ナイジェリア

ナイジェリア
Nigeria (ナイジェーリア) (英語)

Flag_of_Nigeria.png

ナイジェリアはアフリカ大陸西部、ギニア湾に面する広大な連邦国家です。その人口は2017年時点でアフリカ最大、世界でも7位と有数の規模を誇り、国内民族数は250以上(言語にいたっては500以上)と多岐にわたります。また気候も北部の乾燥帯から、南部の熱帯・湿潤気候と幅広く、多様な自然と文化がこの国の特徴となっています。その大地は国名の由来にもなった西アフリカの大河ニジェール川の下流ならびに河口付近を中核とし、概して肥沃で、今でも国民の6割近くが農業に従事していますが、国の経済を支えているのは何と言っても豊富な石油・天然ガスといったエネルギー資源。関連産品を加えると輸出総額の9割半を占めるこれらの資源によって、ナイジェリアは他のアフリカ諸国と比べて大幅な資源収入を計上しており、石油輸出国機構(OPEC)においても、アフリカ随一の産油国としての地位を確固たるものにしています。ただ、ナイジェリアの富の源泉たる資源収入も、独立後の不安定な政情と深刻な汚職の中で、政権指導部や政府関係者、そして実業界といった一部の特権階層の懐に収められてしまい、ナイジェリアの一般国民に還元される額は微々たるものとなっています(国民の7割が貧困線以下の生活)。こうした資源収入の偏った配分は、特に油井操業の影響で生活環境を破壊され、農業を放棄せざるを得なくなったにもかかわらず、その補填やかわりの就職先の斡旋が充分に行われなかった中南部(ニジェール・デルタ地帯)の住民に不公平感を与え、2000年代には地域の分離独立を主張する武装組織の主導で大規模な反政府闘争が行われました。こうした素地の上に立つナイジェリア連邦政府と、各地方の対立の歴史を挙げればキリがありませんが、近年はようやく民政が定着し、ガバナンスの改善に向けた努力も続けられるなど、少しずつではありますが豊かな国を目指した政策が実行されるようになってきています。ただ、石油の利益配分よりも更に核心的に「人の生き方」を揺さぶる宗教問題については、依然として北部のイスラム圏と南部のキリスト教圏の対立が続き、収束のメドは立っていませんが…。

ナイジェリアの地は古くから豊かな土壌を持つ地として知られており、人口の移入と都市文化の繁栄、そして活発な交易が発生した結果、紀元前4世紀には既にノク文化に代表される鉄器文明が花開くなど、中世までは高い文化力を誇っていました。しかし16世紀以降、欧州諸国が大航海時代と産業革命の時代に入り、世界各地に進出するようになると、軍事力で劣った現地人は奴隷という「商品」として売買されるようになり、この一帯も奴隷海岸という屈辱的な名称で呼ばれるようになります。19世紀には奴隷制は廃止されたものの、この地は現地人の諸王朝を滅ぼして勢力を拡大していたイギリスの植民地支配を受けることとなり、本国向けの農産品の供給地として、現地人を酷使しながら大規模な農業開発が進められました。転機が訪れたのは第二次大戦後、イギリスが世界各地の植民地を維持する国力を失ってからで、現地人の不満を抑え切れなくなったイギリスは1954年にこの地を自治領に昇格させ、独立に向けた準備を開始。1960年には正式に独立を承認しました。当初、ナイジェリアはハウサ族の多い北部、ヨルバ族の多い南西部、イボ族の多い南東部の3州で構成され、主要民族の均衡を図る政策が採られましたが、1966年にハウサ族のクーデターで体制が崩壊すると、イボ族の南東部がビアフラ共和国として分離独立を宣言するなど、国家の根幹を揺るがす凄惨な内戦(ビアフラ戦争)が発生。1970年にこれを収束させた後も、民政が成立しては軍によって打倒され、また民政に移管しても軍が権力を保持し、政策が気に入らなければすぐ転覆させる、といった状況が続き、ナイジェリアは正常な国家開発を行うこともままならないまま、多方面から噴き出す不満を軍の強権によってねじふせつつ、国家の統一を無理矢理に維持してきました。1999年に制定された現行憲法によって、まがりなりにも民政が定着して現在に至りますが、依然として産油地帯の独立を目指す勢力や、北部のイスラム過激派といった反体制派は国内各地を跋扈し、政情は安定していません。アフリカ最大の産油国の行く末は世界のエネルギー危機にも直結するだけに、国際社会はナイジェリアの安定化に向けて介入の度合いを深めているものの、この国が抱える問題は並大抵の努力で解決できるものではなく、関係国も頭を抱えざるを得ないのが実情です。

