バハマ

バハマ
The Bahamas (ザ・バハーマズ) (英語)

Flag_of_The_Bahamas.png

バハマはカリブ海の少し北に位置し、海を挟んでアメリカのフロリダ半島、キューバ、ハイチと向かい合う島国です。国土を構成する島の数は700以上にもなり、首都ナッソーがあるニュープロヴィデンス島を中核に、国内最大の島であるアンドロス島、大航海時代のコロンブスが西半球で最初に降り立った地として知られるサンサルバドル島などが点在し、小さな陸地面積に反して非常に広い海域を抱えます。国土全域が湿度の高い熱帯気候に属し、平均気温は一年中20℃以上に保たれ、夏は時にむせ返るような炎熱に見舞われることもありますが、逆に冬は温暖で過ごしやすい環境に変わるため、この時期には欧米諸国から多くの観光客が避寒地としてバハマを訪れます。その年間観光客数はバハマの人口の実に4倍に相当する140万人に達し、彼らによる旺盛な消費は、バハマを中米屈指の経済国へと押し上げました。美しい海と白い砂浜、景勝地となる多数の島々、そして海の生き物と間近に触れ合えるダイビングスポットに加え、後述の黒人解放奴隷とその子孫たちが大国アメリカとのはざまで生み出した独特な明るい文化も人気で、リゾート地としての地位を確固たるものとしており、その観光政策は各国政府にも参考にされるなど、高い評価を受けています。

バハマ諸島における人間の生活史は、11世紀頃に南方のキューバ島やイスパニョーラ島から海を渡ったアラワク(タイノ)族というインディオに始まるとされます。彼らは時を経て「島の民」を意味するルカヤンと呼ばれるようになり、主に自給用の漁業を軸とした平穏な生活を営んでいましたが、ヨーロッパで大航海時代の火付け役となったクリストファー・コロンブスが1492年にサンサルバドル島に降り立つと、徐々に状況が変化し、強力な武器を持つヨーロッパ人によるルカヤン奴隷化が始まりました。また、ヨーロッパの疫病に耐性を持たなかったルカヤンは、強制労働による過労死と病死、そして植民地統治の拠点となった地域への強制移住によって次々と数を減らし、コロンブスの島到達から30年も経たないうちに絶滅してしまったといいます。その後、人員という「資源」が無くなった島々は放置され、「黒髭」と呼ばれて恐れられたエドワード・ティーチをはじめとする有名なカリブ海賊の拠点になっていたものの、17世紀に入ると砂糖や果物の生産に適した温暖なこの地に対する本格的な植民が始まり、イギリス人によって多くの農場が開かれました。その労働力の大半はアフリカから連れてこられた黒人奴隷によって拠出され、18世紀後半に正式な植民地化と奴隷解放が成された後も、彼らは白人に従属する存在として蔑視される時代が続くことになります。しかし第二次大戦後、イギリスが世界中の植民地を維持する国力を失うと、バハマでも各地で自治獲得を求める運動が高まり、1950年代に入ると黒人の権利確立を求める政党の結成が相次ぎました。1964年には黒人指導者を首相とする自治政府が発足し、政府の運営や自治議会選などを経て政治経験を積んだバハマ人は、1973年にバハマ国の名で遂に念願の独立を達成するに至ったのです。なお、植民地時代にイギリス文化を受容したバハマは、独立後もイギリス国王が自国の元首を兼ねる英連邦王国という政治体制を採り、二大政党制と議会制民主主義のもとで安定した政情と高い生活水準を享受しています。

国旗は1973年の独立と同時に制定されたもので、黒はバハマ国民のほとんどを占める黒人の活力と団結を、青はカリブ海と大西洋を、黄は輝く砂浜を持つ国土と太陽を表します。黒が三角形で表されていますが、これは海と陸という2つの豊かな地勢を国民が開発するという決意を象徴するものです。なお、バハマはリベリア、パナマ、マーシャル諸島に次ぐ世界第4位の便宜置籍船(注1)保有国であり、書類上は世界屈指の船舶稼働国のため、世界中の船でこの旗が見られます。

縦横比:1対2


バハマ国
Commonwealth of The Bahamas
(コモンウェルス・オブ・ザ・バハーマズ)


Map_of_The_Bahamas.gif

統計データは原則として2015年時点のもの。

[地理]
位置:北アメリカ
面積:約1.4万km² (長野県より少し大きい)
人口:約39万人
都市人口率:82.9%
首都・最大都市:ナッソー (Nassau)
主要民族:アフリカ系黒人91%
       ヨーロッパ系白人5%
       少数のムラート(黒人と白人の混血)、アジア系など。
主要言語:英語が公用語で、国民の大半が理解可能だが、正統英語が
       使用されるのは教育、メディア、仕事、政府機関などの公的な
       場が主。一般国民の日常会話では、英語系のバハマ・クレオ
       ール語が広く使用される。
主要宗教:キリスト教95%
        バプテスト教会35%
        聖公会15%
        ローマ・カトリック教会14%
        ペンテコステ派8%
        セブンズデー・アドヴェンティスト教会5%
        メソディスト派4%など。
       無宗教3%
       少数のユダヤ教、バハーイー教、イスラム教など。

