ベルギー言語紛争 ~言葉の壁は心の壁か~

バンクーバー冬季五輪、結果的に日本の獲得メダルは5個(銀3つと銅2つ)。金こそ無かったものの、トリノ大会の1個(その1個が金だったというのは何か皮肉)に比べればかなりの躍進と言えるんじゃないでしょうか。何はともあれ日本選手団の方々、本当にお疲れ様でした。

さて、今回もまた書きました。もともと物事を調べて自分なりの意見を文章に書き起こすのが好きな性分。おかげで大学時代もレポートは苦では無かったのですが、それはそれとして、良かったら読んでやってくださいな。今回のテーマはベルギーの南北対立。

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相変わらず長ったらしいよっ!

《ベルギーという国》
皆さんはベルギーと聞いて何を思い浮かべますか? 甘い物好きなあなたはチョコレートやワッフルなどのお菓子、私を含むお酒好きなあなたは美味しいビール、先物取引に携わるあなたはダイヤモンドの国際市場、スポーツ好きなあなたは自転車競技大国、アニメ好きなあなたはフランダースの犬と言うかもしれません。

しかしこの国は何といってもヨーロッパ連合(EU)の中心地。首都ブリュッセルにはEU本部が置かれ、「EUの首都」と形容されることもあります。先年末はEU理事会議長、いわゆる「EU大統領」の選出をめぐる一連の動きが各メディアで注目を集めましたね。初代EU大統領にはこの国のヘルマン・ファン・ロンパウ元首相が選ばれました。

このようなことから、ベルギーとはさぞかし人々の統合が上手い国なのだろうと想起されるかもしれません。しかし実態はその正反対で、エイプリルフールには国内テレビがベルギーという国の消滅と分断まで報じる始末(後述)。ここではベルギーが抱える深刻な南北対立を追います。


《経済格差は人の心を蝕む》
ベルギーには公用語が3つあります。フランドル(フランダース、北部)で話されるオランダ語、ワロン(南部)で話されるフランス語、そして東部の一部で話されるドイツ語です。特にオランダ語とフランス語はベルギーの二大言語であり、ベルギー人は言語をめぐって絶えず争ってきました(武力衝突に発展したこともあります)。

1830年の独立当時の国際共通語はフランス語であり、またワロンには豊かな石炭と盛んな鉄鋼業があったため、相対的にワロンの力が強かったのですが、次第に主要エネルギーは石炭から石油に代わり、鉄鋼業も衰退。それに伴い、サービス業や化学、自動車工業が発達したフランドルの発言力が高まります。これは南北で激しい対立を生み、異なる言語集団に対する不信感も相まり、「言語紛争」と呼ばれる事態に発展しました。

現在ではフランドルの経済力が完全に勝っており、ワロンは高い失業率と代替産業育成の遅滞に悩まされています。これが、ワロンの人々に「フランドルの人間はちょっと金があるからって威張り過ぎだ」、フランドルの人間に「ワロンの人間が我々の豊かな生産を食い潰している」という意識を抱かせています。

こうした意識はイタリア(南北)やドイツ(東西)など多くの国が共有する課題ですが、ベルギーの場合は言語が異なるという事情も重なって、統一的な「ベルギー人」という意識の醸成を更に困難なものにしているのです。


《ベルギー政府と国民の反応》
歴代のベルギー政府もこの事態をただ静観しているだけではありませんでした。第二次大戦後、ベルギーは南北を境に「言語境界線」を引き、事実上の住み分けを始めます(首都ブリュッセルは両者の混在地域とされました)。1993年には連邦制を導入し、国内を3つの言語共同体に分割(オランダ語、フランス語、ドイツ語)。そして各共同体に大きな自治権を与えています。

しかしこれは裏目に出たように見えます。言語使用比率1%未満のドイツ語話者はこれで満足したようですが、二大言語の話者はこれにより更にそれぞれの地元への帰属意識を高め、それに反比例するかの如くベルギーという国家そのものへの意識を薄くしていきました。

言語問題もここまで来ると政治問題です。現在でもベルギーでは各地域を地盤に小政党が乱立しています。その中にはベルギーからの完全独立を唱える民族主義政党も存在し、実際に一定の支持と議会における議席を得ています。ベルギーが独裁国家ならこうした主張を力で押さえつけることも出来たでしょうが、幸か不幸かベルギーはまごう事無き議会制民主主義国家。国民が支持すれば排他的な政党でも議席を得てしまうのです。対立の解消に失敗し、首相が辞任したこともあります。