そんな困難な状況を抱えるナイジェリアですが、国旗はそうした数々の困難な問題を乗り越え、共に1つの国家を運営していこうという願いが込められた意匠となっています。この国旗は独立前年の1959年に自治政府が公募し、1960年の独立と同時に国旗として制定したもので、当時ロンドンの工科大学に留学していたマイケル・タイウォ・アキンクンミというヨルバ族の理学生が考案したデザインが基となっています(この公募には2870もの作品が寄せられたとのこと)。緑は豊かな森林と天然資源、そして国民の過半数が従事する農業を、白は平和と統一を象徴します。旗を三分割にしたのは、北部のハウサ族、西部のヨルバ族、南東部のイボ族というこの国の三大民族を表し、各民族が共同で国家建設に当たるという意思を体現するためです。なお、アキンクンミの原案では白地の中央部に独立を表す赤い太陽が配されていましたが、国民全体に受け入れられる簡易な意匠を望んだ自治政府の判断により太陽は削除され、単純な三分割旗となりました。また、ナイジェリアは世界でも珍しく、国旗の色を細かく指定した国としても有名で、緑は「イギリス色彩基準が定めるCC104番」でなければならないと指定しています。普通、国旗の色は「燃えるような赤」「海のような青」など抽象的な表現で言及されることが多く、資料によってある程度の視覚的な差異があるのはやむを得ないとされる傾向があるですが、ナイジェリアが厳格に指定してから一時期は、国旗の色を国際基準の一定の数値で指定する国も増えたようです(ただし国際的には圧倒的に少数派)。

縦横比:1対2


ナイジェリア連邦共和国
Federal Republic of Nigeria
(フェデラル・リパブリック・オブ・ナイジェーリア)


Map_of_Nigeria.gif

統計データは原則として2015年時点のもの。

[地理]
位置:アフリカ
面積:約92.4万km² (日本の約2.4倍)
人口:約1億8352万人
首都:アブジャ (英:Abuja)
最大都市:ラゴス (英:Lagos, 1991年まで首都)
都市人口率:47.8%
主要民族:人口の98%がアフリカ系黒人。部族数は約250以上に及ぶ。
       うち北部のハウサ族、南西部のヨルバ族、南東部のイボ族
       が三大民族とされ、合わせて国民の過半数を占める。他に
       はフラニ族、エド族、イジョ族、カヌリ族、イビビア族など。
       残りの住民は大半が外国籍であり、中でも米英の白人や、
       中国人、日本人などの東アジア系、そしてレバノンやシリア
       などのアラブ人移民が多い。
主要言語:英語が公用語で、小学校高学年以上の教育や、政府機関、
       マスメディアなど公的な場における第一言語となっている。
       また、各民族をまたぐ共通語としても機能しており、都市部
       では一般市民の英語理解度も高い。
       他に三大民族の言語であるハウサ語、ヨルバ語、イボ語も
       議会での使用が認められているが、法律や議事録が文書
       化される際には英語のみがその対象となるため、実際に使
       用される例は少ない。日常会話では各民族・部族の固有の
       言語が使用される(総数500言語以上)。
主要宗教:キリスト教(南部中心)51%
        ローマ・カトリック教会15%
        ナイジェリア教会(聖公会系)11%
        バプテスト派4%
        長老派3%
        他に福音派など。
       イスラム教(北部中心)48%
        スンナ派45%
        シーア派2%
        極少数のアフマディーヤ教団など。
       伝統宗教(各民族固有の精霊信仰。各地に点在)1%

