タイ

タイ
ประเทศไทย (プラテート・タイ) (タイ語)
Thailand (タイランド) (英語)

Flag_of_Thailand.png

東南アジアに位置するタイ王国は、インドシナ半島中央部とマレー半島北部にまたがる国です。国土は全体が高温多湿な熱帯に属しますが、南北に細長いため様々な地勢を持ち、北部から順に山地、台地、平地と次第に標高が下がっていく特徴があります。その土地も概して肥沃で、近年インドやベトナムの追い上げが見られるものの、長らく世界1位のの輸出国として君臨してきました(生産量自体は中国が1位ですが、膨大な人口もあって大半を国内で消費してしまうため、輸出に向ける余力はあまりありません)。現在も農業国としての性質は基本的に変わっていないものの、1980年代半ばから約10年にわたって続いた高度経済成長によって近年は工業・商業も発展し、首都バンコクはシンガポールに次いで東南アジア有数の世界都市として進化を遂げています。文化的には、マレーシアとの国境に近い最南部(マレー系のイスラム教徒が多い)を除き、ほぼ全土で古来から受け継がれてきた仏教信仰が守られており、特にタイ人男性にとっては一生に一度は出家することが自身の功徳心を示す行為とされ、引いては社会的なステータスに繋がるとのこと。

タイの歴史は古く、13世紀に成立したスコータイ王朝時代以降、一度も外国の支配を受けず独立を保ってきたことで有名です(現在のチャクリ王朝は1782年成立)。これは近代以降、欧米列強により東南アジアが植民地化されていった後も変わらず、タイを挟んでインドシナ半島東西を領有していたフランス、イギリスの緩衝国家としての性格は強かったものの、独自の文化を守りながら自らも近代国家として羽ばたけるよう、国によって積極的な政策が進められました。1932年には革命によって立憲君主制に以降し、更に第二次大戦中の1939年には国名を地域名であるシャムから最大民族名のタイに変更するなど、現在のタイ国家の体制が固まってきたのもこの時期です。その後も国民の多くを占める従来の農民と、高度成長以降急速に増えた都市住民の間には深刻な対立があり、選挙で改革を訴える党が勝利すると、既得権の喪失を恐れる貴族や高所得層の密かな支持を受けた軍部によってクーデターが起こされたりしていますが、基本的には立憲君主制と議会制を基礎とした民主主義国家という大枠が長期にわたって破られることはありません。また、どうしても勢力間の折り合いが付かない場合は、最後の手段として国王が直々に仲裁に入り、その決定は覆らないものとして全国民に受け入れられるなど、一定の安全弁が存在しています。タイという国が修復不能なまでの内紛に陥らない大きな要因がまさにこれで、王家に対する信頼の深さが世界的にもトップクラスとされるタイの国民性を象徴しています。ただこのような状況も、1946年より実に70年間という長期にわたって君臨し、カリスマ的な敬愛を集めたラーマ9世(プミポン・アドゥンラヤデート)国王が2016年に崩御すると、変化は避けられないと見られており、不安定な政情を民衆だけでどう収拾するか、という国家規模の課題がタイに押し寄せています(ラーマ9世の死去により、2014年5月のクーデターで発足した現軍事政権に対する歯止めを効かせられる人物が消失した、など)。

現国旗は1917年に制定されたもので、タイ語でธงไตรรงค์(トイ・トライロング、三色旗)と呼ばれます。赤は国家、白は仏教、青は国王(王家)を象徴し、この3つは非公式ながらタイ王国の国是にも指定されています。この国は伝統的に無地の赤い旗を生命の象徴として用いており、19世紀からはその中央に白い象を染め抜いた旗が導入されました。しかし1916年、当時の国王ラーマ6世が地方巡幸した際、国旗が逆さまに掲げられるという事態が発生。これを機に国王は上下対称の国旗を作成し、1917年に現在の国旗となったといわれています。しかしこの逸話が正しいかどうかは立証できておらず、単に当時近代国家の象徴とされていた三色旗(赤、白、青はアメリカやフランスの国旗と同じ配色のため)を採用しただけ、という説もあります。

縦横比:2対3

【旧国旗】
Siam_1.png
1817年に国王ラーマ2世により制定された国旗です。赤地はかねてより用いられてきましたが、中央に王家の象徴である象と仏教を表す法輪(チャクラ。現王家の語源)が配されています。1855年廃止。

