チャド

チャド
Tchad (チャド) (フランス語)
تشاد (チャード) (アラビア語)
Chad (チャド) (英語)

Flag_of_Chad.png

アフリカ大陸北中部に位置する内陸国チャドは、1960年にフランスから独立した国です。その国土はアラブ系遊牧民が中心となっている北・中部のイスラム圏と、キリスト教と伝統宗教を主とする南部の黒人圏に大別され、しばしば両者の衝突が大規模な紛争に発展していることで知られます。もとよりこのような政情不安の種を抱えていることに加え、内陸国という地理的な弱点が対外貿易をコスト高としていることから、綿花や家畜の皮革といったチャドの主要産品は他国の同様の製品より高くなりがちで、なかなか輸出額が伸びません。また、世界最悪レベルとされる汚職の蔓延が、富の分配と円滑な経済活動にとって大きな障害となり、一般国民の生活は非常に貧しいまま推移しています。ただそんな中でも未開発資源の発掘は少しずつ進められ、2003年にギニア湾に面したカメルーンの港までのパイプラインが完成し、石油生産を開始。これにより貿易量は飛躍的に上昇し、今ではチャドの輸出の9割以上が石油で占められ、近年は遂に貿易収支を黒字化することにも成功しました。しかしこの増大した富も、やはり支配層とその周辺幹部による寡占状態にあり、国全体の発展や民衆の生活向上に使われているとは言い難く、国際社会からは相変わらず最貧国として認識されています。

チャドの歴史は、アラブ世界と黒人世界を結ぶサハラ交易の歴史と言っても過言ではなく、9世紀前半から13世紀のカネム王国、以後19世紀まではボルヌ王国が象牙や金などを軸とした隊商貿易で富を蓄積していきました。これらの王国はいずれもチャド湖周辺地域を中枢として版図を広げたイスラム国家で、総称してカネム=ボルヌ帝国と呼ばれます。19世紀になると西洋人の来訪が相次ぎ、中でもカメルーンから進出したフランスが次第に影響力を拡大。同世紀末期に隣のスーダンから侵入した武装勢力によってボルヌ王国が滅ぼされると、当該地域の民衆保護を名目にフランス軍も侵入を開始し、1910年には遂にチャドを併合しました。ちなみに同年、カメルーン、ウバンギ=シャリ(現中央アフリカ)、ガボンの3植民地が統治の効率化のために連邦を組み、新たにフランス領赤道アフリカを結成していましたが、領域の平定が遅れたチャドはしばらくこれに加わらず、1920年にようやく編入が実現しています。第二次大戦後からは次第に住民の政治意識も高まりを見せ、赤道アフリカに属する4植民地でも自治権の拡大を求める声が広がりました。この大規模な動きを抑え込むことは不可能と判断したフランスは、1958年に各植民地を自治共和国に昇格させ、次いで1960年には独立を承認。この地もチャド共和国として、晴れて独立を達成することとなったのです。

チャドの国旗は自治共和国時代の1959年にフランス国旗を参照して制定されたもので、植民地時代から続く同国との関係の深さを物語っています。青は空とサバンナに覆われた南部地方、そしてチャドの主要な水源であるチャド湖を、黄は炎熱の砂漠が広がる北部地方と太陽を、赤は進歩、統一、それを実現するための犠牲を象徴します。ちなみにこの国旗、ルーマニアの国旗と全く同じデザインかつ縦横比であり、配色もほぼ同じです。チャドの国旗のほうが青が少し濃いですが、識別するのは至難の業と言えます。チャドが独立した1960年、まだルーマニアは社会主義政権下で中央に国章を配置していたため、両国の国旗を見分けるのも容易だったのですが、1989年のルーマニア革命を経て国章が外されてしまったため、このような事態が発生しています。

縦横比:2対3


チャド共和国
République du Tchad (レピュブリック・デュ・チャド)
جمهوريّة تشاد (ジュムフーリーヤ・チャード)
Republic of Chad (リパブリック・オブ・チャド)


Map_of_Chad.gif

統計データは原則として2015年時点のもの。

[地理]
位置:アフリカ
面積:約128.4万km² (日本の約3.4倍)
人口:約1361万人
都市人口率:22.5%
首都・最大都市:ンジャメナ (仏・英:N'Djamena ア:انجامينا)
主要民族:全土で約200の民族。南部を中心にサラ族、カネンブ族、
       マバ族などアフリカ系黒人が大半。北部ではアラブ人と、
       アラブ化したベルベル人が多い。それぞれの比率は不明。
主要言語:フランス語とアラビア語が公用語。アラビア語は民族をまたぐ
       共通語として機能しており、事実上の国語となっているが、フ
       ランス語も政府機関や教育など公共性の高い分野で用いられ
       ており、ある程度の教育を受けられるエリート層の言語と見な
       されている。ただしほとんどの国民はサラ語など120に及ぶ各
       部族固有の言語を母語としており、2つの公用語は必要に応じ
       て後から習得する言語に過ぎない。
主要宗教:イスラム教(北部・東部中心)55%
        スンナ派33%
        特定の宗派に属さない11%
        シーア派10%
        アフマディーヤ教団1%
       キリスト教(南部・西部中心)40%
        ローマ・カトリック教会22%
        プロテスタント諸派18%
       無宗教3%
       伝統宗教(各部族固有の精霊信仰)1%

