中央アフリカ

中央アフリカ
Centrafrique (ソントラフリック) (フランス語)
Bêafrîka (ベアフリカ) (サンゴ語)
Central African Republic (セントラル・アフリカン・リパブリック) (英語)

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中央アフリカ共和国は、その国名が表す通り、アフリカ大陸のほぼ中央部に位置する内陸国です。この地は隣接するコンゴの付属地として19世紀末にフランスの植民地となり、域内を流れる2つの川の名前をとってウバンギ=シャリ(Ubangi-Shari)と名付けられました。1910年にはコンゴ、カメルーンと共にフランス領赤道アフリカとして統合(1920年には北隣のチャドも編入)され、以後綿花やコーヒー豆などの農産物、それにダイヤモンドと金を軸とした鉱物資源の供給地として統治されてきましたが、第二次大戦後からは住民の政治意識も高まりを見せ、1958年に自治共和国に昇格。次いで1960年には中央アフリカ共和国として正式な独立を達成しました。

独立後はダヴィド・ダッコ初代大統領のもとで新国家の建設が始まったものの、政情は安定せず、1965年に軍のジャン=ベデル・ボカサ参謀総長率いるクーデターで軍事政権が成立し、翌1966年にボカサは自ら第2代大統領に就任。1972年には自身の地位を終身大統領と位置付けて独裁統治を敷きましたが、野心家の彼はそれすら自分には不十分な地位であるとして、1976年には遂に共和制の廃止と皇帝への即位を決行、ボカサ1世と名乗って国家の私物化を進めました。それに伴い国名も中央アフリカ帝国と改称し、翌1977年には当時の国家予算の倍に相当する資金をつぎ込んで盛大な戴冠式を行うなど、最貧国の1つである中央アフリカの脆弱な国力をあまりに無視した施策が矢継ぎ早に実施され、国際社会からの失笑と非難を買います。結局、この傍若無人な帝政はわずか3年で打倒され、再びダッコが大統領に就任して共和制が復活していますが、その後も政情は安定せず、選挙のたびに国は騒乱で荒れ、無政府状態に陥ることもあります。また、なんとか選挙プロセスを完了させても、程なくしてクーデターで打倒される悪循環が現在まで続いており、2013年のクーデター後には混乱に乗じて略奪や婦女暴行、果ては宗教対立に起因する虐殺まで発生しました(見かねた旧宗主国フランスや周辺国が治安部隊を派遣)。当然、政治情勢の混乱と停滞は国家経済にも深く影響し、ダイヤモンドなど豊富な地下資源を有するにもかかわらず、公務員への給与すらまともに支払えない状態に陥ることもしばしばで、毎年アメリカのシンクタンクが発表している「失敗国家(破綻国家、崩壊国家とも)」ランキングでは、常にワースト10位以内に入っています。そもそも中央アフリカという国家自体、内陸国という地理的な制約のため貿易上の不都合が多く、持続的な経済成長が困難な事情を抱えたまま建国した経緯があり、独立から現在に至るまで世界の途上国の中でもとりわけ貧しく、また不安定な国という不名誉な称号を背負い続けています。

1958年の自治権獲得の際に制定された中央アフリカ国旗は、独立を主導した政治家バルテレミー・ボガンダによりデザインされたもので、彼が唱えたフランスとアフリカの融和を体現した意匠となっています。すなわち、赤、黄、緑は汎アフリカ色を、青、白、赤はフランス国旗からとり入れられた色なのです。色の意味合いは、青が希望とアフリカの空、白が純潔と理想、緑が南部の森林地帯と国の富、黄が北部のサバンナ地帯とダイヤモンドなどの豊かな鉱産資源となっています。中央を貫く赤帯は独立のために流された血と情熱を象徴すると同時に、かつてフランス領赤道アフリカとして統治されていた頃の名残から、赤道も表しています。カントン部の黄色い星は、自由と独立を示すシンボルです。ボガンダは他にも後述する国歌の作詞も担当し、自治政府の初代首相を務めるなど、名実共に中央アフリカの「建国の父」として現在まで敬われていますが、彼自身は独立直前の1959年に飛行機事故に逢い、祖国の独立を見届けることなく亡くなってしまいました。

縦横比:3対5


中央アフリカ共和国
République centrafricaine (レピュブリック・ソントラフリケーヌ)
Ködörösêse tî Bêafrîka (コドロセセ・ティ・ベアフリカ)
Central African Republic (セントラル・アフリカン・リパブリック)

Map_of_the_Central_African_Republic_.gif

統計データは原則として2015年時点のもの。

[地理]
位置:アフリカ
面積:約62.3万km² (日本の約1.6倍)
人口:約480万人
首都・最大都市:バンギ (仏・英:Bangui サ:Bangî)
都市人口率:40.0%
主要民族:バヤ族、バンダ族、マンジャ族、サラ族などの、
       アフリカ系黒人諸部族(約80部族)がほとんど。
       少数のヨーロッパ系白人も存在し、その大半は
       フランス人が占める。
主要言語:フランス語とサンゴ語が公用語。サンゴ語は現地の
       ンバンディ語とフランス語が混合して成立したクレオ
       ール言語の一種であり、母語率は1割程度に過ぎな
       いが、各民族をまたぐ共通語(第二言語)として、広く
       使用されている。一方、フランス語は高等教育を受け
       たエリート層の言語、およびビジネス用の言語と認識
       されている。他にバヤ語、バンダ語などの各民族語。
主要宗教:キリスト教80%
        プロテスタント諸派51%
        ローマ・カトリック教会29%
       イスラム教15%
        スンナ派14%以上
       伝統宗教(部族固有の精霊信仰)5%

