ドイツ

ドイツ
Deutschland (ドイッチュラント) (ドイツ語)
Germany (ジャーマニー) (英語)

Flag_of_Germany.png

中世から近代にかけて数々の領邦国家に分裂していたドイツは、1871年にプロイセン(プロシア)王国を中心に統一され、ドイツ帝国が成立しました。この帝国は黒、白、赤の三色旗を用いていましたが、第一次大戦末期の帝政崩壊を受け、1919年に黒、赤、黄(金色)の三色旗に変更されました。この配色は19世紀のナポレオン戦争当時、フランスに対して勇敢に戦ったプロイセン義勇兵の軍服(黒マント、赤い肩章、金ボタン)に由来するとされ、黒は勤勉さと力、赤は情熱、黄は栄誉を表します。

帝政崩壊後に成立したヴァイマル(ワイマール)共和政期はこの国旗が使われましたが、1933年にアドルフ・ヒトラー率いるナチス党が政権を握ると廃止されました。第二次大戦後、ドイツは米英仏ソ4ヶ国の占領下に置かれ、1949年に米英仏の占領地区がドイツ連邦共和国(西ドイツ)、ソ連の占領地区がドイツ民主共和国(東ドイツ)として独立。この国旗は西ドイツ国旗として再び復活しました。また東ドイツも、この旗の中央に社会主義的な紋章を加えた国旗を制定しています。

1990年に西ドイツが東ドイツを併合し、再びこの旗がドイツ全体を代表する国旗として翻っています。政府機関で使用する旗には、中央に鷲をあしらった紋章を付け加えます。

縦横比:3対5

【旧国旗】
Flag_of_Germany_(1871-1918__1933-1935).png
1871年、プロイセン主導で統一されたドイツ帝国の国旗です。黒はプロイセン国旗、赤はドイツ北部に存在したハンザ同盟が使用した色であり、白は両者に共通するシンボルカラーです。1918年の帝政崩壊により国旗ではなくなりましたが、以後も国防軍の旗として使われ続けました。

1933年にナチス政権が成立すると一時的に国旗として復活しましたが、1935年にナチス党旗が国旗となったため再度廃止されました。

Flag_of_Germany_(1933-1945).png
1933年に政権を握ったナチスは、党旗を国旗として制定しようと画策。まず一時的に帝政時代の国旗を復活させ、ナチス党旗も国旗に準じる扱いとし、次いで1935年にはナチス党旗を唯一の国旗として定めました。1945年、ナチス政権の崩壊に伴い廃止。

中央の鉤十字はドイツ語でハーケンクロイツと呼ばれるもので、ドイツ人を含むアーリア人の優位性を表すものとして、1920年から既に党内で用いられていました。赤、白、黒の配色は帝政時代の国旗の配色を取り入れたものであり、同時に赤と黒は血と大地を象徴しています。中央の円形はホイスト側に寄っていますが、これは旗が翻った際、円がちょうど中央に見えるようにという配慮からくるものです。

現在はドイツのみならず、ヨーロッパの多くの国やイスラエルでは、2つの例外(学術的な研究用、ナチスを否定するための活動用)を除いてこの旗の使用は禁止されており、ナチスを肯定する意味合いで使うと処罰されます。


ドイツ連邦共和国
Bundesrepublik Deutschland
(ブンデスレプブリーク・ドイッチュラント)

Federal Republic of Germany
(フェデラル・リパブリック・オブ・ジャーマニー)


Map_of_Germany.gif

統計データは原則として2015年時点のもの。

[地理]
位置:ヨーロッパ
面積:約35.7万km² (日本の約94%)
人口:約8256万人
都市人口率:75.3%
首都・最大都市:ベルリン (独・英:Berlin, 注1)
主要民族:ドイツ国籍90%
       ゲルマン系ドイツ人80%
       トルコ系ドイツ人(クルド系も含む)2%
       南スラヴ系ドイツ人(旧ユーゴ諸国系)2%
       その他のドイツ国籍取得者(EU諸国の白人が大半)7%
      外国籍10%
       トルコ国籍(クルド人を含む)3%
       アジア系(ベトナム、タイなど東南アジア系が大半)3%
       その他(アフリカ系黒人など)3%
主要言語:ドイツ語が公用語であり、大半の住民が母語として用いる。
       他にソルブ語、フリジア語、低地ドイツ語(北ドイツ語)、デン
       マーク語、ロマ語の5言語も少数民族言語として保護される。
       外国語の中では英語が最も広く通用し、国民の6割以上が
       理解可能。他に西部ではオランダ語、南西部ではフランス語、
       東部ではポーランド語の話者も存在する。移民系言語のトル
       コ語、クルド語なども主に移民家庭内で話される。
主要宗教:キリスト教62%
        ローマ・カトリック教会(南部・西部中心)29%
        ドイツ福音主義教会(EKD。北部・中部中心)28%
        EKD以外のプロテスタント諸派3%
        正教会1~2%
       無宗教(旧東ドイツ地域に特に多い)34%
       イスラム教3%
       少数の仏教、ユダヤ教、ヒンドゥー教、シク教など。