2006年、エイプリルフールの嘘報道として、地元テレビ局がベルギーの各地域の分離独立を伝えます。普通なら「そんな馬鹿な」で済ませるところですが、そこはこのような事情を持つベルギーのお国柄。国民には真実味を以って受け止められ、国は一時騒然としました。後にこのテレビ局は「言語問題に対する注意を喚起したかった」と釈明しましたが、このような報道を信じる人が多いこと自体、ベルギー人にとっていかに言語がセンシティヴな問題かということが窺い知れます。

2007年には美人コンテストで優勝したワロンの女性がオランダ語が話せないことがわかり、「ミス・ベルギーなのにオランダ語が話せないのか」としてフランドルで大ブーイングが起きました。まるで「地元の言語しか離せない人間はベルギー人ではない」と言わんばかりの言い草ですが、美しさを競う記念すべき祭典でも言語問題が持ち出されるほど、ベルギーの言語対立は根深いのです。


《ベルギーのこれからの展望》
ここまでベルギーの言語紛争について駆け足で見てきましたが、どうだったでしょうか。いささか悲観的に書きすぎたかなと思います。

実際、分離独立を唱える民族主義政党は、議席を得ているといってもその数は1ケタ台前半であり、議会内での勢力は大きくありません。また、オリンピックやサッカー・ワールドカップといった国際スポーツ大会では言語の垣根を越えた統一チームを形成していますし、ここまで対立していながら両地域とも結局はベルギーという枠内に収まっていることからも、実際に分断が起こることはちょっと考えにくいでしょう。

ましてベルギーはEUの中心地。万が一分断されたとしても、それまでの言語境界線が国境線になるだけで、両地域は共にEUに加盟すると考えられます。シェンゲン協定のもとでボーダレス化の進んだEUにおいては国境線の意味は薄いため、分断自体あまり意味を成さないもののように思えます。

何より、ベルギーを分断に追いやった地域として他国から白眼視されるリスクを負おうなんて考えてないでしょうしね。国民経済における貿易への依存度が極めて高いベルギーでは、他国からの信頼が重要です。


《まとめ》
国民国家という概念が薄れ、国家間の統合が進む昨今。そんな現代社会においても、やはり民族や言語の相違という論点は一定のパワーを持っているように感じます。特にヨーロッパでは民族主義政党の台頭がよく騒がれますが、彼らのように殊更に「違い」だけを強調し、枠外と見なした者を力ずくで排除する思想は、アイデンティティ・クライシスに対する自己防衛反応が、状況の変化に対応できず先鋭化・過激化という形で表れてしまったもののように思われます。

それを頭ごなしに否定するのは危険(人は否定されると更にムキになって更に過激化するので)ですし、理屈と感情は別です。人間ってのは「理解は出来るけど納得は出来ない」なんてヘンテコリンな反応を返す生き物ですから。どんなに理想を語ったって、やっぱり自分と違うものは怖いんです。鎖国状態の日本が開国を迫られたとき、何よりも先に感じたのは「恐怖」だったことでしょう。転校生がクラスで打ち解けるのは時間が掛かりますが、こうした問題はそのスケールアップ版と考えられます。

ある意味、ベルギーのような事例は起こるべくして起こったように思います。暴力を用いて排外主義を押し通す行為には全く賛同出来ませんし、非文明的で野蛮な行為だと思いますが、だからといって人の心は急には変われません。ましてここまで深い問題となると尚更です。住み分けで双方のコミュニケーションも不足しているでしょうし、これから時間を掛け、時に対立を繰り返しながらも、ゆっくりと確実に妥協点を見つけて歩み寄るしかないでしょう。ただし暴力に頼らない平和的手段でね。これはベルギーだけでなく、ボスニア・ヘルツェゴビナなど世界中のあらゆる対立にも言えることです。急いては事を仕損じますから。即席で作った友好は予想外に脆いものです。

まぁ何が言いたいかというと、平和的に喧嘩しなさいってことです。喧嘩は言いたいことを全部吐き出せるので相手に要求が伝わりやすいですからね。それをどう受け取るかは相手次第ですが…。

コメント

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No title

言語境界線を引く前に、学校でフラマン語・ワロン語両方を教える、という選択肢は無かったものでしょうか。
言語を理由に長いこと内閣が成立しなかったのは記憶に新しいですね。
日本においても、ベルギー観光局は存在せず、https://twitter.com/hollandflanders
のようなサイトまであるのが印象的です。
そもそもオランダから独立するときにワロン語地域だけにしておけば良かったような気もいたしますね。
プロフィール

嫁ドリル

Author:嫁ドリル
国旗と酒をこよなく愛する関西女。
カイロ、ドバイ、カルガリー駐在員を経て、現在は関東で働きながら旦那と1女1男の4人暮らし中。

国旗に関しては、まずは基礎知識カテゴリを熟読して下さい。

ツイッターやってます。基本的に更新情報はここでつぶやいてます。

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