島は紀元前に仏教が伝来して以来、ヒンドゥー教の拡散やイスラム教の進入で仏教色がほとんど無くなった大陸部と違い、最大民族シンハラ人により古来の仏教文化を守り続けられた地として知られ、幾多の王朝が起こりました。その中心となった中部の古都キャンディは、現在でもシンハラ人並びにスリランカ仏教の聖地として重視され、世界遺産にも登録されています。そんなこの島にも16世紀にヨーロッパ人が渡来するようになり、交易を推進。彼らはやがて植民地を築くようになり、ポルトガル、オランダによる支配を経て、18世紀には南東部のコロンボを占領したイギリスが勢力を拡大。1802年にイギリスの正式な直轄植民地となり、続く1815年のキャンディ制圧によってシンハラ人王朝が名実共に滅びたため、その支配は確固たるものとなりました。その後もシンハラ人や第2の民族タミル人による散発的な暴動は発生したものの、以後100年以上の長期にわたって、島はイギリスの統治下に置かれることとなります。

1920年代に入るとシンハラ人、タミル人双方が権利拡大を訴えて政党を結成するようになり、イギリスも1931年に独自憲法の制定と一定の自治権付与を承諾。続いて第二次大戦後にイギリスが南アジア諸国からの撤退を決めると、セイロンも1948年に英連邦王国(独立後も引き続きイギリス国王を元首と定めている国)として独立を達成しました。しかしこの頃から、それまで独立を目指して共同歩調をとってきた仏教徒のシンハラ人とヒンドゥー教徒のタミル人の対立が激化し、多数派のシンハラ人が率いる新政府はタミル人の選挙権を剥奪する強硬策を実行。1956年の総選挙ではより過激なシンハラ至上主義を唱える政党が勝利し、タミル語の排除や公務員への当用禁止すら打ち出したため、タミル人が多い北部を中心に国内各地で両民族同士の衝突が発生しました。中でも1972年の共和制移行と国名改称(セイロンからスリランカへ)と同じ頃に結成された「タミル・イーラム解放の虎(LTTE)」とシンハラ人率いる政府軍の争いは、1983年頃より内戦に発展し、2009年に終結するまでに少なくとも6万人の死者を生み出したといいます。現在は政府も過激なシンハラ至上主義を幾分緩和したため、それまで迫害を恐れて避難民となっていた一般タミル人の帰還も進み、膨大な雇用人数が見込める繊維産業を中心に復興と経済発展に向けた取り組みが成されています。

国旗は1972年に国名をスリランカへと変更すると同時に制定された3代目のもので、フライ側に配された剣を持った獅子は、前述のキャンディに都を置いたシンハラ人王朝のウダラタ王国時代から用いられている紋章であり、主権と権威を象徴します。その周辺には仏教国スリランカにとって高貴な植物である菩提樹の葉が配されています。黄は最大民族シンハラ人が信仰する仏教を、緑とサフラン色は少数民族の中で最大の規模を持つタミル人が信仰するイスラム教とヒンドゥー教を、獅子の背後のエビ茶色(公式見解では深い赤)はその他の民族を象徴し、スリランカに住む各民族の融和を唱えています。

縦横比:1対2

【旧国旗】
Flag_of_Ceylon_(1948-1951_now_Sri_Lanka).png
1948年の独立当時の国旗は、多数派シンハラ人の意匠のみが施された国旗となっています。少数民族からの反発を受け、1951年に廃止。

Flag_of_Ceylon_(1951-1972_now_Sri_Lanka).png
2代目の国旗は少数民族の象徴も取り入れた国旗となり、現在の国旗とほとんど一緒です。唯一の違いは、獅子の周囲に置かれた菩提樹の葉が、この旗では仏教寺院の尖塔(ストゥーパ)となっているところです。1972年、国名変更に伴い国旗も現在のものに移行しました。


スリランカ民主社会主義共和国
ශ්‍රී ලංකා ප්‍රජාතාන්ත්‍රික සමාජවාදී ජනරජය
(シュリー・ランカー・プラジャーターントリカ・サマージャヴァーディー・ジャナラージャヤ)

இலங்கை சனநாயக சமத்துவ குடியரசு
(イランカイ・ジャナナーヤカ・コーカリカ・クディヤラック)

Democratic Socialist Republic of Sri Lanka
(デモクラティック・ソーシャリスト・リパブリック・オブ・スリ・ランカー)


Map_of_Sri_Lanka.gif

統計データは原則として2015年時点のもの。

[地理]
位置:アジア
面積:約6.6万km² (北海道の約78%)
人口:約2161万人
都市人口率:18.4%
首都:スリ・ジャヤワルダナプラ・コッテ (注1)
    (シ:ශ්‍රී ජයවර්ධනපුර කෝට්ටේ)
    (タ:ஶ்ரீ ஜெயவர்த்தனபுர கோட்டை)
    (英:Sri Jayawardenapura Kotte)
最大都市:コロンボ (シ:කොළඹ タ:கொழும்பு 英:Colombo)
主要民族:シンハラ人75%
       タミル人11%
       マラッカラ(アラブ系ムーア人)9%
       少数のバーガー人(現地人と白人の混血)、マレー系など。
主要言語:シンハラ語とタミル語が公用語。共に二大民族の言語だが、
       タミル語の使用域は北部と東部沿岸に集中しており、国土
       の大半ではシンハラ語が用いられる。また、憲法は民族を
       またぐ連結語として英語も指定し、高等教育やビジネスな
       どの場で話されるが、話者数は人口の1割に過ぎず、ある
       程度の教育を受けられるエリート層の言語と見なされる。
       他にバ-ガー人が母語とするクレオール言語(オランダ語
       系とポルトガル語系)、マレー系諸語など。
主要宗教:仏教70%
        上座部仏教69%以上
       ヒンドゥー教13%
       イスラム教10%
        スンナ派9%以上
        極めて少数だがシーア派も存在
       キリスト教7%
        ローマ・カトリック教会6%
        聖公会1%
       ※スリランカの憲法上、公式に「国教」は設けられていないが、
        仏教が「第一の地位」を占めると明言されており、実質的に
        国教に準じる宗教として扱われる。