[政治・軍事]
独立:1958年11月28日(自治国)、1960年8月11日(完全独立)
国連加盟:1960年9月20日
政治体制:共和制、大統領制
元首:大統領
    直接選挙制、任期5年、再選制限なし。
政府:国家評議会(内閣に相当)
    首相は大統領が任命。
    他の閣僚は首相の推薦に基づき、大統領が任命。
議会:一院制の国民議会
    188議席。直接選挙制(小選挙区と大選挙区を併用)。任期4年。
政党制:愛国救済運動による一党優位制
     (形式上は多党制)
国政選挙権:18歳以上の国民全て
兵役制度:徴兵制
国防費:2億5300万米ドル
軍組織:チャド軍
     陸軍2万人
     空軍350人
     国家憲兵隊5000人

[経済・通信・その他]
中央銀行:中部アフリカ諸国銀行 (注1)
通貨:CFAフラン (franc, XAF, 注1)
国内総生産(GDP):139億2200万米ドル
1人当たりGDP:776米ドル
GDP構成比:農林水産業53.2%
        鉱工業13.6%
        サービス業33.2%
労働人口:527万人
失業率:不明 (5~10%と推計される)
輸出額:39億6500万米ドル
輸出品:原油が9割以上、他に綿花、昆虫標本、胡麻、家畜
輸出先:米国59%、インド13%、日本7%、中国4%、トルコ2%
輸入額:30億7100万米ドル
輸入品:機械類、医薬品、二輪車、自動車、鉄鋼、精製石油、穀物、衣類
輸入元:フランス17%、中国14%、カメルーン11%、米国6%、インド6%
固定電話回線数:1万7000回線
携帯電話回線数:546万6000回線
国別電話番号:235
ccTLD:.td
インターネット利用者数:約39万人
車両通行:右側通行
平均寿命:50.3歳 (男性49.0歳、女性51.5歳)

[日本との関係]
国交樹立:1960年8月11日
相手公館:無し (駐中国大使館が兼轄)
駐日相手国人数:2人 (永住者無し)
相手輸出額:2億9300万米ドル
相手輸出品:原油がほぼ全て
日本公館:無し (駐カメルーン大使館が兼轄)
在留日本人数:8人 (永住者無し)
日本輸出額:1030万米ドル
日本輸出品:ゴム製品、二輪車、自動車、化学薬品、機械類
現行条約:1965年 貿易取極

(注1)
アフリカの中部・西部には独自通貨を持たない国が多く、代わってCFAフランが共通通貨として広く流通している。CFAフランはかつてはフランス・フランと、現在はユーロ(euro, EUR)との固定相場制を採っており、1ユーロ=655.957CFAフランとなっている。なお、CFAはフランス語に基づきセーファーと発音される。

CFAフランは西アフリカ諸国中央銀行発行のもの(コードはXOF)と中部アフリカ諸国銀行発行のもの(同XAF)に分かれるが、双方ともに通貨価値は同じである。ただし相互に混合流通しているわけではなく、国際法上はあくまで別通貨扱いで、CFAフラン導入国はいずれかの銀行が発行する貨幣のうち、どちらかを選択して自国通貨に指定する形態をとる。貨幣のデザインも双方で異なり、印字された銀行名で区別される。


《国歌「ラ・チャディエンヌ (チャドの歌)」》
制定:1960年
作曲:ルイ・ジドロル
作詞:ポール・ヴィラール

チャドの民よ、仕事に取り掛かろう!
そなたらは自らこの地を制し、権利を勝ち取った。
そなたらの自由は、勇気から生まれ出たものだ。
目を上げよ、未来はそなたらの物だ。

おお我が祖国よ、汝に神のご加護があらんことを。
汝の子が隣国から称賛されんことを。
歓喜と平和と共に、歌いながら前進せよ。
汝を見つめる父祖らへ忠誠を。

《国名の由来》
フランス語ではTchad(チャド)、アラビア語ではتشاد(チャード)と表記される。国土の南西部に位置し、国家の主要な水源となっているチャド湖からとられた国名。

チャドの語源は、13世紀から19世紀にかけてチャド湖周辺を支配したボルヌ王国の言葉(ナイル・サハラ語族のカヌリ語か)で「湖」を意味するtsade(ツァデ)に由来すると考えられている。

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プロフィール

嫁ドリル

Author:嫁ドリル
国旗と酒をこよなく愛する関西女。
カイロ、ドバイ、カルガリー駐在員を経て、現在は関東で働きながら旦那と1女1男の4人暮らし中。

国旗に関しては、まずは基礎知識カテゴリを熟読して下さい。

ツイッターやってます。基本的に更新情報はここでつぶやいてます。

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