パキスタン

パキスタン
پاکستان (パーキスターン) (ウルドゥー語)
Pakistan (パキスターン) (英語)

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南アジアに位置するパキスタンは、古代インダス文明を育んだインダス川を抱える非常に古い歴史を持つ国です。気候は乾燥し、北部はヒマラヤ山脈に連なる高峰群のカラコルム山脈や、アフガニスタンから伸びるヒンドゥークシュ山脈といった高い山々に彩られた山岳地帯、南西部はイランとの間にまたがる砂漠地帯となっていますが、それ以外の地域はインダス川の豊かな水源を湛えた肥沃な穀倉地帯で、人口の多くはこの地域に集中しています。パキスタン国民は最大民族であるパンジャーブ人を中核に、パシュトゥーン(アフガン)人、シンド人など多くの民族で構成されますが、その大半は国教であるイスラム教を共通項としており、公式国名もパキスタン・イスラム共和国とされるなど、社会全体にイスラム文化が根付いています。これは歴史的にこの地域がインドの一部とされながらも、ヒンドゥー教徒との宗教対立から、イギリスから独立する際にイスラム教徒が多い地域だけの国として分離した経緯に基づくものです。なお、独立時は現在のバングラデシュ東パキスタンの名でパキスタンの飛び地領土となっていましたが、本土たる西パキスタンとは民族的にも言語的にも全く異なる風土を持ち、それを宗教だけで繋ぎとめる体制は東パキスタンの不満を呼び、独立戦争に発展した結果、1971年に分離独立しました。

パキスタンのイスラム国家としての独立運動は、1906年に成立した全インド・ムスリム連盟を起源とし、1916年に連盟総裁となったムハンマド・アリー・ジンナーのもとで急速に拡大しました。ガンジー率いるインド国民会議派とは独立という一点だけでは目的は共通していましたが、現在のパキスタンを含む全インドを統一国家として独立させたい会議派の主張は、ムスリム連盟とは相いれず、時に共闘しつつも次第に対立を激化させていきます。幾度となく折衝の機会は設けられたものの、最終的に両者は折り合わず、1947年の独立に際してインドとパキスタンは分離し、別々の国として歩むこととなりました。独立後のパキスタンはカシミール地方をめぐり領土紛争を抱える地域大国インドへの対抗上、急速に軍備拡張を進めましたが、これは軍部の発言権の増大という側面もはらみ、幾度となくクーデターが発生する不安定な政情が経済の足かせとなって、なかなか成長の軌道に乗れずにいます。更に国内には複雑な民族事情も抱え、1970年代からは隣国アフガニスタンの紛争が度々飛び火し、政府から半ば独立した状態にある軍部もそれに公然に介入しようとするなど、国家として統一的な行動を取るのが困難になる時があり、内憂外患が国家建設のスピードを緩めている側面は否定できません。ただ、前述の肥沃な土壌を生かした農業、並びに軽工業でありながら大量の雇用を確保できる繊維産業については好調で、国民の半数以上が貧困層とされながらも、輸送路の建設・維持が困難な山岳部の一部を除けば、基本的に飢える心配は無いという強みも持っています。

パキスタンの国旗はイスラム教徒の独立運動を主導した全インド・ムスリム連盟の党旗をモチーフとしたもので、預言者ムハンマドのターバンの色に由来するとされる緑の地色、炎熱の大地に生きる人々にとって安らぎの象徴である夜を表す三日月、星という意匠は全て、イスラム教徒にとって神聖なシンボルとして愛されており、パキスタンのみならず、イスラム世界各地で用いられているものです。この意匠に、1947年の独立に際してホイスト側に白い帯が付加され、正式に国旗として制定されました。この白い帯はパキスタン国内に住む少数派を表すもので、パキスタンはイスラム教を国教としながらも、異教徒や少数民族にも配慮した国造りを行うべきという意思を示しています。また同時に、三日月は進歩、星は光明と知恵の象徴でもあります。

縦横比:2対3


パキスタン・イスラム共和国
اسلامی جمہوریہ پاکِستان
(イスラーミー・ジュムフーリーイェ・パーキスターン)

Islamic Republic of Pakistan
(イスラミック・リパブリック・オブ・パキスターン)


