モーリタニア

モーリタニア
موريتانيا (アラビア語)
Mauritanie (フランス語)
Mauritania (英語)

Flag_of_Mauritania.png

モーリタニアはアフリカ大陸北西部に位置するイスラム教国です。日本の2.5倍を超える広大な国土を持ちますが、その2/3以上はサハラ砂漠に覆われており、人間が実際に使用できる土地は限られています。可耕地に至ってはセネガルとの国境を成すセネガル川沿いにほぼ限られ、国土の1%程度に過ぎません。そのため古くからサハラ交易に従事する隊商や、土着の遊牧民が行き来するだけの不毛な地と見なされ、各所に点在したオアシス隊商都市以外は特に顧みられることもありませんでした。大航海時代以降はポルトガルやイギリスが沿岸部に交易拠点を築いたものの、領域支配には至らず、近代以降もかなりの程度旧来の文化が残存していたといいます。19世紀に入ると西アフリカに巨大植民地を築かんとするフランスが進出し、1920年にはフランス領西アフリカの一部として正式に併合を宣言するも、その統治は政庁が置かれたダカール(現セネガルの首都)から間接支配が及ぶに留まり、域内に都市らしい都市も存在しませんでした。第二次大戦後、西アフリカ各地でフランスに対する独立運動が盛んになると、モーリタニア人で初めて大卒の資格を得たというモクタル・ウルド・ダッダの主導で独立に向けた交渉が進められ、1957年からようやく大西洋岸の漁村ヌアクショットを将来の首都にふさわしい都市とするために開発が進み、人々の定住を促しながら、国家としての体裁を急ピッチで整えていきます。その後自治権の拡大を経て、1960年にモーリタニア・イスラム共和国として、特に大きな騒乱も無く独立を達成しました。

独立後のモーリタニアではダッダ初代大統領のもと、国の主要民族であるアラブ系ムーア人と黒人諸民族の融和に務めながら国家建設を行いましたが、畜産以外に産業の確立されていない新国家を運営するのは容易ではなく、財政は常に逼迫。更に隣接する西サハラをめぐる紛争で国民に重い戦費を強いたにも関わらず、戦い慣れした独立派ゲリラの前に国軍は敗走を続け、遂には首都ヌアクショットにまで侵入されてしまうという大失態を犯してしまい、求心力を喪失。ダッダ政権は1978年にクーデターで崩壊してしまいました。以後、モーリタニア政治はクーデターによる軍政成立と形式的な民政移管を繰り返しており、現在に至るまで不安定な政情は解消されていません。また、経済的にも国民の3割近くが貧困線以下の生活を余儀なくされている貧困国であり、しばしば発生する干ばつや害虫の被害が、ただでさえ低い農業の生産性を一層落とすなど、外国からの支援無しでは食料の確保すらままなりません。ただ鉱産資源は比較的豊富で、内陸のフデリックで生産される鉄鉱石は長らくモーリタニア随一の外貨獲得源として重宝されてきました。2001年にはヌアクショット沖で油田も発見され、5年後より小規模ながら商業生産が開始されるなど、明るい兆しも見え始めています。ちなみに日本が輸入するタコの二大輸出国の1つがこのモーリタニア(もう1つはモロッコ)であり、意外にも日本と繋がりの深い国です。もともとこの国が面するアフリカ北西部の海は、寒流と暖流が交じり合うことから好漁場として知られており、またモーリタニアにはタコを食べる習慣が無いため、日本にとっては大口の供給元として重要な国となっています。

モーリタニア国旗の原型は独立前年の1959年に制定されたもので、2017年8月に上下に赤い帯を追加する変更が成された上で、現在まで用いられ続けています。公式国名にイスラムが含まれていることからもわかるように、ほぼ全てのモーリタニア国民がイスラム教を信仰しており、国旗にも緑(イスラムの預言者ムハンマドのターバンの色)、三日月と星(幸福と成長の象徴)といった、古くからのイスラム教の象徴が押し出されています。また同時に、三日月と星の色である黄(金)色はサハラ砂漠を表し、その周囲を緑で囲むことによって、国土を覆う不毛な砂漠を緑の大地に変えたいというモーリタニア人の強い願望を示しています。実際、モーリタニアでは砂漠化の進行が国家的な危機として叫ばれるほど深刻で、近年は首都ヌアクショットのすぐそばまで炎熱の砂地が迫ってきています。砂漠化は草地を転々とする遊牧民の伝統的な生活圏を脅かし、耐えかねた人々が都市部に流入してスラムを築くなど社会問題も引き起こしているだけに、国土の緑化はまさにモーリタニアにとって死活的と言えるほど差し迫った問題となっています。2017年に追加された上下の赤い帯は、フランスからの独立を達成するために流された血と努力、そしてその過程で生じた犠牲に対する敬意を、モーリタニア人が絶えず持ち続けることを表します。

縦横比:2対3


モーリタニア・イスラム共和国
الجمهورية الإسلامية الموريتانية
République Islamique de Mauritanie
Islamic Republic of Mauritania


