マリ

マリ
Mali (バンバラ語・フランス語・英語)

Flag_of_Mali.png

西アフリカの内陸部に位置するマリ共和国は、1960年にフランスから独立した広大な国です。その領土はサハラ砂漠の南隣に掛かるサバンナ地帯を中核とし、北上するほど灼熱の砂漠へと変化していくため、人口の大半は首都バマコを抱える南部に集中しています。この地は古くから、各地に点在するオアシス集落と、西アフリカを貫く大河ニジェール川を中継地に、イスラム隊商(キャラバン)が行き交うサハラ交易の拠点となってきました。そのためイスラム教の受容も早く、域内文化上の重要度は次第に増していき、13世紀になると、諸都市をまとめ上げるイスラム王朝としてマリ帝国が隆盛を誇るようになり、その中心都市トンブクトゥはアラブ=イスラム世界の学者が多数訪れる学園都市として、またこの地の特産品である金(現在もマリの最大の輸出品)の交易拠点として「黄金の都」と呼ばれるほどの繁栄を謳歌し、遠くヨーロッパにもその名を轟かせていました。マリ帝国はその後、内政上の失策が続いた上、16世紀頃に南東部のニジェール川中流で勃興したソンガイ帝国、そして北部のトゥアレグ族の侵入を受け、瓦解してしまいましたが、トンブクトゥは世界遺産に登録され、往年の栄華を現在に伝えています。

近代に入ると、帝国主義の勃興からヨーロッパ諸国が世界各地に植民地を求めて進出するようになりましたが、マリを含む西アフリカの支配には特にフランスが意欲を燃やしており、1880年にこの地は「フランス領スーダン」の名で植民地化されました。1895年にフランス領スーダンはセネガルやギニア、コートジボワールなどのフランス領地域を合わせた広大な植民地「フランス領西アフリカ」の一部となり、セネガルの首都ダカールの政庁から統治されるようになったものの、第二次大戦後にフランスが植民地の維持能力を喪失すると、西アフリカ各地でも独立を求める動きが活発化。フランス領スーダンも1958年にスーダン共和国の名で自治国となることが認められました。ただ、牧畜と金の採掘を細々と行う以外に目ぼしい産業もなく、土地のほとんどが不毛で、開発から取り残されていたスーダンが単独で独立するのは難しく、混乱が予想されたため、政庁の所在地として西アフリカ随一の大都会となっていたダカールを抱える隣国セネガルと共同で独立することが決められ、独立前の1959年4月、両国はかつての大帝国の名を冠した自治国「マリ連邦」を結成しました。その後の両国の独立交渉は連邦単位でまとめ上げられ、1960年6月には正式に独立を達成し、新たな門出を迎えることになったのですが、わずか2ヶ月後の1960年8月、セネガルは「人口が多いだけのスーダン人が連邦政府を牛耳り、経済を主導するセネガル人の富を奪い尽くしている」として、連邦の解消と単独での独立を宣言し、スーダン人を追放。取り残される形となったスーダンは、やむなく単独でマリ共和国と改称し、両国は別々の国としての道を歩むことになったのです。

マリの国旗は連邦解消後の1961年に現在の形となりました。旧宗主国フランスの国旗の影響から、デザインには縦三色旗が採用されており、マリが独立後もフランスと強い結び付きを維持していることをうかがわせます。配色はアフリカ最古の独立国と呼ばれるエチオピア国旗に範を取った汎アフリカ色であり、緑がニジェール川流域で営まれる農業を、黄が金などの豊かな鉱産資源を、赤が独立のために流された血を象徴します。なお、緑と赤の配列を逆にすると隣国ギニアの国旗になるので注意。

縦横比:2対3

【旧国旗】
Federation_of_Mali.png
1959年に結成されたマリ連邦の国旗です。大まかなデザインは現在と同じ三色旗ですが、中央にはカナガと呼ばれる人型の意匠が描かれています。これは西アフリカで伝統的に用いられる黒人像を図案化したものです。1960年の連邦解消後もマリはこの国旗を継承しましたが、1961年に削除され、現在の国旗に移行しました。