[政治・軍事]
建国:1871年1月18日(ドイツ帝国)
    1949年5月23日(ドイツ連邦共和国。当時はいわゆる西ドイツ)
東西統一:1990年10月3日 (西ドイツが東ドイツを吸収合併)
国連加盟:1973年9月18日(注2)
政治体制:共和制、議院内閣制、連邦国家
元首:連邦大統領
    連邦議会と各州議会の議員で構成される 「連邦集会(注3)」
    が選出。任期5年、3選禁止。
政府:連邦内閣
    連邦首相は連邦議会が選出し、連邦大統領が任命。
    他の閣僚は連邦首相の指名に基づき、連邦大統領が任命。
議会:二院制の国会
    ●連邦参議院(上院)
     各州政府が法案審議の度に代表者を任命・派遣する。詳細は
     下記の(注4)を参照のこと。州の権限に関する法案しか審議で
     きない。
    ●連邦議会(下院)
     631議席。直接選挙制(小選挙区比例代表併用制)。任期4年。
     332議席は比例代表から、299議席は小選挙区から選出される。
     通常の立法権はこちらが行使し、ドイツの議会と言えば一般に
     連邦議会を指す。
政党制:ドイツ・キリスト教民主同盟とドイツ社会民主党による緩やかな
     二大政党制。ただし他の政党も州によっては無視できない支持
     を得ており、多党制の側面も強い。
兵役制度:志願制
国政選挙権:18歳以上の国民全て
国防費:470億4600万米ドル
軍組織:連邦軍 (米軍の核兵器共有国)
     陸軍5万9000人
     海軍1万6000人
     空軍2万8000人
     統合支援軍(戦力基盤軍とも)4万1000人
     救護業務軍2万人

[経済・通信・その他]
中央銀行:ドイツ連邦銀行 (注5)
通貨:ユーロ (euro, EUR, 注5)
国内総生産(GDP):3兆3557億7200万米ドル
1人当たりGDP:4万1221米ドル
GDP構成比:農林水産業0.6%
        鉱工業30.4%
        サービス業69.0%
労働人口:4500万人
失業率:4.6%
輸出額:1兆3090億米ドル
輸出品:機械類、自動車、医薬品、鉄鋼、航空機、化学薬品、プラスチック製品
輸出先:米国10%、フランス9%、英国8%、オランダ7%、中国6%
輸入額:1兆170億米ドル
輸入品:機械類、自動車、原油、天然ガス、衣類、鉄鋼、精錬アルミ、精密機器
輸入元:オランダ14%、フランス8%、中国7%、ベルギー6%、イタリア5%
固定電話回線数:4535万2000回線
携帯電話回線数:9636万1000回線
国別電話番号:49
ccTLD:.de
インターネット利用者数:約7102万人
車両通行:右側通行
平均寿命:80.8歳 (男性78.4歳、女性83.1歳)

[日本との関係]
国交樹立:1861年1月24日(プロイセンと国交樹立)
       1871年1月18日(ドイツ帝国がプロイセンとの国交を継承)
相手公館:大使館 (東京)
       総領事館 (大阪)
駐日相手国人数:1万476人 (永住者1490人、特別永住者16人)
相手輸出額:190億7600万米ドル
相手輸出品:自動車と部品、医薬品、機械類、精密機器、有機化合物
日本公館:大使館 (ベルリン)
       総領事館 (ハンブルク、ミュンヘン、フランクフルト、デュッセルドルフ)
在留日本人数:4万2205人 (永住者1万670人)
日本輸出額:238億2700万米ドル
日本輸出品:機械類、自動車と部品、精密機器、化学薬品、ゴム製品
現行条約:1927年 通商航海条約
       1954年 大戦の影響を受けた工業所有権保護協定
       1957年 戸籍上職務協定
            査証(ビザ)相互免除交換公文
            文化協定
       1962年 航空協定
       1967年 租税条約(2016年改正)
       1974年 科学技術協力協定
       1997年 環境保護協力協定
       2000年 社会保障協定
            ワーキング・ホリデー査証交換公文
       2014年 税関相互支援協定

(注1)
ベルリンには大統領官邸であるベルヴュー宮殿、連邦首相府、国会議事堂などの重要機関が置かれているが、国防省、環境省、会計検査院などいくつかの連邦機関は、西ドイツ時代の首都であったボン(ノルトライン=ヴェストファーレン州)に残存しているほか、最高司法機関である連邦憲法裁判所はバーデン=ヴュルテンブルク州のカールスルーエに置かれており、連邦政府の機関の全てがベルリンに集中しているわけではない。

(注2)
東西ドイツは1973年に国連同時加盟。1990年に西ドイツ(ドイツ連邦共和国)が東ドイツ(ドイツ民主共和国)を吸収したため、西ドイツの加盟枠が統一ドイツに継承された。

