ブルキナファソ

ブルキナファソ
Burkina Faso
(フランス語・英語)

Flag_of_Burkina_Faso.png

西アフリカの内陸国ブルキナファソは、世界最大の砂漠であるサハラ砂漠のすぐ南に位置するサバンナ地帯を領土とする国です。国土の大半は乾燥気候で、北部では砂漠化の影響も深刻ですが、地域有数の大河であるヴォルタ川の源流を抱えるため、その流域周辺では綿花栽培などの農業が盛んに行われています。この川は3つの異なる水源から黒ヴォルタ、赤ヴォルタ、白ヴォルタの名で個別に南下し、南隣のガーナ国内で合流して1つの大河ヴォルタ川となって、最終的に大西洋のギニア湾に注がれます。この川がもたらす水により、潤いの乏しいこの一帯に貴重な緑が育まれ、砂漠化の進行を一定程度食い止める作用も果たすなど、人間のみならずあらゆる生態系の維持に不可欠な存在となっています。もちろんこのような大きな存在を、貧しいブルキナファソ一国で統制することは出来ないため、周辺国と共同で管理委員会が設置され、環境保全に向けた努力が続けられていますが、一方で貧困からの脱出に向けた天然資源開発も着々と進められており、特に国家最大の輸出品となっている金は重点的に採掘事業が広がっています。しかし鉱石の採掘は必然的に水系を含む周辺環境を大きく汚染してしまうもの。水と金、どちらもブルキナファソ経済にとって必要なものであるだけに、同国政府はこの難題解決に絶えず悪戦苦闘しています。

ブルキナファソでは紀元前から既に狩猟採集、後に農耕を中核とした生活が営まれ、現在国家の最大民族となっているモシ族を軸とした王朝が生まれてきましたが、近代に入ると西アフリカ一帯に勢力を拡大していたフランスが、南西隣のコートジボワールから内陸のこの地まで進出し、領有権を主張。1919年にはフランス領オートヴォルタの名で正式に植民地化されました。その後は主に綿花の生産地として統治されてきましたが、第二次大戦後は独立運動も盛り上がり、1958年に自治共和国に昇格。次いで1960年には独立運動を指揮したモーリス・ヤメオゴを初代大統領とするオートヴォルタ共和国として正式な独立を達成しました。ですが権力集中を図ったヤメオゴ政権は1966年に発生したクーデターで崩壊、以後は政変が繰り返されては新たな軍事政権が成立するという悪循環に陥りました。この国難に耐えかねた「アフリカのチェ・ゲバラ」ことトーマス・サンカラ大尉により、1983年に社会主義革命が成され、サンカラは部族主義に基づく旧態依然とした体制を変革すべく、矢継ぎ早に急進的な政策を実行していきます。また、革命翌年には国名が現在のブルキナファソに改められました。しかしこのサンカラ率いる社会主義政権も、あまりに当地の伝統からかけ離れていたため次第に支持を失い、彼の腹心として司法相を務めていたブレーズ・コンパオレ大尉率いる「人民戦線」によって1987年に打倒され、人民戦線臨時政府は1990年に社会主義路線の放棄と、形式的ではありますが複数政党制導入を発表しました。コンパオレ大統領は現実主義に基づいた巧みな政治運営で長期政権を維持したものの、2014年の民衆蜂起を契機に発生したクーデターで政権の座を追われ、一時的な軍政を経て、現在はロシュ・カボレ大統領のもとで民政復帰を果たしています。

そんなこの国の国旗は前述の社会主義革命の翌年に当たる1984年、国名がオートヴォルタからブルキナファソと改められると同時に制定されたものです。赤、緑、黄の三色はアフリカ最古の独立国と呼ばれるエチオピア国旗に範をとった汎アフリカ色で、全体でアフリカ諸国の連帯を表すほか、国旗の上半分を占める赤は革命の理念である社会主義を、下半分の緑は国の主要産業である農業と豊かな作物を、中央の黄色い星は革命を導く光明を表します。1987年のサンカラ政権崩壊、およびコンパオレ政権下の1990年に発表された一連の民主化政策によって社会主義国ではなくなりましたが、国旗はサンカラの理念が詰まった革命当時のものが使われ続けています。