[政治・軍事]
独立:1958年12月1日(自治国)、1960年8月13日(完全独立)
国連加盟:1960年9月20日
政治体制:共和制、半大統領制
元首:大統領
    直接選挙制。任期5年。3選禁止。
政府:閣僚評議会(内閣に相当)
    首相は大統領が任命。
    他の閣僚は首相の提案に基づき、大統領が任命。
議会:二院制の国会
    ●元老院(上院)
     各地方議会による間接選挙制が定められているが、
     2016年11月現在、未設置。2017年中の正式運営を
     目指している。任期5年。
    ●国民議会(下院)
     131議席。直接選挙制(小選挙区制)。任期5年。
政党制:多党制
国政選挙権:18歳以上の国民全て
兵役制度:徴兵制
国防費:不明 (5000~7000万米ドルと推計される)
軍組織:中央アフリカ共和国軍
     陸軍7000人
     空軍150人
     国家憲兵隊1000人

[経済・通信・その他]
中央銀行:中部アフリカ諸国銀行 (注1)
通貨:CFAフラン (franc, XAF, 注1)
国内総生産(GDP):17億2300万米ドル
1人当たりGDP:307米ドル
GDP構成比:農林水産業58.3%
        鉱工業11.9%
        サービス業29.8%
労働人口:236万人
失業率:不明 (20~30%と推計される)
輸出額:1億4900万米ドル
輸出品:木材、綿花、ダイヤ原石、コーヒー豆、金、葉タバコ、再輸出品
輸出先:フランス44%、中国18%、チャド8%、カメルーン6%、モロッコ4%
輸入額:5億7400万米ドル
輸入品:機械類、自動車、医薬品、米、小麦、鉄鋼、プラスチック製品、精製石油
輸入元:フランス16%、米国14%、ザンビア9%、エジプト7%、中国7%
固定電話回線数:1000回線
携帯電話回線数:98万2000回線
国別電話番号:236
ccTLD:.cf
インターネット利用者数:約22万人
車両通行:右側通行
平均寿命:52.4歳 (男性51.0歳、女性53.7歳)

[日本との関係]
国交樹立:1960年8月13日
相手公館:無し (日本を兼轄する他国駐在公館も無し)
       ※1968年に東京に中央アフリカ大使館が開設されたが、
        1992年に閉鎖。以来、日本に駐在する中央アフリカの
        公館は存在しない。
駐日相手国人数:21人 (永住者3人)
相手輸出額:141万米ドル
相手輸出品:木材がほぼ全て
日本公館:無し (駐カメルーン大使館が兼轄)
在留日本人数:8人 (永住者無し)
日本輸出額:186万米ドル
日本輸出品:機械類、自動車、ゴム製品、医薬品
現行条約:1968年 貿易取極

(注1)
アフリカの中部・西部には独自通貨を持たない国が多く、代わってCFAフランが共通通貨として広く流通している。CFAフランはかつてはフランス・フランと、現在はユーロ(euro, EUR)との固定相場制を採っており、1ユーロ=655.957CFAフランとなっている。なお、CFAはフランス語に基づきセーファーと発音される。

CFAフランは西アフリカ諸国中央銀行発行のもの(コードはXOF)と中部アフリカ諸国銀行発行のもの(同XAF)に分かれるが、双方ともに通貨価値は同じである。ただし相互に混合流通しているわけではなく、国際法上はあくまで別通貨扱いで、CFAフラン導入国はいずれかの銀行が発行する貨幣のうち、どちらかを選択して自国通貨に指定する形態をとる。貨幣のデザインも双方で異なり、印字された銀行名で区別される。


《国歌「再生」》
制定:1960年
作曲:ヘルベール・ペッパー
作詞:バルテレミー・ボガンダ

おお! 中央アフリカ。バントゥー民族揺籃(ようらん)の地よ!
尊厳と生命のため、再び権利を取り戻せ!
我らは皆、長きにわたる支配と侮蔑にさらされてきた。
だが、今日この時より、圧政は打ち滅ぼされたのだ!
労働、秩序、そして威厳を通じ、権利と統一を奪還するのだ。
その一歩を踏み出すため、我らが祖先は呼び掛けているぞ。

働こう! 秩序と威厳の名において。
権利と統一に敬意を表して。
貧困と圧政を打ち砕こう。
祖国の旗を高く掲げながら。

《国名の由来》
文字通り、国土がアフリカ大陸のほぼ中央部に位置することに由来する国名。フランス語ではCentrafrique(ソントラフリク)、サンゴ語ではBêafrîka(ベアフリカ)と表記される。

アフリカの語源は、古代のアフリカ大陸北部(現在のチュニジア周辺)がローマ帝国によって「アフリの地」を意味するAfrica terra(アフリカ・テラ)と呼ばれていたことに由来する。アフリとは「砂塵」を意味するAfer(アフェル)の複数形とする説や、かつて北アフリカに存在したアフリディと呼ばれる部族に由来するという説があり、定まっていない。

英語での略称は存在せず、Central African Republic(セントラル・アフリカン・リパブリック)と公式国名で表記される。これはCentral Africa単体だと、この国のみならずアフリカ大陸の中部一帯を指し示す地域名になってしまうため。日本語ではこの国を中央アフリカ、大陸中部一帯を中部アフリカと呼んで区別している。

旧国名
1976-
1979
 中央アフリカ帝国
(仏)Empire centrafricain (アンピール・ソントラフリケーン)
(サ)資料なし
(英)Central African Empire (セントラル・アフリカン・エンパイア)

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プロフィール

嫁ドリル

Author:嫁ドリル
国旗と酒をこよなく愛する関西女。
カイロ、ドバイ、カルガリー駐在員を経て、現在は関東で働きながら旦那と1女1男の4人暮らし中。

国旗に関しては、まずは基礎知識カテゴリを熟読して下さい。

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