Siam_2.png
1855年にラーマ4世が制定した国旗は、先代の国旗から法輪を外し、象をより大きく描いたものでした。前述の逸話により1916年に廃止され、暫定的に現国旗の青が赤、すなわち上から赤、白、赤、白、赤という旗が制定されましたが、翌1917年に現国旗に移行しました。


タイ王国
ราชอาณาจักรไทย (ラート・チャ・アーナーチャック・タイ)
Kingdom of Thailand (キングダム・オブ・タイランド)


Map_of_Thailand_.gif

統計データは原則として2015年時点のもの。

[地理]
位置:アジア
面積:約51.3万km² (日本の約1.4倍)
人口:約6740万人
都市人口率:50.4%
首都・最大都市:バンコク (英:Bangkok)
          タイ語名称はクルンテープ(泰:กรุงเทพฯ)
主要民族:タイ族(ラオ族を含む)82%
       中国系14%
       ビルマ族2%
       他に少数のクメール系、マレー系など。
主要言語:タイ語が公用語で、国民の8割が母語とするほか、他言語の
       話者も大半は第二言語として習得している。また最南部では
       ヤーウィー(ジャウィ)語と呼ばれるマレー語の方言も広く話さ
       れ、東部ではクメール語の話者も多い。他に中国語、モン語、
       カレン語、イーサーン語(ラオ語西部方言)、ビルマ語、シャン
       語などの少数言語が存在し、総言語数は70以上にも及ぶ。
主要宗教:仏教93%
        上座部仏教(事実上の国教)92%以上
        タイは公式には国教を定めず、信仰の自由を保障している
        が、憲法は仏教、特に上座部仏教について「タイに最も定着
        した伝統的な宗教」として特別の地位を認めており、実質的
        に国教に準じた地位を与えている。なお、一部に土着の精霊
        信仰と仏教が融合した宗教を信望する地域も存在する。
       イスラム教(特に南部のマレー半島部に多い)5%
        スンナ派4%以上
       キリスト教1%
       少数のヒンドゥー教、道教、シク教など。

[政治・軍事]
建国:1238年(スコータイ王朝の成立)
国連加盟:1946年12月16日
政治体制:立憲君主制、軍事政権
元首:国王
    チャクリ家による世襲制、原則として終身制。
軍政:国家平和秩序評議会(NCPO)
    2014年5月のクーデターで実権を掌握。NCPO構成員は軍の最高
    幹部で占められており、現在はNCPO議長が事実上の最高指導者
    として国政を率いる。民政移管は2015年秋を目標としていたが、
    2017年中に延期。
政府:暫定内閣
    首相はNCPO議長が兼任。
    他の閣僚は軍政の協議に基づき、首相が任命。
議会:一院制の国家立法会議
    220議席。NCPOが選出。2017年中に実施予定の総選挙後、新た
    に召集される議会が発足するまで、軍事政権の立法府として機能
    を続ける予定。
政党制:多党制だが、軍事政権下で活動制限中
国政選挙権:18歳以上の国民全て
兵役制度:徴兵制
国防費:61億100万米ドル
軍組織:王立タイ軍
     陸軍24万5000人
     海軍7万1000人 (うち海兵隊1万8000人)
     空軍4万6000人

[経済・通信・その他]
中央銀行:タイ銀行
通貨:バーツ (baht, THB)
国内総生産(GDP):3962億8200万米ドル
1人当たりGDP:5816米ドル
GDP構成比:農林水産業9.1%
        鉱工業35.7%
        サービス業55.2%
労働人口:3855万人
失業率:0.9%
輸出額:2121億米ドル
輸出品:機械類、自動車と部品、天然ゴム、米、宝飾品、魚介類、肉類、砂糖
輸出先:米国11%、中国11%、日本11%、香港6%、マレーシア5%
輸入額:1775億米ドル
輸入品:機械類、原油、鉄鋼、天然ガス、金、化学薬品、自動車、精錬銅
輸入元:中国20%、日本18%、米国7%、マレーシア6%、UAE4%
固定電話回線数:530万9000回線
携帯電話回線数:8479万7000回線
国別電話番号:66
ccTLD:.th
インターネット利用者数:約2908万人
車両通行:左側通行
平均寿命:74.8歳 (男性71.5歳、女性78.0歳)