削除された理由ですが、公式にはマリの主要宗教であるイスラム教では偶像崇拝を禁じているためとされています。しかし一説によると、連邦旗にカナガを追加することを提案したのはセネガル側だったらしく、セネガルの分離後もカナガを戴き続けることに対する批判がマリでは高まり、削除と相成ったそうです。はてさて、どちらの理由が本音だったんでしょうかね。


マリ共和国
Mali ka Fasojamana
République du Mali
Republic of Mali


Map_of_Mali.gif

統計データは原則として2015年時点のもの。

[地理]
位置:アフリカ
面積:約124.0万km² (日本の約3.3倍)
人口:約1626万人
都市人口率:39.9%
首都・最大都市:バマコ (Bamako)
主要民族:黒人諸部族がほとんどで、バンバラ族、ソニンケ族、ハソンケ
       族、マリンケ族の4部族を中核とするマンデ諸民族と呼ばれる
       集団が人口の半数を占める。中でもバンバラ族は単独で人口
       の3割半を占める。他にはフラニ族が2割弱で第二の民族とな
       っており、北部にはベルベル系のトゥアレグ族やアラブ系民族
       も住む。総民族数は70以上。
主要言語:フランス語が公用語で、高等教育や政府機関、報道といった
       公共性の高い分野では筆頭言語として扱われるが、ある程度
       の教育を受けられるエリート層の言語でもあり、一般国民の理
       解率は3割程度に留まる。各部族はそれぞれの固有語を母語
       としているが、バンバラ語は民族をまたぐ共通語としてビジネス
       などの場で幅広く用いられており、8割近くの国民が使用可能。
       他に中部ではフラニ語の話者も多い。
主要宗教:イスラム教90%
        スンナ派85%以上
        少数のアフマディーヤ教団など。
       キリスト教5%
        ローマ・カトリック教会3%
        プロテスタント諸派2%
       伝統宗教(各部族固有の精霊信仰)5%

[政治・軍事]
独立:1958年11月24日(自治国「スーダン共和国」の成立)
    1959年4月4日(スーダンとセネガルで自治国「マリ連邦」結成)
    1960年6月20日(マリ連邦として完全独立)
    1960年8月20日(連邦崩壊。スーダンが単独でマリの名を継承)
国連加盟:1960年9月28日
政治体制:共和制、半大統領制
元首:大統領
    直接選挙制。任期5年。3選禁止。
政府:閣僚評議会(内閣に相当)
    首相は大統領が任命。
    他の閣僚は首相が任命。
議会:一院制の国民議会
    147議席。直接選挙制(小選挙区制)。任期5年。
政党制:多党制
国政選挙権:18歳以上の国民全て
兵役制度:徴兵制
国防費:3億6100万米ドル
軍組織:マリ軍
     陸軍7000人
     空軍400人
     国家憲兵隊1800人
     共和国防衛隊2000人

[経済・通信・その他]
中央銀行:西アフリカ諸国中央銀行 (注1)
通貨:CFAフラン (franc, XOF, 注1)
国内総生産(GDP):120億3700万米ドル
1人当たりGDP:744米ドル
GDP構成比:農林水産業41.0%
        鉱工業18.6%
        サービス業40.4%
労働人口:628万人
失業率:不明 (30%前後と推計される)
輸出額:27億9000万米ドル
輸出品:金、綿花、家畜と皮革、油料種子(胡麻やナッツ類など)
輸出先:スイス49%、中国9%、インド9%、バングラデシュ8%、タイ5%
輸入額:29億1000万米ドル
輸入品:石油製品、機械類、医薬品、自動車、食料品(特に穀物)、鉄鋼
輸入元:コートジボワール10%、フランス9%、セネガル8%、中国7%、ブルキナファソ5%
固定電話回線数:16万9000回線
携帯電話回線数:2269万9000回線
国別電話番号:223
ccTLD:.ml
インターネット利用者数:221万人
車両通行:右側通行
平均寿命:55.8歳 (男性53.9歳、女性57.7歳)