[政治・軍事]
独立:1954年10月1日(連邦結成)、1960年10月1日(完全独立)
国連加盟:1960年10月7日
政治体制:共和制、大統領制、連邦国家
元首:大統領
    直接選挙制、任期4年、3選禁止。
政府:連邦行政評議会(内閣に相当、首相職なし)
    閣僚は大統領が任命。
議会:二院制の国民議会
    ●元老院(上院)
     109議席。国家を構成する36州から3名(大選挙区)ずつと、
     単独で州と同格の首都アブジャから1名(小選挙区)を直接
     選挙で選出する。任期4年。
    ●代議院(下院)
     360議席。直接選挙制(小選挙区制)。任期4年。
政党制:多党制
国政選挙権:18歳以上の国民全て
兵役制度:志願制
国防費:22億9800万米ドル
軍組織:ナイジェリア軍
     陸軍6万2000人
     海軍8000人
     空軍1万人

[経済・通信・その他]
中央銀行:ナイジェリア中央銀行
通貨:ナイラ (Naira, NGN)
国内総生産(GDP):4810億6600万米ドル
1人当たりGDP:2640米ドル
GDP構成比:農林水産業20.9%
        鉱工業20.4%
        サービス業58.8%
労働人口:5727万人
失業率:13.3%
輸出額:458億9000万米ドル
輸出品:原油が8割、天然ガスが1割半、他に精製石油、カカオ、胡麻、ナッツ類
輸出先:インド18%、オランダ9%、スペイン8%、ブラジル8%、南アフリカ8%
輸入額:523億3000万米ドル
輸入品:機械類、精製石油、自動車、穀物、繊維原料、鉄鋼、医薬品、砂糖
輸入元:中国26%、米国6%、オランダ6%、インド4%、ベルギー4%
固定電話回線数:18万7000回線
携帯電話回線数:1億5083万1000万回線
国別電話番号:234
ccTLD:.ng
インターネット利用者数:約8622万人
車両通行:右側通行
平均寿命:53.5歳 (男性52.4歳、女性54.5歳)

[日本との関係]
国交樹立:1960年10月1日
相手公館:大使館 (東京)
駐日相手国人数:2798人 (永住者1485人、特別永住者15人)
相手輸出額:9億1300万米ドル
相手輸出品:天然ガスが9割以上、他に胡麻、精錬アルミ
日本公館:大使館 (アブジャ)
在留日本人数:162人 (永住者16人)
日本輸出額:3億4600万米ドル
日本輸出品:自動車、鉄鋼、化学繊維、機械類、有機化合物、ゴム製品
現行条約:特に無し


《国歌:立て、おお、同胞たちよ》
制定:1978年
作曲:ナイジェリア警察音楽隊
    (その指揮者ベネディクト・エリデ・オディアセが主に作成)
作詞:応募作から5名の歌詞を混成したもの
    (ジョン・イレチュクウ、エメ・エティム・アカン、ソタ・オモイグィなど)

立て、おお、同胞たちよ。ナイジェリアの呼び声に集え。
我らが祖国に使えるために、
愛、強さ、そして信仰と共に。
我らがかつての英雄の働きは、決して無駄にはなるまい。
心と力を以って尽くそう。
自由と平和、そして団結で結ばれた一つの国家のために。

《国名の由来》
隣国ニジェールと同様、西アフリカの大河ニジェール(Niger)川から付けられた地名。ナイジェリアの場合は公用語が英語のため、ニジェールの発音がナイジェーとなり、更に地名を表す接尾語-iaが付けられた。

ニジェールの由来はトゥアレグ語で「流れる川」を意味するn'eghirren(ンジェレオ)とする説が有力。周辺の黒人部族と関連付けてラテン語で「黒い」を表すniger(ニゲル)を由来とする文献があるが、これは後付の説明であり、本来の語源ではない。

旧国名
1954-
1963
 ナイジェリア連邦
(英)Federation of Nigeria
  (フェデレイション・オブ・ナイジェーリア)
1963-
1966
 ナイジェリア連邦共和国
(英)Federal Republic of Nigeria
1966 ナイジェリア共和国
(英)Republic of Nigeria (リパブリック・オブ・ナイジェーリア)

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プロフィール

嫁ドリル

Author:嫁ドリル
国旗と酒をこよなく愛する関西女。
カイロ、ドバイ、カルガリー駐在員を経て、現在は関東で働きながら旦那と1女1男の4人暮らし中。

国旗に関しては、まずは基礎知識カテゴリを熟読して下さい。

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