ブルネイ

ブルネイ
Brunei
(マレー語・英語)

Flag_of_Brunei.png

ブルネイは東南アジアに浮かぶ世界第3位の面積を持つ島、ボルネオ島(カリマンタン島とも)の北部に張り付くように存在する小さな王政国です。その熱帯雨林に覆われた国土は、連邦国家マレーシアのサラワク州によって二分されていますが、国民の大半は首都を抱える西部地域に集中しており、東部地域の人口は希薄です。文化的にはイスラム教を国教としつつ、北ボルネオのマレー系先住民の伝統を色濃く受け継いでおり、昔ながらの水上集落が国内各地に見られます。中でも首都バンダルスリブガワンにあるカンポンアイルと呼ばれる世界最大規模の水上集落には、3万人が暮らしているとされ、集落というよりは小都市のような様相を呈しており、その独特な生活様式は外国人観光客から人気を集めています(もっとも、ブルネイ政府は管理のしにくさから、陸地への定住を推奨していますが)。しかし、現在のブルネイ経済の中心はなんといっても石油と天然ガス。小国には余りある莫大なエネルギー資源の輸出により、世界屈指の豊かな国として知られるブルネイでは、個人に対する所得税や住民税は無し、医療費と教育費は無料、住宅も国が提供してくれるほか、電気・水道といった公共料金も格安で抑えられるなど、産油国ならではの至れり尽くせりな政策が実現されています。国民はお金を使う機会があまり無いので、自家用車を5、6台は持っているとか。なお、ブルネイ産の石油や天然ガスの主な輸出先は日本(特にガスは9割近くが日本向け)であり、ブルネイにとっては最大の外貨獲得源として、我が国にとっては重要な資源供給国として、互いに親密な国家関係を築いています。

そんなブルネイの歴史は14世紀、地元の豪族ボルキア家の家長ムハンマド・シャーによって独自の王権が樹立されたことに始まります。この国は15世紀にはボルネオ島の北部を統括する広大な王国として栄え、やがてブルネイと呼ばれるようになり、後に島の名前そのものの由来になる(国名の由来欄を参照のこと)ほどの勢力を誇るようになりました。しかし16世紀以降、大航海時代に入ったスペインの侵攻で弱体化し、領土は徐々に縮小。19世紀には当時世界帝国となりつつあったイギリスもボルネオの領有を目指して進出し、強大な外圧に耐えかねたブルネイは、1888年にイギリスと保護条約を締結しました。条約はブルネイの外交・軍事権をイギリスが行使する代わりに、ボルキア家を頂点とする王権と残された領土の保全を確約する内容で、この条約に基づき1908年には正式に保護国化。第二次大戦中の1942年には日本に占領され、海軍艦船の停泊地として使われたこともありましたが、終戦と共にイギリスの施政が復活しました。しかしこの頃になると、大戦による国力の衰退により植民地を維持できなくなっていたイギリスは、徐々に東洋からの撤退を開始。ブルネイとも新保護条約を結び、ブルネイに憲法の制定と内政自治を認めました。その後は周辺のかつての領土がマレーシアの一部(サラワク州)として統合されていく中、旧領土の復活よりも独自の国家を維持することに尽力し、1984年の元旦、ブルネイは外交・軍事権も回復して、遂に完全独立を達成することとなったのです。このようにボルキア家を中核として歴史を刻んできたブルネイは、一応憲法はあるため立憲君主制にカテゴライズされるものの、実質的には国王を頂点とする絶対王政が現在も続いており、議会も国王の任命制であるなど、一般国民の政治的権利は非常に限られたものとなっています。もっとも、前述のように先進国ですら実現できていない豊かさを享受しているブルネイ国民にとっては、とりたてて不満が無く、政治に関与する気も特に起きないようですが。

ブルネイの現国旗は1959年の自治権獲得時に制定されたものです。もともと東南アジアの諸王国は、伝統的に黄を王権の象徴として尊んでおり、当時の王家が現在でも存続しているブルネイでは今も国旗の地色に黄が使われています(タイやマレーシアの王室旗にも黄色が組み込まれています)。また、斜めに引かれた白黒の帯は、国王を補佐するワジールと呼ばれる2つの首席大臣職を象徴します。中央の国章は王権の象徴である旗と傘を最上部とし、正義、平和、安寧を意味する羽飾り、繁栄を表す両手、国教のイスラム教のシンボルである月、そして最下部のリボンで構成されます。月とリボンに書かれたアラビア文字は、月のほうが「常に神の導きに従い、奉仕せよ」という国の標語、リボンのほうが「ブルネイ・ダルサラーム国」という公式国名となっています。

縦横比:1対2

【旧国旗】
Former_Brunei.png
伝統的に黄一色の旗を使用していたブルネイは、1906年に前述の2人のワジールを表す白と黒の帯を国旗に追加。当時のブルネイはイギリスの保護国でしたが、1959年に自治権を獲得し、それに伴い国旗も現在のものに移行しました。


ブルネイ・ダルサラーム国
Negara Brunei Darussalam


Map_of_Brunei.gif

統計データは原則として2015年時点のもの。

[地理]
位置:アジア
面積:約5765km² (三重県よりわずかに小さい)
人口:約43万人
首都・最大都市:バンダル・スリ・ブガワン (Bandar Seri Begawan)
主要民族:ブルネイ国籍者が住民の8~9割を占め、その多くは
       マレー人。他にブルネイ国籍を持つ者としてはマレー
       化以前の先住民や中国系が存在。外国籍者は住民
       の1~2割を占め、ヨーロッパ系白人(特にイギリス人)
       と中国人、フィリピン人が多い。少数のインド系も居住。
主要言語:マレー語が公用語で、住民の6割強が母語として用いるほか、
       他の民族も日常会話用の第二言語として習得している。他に
       ビジネス言語として英語も広く用いられ、民族をまたぐ共通語
       となっている。他に中国語など。
主要宗教:イスラム教67%
        スンナ派(国教)65%以上
       仏教13%
       キリスト教10%
        プロテスタント諸派9%
        ローマ・カトリック教会1%
       伝統宗教(先住民部族固有の精霊信仰)2%
       他に少数の道教など。

