バングラデシュ

バングラデシュ
বাংলাদেশ (バングラデシュ) (ベンガル語)
Bangladesh (バングラデーシュ) (英語)

Map_of_Bangladesh.png

バングラデシュは南アジア地域の東部に位置し、南をインド洋、その他の方面をインドに囲まれた国です。国土は同地域の大河ガンジス川の下流に位置し、多くの河川と水路が複雑に入り組んだデルタ地帯を構成しています。熱帯雨林に覆われた土地は古くから極めて肥沃なことで知られ、インドの歴代王朝も古くから穀倉地帯として重視し、ムガル帝国の時代には支配層だったイスラム教徒が地方の東部に大挙として移住。結果、周囲をヒンドゥー教圏に囲まれながらも独自のイスラム文化圏が確立し、その住民は自らをベンガル人という新たな民族集団と規定するようになりました。またこの頃から、商業活動を奨励するイスラムの教義も相まって、農業のほかに商工業も発展を大きな見せ、南アジア屈指の豊かな地域となりました。そんなベンガル地方にも15世紀末からヨーロッパ人が来訪するようになりましたが、特にイギリスがこの地域に強い関心を示すようになり、私兵組織を備えたイギリス・東インド会社を通じて勢力を拡大。当時弱体化が著しかったムガル帝国からあらゆる方法で統治権を奪い取り、18世紀の末までにベンガル地方の植民地化を完了させました。後にイギリスがこのベンガル地方を足掛かりにインド全域に進出し、1858年には遂にムガル帝国を滅ぼしていることを思うと、イギリスによるインド支配の先駆け的存在になった地域といえるでしょう。

イギリス統治下のベンガル地方は引き続き商業の中心地として栄え、「黄金のベンガル」と称されましたが、その実態はイギリス人の利益のために現地人を徹底的に搾取する苛烈な支配体制であり、独立を求める運動が絶えませんでした。この体制は第二次大戦後、イギリスが植民地を維持する国力を失うと崩壊し、1947年に旧植民地はヒンドゥー教徒の多い地域がインド、そしてイスラム教徒の多い地域がパキスタンとして独立。ベンガル地方もこれに沿う形で西ベンガルがインドの州、東ベンガルがパキスタンの一部として分割されました。ですがパキスタン領となった東ベンガル(公式名称は東パキスタン)に待ち受けていたのは、首都を抱え相対的に力の大きな西パキスタンの中央政府によって冷遇され続けるという不本意な地位で、単に植民地統治者がイギリスからパキスタンに替わっただけ、偽りの独立だ、などという声まで聞かれました。西の公用語であるウルドゥー語と、東の民族語であるベンガル語への扱いの差も槍玉にあがり、様々な文化・習俗の違いを無視して単に宗教だけを基準に統合したのは誤りだったとする論調が拡大。また、当時のパキスタンの外貨収入の7割以上を東パキスタンが稼いでいた(繊維麻の一種であるジュートの輸出が主)という経済問題も作用して、ベンガル人の地位向上、ひいてはパキスタンからの独立を求める声まで叫ばれるようになりました。1971年3月には遂に独立戦争が始まったものの、当初は近代兵器を備えた西軍に押され、東軍は散発的なゲリラ戦を展開するので精一杯の状況でした。しかしパキスタンと敵対していたインドが同年12月に東軍に加勢(第3次印パ戦争)したことで戦況は一気に好転。東軍・インド軍同盟の前に西軍は敗走を続け、同年中にバングラデシュ人民共和国の独立が宣言されました。結局、劣勢の西パキスタンの中央政府もこれを承認せざるを得ず、ようやくベンガル人は自らの国を持つという悲願を達成したのです。このような独立の経緯から、バングラデシュとインドは現在に至るまで非常に深い関係を構築しており、宗教の違いを乗り越えて緊密な連携体制を保っています。

バングラデシュの国旗はベンガル人の芸術家カムルル・ハサンが独立戦争時にデザインした旗を基調に、1972年に制定されたものです。緑はよく国の主要宗教であるイスラム教の伝統色と解釈されますが、イスラムの紐帯でパキスタンと統合した結果、更なる苦難を味わったバングラデシュの場合はそれとは異なり、緑は肥沃な国土と国民の活力を意味します。赤い円は昇り行く太陽のシンボルであると同時に、独立のために流された血も象徴します。円が若干ホイスト側に寄っていますが、これは国旗がはためいた時に円がちょうど中央に見えるようにという配慮からくるものです(パラオの国旗も同様の理由で、中央の円をずらしています)。日本の国旗である日章旗(日の丸)と類似したデザインとしてよく取り上げられ、日章旗を参照したのではという説もありますが、バングラデシュ政府がそれについて明確なコメントを出したことはなく、憶測の域を出ていません。

縦横比:3対5

【旧国旗】
Former_Bangladesh.png (★See below)
1971年の独立戦争時に、東軍(独立派)のシンボルとして掲げられていた旗です。現在の国旗とほぼ同じデザインですが、円の中には黄金のベンガルの歴史を象徴する黄(金色)で国土の形が描かれています。しかし実際になびかせててみると、視覚効果によって国土の形が正しく認識出来ず、かえって不恰好になってしまううえ、多くの布を複雑に縫いつけなければならず、しかも重くなるため綺麗にはためかないという技術上の問題もあって、翌1972年の国旗制定に伴い国土の地図は削除されました。


