ザンビア

ザンビア
Zambia (ザンビア) (チェワ語、ベンバ語、英語)

Flag_of_Zambia.png

ザンビアはアフリカ大陸南部に位置する熱帯の内陸国です。国民の7割は農業に従事し、コーヒー豆や葉タバコなどの換金作物と、自給用のイモ類が盛んに作られていますが、国際的には金属類を中心に地下資源が豊富な国として知られており、銅とコバルトの2品目だけでザンビアの総輸出額の約8割を占めます。特に銅の産出量は世界でも十指に入るほど規模が大きく、日本の十円玉に使われる銅も、かつてはその多くをザンビア産に依存していました。鉱工業界においては、金属加工のノウハウや工業施設が必要な精錬は、輸出先である先進国の企業で行われるのが一般的で、ほとんどの資源供給国は鉱石をそのまま輸出するだけという形が定型化していますが、外国資本を積極的に受け入れてきたザンビアは、アフリカでは珍しく金属の精錬に関する一定の技術と設備を有しており、掘ったままの鉱石を輸出するよりも値段が格段に高い金属製品に加工して輸出できるという強みがあります。近年では自国産の鉱石のみならず、周辺の産出国からも鉱石を輸入し、精錬して金属製品として輸出することも行うなど、金属業はザンビアの基幹産業として定着しています。しかしその一方で、鉱産資源とその加工品に過度に依存した経済体制は、当該製品の国際価格に大きく左右され、財政が不安定になりやすく、更に内陸国であることから周辺国への運送費と港湾使用料が重い負担となるという事情もあり、貿易には大きなコストが掛かってしまいます。こうした事情から、ザンビア政府は金属製品の輸出以外の新たな外貨獲得源を求めて、産業の多角化を推進しています。特に多種多様な動植物が生育する豊かな自然や、南隣のジンバブエとの国境に世界三大瀑布の1つであるヴィクトリアの滝を持ち、周辺国と比べて治安も良いことも作用して、観光業の振興に積極的です。

18世紀から19世紀にかけて、この地はアフリカ大陸をエジプトから南アフリカまで南北に縦断する政策を推進していたイギリスと、アンゴラからモザンビークまでの東西を横断しようとするポルトガルの係争地となっていましたが、国力で勝るイギリスが最終的にポルトガル軍を撤収させることに成功し、1890年には南のジンバブエと共にローデシアの名でイギリス南アフリカ会社(BSAC)が接収しました。BSACによる統治は現地人を徹底的に搾取する過激なもので、国際社会からの非難も強くなったため、1924年にローデシアは南北に分割され、ザンビアは北ローデシアと改名し、その地位もBSACの所有地からイギリス政府の直轄植民地へと変更されました。第二次大戦後からは現地人が独立を求める声を拡大させていき、手を焼いたイギリスは1953年に南北ローデシアと東隣のニヤサランド(現マラウイ)を合併して連邦化し、人口の多い南ローデシアの白人に実権を握らせることで、独立運動を封じ込めようと画策します。しかしこれはかえって各地域の白人の利害対立を招き、逆に大多数を占める黒人層の結束を固める結果となったため、失敗。1963年末に連邦は解体に追い込まれました。ここにきて遂に植民地の維持を断念したイギリスは、北ローデシアに自治政府の設立を認め、独立運動を主導した統一民族独立党(UNIP)のケネス・カウンダが自治政府の首相に就任。翌1964年にはザンビア共和国としてようやく独立を達成しました。独立後のザンビアでは初代大統領となったカウンダ率いるUNIP政権のもとで長期独裁体制が敷かれましたが、国民の反発を受けて1991年に民主化。それ以降は複数政党制が形だけのものに留まっている国が大半なアフリカにあって、実質的にも政治的自由が保障された数少ない民主主義国家の1つとなっています。

1964年の独立時に制定された国旗は、緑がザンビアの豊かな自然と農業を、赤は独立のために流された血を、黒は国民の大半を占める黒人を、オレンジは前述のようにこの国が銅の主要な生産国であることを示しています。フライ側に意匠を集中させた珍しい国旗であり、赤、黒、オレンジの三色の上には力の象徴である国鳥サンショクウミワシが配されています。1996年にはそれまで暗い緑だった地色が明るい緑に変更され、現在に至ります。ちなみにザンビアの独立は1964年の10月24日ですが、この日は折しも東京五輪の閉会式が行われた日です。この国の選手団は東京五輪でオリンピック初参加を果たしていましたが、開会式や競技期間の時点ではまだ正式な独立には至っていなかったため、北ローデシアという名前と植民地旗を掲げていました。一方、独立記念日をむかえた閉会式は、五輪の締めくくりが行われていた東京国立競技場の中で、制定されたばかりの真新しい国旗が初めて国際社会にお披露目され、北ローデシアではなくザンビアという呼称がコールされることとなり、新生国家の独立を世界中に知らせる絶好の舞台となりました。閉会式でザンビアの新国旗を掲げていた選手団員は、同じく閉会式に参加していた各国の選手にこぞって肩車をされ、観衆も割れんばかりの拍手を送り、当時の会場は祝福ムードに包まれたといいます。

縦横比:2対3


ザンビア共和国
Dziko la Zambia (ジコ・ラ・ザンビア)
Ichalo ca Zambia (イチャロ・カ・ザンビア)
Republic of Zambia (リパブリック・オブ・ザンビア)

