ナミビア

ナミビア
Namibia (ナミビア) (英語)
Namibië (ナミビエ) (アフリカーンス語)

Flag_of_Namibia.png

アフリカ大陸南西部に位置するナミビアは、1990年に南アフリカから独立した国です。国土の大半はナミブ・カラハリ両砂漠を軸とした不毛な砂漠地帯であり、農耕用の水源や畜産に向いた草地が非常に少ないため、人類の居住に適した地とはみなされず、古くは狩猟採集を生活基盤としたコイサン系(現在のナマ族やサン族の母体)の小部族が散在する程度の場所でした。14世紀に入ると北方からバントゥー系諸民族が侵入し、支配地を広げたものの、他のアフリカ各地のような部族国家は形成されず、特に重要視されることもありませんでした。大航海時代以降の欧州諸国もそうした認識から、この地を領有しようという動きを見せませんでしたが、19世紀に入ると航路維持の関係上、各地に船舶の補給地を獲得する必要に駆られ、1840年にはアフリカ大陸の南端にケープ植民地を築いていたイギリスがウォルヴィスベイ一帯を領有し、次いで1884年にドイツが他の地域を「ドイツ領南西アフリカ」として植民地化したことで、ようやくナミビアでもある程度の統治の枠組みが整備されるようになりました。しかしその後の植民地経営も順風満帆ではなく、外国人による支配に対する抵抗運動が南西アフリカ各地で巻き起こり、ドイツは特に激しく抵抗闘争を繰り広げたヘレロ族とナマ族に容赦ない弾圧を加え、ヘレロ族の80%を、ナマ族の50%を殺害したとされます。現在、この行いは大量虐殺(ジェノサイド)だったと認識されており、ドイツが世界各地で植民地経営上行った迫害の中でも、最大の汚点として記録されています。こうした強圧的なドイツ人による支配は第一次大戦後、ドイツが全植民地を放棄させられたことにより収束し、この地は戦後発足した国際連盟の委任統治下に置かれることとなりましたが、その施政者に選ばれたのは、後にアパルトヘイト政策で国際社会を敵に回すことになる、南隣の南アフリカ(1910年にケープ植民地を含む4つの植民地が合併し、南アフリカ連邦の名で自治国化)でした。

こうした新たに誕生した「委任統治領南西アフリカ」ですが、その実態は南アフリカによる植民地化と変わらないもので、南アフリカの支配層だった白人が入植し、現地の黒人を迫害・酷使する体制が敷かれました。第二次大戦後には国際連盟が解散し、委任統治という制度そのものが終了したことから、南アフリカはこの地を自国の一部として併合すると宣言。これは国際社会から大きな反発を招き、連盟の後継組織として新たに樹立された国際連合も南アフリカの宣言を「不法占拠」と断じ、非難しました。1960年代に入ると、アパルトヘイト政策で抑圧国家と見なされ、国際社会から締め出されつつあった南アフリカに対し、現地人も最大民族オヴァンボ族を中心に南西アフリカ人民機構(SWAPO)という武装組織を結成し、独立闘争を展開。各国もこの動きを強く支援し、現地の黒人を弾圧する白人支配の打倒を呼びかけます。結局、内外から総叩きに合い孤立する形となった南アフリカは支配維持を断念し、1988年には協定に基づいてナミビアからの撤退を開始。1989年からは国連による暫定統治下で独立に向けた準備が開始され、1990年3月、SWAPO議長として長らく独立闘争を指揮してきた「独立の英雄」サム・ヌジョマを初代大統領とするナミビア共和国として、ようやく正式な独立を達成しました。現在、ナミビアはダイヤモンドなどの豊富な地下資源を軸に経済成長を続けつつ、黒人を主体としながらも全人種が協調と融和の中で社会形成を行えるような、新たな体制作りを推進しています。また、1994年にアパルトヘイトを廃止し新体制に移行した後の南アフリカとは、極めて良好な関係を保ち、活発な貿易や人的交流が行われています。

1990年の独立と同時に制定された国旗は、アパルトヘイト廃止後の南アフリカ国旗を作成したことでも知られる旗章学者フレデリック・ブラウンウェルがデザインしたもので、独立闘争を主導したSWAPOの党旗(更には党の支持基盤であるオヴァンボ族の民族旗)に使われる青、赤、緑の配色を用いたものとなっています。青は大西洋と貴重な水資源を、赤は独立のために流された血を、緑は豊かな国土を表し、間に挟まれた白は平和と繁栄をそれぞれ表しています。カントン部には黄(金色)の太陽が配されていますが、これは国民の活力を表すと同時に、12本の光線によってナミビアの主要12部族を象徴しています。なお、SWAPOは独立から2005年の英雄ヌジョマの引退を経て、2014年現在に至るまで、独立闘争の中核組織だったという圧倒的な知名度を生かし、一貫して政権の座を維持し続けています。

縦横比:2対3


ナミビア共和国
Republic of Namibia (リパブリック・オブ・ナミビア)
Republiek van Namibië (レプブリーク・ファン・ナミビエ)

