ベリーズ

ベリーズ
Belice (スペイン語)
Belize (英語)

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中米の大陸部に位置するベリーズは、1981年にイギリスから独立した小さな熱帯の国です。国土の大半は未開発の熱帯雨林で覆われているものの、温かなカリブ海と美しい砂浜、世界第二位の広大なサンゴ礁、景勝地となる数々の小島、そしてブルーホールに代表される観光地を多数抱えた豊かな自然が有名であり、「カリブの宝石」と呼ばれ、近海は世界有数のダイビング・スポットとして人気です。また、周辺がスペイン語圏に囲まれている中、ベリーズは旧イギリス領として独自の文化を維持しており、中米の大陸部では唯一英語を公用語とし、黒人系の住民が比較的多い人種的特徴も相まって、カリブ海に点在するイギリス・黒人文化圏の島国との結びつきが非常に強いことでも知られます。ただ、そうは言っても経済的事情など様々な理由から、スペイン語を話す住民も多く、国民の大半が混血者であることから、様々な文化が内包された特有の社会が築かれています。産業的には前述の自然を生かした観光業が最大の外貨獲得源であるほか、農林業と漁業、そして2000年代半ばから内陸部で本格的な生産が始まった石油採掘が主となっており、少しずつですが経済成長の軌道に乗り始めています。

中米の大陸部には、古くからマヤと呼ばれる独特な文明が栄えたことが知られていますが、ベリーズはその中でも特に古い遺跡が存在し、紀元前1200年頃から既に土器文化が発達していたといいます。その後も交易場から発展した初期国家が存続し、地域内における重要拠点の地位を維持し続けましたが、16世紀に入るとスペイン人が来訪。周辺の文化圏が次々とスペインに収奪されていく中で衰退し、徐々に辺境化していきました。ただ、植民者にとって重要ではなくなったがゆえに、スペイン人の支配がほとんど及ばない土地にもなり、今度は隙を見たイギリスが入植を開始。実効支配という既成事実を積み重ね、1862年にはジャマイカの付属地として「イギリス領ホンジュラス」と改称し、正式な植民地化が成されました(1884年に単独の植民地に昇格)。その後は主に砂糖と木材の生産拠点として統治され、アフリカから多数の黒人が労働力として導入されています。ベリーズの独立運動は第二次大戦後、イギリスが世界中の植民地を維持する能力を喪失した頃から活発になり、1950年から本格化。イギリスも段階的な自治権拡大を約束し、現地議会と自治政府の設立、総選挙の実施を経て、1973年には領土名を現地語に基づいたベリーズに変更。そして1981年、独立後も引き続きイギリス国王を自国の元首に戴く英連邦王国として、完全独立を達成することになったのです。なお、隣国グアテマラは「現在"ベリーズ"と呼ばれている地は、グアテマラの独立と同時に、スペインからグアテマラへと領有権が引き継がれた」と主張し、イギリス領時代からベリーズの"返還"を求めていました。当然、1981年のベリーズ独立も認めない方針を貫いていましたが、国際的なグアテマラ非難の波にさらされたため、1986年に領有権放棄と独立承認を発表。5年後の1991年に正式な国交樹立も達成しています。

国旗の原型は独立運動が始まった1950年に出来上がっており、独立と同時に上下に赤い帯を追加して国旗としました。青と赤は独立前から二大政党としてベリーズ政治を主導してきた人民統一党(青)と統一民主党(赤)を象徴します。中央の国章に描かれた2人の男性は、左が先住民と白人の混血であるメスティーソ、右が黒人の白人の混血であるムラート(クレオールとも)というベリーズの主要民族集団を表し、両者が共同で国家建設に当たる決意を象徴しています。その二人が支えるのは、国の主要産業である林業(ノコギリや斧)と漁業(船)のシンボルが描かれた盾と、生い茂る熱帯雨林を示すマホガニーの木です。盾の下のリボンには初期入植者の困難を表す「繁栄は木陰にあり」という国の標語がラテン語で書かれ、これらの全ての意匠の周囲を50枚の月桂樹の葉が囲んでいます。この50とは、独立運動が1950年より始まったことに由来します。

縦横比:2対3


ベリーズ
Belice
Belize


Map_of_Belize.gif

統計データは原則として2015年時点のもの。

[地理]
位置:北アメリカ (大陸部)
面積:約2.3万km² (四国の約1.2倍)
人口:約35万人
都市人口率:44.0%
首都:ベルモパン (Belmopan)
最大都市:ベリーズ・シティ (Belize City, 1970年までの首都)
主要民族:メスティーソ(先住民と白人の混血)50%
       ムラート(黒人と白人の混血。クレオールとも)21%
       先住民(マヤ系インディオ)10%
       ガリフナ(先住民と黒人の混血)4%
       他に少数のヨーロッパ系白人、インド系、中国系など。
       上記以外の混血者も多く、民族的出自は多岐に渡る。
主要言語:英語が公用語で、政府機関や教育、メディアなど公共性の
       高い分野では第一言語となっており、国民の6割以上が理
       解可能。ただし日常会話では、英語をベースに多くの言語
       が融合したベリーズ・クレオール語が広く用いられる。スペ
       イン語も過半数の住民が理解でき、先住民が使うマヤ系の
       諸言語も存続している。他にガリフナ語、ドイツ語など。
主要宗教:キリスト教72%
        ローマ・カトリック教会40%
        ペンテコステ派8%
        セブンズデー・アドヴェンティスト教会5%
        聖公会5%
        メノナイト(再洗礼派系)4%
        バプテスト教会3%
        メソディスト派3%など。
       無宗教16%
       イスラム教1%
       他に少数の伝統宗教(マヤ系先住民固有の精霊信仰)、
       ヒンドゥー教、モルモン教、バハーイー教など。