バングラデシュ人民共和国
গণপ্রজাতন্ত্রী বাংলাদেশ
(ゴノプラジャトントゥリー・バングラデシュ)
People's Republic of Bangladesh
(ピーポゥズ・リパブリック・オブ・バングラデーシュ)


Map_of_Bangladesh.gif

統計データは原則として2015年時点のもの。

[地理]
位置:アジア
面積:約14.4万km² (北海道の約1.7倍)
人口:約1億6041万人
都市人口率:34.3%
首都・最大都市:ダッカ (ベ:ঢাকা 英:Dhaka)
主要民族:ベンガル人が98%を占める最大民族。他に少数民族の
       メイテイ(マニプル)族、ハシ族、サンタイ族、チャクマ族、
       ガロ族など。
主要言語:ベンガル語が公用語で、国民のほとんどが母語としている。
       少数民族は独自の民族語を持つが、公的な場では共通語
       としてベンガル語を使用する。他に英語も政府機関、報道、
       ビジネス、高等教育などの場では幅広く使用されるものの、
       政府はベンガル語の使用を優先するよう呼び掛けている。
主要宗教:イスラム教88%
        スンナ派80%
        特定の宗派に属さない4%
        シーア派3%
        アフマディーヤ教団1%
       ヒンドゥー教11%
       他に南東部の仏教、都市部のキリスト教など。

[政治・軍事]
独立:1971年3月26日(独立宣言)、同年12月16日(独立承認)
国連加盟:1974年9月17日
政治体制:共和制、議院内閣制
元首:大統領
    議会が選出、任期5年、3選禁止。
政府:内閣
    大統領が議会最大会派の指導者を首相に任命。
    他の閣僚は首相の指名に基づき、大統領が任命。
議会:一院制の国民議会
    350議席。300議席は直接選挙(小選挙区制)で選出。残る50議席
    は小選挙区での結果が判明した後、得票率に応じて各党に配分さ
    れる女性議員枠。任期5年。
政党制:アワミ連盟とバングラデシュ民族主義党による緩やかな二大政
     党制だが、国民党など第三党相当の勢力も伸長している。
国政選挙権:18歳以上の国民全て
兵役制度:志願制
国防費:25億1800万米ドル
軍組織:バングラデシュ軍
     陸軍12万6000人
     海軍1万7000人
     空軍1万4000人

[経済・通信・その他]
中央銀行:バングラデシュ銀行
通貨:タカ (taka, BDT)
国内総生産(GDP):1950億7900万米ドル
1人当たりGDP:1212米ドル
GDP構成比:農林水産業15.5%
        鉱工業28.1%
        サービス業56.4%
労働人口:8195万人
失業率:4.9%
輸出額:317億4000万米ドル
輸出品:衣類が8割、他に履物、布地、魚介類、皮革製品、葉タバコ
輸出先:米国14%、ドイツ13%、英国9%、フランス6%、スペイン5%
輸入額:376億3000万米ドル
輸入品:繊維原料、機械類、鉄鋼、有機化合物、精製石油、穀物、砂糖
輸入元:中国22%、インド14%、シンガポール5%、インドネシア4%、香港4%
固定電話回線数:83万1000回線
携帯電話回線数:1億3371万9000回線
国別電話番号:880
ccTLD:.bd
インターネット利用者数:2144万人
車両通行:左側通行
平均寿命:73.2歳 (男性71.0歳、女性75.4歳)

[日本との関係]
国交樹立:1972年2月10日
相手公館:大使館 (東京)
駐日相手国人数:1万1159人 (永住者2882人)
相手輸出額:10億8100万米ドル
相手輸出品:衣類が7割以上、他に履物、布地、皮革製品、魚介類、銅くず
日本公館:大使館 (ダッカ)
在留日本人数:985人 (永住者108人)
日本輸出額:13億7300万米ドル
日本輸出品:自動車と部品、鉄鋼、機械類、精錬亜鉛、精錬銅、繊維原料
現行条約:1973年 査証(ビザ)相互免除取極
            青年海外協力隊派遣取極
       1980年 航空協定
       1982年 文化協定
       1991年 租税条約
       1999年 投資保護協定
       2002年 技術協力協定


《国歌「我が黄金のベンガルよ」》
制定:1972年
作曲・作詞:ラビンドラナート・タゴール

我が黄金のベンガルよ、我はそなたを愛する。
永遠なるそなたの空、そなたの風は、
笛の音の如く我が心を震わせる。
おお我が母よ、春になれば、
そなたのマンゴーの木々は香(かぐわ)しく、
我を喜びで打ち震わせん。
ああ、なんと嬉しいことだろう!

《国名の由来》
ベンガル語ではবাংলাদেশ(バングラデシュ)と表記され、「ベンガル人の国」を意味する。বাংলা(バングラ)はベンガル人の自称であり、দেশ(デシュ)は「国」を表す。ベンガル(Bengal)の語源は不明。


★(c) 2006 Himasaram CC BY-SA 3.0

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プロフィール

嫁ドリル

Author:嫁ドリル
国旗と酒をこよなく愛する関西女。
カイロ、ドバイ、カルガリー駐在員を経て、現在は関東で働きながら旦那と1女1男の4人暮らし中。

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