[日本との関係]
国交樹立:1960年10月4日
相手公館:大使館 (東京)
駐日相手国人数:165人 (永住者69人)
日本公館:大使館 (バマコ)
在留日本人数:21人 (永住者無し)
現行条約:1964年 貿易取極
       2009年 青年海外協力隊派遣取極

(注1)
アフリカの中部・西部には独自通貨を持たない国が多く、代わってCFAフランが共通通貨として広く流通している。CFAフランはかつてはフランス・フランと、現在はユーロ(euro, EUR)との固定相場制を採っており、1ユーロ=655.957CFAフランとなっている。なお、CFAはフランス語に基づきセーファーと発音される。

CFAフランは西アフリカ諸国中央銀行発行のもの(コードはXOF)と中部アフリカ諸国銀行発行のもの(同XAF)に分かれるが、双方ともに通貨価値は同じである。ただし相互に混合流通しているわけではなく、国際法上はあくまで別通貨扱いで、CFAフラン導入国はいずれかの銀行が発行する貨幣のうち、どちらかを選択して自国通貨に指定する形態をとる。貨幣のデザインも双方で異なり、印字された銀行名で区別される。


《国歌「マリ」》
制定:1962年
作曲:セイドゥ・バディアン・クーヤテ
作詞:バズマナ・シソコ
備考:国歌の公式名称は単に「マリ」だが、一般にはリフレイン部分の
    歌詞から「アフリカのため、そして君のため、マリ」と呼びならわさ
    れており、こちらを題名として記載する資料も多い。

君の呼びかけに、マリ。
そなたの栄華のために、そなたの運命に忠実に。
我ら、団結せん。
一つの民として、一つの目標に向かい、一つの信義を持つ。
アフリカの団結のために。
もし、敵が内外に現れても、我らは死を厭いはしない。

アフリカのため、そして君のため、マリ。
我らが旗の、自由ならんことを。
アフリカのため、そして君のため、マリ。
我ら、一つとなって戦わん。
おお、今のマリ。
おお、明日のマリ。
そこに希望が咲き乱れ、信頼が心を震わさんことを。

《国名の由来》
13世紀から17世紀にかけてこの地を支配したマリ帝国の名を復活させたもの。マリとはマリンケ語で「カバ」を意味する。カバはこの地では力強さの象徴であり、強大な王権を指し示す動物だった。マリ共和国となった今でも首都バマコにはカバの銅像があり、往時の帝国の強さをうかがわせる。

前述の通り、1958年に自治国となった際に採用された国名はスーダンであり、「マリ」とはセネガルとの連邦国家の名称だった。しかしセネガルが1960年の独立後まもなく連邦から分離したため、残ったスーダンが単独でマリの名を継承した。1956年にイギリスとエジプトの共同統治から独立した北東アフリカのスーダンとは別の国なので注意("スーダン"そのものの名称の由来はスーダンの記事を参照のこと)。

旧国名
1958-
1960
 スーダン共和国
(バ)Sudan ka Fasojamana
(仏)République soudanaise
(英)Sudanese Republic

コメント

非公開コメント

プロフィール

嫁ドリル

Author:嫁ドリル
国旗と酒をこよなく愛する関西女。
カイロ、ドバイ、カルガリー駐在員を経て、現在は関東で働きながら旦那と1女1男の4人暮らし中。

国旗に関しては、まずは基礎知識カテゴリを熟読して下さい。

ツイッターやってます。基本的に更新情報はここでつぶやいてます。

カテゴリ
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

外部リンク
QRコード
QRコード
リンク
検索フォーム
RSSリンクの表示
Flag counter