フィンランド

フィンランド
Suomi (フィンランド語)
Finland (スウェーデン語・英語)

Flag_of_Finland.png

北欧のフィンランド共和国は、スカンディナヴィア半島の東に位置する平原の国です。領土の1/3近くが北極圏内に属し、その他の地域も北緯60度以上という高緯度に位置しているため、非常に寒冷な気候が特徴で、人口の大半は寒さが比較的穏やかな南西部に集中しています。一万年ほど前までは大陸性の氷河群が地域を覆っており、これらによって削られた土地は窪みとなって、地域一帯に数多くの湖や沼沢地を残すこととなりました。また豊かな水源が確保されたことにより、南部から中部にかけての湖沼地帯には広大な森林が形成され、後に「森と湖の国」という二つ名で知られることとなるフィンランドの基礎が築かれました。そんなこの地に人類が定着したのは、氷河が後退して陸地が隆起するようになった九千年ほど前のことで、現在のフィン人の祖先であるウラル語族系民族が移住したのが最初と考えられています。しかし彼らは近隣でデンマークやスウェーデンといった北方ゲルマン系の国家が樹立されていった8~11世紀頃に至っても、独自の国を形成することなく旧来の農耕文化を維持し、異民族との交流といえば時折毛皮を交易する程度のものでした。当然、政治的なまとまりを欠いたフィン人地域は、国の強大化を図る周辺諸国に狙われ、12世紀には隣国スウェーデンが支配圏を拡大。13世紀末までに征服は完了し、以後500年以上にわたってフィンランドはスウェーデンを構成する地方の一つとしての歴史を歩むことになります。

しかし18世紀に入ると、スウェーデンはロシアとの度重なる戦争で国力が疲弊し、フィンランドを防衛する能力を喪失。19世紀初頭には遂にロシアがフィンランド全域を制圧しました。これを受けて1809年にロシア帝国内の自治国としてフィンランド大公国(大公はロシア皇帝が兼任)が樹立され、民主的な独自憲法のもとで一定の自治権を獲得し、政治経験を積んだフィン人の間では、徐々に1つの民族としての連帯意識が生まれていきました。それに伴い、次第に完全な独立を求める声も大きくなっていったものの、危機感を覚えたロシアはこれに武力で応じたため、情勢は緊迫。1917年に発生したロシア革命で帝政そのものが崩壊すると、これを好機と見なしたフィン人は即座に独立を宣言。翌1918年10月にはドイツからヘッセン=カッセル方伯フリードリヒ・カールを招いて国王(カールレ1世)に選出し、フィンランド王国が樹立されました。しかし同年、ドイツが第一次大戦の敗戦国となったことを受け、新国家のイメージを損なわないよう、王国樹立からわずか2ヶ月でカールレ1世を廃位し、フィンランド共和国として改めて独立国としての歴史をスタートさせています。第二次大戦後の冷戦期は、西側諸国と同じ民主主義体制を維持しながら、ソ連と直接国境を接していることから東側陣営とも親密な関係を築き、両陣営の微妙なバランスの中で難しい外交を迫られる苦難の時代が続きましたが、一方でこれは双方とのパイプを使って有利な貿易体制を築くことにも繋がり、東西陣営間の貿易・交渉窓口として国際的な地位を向上させたほか、後に世界有数の富裕国として知られるようになるフィンランドの産業育成と経済成長を促す結果にもなりました。現在のフィンランド経済は、伝統的な農林業に加えて、1980年代よりハイテク産業の育成に着手し、IT関連業を中心とする工業化に成功。その技術水準の高さを各国に知らしめています。特に携帯電話端末のノキア社は、同業種では世界トップシェアを誇っており、フィンランドを代表する国際IT企業として世界的に注目されています。

フィンランドの国旗には、北欧諸国に共通するスカンディナヴィア十字が採用されています。白は北国であるが故にフィンランド国民には馴染み深い存在となっている雪を、青は国内に散在する美しい湖を象徴します。1918年に初めて掲げられ、1920年には当初の意匠よりも青が若干濃く変更されたほか、1978年に正式な規格が制定がされ、デザインの細則や旗の使用方法に一定の基準が設けられるようになりました。ちなみに、政府など公的機関が掲げる旗には、十字が交差している部分に、赤地に黄色い獅子を配した国章(16世紀より民族のシンボルとして使用)が追加されるほか、海軍旗では旗のフライ側を直線ではなく燕尾型に変更した独特な形の旗が使われます。