Map_of_Zambia.png

統計データは原則として2015年時点のもの。

[地理]
位置:アフリカ
面積:約75.3万km² (日本のおよそ2倍)
人口:約1552万人
都市人口率:40.9%
首都・最大都市:ルサカ (チ・ベ・英:Lusaka)
主要民族:黒人諸部族が99%で、そのほとんどがバントゥー系。
       約70の部族に分かれ、チェワ、ベンバ、トンガ、トゥンブカ、
       ルンダ、ルヴァレ、カオンデ、ンコヤ、ロジの9部族の規模
       が特に大きい。非黒人はイギリスと南アフリカの白人、イ
       ンドと中国からのアジア系移民が多いが、全てを合わせ
       ても人口の1%程度に過ぎず、その大半は首都ルサカと
       中央部の鉱山都市群(カッパーベルト)に集中している。
主要言語:英語が公用語で、政府機関や高等教育、およびビジネス
       の場で用いられるが、習得率は人口の3割程度であり、あ
       る程度の教育を受けられるエリート層の言語と見なされて
       いる。国民の大半は自らの属する部族の固有語を母語と
       しており、約70言語が話される。中でもチェワ語とベンバ
       語は母語率も高く、また第二言語として習得している国民
       も多いため、地域によっては共通語の役割を果たしている。
主要宗教:キリスト教95%
        プロテスタント諸派75%
        ローマ・カトリック教会20%
       伝統宗教(各部族固有の精霊信仰)2~3%
       無宗教2%
       少数のイスラム教、バハーイー教など。

[政治・軍事]
独立:1964年10月24日
国連加盟:1964年12月1日
政治体制:共和制、大統領制
元首:大統領
    直接選挙制、任期5年、3選禁止。
政府:内閣(首相職なし)
    閣僚は大統領が任命。
議会:一院制の国民議会
    164議席。156議席は直接選挙(小選挙区制)で選出。
    残る8議席は大統領が任命。任期5年。
政党制:多党制
国政選挙権:18歳以上の国民全て
兵役制度:志願制
国防費:4億8700万米ドル
軍組織:ザンビア国防軍
     陸軍1万4000人
     空軍1600人

[経済・通信・その他]
中央銀行:ザンビア銀行
通貨:ザンビア・クワチャ (kwacha, ZMK)
国内総生産(GDP):212億200万米ドル
1人当たりGDP:1361米ドル
GDP構成比:農林水産業8.6%
        鉱工業31.3%
        サービス業60.1%
労働人口:691万人
失業率:14.1%
輸出額:69億9800万米ドル
輸出品:精錬銅、葉タバコ、トウモロコシ、砂糖、精錬コバルト、宝石、金、電力、木材
輸出先:中国26%、コンゴ民主13%、南アフリカ6%、韓国5%、インド4%
輸入額:77億1100万米ドル
輸入品:精製石油、機械類、銅鉱、コバルト鉱、原油、化学薬品、鉄鋼、自動車
輸入元:南アフリカ35%、コンゴ民主18%、ケニア10%、中国7%、インド4%
固定電話回線数:11万6000回線
携帯電話回線数:1155万8000回線
国別電話番号:260
ccTLD:.zm
インターネット利用者数:約318万人
車両通行:左側通行
平均寿命:52.5歳 (男性50.8歳、女性54.1歳)

[日本との関係]
国交樹立:1964年10月24日
相手公館:大使館 (東京)
駐日相手国人数:174人 (永住者24人)
相手輸出額:5440万米ドル
相手輸出品:精錬コバルト、精錬銅、葉タバコ、皮革、鉄鋼
日本公館:大使館 (ルサカ)
在留日本人数:241人 (永住者7人)
日本輸出額:8600万米ドル
日本輸出品:自動車、化学薬品、機械類、ゴム製品、二輪車
現行条約:1965年 貿易協定
       1970年 青年海外協力隊派遣取極
       1971年 租税条約
       2006年 技術協力協定


《国歌「立ち上がり歌おう、誇り高く自由なザンビアの歌を」》
制定:1964年
作曲:イーノック・ソントンガ
作詞:不明
備考:南アフリカおよびタンザニアの国歌と同じメロディーだが、これは
    「神よ、アフリカに祝福を」というアフリカの黒人解放を謳った曲を
    共通のメロディーとして採用したため(歌詞は異なる)。

立ち上がり歌え、誇り高く自由なザンビアの歌を。
共に働き、喜びを分かち合う国。
正義の闘いにおける勝者。
我らは自由を求める闘いに勝利した。
全ては1つに、雄々しく自由に。

神を称えよ。
称えよ。称えよ。称えよ。
我らの偉大なる国に祝福を。
ザンビア。ザンビア。ザンビア。
我らは自らの土地の旗のもとで立ち上がる。
ザンビア、汝を称えん!
全ては1つに、雄々しく自由に。

《国名の由来》
ザンビア北部に水源を持つアフリカ第4の大河ザンベジ川(Zambezi River)のZambに、英語で地名を表す接尾語iaを付けた国名。ザンベジとはバントゥー系の言語で「巨大な水路」を意味する。

植民地時代の名称である北ローデシア(Northern Rhodesia)は、19世紀後半から20世紀初頭にかけてアフリカ南部の植民地化を進めた政治家セシル・ローズにちなむ。

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嫁ドリル

Author:嫁ドリル
国旗と酒をこよなく愛する関西女。
カイロ、ドバイ、カルガリー駐在員を経て、現在は関東で働きながら旦那と1女1男の4人暮らし中。

国旗に関しては、まずは基礎知識カテゴリを熟読して下さい。

ツイッターやってます。基本的に更新情報はここでつぶやいてます。

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