Map_of_Mauritania.gif

統計データは原則として2015年時点のもの。

[地理]
位置:アフリカ
面積:約103.1万km² (日本の約2.7倍)
人口:408万人
都市人口率:59.9%
首都・最大都市:ヌアクショット (Nouakchott)
主要民族:黒人系ムーア人(黒ムーア)40%
       アラブ=ベルベル系ムーア人(白ムーア)30%
       アフリカ系黒人(ウォロフ族、バンバラ族など)30%
       ※パーセンテージは国勢調査などに基づく公式値ではなく、
        概算値。ムーア人は北中部、黒人は南部に集中している。
主要言語:アラビア語が公用語で、ムーア人が母語として広く使用する。
       黒人は自らの属する部族語を母語とし、ウォロフ語、フラニ語、
       ソニンケ語の3つは「国語」の指定を受け、一定の保護を受け
       る。なお、高等教育やメディアといった公共性の高い分野では
       フランス語が筆頭言語となっており、ある程度の教育を受けら
       れるエリート層にとっては共通語として扱われる。
主要宗教:イスラム教スンナ派(国教)がほぼ100%

[政治・軍事]
独立:1958年11月28日(自治国)、1960年11月28日(正式独立)
国連加盟:1961年10月27日
政治体制:共和制、半大統領制
元首:大統領
    直接選挙制。任期5年。3選禁止。
政府:閣僚評議会(内閣に相当)
    首相は大統領が任命。
    他の閣僚は指名の助言に基づき、大統領が任命。
議会:一院制の国民議会
     146議席。106議席は選挙区制(小選挙区と大選挙区を併用)で
     選出。40議席は比例代表から選出。比例代表枠の半数は女性
     議員に割り当てられる。任期5年。
政党制:共和国連合による一党優位制
     (形式上は多党制)
国政選挙権:18歳以上の国民全て
兵役制度:徴兵制
国防費:1億4300万米ドル
軍組織:モーリタニア軍
     陸軍1万5000人
     海軍600人
     空軍300人

[経済・通信・その他]
中央銀行:モーリタニア中央銀行
通貨:ウギア (ouguiya, MRO)
国内総生産(GDP):50億6100万米ドル
1人当たりGDP:1337米ドル
GDP構成比:農林水産業24.1%
        鉱工業34.8%
        サービス業41.1%
労働人口:136万人
失業率:不明 (20%前後と推計される)
輸出額:12億1200万米ドル
輸出品:鉱石(鉄が主。他に銅と金)、原油、魚介類、金、畜産品
輸出先:中国32%、スイス11%、スペイン9%、イタリア7%、コートジボワール7%
輸入額:16億4300万米ドル
輸入品:石油製品、食糧(特に穀物)、船舶、機械類、医薬品、自動車、鉄鋼
輸入元:中国26%、アルジェリア8%、フランス6%、モロッコ5%、スペイン5%
固定電話回線数:5万1000回線
携帯電話回線数:364万4000回線
国別電話番号:222
ccTLD:.mr
インターネット利用者数:71万人
車両通行:右側通行
平均寿命:63.1歳 (男性60.7歳、女性65.4歳)

[日本との関係]
国交樹立:1960年11月29日
相手公館:大使館 (東京)
駐日相手国人数:17人 (永住者無し)
日本公館:大使館 (ヌアクショット)
在留日本人数:21人 (永住者無し)
現行条約:2007年 技術協力協定


《国歌「モーリタニア国歌」》
制定:1960年
作曲:トリア・ニプロヴェズキー
作詞:ババ・ウルド・シェイク
備考:18世紀末のモーリタニア人の伝統的な詩に、ロシア系フランス人の
    指揮者が曲を提供し、国歌に指定された。ただし実際には歌詞が
    歌われることは公式な場でもほとんど無く、曲が演奏されるのみ。
    曲そのものが非常に複雑で早いパッセージを含み、歌唱が至難の
    業であることが理由という。

神(アッラー)を助ける者として、禁じられたことを咎めよ。
汝、神の望まれたる法に従い、向かえ。
神以外にその益害を牛耳ることはない。
選ばれし者の1人として歩み、その道上で死すべし!
(歌詞翻訳中)

《国名の由来》
公用語であるアラビア語ではموريتانيا(ムーリターニーヤ)、植民地時代の影響から現在でも幅広く使われているフランス語ではMauritanie(モーリタニー)と表記される。紀元前110年から紀元後40年頃までアフリカ北西部に存在したマウレタニア王国の名に由来するが、マウレタニアは「ムーア人(モール人とも)の国」の意。その語源は古ギリシャ語で「皮膚が黒い」を意味するマウロスとされる。ムーア人はアラブ人とベルベル人の混血民族であり、西アジアに住むアラブ人と比べて肌の色が濃い。

本来マウレタニアはモロッコ北部からアルジェリア北部にかけての地中海沿いを支配した国だったが、ヨーロッパ人が位置関係を誤認したままこの地に命名し、定着してしまった。しかしムーア人はモーリタニアの最大民族であり、現在も国の支配層を形成しているため、系統上の繋がりが無いわけではない。

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プロフィール

嫁ドリル

Author:嫁ドリル
国旗と酒をこよなく愛する関西女。
カイロ、ドバイ、カルガリー駐在員を経て、現在は関東で働きながら旦那と1女1男の4人暮らし中。

国旗に関しては、まずは基礎知識カテゴリを熟読して下さい。

ツイッターやってます。基本的に更新情報はここでつぶやいてます。

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