縦横比:11対18


フィンランド共和国
Suomen tasavalta
Republiken Finland
Republic of Finland


Map_of_Finland.gif

統計データは原則として2015年時点のもの。

[地理]
位置:ヨーロッパ
面積:約33.8万km² (日本の約89%)
人口:約546万人
都市人口率:84.2%
首都・最大都市:ヘルシンキ (Helsinki)
主要民族:フィン人88%
       スウェーデン人5%
       ロシア人1%
       北方には土着の少数民族であるサーミ人も居住。
       移民はエストニア人、イギリス人などのEU諸国民、
       アフリカ系黒人(特にソマリア人)、中東系が多い。
主要言語:フィンランド語とスウェーデン語が公用語。両言語の地位は
       対等だが、国民の多くはフィンランド語を母語とし、スウェー
       デン語話者は南西部の沿岸地域とオーランド諸島に集中し
       ている。他に北部ではサーミ語も少数民族言語として使用
       され、政府から一定の保護を受ける。
主要宗教:キリスト教74%
        フィンランド福音ルター派教会73%
        正教会1%
       無宗教24%
       イスラム教1%
       少数のユダヤ教など。

[政治・軍事]
独立:1809年3月29日(自治国)、1917年12月6日(完全独立)
国連加盟:1955年12月14日
政治体制:共和制、半大統領制
元首:大統領
    直接選挙制。任期6年。3選禁止。
政府:国家評議会(内閣に相当)
    首相は議会が指名し、大統領が任命。
    他の閣僚は首相の指名に基づき、大統領が任命。
議会:一院制のエドゥスクンタ(国会と訳される)
    200議席。直接選挙制(比例代表制)。任期4年。
    うち1議席は自治区であるオーランド諸島の議席
    であり、この枠のみ小選挙区から選出される。
政党制:多党制
国政選挙権:18歳以上の国民全て
兵役制度:徴兵制
国防費:35億6300万米ドル
軍組織:フィンランド国防軍
     陸軍1万6000人
     海軍3500人
     空軍2700人
     国境警備隊3800人(平時は内務省傘下。有事に国防軍と合流)

[経済・通信・その他]
中央銀行:フィンランド銀行 (注1)
通貨:ユーロ (euro, EUR, 注1)
国内総生産(GDP):2298億1000万米ドル
1人当たりGDP:4万2311米ドル
GDP構成比:農林水産業2.5%
        鉱工業26.9%
        サービス業70.6%
労働人口:268万人
失業率:9.1%
輸出額:756億9000万米ドル
輸出品:紙製品、機械類、鉄鋼、木材、化学製品、自動車、船舶、酪農品
輸出先:ドイツ14%、スウェーデン10%、米国7%、オランダ7%、ロシア6%
輸入額:706億7000万米ドル
輸入品:原油と石油製品、機械類、金属原料、自動車、繊維製品、果物
輸入元:ドイツ17%、スウェーデン16%、ロシア11%、オランダ9%、デンマーク4%
固定電話回線数:53万7000回線
携帯電話回線数:739万9000回線
国別電話番号:358
ccTLD:.fi
インターネット利用者数:約511万人
車両通行:右側通行
平均寿命:81.0歳 (男性77.9歳、女性84.0歳)

[日本との関係]
国交樹立:1919年5月23日
相手公館:大使館 (東京)
駐日相手国人数:1832人 (永住者129人、特別永住者2人)
日本公館:大使館 (ヘルシンキ)
在留日本人数:1798人 (永住者860人)
現行条約:1924年 通商航海条約
       1972年 租税条約
       1978年 文化協定
       1981年 航空協定
       1997年 科学技術協力協定

(注1)
ヨーロッパ連合(EU)が統一通貨としてユーロを導入して以降、通貨発行権や金融政策の方針決定権はヨーロッパ中央銀行が担うようになり、ユーロ導入国が本来設置していた中央銀行はその傘下にある執行組織に改組された。ユーロ導入国の各中央銀行総裁はヨーロッパ中央銀行政策理事会の一員となり、連携してヨーロッパ中央銀行の政策を決定し、それに基づいて各国内での業務執行に当たることとされる。