[日本との関係]
国交樹立:1887年9月26日
相手公館:大使館 (東京)
       総領事館 (大阪)
駐日相手国人数:7万8647人 (永住者1万8831人、特別永住者12人)
相手輸出額:239億9100万米ドル
相手輸出品:機械類、肉類、魚介類、天然ゴム、アルミ製品、自動車と部品、米
日本公館:大使館 (バンコク)
       総領事館 (チェンマイ)
在留日本人数:6万7424人 (永住者1336人)
日本輸出額:328億8300万米ドル
日本輸出品:機械類、鉄鋼、自動車と部品、プラスチック製品、化学薬品、金
現行条約:1887年 修好通商宣言
       1953年 航空協定
       1955年 文化協定
       1958年 貿易取極
       1981年 技術協力協定
             青年海外協力派遣取極
       1990年 租税条約
       2007年 経済連携協定(EPA)
       2010年 受刑者移送条約


《国歌「タイ国歌」》
制定:1939年
作曲:プラ・チェン・ドゥリヤーン
作詞:ルワン・サーラーヌプラパン
備考:作曲者はドイツからの移民の子孫で、ペーター・フェルトという
    ドイツ語名も持つ。

タイという国は、タイ人の血肉と結び付いている。
その国土の隅々に至るまで、全てが民のものだ。
国の独立が保たれているのは、
タイ人が国を愛し、民が団結しているからだ。
タイ人は平和を愛するが、いざ闘いとなれば、何も恐れない。
いかなる者にも主権は侵されないだろう。
タイ人は血の一滴に至るまで、国家に捧げるだろう。
タイ国家に勝利と栄光あれ、万歳!

《国名の由来》
タイ語ではไทย(Thai、タイ)だけでは民族名を指し示す言葉のため、通常は「タイ族の国」を表すประเทศไทย(Prathet Thai、プラテート・タイ)と呼ばれるほか、より庶民的な表現として「タイ族の街、村」を意味するเมืองไทย(Muan Thai、ムアンタイ)という呼称も広く使われる。タイのもともとの語源は不明だが、後に「自由」という意味が付加されているため、「自由の国」と解釈することも出来る。

旧称のシャム(สยาม, Siam, サヤーム)は経典言語であるパーリ語で「黄金の地」を意味するशुभर्नभुमि(スワルナブミ)に由来し、13-16世紀にかけてのスコータイ朝時代より見られた呼称だが、正式に国名として採用されたのは19世紀半ばのこと。タイ民族主義の高揚を狙った当時の首相プレーク・ピブーンソンクラーム(通称ピブーン)が、他称であるシャムを嫌い1939年に一度タイに改称したが、同首相失脚により1945年にシャムに戻った。しかし1949年に再びピブーンが首相となったためタイに戻り、以後の国名はタイとして定着した。

旧国名
1859-
1939
 シャム王国
(タ)ราชอาณาจักรสยาม (ラート・チャ・アーナーチャック・サヤーム)
(英)Kingdom of Siam (キングダム・オブ・サイアム)
1939-
1945
 タイ王国
(タ)ราชอาณาจักรไทย
(英)Kingdom of Thailand
1945-
1949
 シャム王国
(タ)ราชอาณาจักรสยาม
(英)Kingdom of Siam

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No title

台湾の国旗はありますか?

Re: No title

http://lovingtheflags1986.blog96.fc2.com/blog-entry-77.html

こちらになります。台湾(中華民国)は世界の193ヶ国(国連に加盟する192ヶ国+バチカン市国)のうち100ヶ国以上からの承認を得た国ではないため、「国旗/未承認国家」のカテゴリに置かせていただいております。

ご親切にURLまで張っていただいたので、折角なので拝見させていただきました。中国語はよく分かりませんが、台独派のサイトとお見受けしました。私のブログで台湾の記事がこのようなカテゴリに置かれていることに不満を感じられるかもしれません。しかし一部の国に特例を認めるとカテゴリの基準がウヤムヤになってしまう他、何よりこのブログは政治的主張や立場から離れた存在として書き続けたいという私の願いに背くことになってしまいますので、なにとぞご了承下さい。
プロフィール

嫁ドリル

Author:嫁ドリル
国旗と酒をこよなく愛する関西女。
カイロ、ドバイ、カルガリー駐在員を経て、現在は関東で働きながら旦那と1女1男の4人暮らし中。

国旗に関しては、まずは基礎知識カテゴリを熟読して下さい。

ツイッターやってます。基本的に更新情報はここでつぶやいてます。

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