[政治・軍事]
独立:1948年2月4日
国連加盟:1955年12月14日
政治体制:共和制、大統領制
元首:大統領
    直接選挙制、任期6年、再選制限なし。
政府:内閣
    首相は大統領が任命。
    他の閣僚は首相との協議に基づき、大統領が任命。
議会:一院制の国会
    225議席。直接選挙制(比例代表制)。任期6年。
政党制:スリランカ自由党と統一国民党による緩やかな二大政党制
国政選挙権:18歳以上の国民全て
兵役制度:志願制
国防費:23億9000万米ドル
軍組織:スリランカ軍
     陸軍20万人
     海軍1万5000人
     空軍2万8000人

[経済・通信・その他]
中央銀行:スリランカ中央銀行
通貨:スリランカ・ルピー (rupee, LKR)
国内総生産(GDP):823億1600万米ドル
1人当たりGDP:3925米ドル
GDP構成比:農林水産業8.7%
        鉱工業30.7%
        サービス業60.6%
労働人口:893万人
失業率:4.7%
輸出額:105億1000万米ドル
輸出品:衣類、茶、香辛料、ゴム製品、宝石類、香料、魚介類、ココナッツ製品
輸出先:米国26%、英国9%、インド7%、ドイツ5%、イタリア4%
輸入額:189億3000万米ドル
輸入品:航空機、繊維原料、自動車、精製石油、原油、医薬品、鉄鋼、穀物
輸入元:インド25%、中国21%、UAE7%、日本7%、シンガポール6%
固定電話回線数:260万1000回線
携帯電話回線数:2438万5000回線
国別電話番号:94
ccTLD:.lk
インターネット利用者数:約609万人
車両通行:左側通行
平均寿命:76.9歳 (男性73.3歳、女性80.4歳)

[日本との関係]
国交樹立:1952年4月28日
相手公館:大使館 (東京)
駐日相手国人数:1万4126人 (永住者2419人、特別永住者2人)
相手輸出額:2億5400万米ドル
相手輸出品:茶、衣類、野菜、天然ゴムとゴム製品、魚介類、ココナッツ製品
日本公館:大使館 (コロンボ)
在留日本人数:1015人 (永住者86人)
日本輸出額:13億8000万米ドル
日本輸出品:自動車と部品、機械類、ゴム製品、化学薬品、精密機器、鉄鋼
現行条約:1958年 貿易取極
       1968年 租税条約
       1980年 青年海外協力隊派遣取極
       1982年 投資保護協定
       1984年 航空協定
       2005年 技術協力協定

(注1)
1985年に最大都市コロンボから南郊のスリ・ジャヤワルダナプラ・コッテへの遷都が行われたものの、国会議事堂以外の政府機関、および外国公館のほとんどはコロンボに残留したまま。よって形式的な首都はスリ・ジャヤワルダナプラ・コッテだが、事実上はコロンボが首都と言える。なお都市名が長いため、通常はコッテ(Kotte)と略される。


《国歌「母なるスリランカ」》
制定:1951年
作曲・作詞:アナンダ・サマラコーン

母なるスリランカ、我ら汝を称えん!
繁栄の中の富、汝、優美なる美しさと愛。
たわわに実った穀物、甘美な果実、
そして色鮮やかな花々に満ちた土地。
生命と全ての素晴らしきものを与えたまう大地。
喜びと勝利に満ちた我らが大地よ。
我らの最大の賛辞を受けたまえ。
スリランカ! 我らは汝を崇めん。

《国名の由来》
シンハラ語で「輝く島」を表すシュリー・ランカーから。Sriは「聖なる」や「輝く」、Lankaは「島」の意。タミル語ではこれが訛ってイランカイと呼ばれる。

1972年までの旧名セイロン(Ceylon)はシンハラ語で「獅子の子孫の島」を表すシンハラ・ディーパが、アラビア語でセランディーブ、ポルトガル語でセイラーンと訛って西洋に定着した名称。

旧国名
1948-
1972
 セイロン
(シ)ලංකාව (ランカー)
(タ)இலங்கை (イランカイ)
(英)Ceylon (セイローン)
1972-
1978
 スリランカ共和国
(シ)ශ්‍රී ලංකා ජනරජය (シュリー・ランカー・ジャナラージャヤ)
(タ)இலங்கை குடியரசு (イランカイ・クディヤラック)
(英)Republic of Sri Lanka (リパブリック・オブ・スリ・ランカー)

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プロフィール

嫁ドリル

Author:嫁ドリル
国旗と酒をこよなく愛する関西女。
カイロ、ドバイ、カルガリー駐在員を経て、現在は関東で働きながら旦那と1女1男の4人暮らし中。

国旗に関しては、まずは基礎知識カテゴリを熟読して下さい。

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