[政治・軍事]
独立:1981年9月21日
国連加盟:1981年9月25日
政治体制:立憲君主制(英連邦王国)、議院内閣制
元首:国王
    イギリスの国王が兼任、世襲制。
    国王の名代として総督が元首の権限を代行。
    総督は現地人有識者の中から国王が任命。
政府:内閣
    総督が下院最大会派の指導者を首相に任命。
    他の閣僚は首相の指名に基づき、総督が任命。
議会:二院制の国民議会
    ●元老院(上院)
    12議席。総督による任命制だが、6議席は与党代表である首相
    の、3議席は最大野党の党首の指名に基づき、残る3議席も国内
    の社会団体、宗教界、商業界から1名ずつ推薦された人物を任命
    しなければならない。任期5年。
   ●代議院(下院)
     31議席。直接選挙制(小選挙区制)。任期5年。
政党制:人民統一党と統一民主党による二大政党制
国政選挙権:18歳以上の国民全て
兵役制度:志願制
国防費:2000万米ドル
軍組織:ベリーズ国防軍
     陸軍1100人(航空隊を含む)
     沿岸警備隊120~150人

[経済・通信・その他]
中央銀行:ベリーズ中央銀行
通貨:ベリーズ・ドル (dollar, BZD)
国内総生産(GDP):16億9900万米ドル
1人当たりGDP:4879米ドル
GDP構成比:農林水産業15.6%
        鉱工業19.5%
        サービス業64.9%
労働人口:不明 (15万人前後と推計される)
失業率:不明 (10~15%と推計される)
輸出額:5億2000万米ドル
輸出品:砂糖、飲料、果物(主にバナナ)、原油、魚介類、木材
輸出先:英国31%、米国19%、ナイジェリア7%、トリニダード5%、ジャマイカ4%
輸入額:8億9600万米ドル
輸入品:船舶、石油製品、自動車、機械類、繊維製品、鉄鋼、化学製品
輸入元:米国27%、メキシコ12%、キューバ10%、グアテマラ9%、中国8%
固定電話回線数:2万1000回線
携帯電話回線数:17万1000回線
国別電話番号:501
ccTLD:.bz
インターネット利用者数:17万人
車両通行:右側通行
平均寿命:68.8歳 (男性67.2歳、女性70.4歳)

[日本との関係]
国交樹立:1982年11月3日
相手公館:大使館 (東京)
駐日相手国人数:13人 (永住者3人)
日本公館:無し (駐ジャマイカ大使館が兼轄)
在留日本人数:52人 (永住者6人)
現行条約:1999年 青年海外協力隊派遣取極
       2006年 技術協力協定


《国歌「自由の地」》
制定:1981年
作曲:セルウィン・ヤング
作詞:サミュエル・ハインズ

カリブの海に洗われし自由の地よ。
我ら雄々しくあらんことを、汝の自由に誓う!
圧政者はもはやこの地に残らず、
暴政者はこの地を去らねばならぬ。
ここは静かなる民主主義の聖域。
この地を崇めし父祖の血は、
奴隷労働の鞭からの解放をもたらした。
真実の力、神の御加護によりて、
我らは卑しき下層ではなくなるのだ。

立ち上がれ、入江の民の子どもたちよ。
鎧を身に着け、この地を浄化せよ!
圧政者を払いのけ、暴政者を立ち去らせよ。
カリブの海に洗われし自由の地から!

《国名の由来》
17世紀、この地に最初に植民したスペインの海賊Wallace(ワラス)の名が転化したとする説が長らく唱えられてきたが、近年は現地のマヤ語で「泥水」を意味するbelix(ベリクス)を由来とする説が有力視されている。後者の説は、現在の最大都市ベリーズシティの近くを流れる川を見た植民者が、その濁った水の色を見て名付けたとされる。

イギリスの植民地時代は長らくBritish Honduras(イギリス領ホンジュラス)と呼ばれていたが、1973年にベリーズに改称され、1981年の独立以降も引き続きベリーズを国名に用い続けている。国民の多くが第二言語として用いるスペイン語ではBelice(ベリーセ)と表記される。

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嫁ドリル

Author:嫁ドリル
国旗と酒をこよなく愛する関西女。
カイロ、ドバイ、カルガリー駐在員を経て、現在は関東で働きながら旦那と1女1男の4人暮らし中。

国旗に関しては、まずは基礎知識カテゴリを熟読して下さい。

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