なお、ユーロ導入前にフィンランド銀行が発行していた通貨はフィンランド・マルッカ(markka, FIM)である。


《国歌「我らの土地」》
制定:1848年
作曲:フレデリック・パシウス
作詞:ヨハン・ルーネベリ

おお、我らの土地フィンランド、祖国よ。
高く響かせよ、その輝かしき言葉を!
この北の祖国ほど、天に届く山々は無く、
愛すべき渓谷や浜辺も無い。
我らが祖先の貴き土地よ。

そなたの芽が、いつか花開かせる時は来る。
さすれば我らの愛で、
希望と輝かしき喜びを高鳴らせ、
いつか鮮やかな輪となって、
我らが高らかに歌い上げよう。

《国名の由来》
フィンランド語ではSuomi(スオミ)と表記される。その由来は古バルト系の言葉で「土地」を意味するzeme(ゼーメ)が時代と共に転化していったという説、国内に数多くの湖や沼沢地があることと関連して「湖沼(suo)」の地を意味するという説などがあり、定説は無い。後者の説はかつては盛んに流布されていたものの、近年は俗説の域を出ないものとして否定される傾向にある。

他称であるフィンランドは「フィン人の国」を意味するが、フィンとは古ゲルマン系の言葉で「湖沼」を表し、そこに「土地」や「国」を意味するlandが付加された。同国のもう1つ公用語であるスウェーデン語でもFinland(ただし、読みはフィンラン)と書かれるなど、多くの言語ではこちらに由来する名称が用いられている。

旧国名
1809-
1917
 フィンランド大公国 (ロシア帝国内の自治国)
(フ)Suomen suuriruhtinaskunta
(ス)Storfurstendömet Finland
(露)Великое княжество Финляндское
(英)Grand Duchy of Finland
1917-
1918
 フィンランド
(フ)Suomi
(ス・英)Finland
1918 フィンランド王国
(フ)Suomen kuningaskunta
(ス)Kungadömet Finland
(英)Kingdom of Finland



【おまけ:オーランド諸島
Landskapet Åland (スウェーデン語)
Åland Islands (英語)
Flag_of_Aaland.png   Aaland-map.gif
フィンランドは19の地域から構成されますが、そのうちスウェーデンに近い位置にあるオーランド諸島(フィンランド語ではアハヴェナンマー諸島)だけは自治地域として特別な地位に置かれ、外交と国防を除く大幅な自治権と独自の旗を持っています。何故ならオーランド諸島の住民のほとんどがスウェーデン人(公用語もスウェーデン語のみ)であり、フィン人の居住地域である本土とは文化的な差異が大きく、中央政府による一元的な統治が及びづらい風土が構築されているためです。

1917年のフィンランド独立に際して、オーランド諸島のスウェーデン系住民はスウェーデンへの帰属を求める請願書を出し、実際にスウェーデン政府との間で領有権が争われたこともありましたが、現在は住民の多くがフィンランド領に留まる意向を示しているとのこと。これはスウェーデンに帰属すれば領土の端にある辺境の島に過ぎなくなってしまう一方、フィンランドに留まっていれば現在の特殊な地位と自治権を維持できるという島民の利害関係が、フィンランド政府と一致することが理由とされています。

1954年に制定されたオーランド諸島の旗は、北欧諸国に共通するスカンディナヴィア十字を用いています。青と黄(スウェーデン国旗の色)はスウェーデンとの文化的な結び付きを、黄と赤(フィンランドの国章の色)はフィンランドとの政治的な紐帯を象徴します。

人口:約2.8万人
言語:スウェーデン語が公用語
県都:マリエハムン (Mariehamn)
通貨:ユーロ (euro, EUR)
ccTLD:.ax

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プロフィール

嫁ドリル

Author:嫁ドリル
国旗と酒をこよなく愛する関西女。
カイロ、ドバイ、カルガリー駐在員を経て、現在は関東で働きながら旦那と1女1男の4人暮らし中。

国旗に関しては、まずは基礎知識カテゴリを熟読して下さい。

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