(注3)
ドイツ語のBundesversammlungの訳語であり、連邦大統領を選出する際にのみ設置される非常設の機関。連邦会議と書かれる場合もあるが、この機関では討議や質疑応答などは一切行われず、純粋に候補者への投票のみが行われるため、会議ではなく集会が適切だと判断した。

(注4)
連邦参議院の構成員は一般に州首相か州政府の閣僚で、審議する法案内容に応じて、各州政府が任意に入れ替える。そのため「連邦参議院議員」を専門職とする議員はおらず、その代表権は連邦参議院の判断が必要となる法案が発生した際、一時的に各州要人に与えられるものに過ぎない。よって任期も存在しない。

連邦を構成する全16州には最大6名ずつ代表者を送ることが認められているが、有効票数は州の人口に応じて異なり、各州の代表者は議決に際して、意見を州の総意としてまとめた上で投票しなければならない。すなわち、同じ州政府の代表者同士が異なる見解を出すことは許されない。また、出席者の数は各州に割り当てられた表決数に影響しない(例えば表決数3のザールラント州が6名の代表者を派遣しても、ザールラント州としての有効投票は3票のままである)。表決数は16州の合計で69。各州が持つ表決権は以下の通り。
●6票
  バイエルン州
  バーデン=ヴュルテンベルク州
  ノルトライン=ヴェストファーレン州
  ニーダーザクセン州
●5票
  ヘッセン州
●4票
  ベルリン(都市州)
  ブランデンブルク州
  チューリンゲン州
  シュレスヴィヒ=ホルシュタイン州
  ザクセン州
  ザクセン=アンハルト州
  ラインラント=プファルツ州
●3票
  ハンブルク(都市州)
  ブレーメン(都市州)
  ザールラント州
  メクレンブルク=フォアポンメルン州

(注5)
ヨーロッパ連合(EU)が統一通貨としてユーロを導入して以降、通貨発行権や金融政策の方針決定権はヨーロッパ中央銀行が担うようになり、ユーロ導入国が本来設置していた中央銀行はその傘下にある執行組織に改組された。ユーロ導入国の各中央銀行総裁はヨーロッパ中央銀行政策理事会の一員となり、連携してヨーロッパ中央銀行の政策を決定し、それに基づいて各国内での業務執行に当たることとされる。なお、ヨーロッパ中央銀行の本店はドイツのフランクフルト・アム・マインにある。

なお、ユーロ導入前にドイツ連邦銀行が発行していた通貨はドイツ・マルク(mark, DEM)である。


《国歌「ドイツの歌」》
制定:1922年
作曲:アウグスト・ハインリヒ・ホフマン
作詞:フランツ・ヨーゼフ・ハイドン

統一、正義、そして自由を、
父なる祖国ドイツの為に!
その為に我らは、心と手を携え、
兄弟の如く励もうではないか!
統一、正義、そして自由は、幸福の証。
その幸福なる光の中で栄えよ、
父なる祖国ドイツ!
その幸福なる光の中で栄えよ、
父なる祖国ドイツ!

《国名の由来》
ドイツ語ではDeutschland(ドイッチュラント)と表記される。ドイッチュは古高ドイツ語で「民衆の、同胞の」を意味する言葉diutisk(ディウティスク)に由来し、ラントは「国、土地」を意味する。日本語表記であるドイツは、オランダ語表記Duitsland(ドゥイツラント)からlandが脱落して成立した。

英語ではGermany(ジャーマニー)というが、これはドイツ人の大半が属するゲルマン民族に由来する。紀元前3世紀頃のヨーロッパ北部はラテン語で「ゲルマン民族の地」を表すGermania(ゲルマニア)と呼ばれており、それが英語に持ち込まれて転訛したという。ゲルマンの語源は不詳だが、『オックスフォード英語辞典』はケルト諸語で「隣人」を表すgair、もしくは「戦士部族」を意味するgairmを語源とする説を紹介している。

1990年の東西ドイツ再統一後はあまり見られなくなったが、分裂時代はドイツ民主共和国(東ドイツ)との区別のため、ドイツ語でBRD、英語でFRGと表記されることがあった(それぞれの言語における公式国名の頭文字)。

旧国名
1871-
1945
 ドイツ国
(独)Deutsches Reich (ドイチェス・ライヒ)
(英)German Reich (ジャーマン・ライヒ)

1871-1945年当時の公式国名は一貫してドイツ国だったが、現在では歴史的用語として、1871-1918年をドイツ帝国、1918-1933年をヴァイマル(ワイマール)共和政、1933-1945年をナチス・ドイツと呼ぶことが多い。

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プロフィール

嫁ドリル

Author:嫁ドリル
国旗と酒をこよなく愛する関西女。
カイロ、ドバイ、カルガリー駐在員を経て、現在は関東で働きながら旦那と1女1男の4人暮らし中。

国旗に関しては、まずは基礎知識カテゴリを熟読して下さい。

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