マケドニア

マケドニア
Македонија (マケドニア語)
Macedonia (英語)

Republic_of_Macedonia.png

ヨーロッパ南東部、バルカン半島に位置するマケドニアは、南スラヴ系マケドニア人を主要民族とする内陸国です。かつてユーゴスラビア連邦を構成する6共和国の1つでしたが、連邦崩壊の過程で1991年に独立を宣言し、1993年に国際的に承認され、国連への加盟も果たしました。

現国旗は1995年に制定されたもので、マケドニアの国民色である赤に、8本の光を放つ太陽を配した意匠を持ちます。赤は自由と進歩、およびそれらを求めて戦う決意を、黄は世界に降り注ぐ太陽の光と、そのもとで生きる生命を象徴します。

ユーゴからの独立後、マケドニアはアレクサンドロス(アレクサンダー)大王で知られる古代マケドニアで使われたヴェルギナの星と呼ばれる紋章を国旗に取り入れました。しかしギリシャの反発(後述)により、それまでの意匠を図案化・簡略化した上で、16本あった光も8本に半減した現国旗を制定しました。

縦横比:1対2

【旧国旗】
Socialist_Macedonia.png
マケドニアはかつてユーゴスラビア社会主義連邦共和国を構成する6共和国の1つでした。ユーゴ時代、各共和国は連邦旗のほかに独自の共和国旗を制定する権利を持っており、マケドニアは社会主義色の強い赤い旗に、連邦旗の中央と同様に金色で縁取られた赤い星を配した旗を使用していました。1946年制定、1992年廃止。

Former_Macedonia.png
ユーゴからの独立後、マケドニアが最初に制定したのはこのような国旗でした。中央の紋章が前述のヴェルギナの星であり、ギリシャが激しくマケドニアを非難した理由です。ギリシャ政府の主張によれば、古代マケドニア人は系統上はギリシャ人の一派であり、スラヴ系に属する現在のマケドニア人とは関係が無いため、本来ギリシャ人のものであるヴェルギナの星を使用することは許されない、とのこと。予想外の非難にマケドニアも反発し、両国関係は緊張します。

ギリシャは対マケドニア経済制裁(1996年解除)を発動。これにより、旧ユーゴ時代からもともと開発が遅れていた内陸国マケドニアは更に困窮。1995年、ここにきて遂に耐えかねたマケドニアは、国旗からヴェルギナの星を外すことを決断し、より抽象的な意匠である現国旗に移行しました。

ひとまず収束に向かったマケドニアの国旗論争。しかしもっと根深い国名に関する論争が存在し、未だに両国関係は火種を抱えたままです。


マケドニア共和国
Република Македонија
Republic of Macedonia


Map_of_the_Republic_of_Macedonia.gif

統計データは原則として2015年時点のもの。

[地理]
位置:ヨーロッパ
面積:約2.6万km² (四国のおよそ1.4倍)
人口:211万人
都市人口率:57.1%
首都・最大都市:スコピエ (Skopje)
主要民族:南スラヴ系マケドニア人65%
       アルバニア人25% (北西部に集中)
       トルコ人4%
       ロマ人3%
       セルビア人2%
       少数のボシュニャク人など。
主要言語:マケドニア語が公用語で、国民の約7割が母語として使用
       するほか、他言語の話者も家庭外・コミュニティ外ではマケ
       ドニア語を共通語として用いる。アルバニア人が多く居住す
       る北西部では、マケドニア語と並んでアルバニア語も地域の
       公用語として認めている自治体がある。他にトルコ語など。
主要宗教:キリスト教65%
       正教会64%以上
       少数の東方カトリック教会など。
       イスラム教33%
       スンナ派32%以上
       極少数のユダヤ教など。

[政治・軍事]
独立:1991年9月8日
国連加盟:1993年4月8日
政治体制:共和制、議院内閣制
元首:大統領
    直接選挙制。任期5年。3選禁止。
政府:閣僚評議会(内閣に相当)
    首相は議会が選出し、大統領が任命。
    他の閣僚は首相が任命するが、議会の承認が必要。
議会:一院制の国会
    123議席。直接選挙制(比例代表制)。任期4年。
政党制:VMRO-DPMNE(注1)とマケドニア社会民主同盟(SDSM)
     による緩やかな二大政党制。
国政選挙権:18歳以上の国民全て
兵役制度:志願制
国防費:1億8100万米ドル
軍組織:マケドニア共和国軍
     陸軍8000人(一部に航空隊を含む)