[政治・軍事]
建国:1363年~1368年にかけて王権成立
独立:1984年1月1日(外交権の回復。内政権はそれ以前より保持)
国連加盟:1984年9月21日
政治体制:立憲君主制、君主に実権 (実質的には絶対王政)
元首:国王(スルタン)
    ボルキア家による世襲制。
    原則として終身制だが、国王の意思表明があれば退位も可能。
政府:閣僚評議会(内閣に相当)
    首相は国王が兼任。他の閣僚は国王が任命。
議会:一院制の立法評議会
    33議席。国王による任命制。任期は無く、国王が任意に入れ
    替える。一部議席に選挙制を導入することも議論されているが、
    政治変革を求める声が少なく、改革は進んでいない。
政党制:無党制 (注1)
国政選挙権:法律上は18歳以上の国民全てに選挙権が与えられる
        が、実際には国政選挙は行われていない。
兵役制度:志願制
国防費:4億6000万米ドル
軍組織:王立ブルネイ軍
     陸軍4900人
     海軍1000人
     空軍1100人

[経済・通信・その他]
中央銀行:ブルネイ通貨金融庁
通貨:ブルネイ・ドル (dollar, BND)
国内総生産(GDP):171億500万米ドル
1人当たりGDP:3万555米ドル
GDP構成比:農林水産業1.1%
        鉱工業60.2%
        サービス業38.7%
労働人口:不明 (20万人前後と推計される)
失業率:不明 (5~10%と推計される)
輸出額:72億3500万米ドル
輸出品:原油、天然ガス、再輸出品
輸出先:日本36%、韓国15%、タイ11%、インド10%、ニュージーランド6%
輸入額:33億5900万米ドル
輸入品:石油製品、自動車、穀物、金、機械類、繊維製品、船舶、鉄鋼、薬品
輸入元:シンガポール28%、中国25%、マレーシア12%、英国11%、韓国5%
固定電話回線数:3万8000回線
携帯電話回線数:46万3000回線
国別電話番号:673
ccTLD:.bn
インターネット利用者数:約31万人
車両通行:左側通行
平均寿命:77.2歳 (男性74.8歳、女性79.6歳)

[日本との関係]
国交樹立:1984年4月2日
相手公館:大使館 (東京)
駐日相手国人数:192人 (永住者1人)
日本公館:大使館 (バンダル・スリ・ブガワン)
在留日本人数:185人(永住者7人)
現行条約:1986年 査証(ビザ)相互免除取極
       1994年 航空協定
       2008年 経済連携協定(EPA)
       2009年 租税条約

(注1)
ブルネイ国民団結党(PPKB)などいくつかの政党は結成認可を得ているが、国政選挙は無く、政治は政党単位では動いていない。絶対王政に反対する政党の結成は禁止されているほか、選挙制が導入されれば政治家の政争により混乱が発生し、豊かな生活が脅かされるという国民の恐怖感もあって、民主化を求める運動はほとんど起こっていない。


《国歌「神よ、国王陛下に御加護を」》
制定:1984年(1951年より事実上の国歌。1984年法制化)
作曲:ハッジ・アワン・ブサール・ビン・サガプ
作詞:ペンギラン・ハッジ・モハメド・ユスフ・ビン・ペンギラン・アブドル・ラヒーム

おおアッラー(神)よ、陛下に御加護を
陛下の末永く健在ならしめんことを
公正と高貴のもと、王国を統治されんことを
我ら臣民を永久に幸福ならしめんことを
平和なれ、王国と国王陛下よ
ブルネイ、この平和なる地が、常に護られんことを

《国名の由来》
マレー語で「ココナッツ」という意味のbuah nyiur(ブアー・ニウル)を語源とする説がある一方、マレー語には「素晴らしい!」という掛け声のbarunah(バルナー)があり、これがサンスクリット語で「船乗り」を意味するवरुण(ヴァルナイ)の影響を受けて14世紀頃にBarunai(バルナイ)という地名となった説も有力視されている。いずれにせよ、こうした言葉が後に転化してブルネイになったという。

ちなみにブルネイが位置するカリマンタン島は西洋ではボルネオ島と呼ばれるが、ボルネオはブルネイが訛ったものとされている。ボルネオという名が付けられた当時は、ブルネイは現在よりも広大な領土を島に有しており、西洋人にとって島を代表する国はブルネイだったことがうかがえる。

マレー語の公式国名はNegara Brunei Darussalam(ヌガラ・ブルネイ・ダルッサラーム)。ヌガラ(ネガラは誤読)は「国」や「土地」を意味し、ダルッサラーム(ダルサラーム)は「平和な地」を表す。直訳すれば「平和な地ブルネイ国」となろうか。余談だが、タンザニアの首都ダルエスサラームもダルッサラームと同じ語源である。

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プロフィール

嫁ドリル

Author:嫁ドリル
国旗と酒をこよなく愛する関西女。
カイロ、ドバイ、カルガリー駐在員を経て、現在は関東で働きながら旦那と1女1男の4人暮らし中。

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