[経済・その他]
独立:1973年7月10日
国連加盟:1973年9月18日
政治体制:立憲君主制(英連邦王国)、議院内閣制
元首:国王
    イギリスの国王が兼任、世襲制。
    国王の名代として総督が元首の権限を代行。
    総督は現地人有識者の中から国王が任命。
政府:内閣
    総督が下院最大会派の指導者を首相に任命。
    他の閣僚は首相の指名に基づき、総督が任命。
議会:二院制の国会
    ●元老院(上院)
     16議席。総督による任命制だが、9議席は与党代表者たる
     首相の推薦、4議席は最大野党の党首の推薦、残る3議席
     は、首相と最大野党党首の協議に基づき推薦された人物を
     任命しなければならない。任期5年。
    ●会議院(下院)
     38議席。直接選挙制(小選挙区制)。任期5年。
政党制:自由国民運動と進歩自由党による二大政党制
国政選挙権:18歳以上の国民全て
兵役制度:志願制
国防費:不明 (4000~6000万米ドルと推計される)
軍組織:王立バハマ国防軍
     総数1100~1300人。海軍主体であり、それを補完する形で
     少数の特殊部隊などが存在。陸軍・空軍は持たないが、海軍
     の一部に若干の航空部隊が存在する。

[経済・通信・その他]
中央銀行:バハマ中央銀行
通貨:バハマ・ドル (dollar, BSD)
国内総生産(GDP):85億1100万米ドル
1人当たりGDP:2万2897米ドル
GDP構成比:農林水産業2.2%
        鉱工業7.6%
        サービス業90.2%
労働人口:20万人
失業率:15.0%
輸出額:18億7000万米ドル
輸出品:再輸出品、船舶、魚介類、果物、酒類
輸出先:ポーランド38%、米国17%、ドミニカ共和国12%、インド4%、スイス3%
輸入額:86億7000万米ドル
輸入品:船舶、原油、石油製品、機械類、穀物、自動車、化学薬品、鉄鋼
輸入元:米国26%、中国16%、日本12%、ポーランド10%、韓国9%
固定電話回線数:12万1000回線
携帯電話回線数:31万1000回線
国別電話番号:1-242
ccTLD:.bs
インターネット利用者数:約33万人
車両通行:左側通行
平均寿命:72.4歳 (男性70.0歳、女性74.8歳)

[日本との関係]
国交樹立:1975年3月11日
相手公館:無し (本国常駐の大使のみ存在)
駐日相手国人数:18人 (永住者6人)
相手輸出額:4750万米ドル
相手輸出品:再輸出品がほとんど
日本公館:無し (駐ジャマイカ大使館が兼轄)
在留日本人数:17人 (永住者3人)
日本輸出額:10億1000万米ドル
日本輸出品:船舶が9割半、他に自動車、機械類
現行条約:1981年 査証(ビザ)相互免除協定
       2011年 租税情報交換協定

(注1)
通常、船の所有者は船1つずつの「籍」をどこかの国に置かねばならず、税金の高い国や船員の人件費が厳格に定められている国では運営会社の支出が過重な負担になる場合も多かった。そこで船舶の所持者に対し、税制や給与形態の規定が緩い国が「船籍」を形式的に与え、会社の支出を軽減させるのが便宜置籍船制度である。便宜置籍船の登録を済ませた保有者は、当該国に書類上だけの会社(ペーパーカンパニー)を設置し、一定の登録料と、自国よりはるかに少ない税金さえ払えば、その国の船として航行することが認められる。当該国の港を母港とする必要も無く、船籍を置く国に一度も立ち寄らず寿命を迎える船が大半である。

主に産業基盤が脆弱であったり、特定の産業しか発展の見込みが無い国が採用する制度であり、当該国にとってはわずかながらも税収となるほか、船の保有者にとっては母国の厳しい税制・労使条件から解放される有用な制度として注目されているが、「税金逃れ」「労働者の人権侵害」「国際法違反」といった批判も後を絶たず、便宜置籍船制度の導入国においては国家最大の外交問題となっている場合も多い。


《国名の由来》
日本語表記ではバハマだが、英語ではThe Bahamas(ザ・バハーマズ)と、定冠詞を付けた上で複数形になる。バハマに限らず、多くの小さな島々から成る国は複数形で表記されることが多い(例えばフィリピン、セーシェルなど)。

由来については諸説あるが、大航海時代のスペイン人探検家がこの海域にたどり着いた際、浅瀬が干上がって島になる風景を見て「引き潮、干潮」を意味するBaja Mar(バハ・マール)と呼び、それが転化したとする説が一般的。

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プロフィール

嫁ドリル

Author:嫁ドリル
国旗と酒をこよなく愛する関西女。
カイロ、ドバイ、カルガリー駐在員を経て、現在は関東で働きながら旦那と1女1男の4人暮らし中。

国旗に関しては、まずは基礎知識カテゴリを熟読して下さい。

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