Map_of_Namibia.gif

統計データは原則として2015年時点のもの。

[地理]
位置:アフリカ
面積:約82.4万km² (日本の約2.2倍)
人口:約239万人
都市人口率:46.7%
首都・最大都市:ウィントフック (英・ア:Windhoek)
主要民族:バントゥー系の黒人諸部族が8割強を占め、その半数を
       オヴァンボ族、約1割をカヴァンゴ族が占める。他に人口
       の1%以上を占める民族はダマラ族、ヘレロ族、ナマ族、
       ロジ族、サン族。
       非黒人ではヨーロッパ系白人(アフリカーナーとドイツ系が
       大半)が7%、カラード(混血系。黒人と白人の混血が主)が
       6%を占めるほか、少数の中国系も存在する。
主要言語:英語が唯一の公用語に指定され、政府は英語の普及に
       努めているが、中等教育以上の教育現場や政府機関で
       使用される程度で、一般国民における母語率は5%未満、
       第二言語として話せる国民も2割弱程度に留まっている。
       最も広く通用するのはアフリカーンス語で、民族や人種を
       超えた共通語として用いられる。他にオヴァンボ語などの
       各民族語と、都市部のドイツ系住民が話すドイツ語。
主要宗教:キリスト教85%
        福音派72%
        ローマ・カトリック教会11%
        福音派以外のプロテスタント諸派2%
       伝統宗教(各部族固有の精霊信仰)15%

[政治・軍事]
独立:1990年3月21日
国連加盟:1990年4月23日
政治体制:共和制、大統領制
元首:大統領
    直接選挙制、任期5年、3選禁止。
政府:内閣
    首相と閣僚は大統領が任命。
議会:二院制の国会
    ●国民評議会(上院)
     42議席。国家を構成する14州の議会が3名ずつ選出。任期6年。
    ●国民議会(下院)
     104議席。96議席は直接選挙(比例代表制)で選出。残る8議席
     は大統領による任命枠。任期5年。大統領任命枠に投票権は無
     く、選挙枠議員の決議に対して助言を与える権限しか持たない。
政党制:南西アフリカ人民機構による一党優位制
     (形式上は多党制)
国政選挙権:18歳以上の国民全て
兵役制度:志願制
国防費:6億2200万米ドル
軍組織:ナミビア国防軍
     陸軍1万人
     海軍1200人
     空軍1200人

[経済・通信・その他]
中央銀行:ナミビア銀行
通貨:ナミビア・ドル (dollar, NAD)
国内総生産(GDP):129億9500万米ドル
1人当たりGDP:4693米ドル
GDP構成比:農林水産業5.9%
        鉱工業29.0%
        サービス業65.1%
労働人口:119万人
失業率:28.1%
輸出額:40億1500万米ドル
輸出品:ダイヤ原石、銅鉱石と精錬銅、魚介類、金、鉛鉱、亜鉛鉱、ウラン鉱
輸出先:南アフリカ24%、ボツワナ13%、アンゴラ10%、ベルギー7%、米国5%
輸入額:69億1400万米ドル
輸入品:精製石油、機械類、化学薬品、自動車、鉄鋼、小麦、衣類、飲料
輸入元:南アフリカ60%、中国7%、米国4%、ボツワナ3%、ドイツ3%
固定電話回線数:18万3000回線
携帯電話回線数:244万3000回線
国別電話番号:264
ccTLD:.na
インターネット利用者数:約39万人
車両通行:左側通行
平均寿命:63.6歳 (男性62.1歳、女性65.1歳)

[日本との関係]
国交樹立:1990年3月21日
相手公館:大使館 (東京)
駐日相手国人数:30人 (永住者2人)
相手輸出額:1380万米ドル
相手輸出品:魚介類と家畜の飼料 (詳細不明)
日本公館:大使館 (ウィントフック)
在留日本人数:66人 (永住者3人)
日本輸出額:3040万米ドル
日本輸出品:自動車と部品、機械類など (詳細不明)
現行条約:2004年 青年海外協力隊派遣取極


《国歌「ナミビア、勇者の地」》
作詞・作曲:アクサリ・デーセブ
制定:1991年

ナミビア、勇者の地。
自由の戦いを我ら制せり。
彼らの勇気に栄光あれ。
彼らの血が、我らの自由を潤したのだ。
我らは愛と忠誠を誓おう。
共に団結し、美しきナミビアを作り上げよう。
ナミビア、我らの国。
愛しきサバンナの大地に、
自由の旗を高く掲げよう。

ナミビア、我らの国。
ナミビア、我らが祖国。
我らは汝を愛す。

《国名の由来》
国土の海岸沿いに広がるナミブ砂漠に由来し、それに地名を表す接尾語-iaを付けた国名。ナミブとは現地のナマ語で「何も無い地」を表す。その名の通り荒涼とした砂地が広がるナミブ砂漠は、現存する砂漠の中では最も古い時代に形成されたものとされている。

かつては南西アフリカと呼ばれていたが、1968年の国連総会決議によりナミビアと改称された。この地名変更には、旧国際連盟の委任統治領であった南西アフリカを一方的に併合し、更にアパルトヘイト政策をこの地でも施行していた南アフリカを非難する意味合いもあった。つまり、かつて国際連盟が南アフリカ政府に統治を委任した「南西アフリカ」という地は存在しなくなったのだから、南アフリカはこの地を支配する権利を消失した、ということである。

その後、南アフリカから正式に独立した1990年に改めて「ナミビア共和国」が国名として採用されている。

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プロフィール

嫁ドリル

Author:嫁ドリル
国旗と酒をこよなく愛する関西女。
カイロ、ドバイ、カルガリー駐在員を経て、現在は関東で働きながら旦那と1女1男の4人暮らし中。

国旗に関しては、まずは基礎知識カテゴリを熟読して下さい。

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