縦横比:2対3

【旧国旗】
Flag_of_Upper_Volta.png
フランスの自治共和国となった翌年の1959年、自治共和国のシンボルとして上記の旗が制定されました。独立後もオートヴォルタ共和国の国旗として用いられ続け、国名・国旗が変更された1984年まで、およそ25年間にわたってこの国のシンボルとして翻っていました。

国旗の配色は国内を流れる黒ヴォルタ川、白ヴォルタ川、赤ヴォルタ川の3つの川を象徴します。国名だけならず、国旗でも国土の地理を表現していたんですね(実際の川の色がこのような色だったわけではありません)。ちなみに黒、白、赤の横三色旗というデザインは、1871-1918年(帝政時代)のドイツ国旗と同じ意匠です。


ブルキナファソ
Burkina Faso


Map_of_Burkina_Faso.gif

統計データは原則として2015年時点のもの。

[地理]
位置:アフリカ
面積:約27.4万km² (本州の約1.2倍)
人口:約1791万人
都市人口率:29.9%
首都・最大都市:ワガドゥグー (Ouagadougou)
主要民族:黒人諸部族が大半で、うち半数はモシ族。ほかにグルンシ族、
       セヌフォ族、ロビ族、ボボ族、フラニ族、マンデ族などが存在。
       非黒人は極少数だが、主にヨーロッパ系白人(特にフランス人)
       が主に都市部に居住している。
主要言語:フランス語が公用語で、政府機関や教育、ビジネス、報道など
       公共性の高い場で用いられるが、国民の大半はモシ語などの
       自らの属する部族語を母語としており、フランス語の理解率は
       都市部から離れるほど低くなる。
主要宗教:イスラム教61%
        スンナ派58%以上
        少数のシーア派とアフマディーヤ教団も存在
       キリスト教23%
        ローマ・カトリック教会19%
        プロテスタント諸派4%
       伝統宗教(各部族固有の精霊信仰)15%

[政治・軍事]
独立:1958年12月11日(自治国)、1960年8月5日(正式独立)
国連加盟:1960年9月20日
政治体制:共和制、半大統領制
元首:大統領
    直接選挙制。任期5年。3選禁止。
政府:閣僚評議会(内閣に相当)
    首相は大統領が任命するが、議会の承認が必要。
    他の閣僚は首相の推薦に基づき、大統領が任命。
議会:一院制の国民議会
    127議席。直接選挙制(比例代表制)。任期5年。
政党制:多党制
国政選挙権:18歳以上の国民全て
兵役制度:志願制
国防費:2億400万米ドル
軍組織:ブルキナファソ軍
     陸軍6400人
     空軍600人
     国家憲兵隊4200人

[経済・通信・その他]
中央銀行:西アフリカ諸国中央銀行 (注1)
通貨:CFAフラン (franc, XOF, 注1)
国内総生産(GDP):125億4200万米ドル
1人当たりGDP:613米ドル
GDP構成比:農林水産業32.5%
        鉱工業21.8%
        サービス業45.7%
労働人口:769万人
失業率:不明 (5%~10%前後と推計される)
輸出額:27億7100万米ドル
輸出品:金、綿花、油性種子(胡麻やナッツ類など)、野菜、家畜、果物
輸出先:スイス53%、インド15%、マリ8%、シンガポール5%、中国4%
輸入額:28億7200万米ドル
輸入品:石油製品、医薬品、機械類、自動車、鉄鋼、穀物(特に米)、衣類
輸入元:コートジボワール23%、フランス11%、トーゴ8%、中国5%、ガーナ5%
固定電話回線数:7万5000回線
携帯電話回線数:1444万7000回線
国別電話番号:226
ccTLD:.bf
インターネット利用者数:64万人 (2012年)
車両通行:右側通行
平均寿命:55.5歳 (男性53.4歳、女性57.6歳)