Map_of_Pakistan.gif

統計データは原則として2015年時点のもの。

[地理]
位置:アジア
面積:約79.6万km² (日本の約2.1倍)
人口:約1億8814万人
都市人口率:38.8%
首都:イスラマバード (ウ:اسلام آباد 英:Islamabad)
最大都市:カラチ (ウ:کراچی‎ 英:Karachi)
主要民族:パンジャーブ人45%
       パシュトゥーン(アフガン)人15%
       シンド人14%
       セライキ人8%
       ムハジール(注1)8%
       バローチ人4%など。
主要言語:ウルドゥー語(注2)と英語が公用語。ウルドゥー語は民族を
       またぐ共通語、および国家の統一言語とされ、国民の7割半
       が理解可能であり、主に日常会話で用いられる。一方、政府
       機関や高等教育といった公共・専門性の高い分野では英語
       の使用が優先される。ただし、両言語とも母語率は1割に満
       たず、大半の国民はパンジャーブ語やパシュトー語、シンド語
       といった民族固有の母語を持ち、必要に応じてウルドゥー語と
       英語を後から習得しているに過ぎない。
主要宗教:イスラム教(国教)96%
        スンナ派73~83%
        シーア派8~18%
        アフマディーヤ教団2%
       ヒンドゥー教2%
       キリスト教1~2%
       他に少数のバハーイー教、シク教、ゾロアスター教など。

[政治・軍事]
独立:1947年8月14日
国連加盟:1947年9月30日
政治体制:共和制、議院内閣制、連邦国家
元首:大統領
    上下両院議員と各州議会議員で構成される
    「選挙人団」が選出。任期5年。3選禁止。
政府:内閣
    首相は下院が選出し、大統領が任命。
    他の閣僚は首相の指名に基づき、大統領が任命。
議会:二院制の国会
    ●元老院(上院)
     104議席。88議席は国家を構成する4州の議会が22議席
     ずつ選出(うち女性議員枠とイスラム法学者枠が4議席ずつ)。
     8議席は北西部の連邦直轄部族地域(注3)から選出された下
     院議員が選出。4議席は首都イスラマバードの代表枠で、うち
     2議席は女性議員枠とイスラム法学者枠。残る4議席は4州に
     存在する少数派宗教の代表者に割り当てられる。任期6年。
     3年ごとに半数ずつ改選。
    ●国民議会(下院)
     342議席。直接選挙制(小選挙区比例代表並立制)。任期5年。
     272議席は小選挙区で、70議席は比例代表で選出。比例枠は
     60議席が女性議員枠、10議席が少数派宗教の代表枠である。
政党制:多党制
国政選挙権:18歳以上の国民全て
兵役制度:志願制
国防費:92億4800万米ドル
軍組織:パキスタン軍 (核兵器保有国)
     陸軍55万人
     海軍2万4000人(うち2000~5000人が海兵隊)
     空軍7万人
     戦略計画部隊2万人

[経済・通信・その他]
中央銀行:パキスタン国立銀行
通貨:パキスタン・ルピー (rupee, PKR)
国内総生産(GDP):2699億7100万米ドル
1人当たりGDP:1429米ドル
GDP構成比:農林水産業25.1%
        鉱工業20.0%
        サービス業54.9%
労働人口:6334万人
失業率:6.4%
輸出額:227億3000万米ドル
輸出品:衣類、絨毯、綿花、米、皮革類、砂糖、果物、魚介類、肉類、銅製品
輸出先:米国13%、UAE9%、アフガニスタン9%、中国9%、英国5%
輸入額:392億9000万米ドル
輸入品:機械類、精製石油、原油、化学薬品、鉄鋼、自動車、繊維原料、茶
輸入元:中国28%、サウジアラビア11%、UAE11%、クウェート6%、インドネシア4%
固定電話回線数:299万1000回線
携帯電話回線数:1億2589万9000回線
国別電話番号:92
ccTLD:.pk
インターネット利用者数:約3434万人
車両通行:左側通行
平均寿命:67.8歳 (男性65.8歳、女性69.8歳)

[日本との関係]
国交樹立:1952年4月28日
相手公館:大使館 (東京)
       領事館 (大阪)
駐日相手国人数:1万3138人 (永住者4486人、特別永住者3人)
相手輸出額:2億3600万米ドル
相手輸出品:衣類、綿花、皮革製品、魚介類、銅製品、クロム鉱、胡麻、野菜
日本公館:大使館 (イスラマバード)
       総領事館 (カラチ)
在留日本人数:968人 (永住者575人)
日本輸出額:18億4200万米ドル
日本輸出品:自動車と部品、機械類、鉄鋼、精密機器、有機化合物、ゴム類
現行条約:1958年 文化協定
       1959年 租税条約(2008年に全面改訂)
       1961年 友好通商条約
       1962年 航空協定
       2002年 投資保護協定