[日本との関係]
国交樹立:1962年7月1日
相手公館:大使館 (東京)
駐日相手国人数:79人 (永住者12人)
日本公館:大使館 (ワガドゥグー)
在留日本人数:91人 (永住者13人)
現行条約:1998年 青年海外協力隊派遣取極

(注1)
アフリカの中部・西部には独自通貨を持たない国が多く、代わってCFAフランが共通通貨として広く流通している。CFAフランはかつてはフランス・フランと、現在はユーロ(euro, EUR)との固定相場制を採っており、1ユーロ=655.957CFAフランとなっている。なお、CFAはフランス語に基づきセーファーと発音される。

CFAフランは西アフリカ諸国中央銀行発行のもの(コードはXOF)と中部アフリカ諸国銀行発行のもの(同XAF)に分かれるが、双方ともに通貨価値は同じである。ただし相互に混合流通しているわけではなく、国際法上はあくまで別通貨扱いで、CFAフラン導入国はいずれかの銀行が発行する貨幣のうち、どちらかを選択して自国通貨に指定する形態をとる。貨幣のデザインも双方で異なり、印字された銀行名で区別される。


《国歌「ある一夜」》
制定:1984年
作曲:不詳
作詞:トーマス・サンカラ

千年にわたる屈辱的な束縛と引き換えられたのは、
遠きより来たりし者による、百年の強奪。
新植民地主義と地域の下僕の、
歪んだ悪意という皮肉に対して、
多くの民は諦め、幾人かは抗った。
だが挫折と成功、汗と血は、
勇気ある民を奮い立たせ、その英雄譚を育んだ。

そしてたった一夜が、全ての民の歴史を1つに引き寄せた。
そしてたった一夜が、幸福の地平線に向かう勝利の凱旋を実現した。
そしてたった一夜が、世界中の人々と我らが民を結び付けた。
自由と進歩を手にするため。
祖国か、しからずんば死か。我らは勝ち得るだろう。

《国名の由来》
フランス語、英語ともに表記はBurkina Fasoだが、Burkinaの部分はフランス語ではビュルキナ、英語ではブルキーナと発音される。

国名は「高潔な人々の国」を意味し、ブルキナがモシ語で「清廉(高潔)な人」、ファソがジュラ語で「土地、国」を表す。1983年の社会主義革命の翌年、それまでのフランス語由来の国名から、現地の主要民族の言葉を使った国名へと変更された。ブルキナと略されることも多い。

革命前の旧称であるHaute-Volta(オートヴォルタ)はフランス語表記であり、英語ではUpper Volta(アッパー・ヴォルタ)と呼ばれた。意味は共に「ヴォルタ川の上流」だが、これは文字通り国土がヴォルタ川の源泉ならびに上流域を抱えることから名付けられた呼称であり、日本語では上ヴォルタまたは上ボルタと書かれることもあった。

旧国名
1958-
1984
オートヴォルタ共和国
(仏)République de Haute-Volta
(英)Republic of Upper Volta

コメント

非公開コメント

プロフィール

嫁ドリル

Author:嫁ドリル
国旗と酒をこよなく愛する関西女。
カイロ、ドバイ、カルガリー駐在員を経て、現在は関東で働きながら旦那と1女1男の4人暮らし中。

国旗に関しては、まずは基礎知識カテゴリを熟読して下さい。

ツイッターやってます。基本的に更新情報はここでつぶやいてます。

カテゴリ
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

【タディの国旗の世界】
【駐京雑記】
【ぷらずま式改】
QRコード
QRコード
検索フォーム
Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

Flag counter