(注1)
イギリス領インドとして統治されていた地域のうち、イスラム教徒が多い地域はインドとは別にパキスタンとして分離独立したが、その際、インド領内に少数派として残されたイスラム教徒の中にも、独立に際してパキスタンに移住する者が少なからず現れ、パキスタン政府は彼らをムハジール(مہاجر、モハジールとも)と呼んで、もともとパキスタン領内に住んでいた諸民族と区別した。ムハジールとはウルドゥー語で「移住者」を意味する言葉で、パキスタン建国の父ムハンマド・アリー・ジンナーもムハジールの1人である。

(注2)
ウルドゥー語はインドの連邦公用語であるヒンディー語と祖語を同じくする姉妹言語であり、ある程度は相互の意思疎通も可能である。ただし外国語からの借用語に関しては、ウルドゥー語はペルシア語やアラビア語の語彙が多数含まれているのに対し、ヒンディー語は祖語であるサンスクリット語(現在は死語)で用いられた言葉を再移植したものが多く、同一言語の方言とするにはいささか差異が大きい。また、ウルドゥー語はアラビア文字にいくつかの特殊音節文字を足したウルドゥー文字で表記されるのに対し、ヒンディー語では古代インドのブラーフミー文字から派生した「デーヴァナーガリー」という独特な文字が使われるため、文面上で両言語の近似性を見出すのは難しい。

(注3)
パキスタン北西部のアフガニスタンとの国境地帯には、連邦直轄部族地域(Federally Administered Tribal Areas, FATA)という、いかなる州にも属さない特殊地域が設置されている。連邦直轄という名が付いているものの、実際にはパキスタン政府の統治はほとんど及んでおらず、FATA内に居住する各部族の自治に委ねられている状況である。域内の部族の大半は中央政府の支配権を嫌い、近代法ではなく部族内の慣習に基づいて運用される独自の統治機構を設置しているが、独立を目指しているわけではなく、あくまでパキスタンという枠組み内で高度な自治を行うに留まる。ただ、中央政府がほとんど触れることの無い地域のため、開発から取り残され、パキスタン国内でもとりわけ貧しい辺境地域でもある。


《国歌「神聖なる大地」》
制定:1954年
作詞:アブル=アサル・ハフェーズ・ジュルンドゥリー
作曲:アフマド・グーラマリ・チャグラ

神聖なる大地に祝福を
豊かなる大地に幸福を
汝は気高き決意の象徴なり
おお、パキスタンの大地よ!
信仰の砦に祝福を

《国名の由来》
ウルドゥー語ではپاکستان(パーキスターン)と表記される。イスラム教徒の多いこの地が、将来的にインドと分離することを見越して新たに創造された国名であり、植民地時代の1930年代には既にイスラム教徒勢力がこの名の普及に努めていたという。1947年の独立に伴い公式に国名として採用された。

国名には2つの意味があり、1つはウルドゥー語で「清浄な」を意味する形容詞パキ(paki)にペルシア語で「○○の土地、国」を表すスタン(stan)を合わせたもの。もう1つは、北東部のパンジャープのP、アフガン(パシュトゥーン人の自称)が多く住む北西部のA、インドとの係争地である北部のカシミールのK、南東部のシンドのS、南西部のバローチスタンのTANという国内5大地域を表し、更にイスラムのIを間に挟んだものである。ただし英語圏ではパキ単体では蔑称と見なされる場合が多いので注意。

旧国名
1947-
1956
 パキスタン自治国
(ウ)مملکتِ پاکستان (ムムリカーテ・パーキスターン)
(英)Dominion of Pakistan (ドミニオン・オブ・パキスターン)
1956-
1962
 パキスタン・イスラム共和国
(ウ)اسلامی جمہوریۂ پاکستان
(英)Islamic Republic of Pakistan
1962-
1973
 パキスタン共和国
(ウ)جمہوریۂ پاکستان (ジュムフーリーイェ・パーキスターン)
(英)Republic of Pakistan (リパブリック・オブ・パキスターン)

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プロフィール

嫁ドリル

Author:嫁ドリル
国旗と酒をこよなく愛する関西女。
カイロ、ドバイ、カルガリー駐在員を経て、現在は関東で働きながら旦那と1女1男の4人暮らし中。

国旗に関しては、まずは基礎知識カテゴリを熟読して下さい。

ツイッターやってます。基本的に更新情報はここでつぶやいてます。

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