[経済・通信・その他]
中央銀行:マケドニア共和国国立銀行
通貨:デナール (denar, MKD)
国内総生産(GDP):113億2400万米ドル
1人当たりGDP:4853米ドル
GDP構成比:農林水産業11.2%
        鉱工業26.3%
        サービス業62.5%
労働人口:96万人
失業率:24.9%
輸出額:31億7000万米ドル
輸出品:金属製品(主に鉄鋼)、繊維製品、機械部品、飲料、野菜と果物
輸出先:ドイツ33%、コソボ12%、セルビア8%、ブルガリア5%、ギリシャ5%
輸入額:50億1000万米ドル
輸入品:機械類、鉱石と貴金属、石油製品、自動車、繊維原料、化学製品
輸入元:ドイツ16%、米国14%、ギリシャ11%、セルビア9%、ブルガリア7%
固定電話回線数:37万3000回線
携帯電話回線数:222万3000回線
国別電話番号:389
ccTLD:.mk
インターネット利用者数:144万人
車両通行:右側通行
平均寿命:76.3歳 (男性73.6歳、女性79.0歳)

[日本との関係]
国交樹立:1994年3月
相手公館:大使館 (東京)
駐日相手国人数:52人 (永住者7人)
日本公館:大使館 (スコピエ)
在留日本人数:12人 (永住者7人)
現行条約:特に無し
       (旧ユーゴと締結した通商航海条約、文化協定、科学技術
       協力協定が旧構成国であるマケドニアにも適用され、現在
       も有効とされる)

(注1)
「内部マケドニア革命組織・マケドニア国家統一民主党」の略称。キリスト教民主主義とマケドニア民族主義を掲げる中道右派の保守政党。二大政党の1つとして、中道左派のマケドニア社会民主同盟と対峙している。党名が長いため、正式名称で表記されることはほとんどなく、日本語でも単に国家統一民主党と書かれることが多い。


《国名の由来》
マケドニア語ではМакедонија(マケドニヤ)と表記される。アレクサンドロス大王が率いたことで有名な古代マケドニア王国に由来する国名であり、古代ギリシャ語で「高さ」を意味するμακεδνός(マケドノス)から転じて、「高地に住む人々」を表すようになったという。Macedonia(マセドーニア)が英語では主流な表記だが、古代マケドニア王国の解説など、より時代掛かった要素を文面に取り入れたい場合はMakedoniaと書かれることもある。

マケドニアという名称は本来ギリシャ北部の地名であるとし、独立以来一貫してギリシャが国名変更を要求している。ギリシャの強硬な反対で国際機関に加盟できなくなったマケドニアは、1993年にギリシャと妥協。国際社会においては憲法上の国名(マケドニア共和国)とは別の「国際社会での仮の国名」を使用することで両者は合意した。それにより、マケドニアが国際機関に加盟する際はThe Former Yugoslav Republic of Macedonia(FYROM)を使用することになった。日本語では「旧ユーゴスラビアのマケドニア共和国」という意味になり、旧ユーゴ時代以上の領土(特にギリシャ北部のマケドニア地方)をこの国が要求しないことを暗示する名称となった。日本外務省はこれをマケドニア旧ユーゴスラビア共和国と表記している。

この国をマケドニア共和国として承認するかFYROMとして承認するかはそれぞれの国次第だが、日本はFYROMで承認している。ギリシャ政府もFYROMの名で国家承認を行い、国交を樹立しているものの、例え一部であってもマケドニアという言葉が使われているこの名にすら反発する強硬派も少なくなく、そういった人々は首都名をとってスコピエ共和国と呼んでいる。

旧国名
1946-
1963
 マケドニア人民共和国
(マ)Народна Република Македонија
(英)People's Republic of Macedonia
1963-
1991
 マケドニア社会主義共和国
(マ)Социjалистичка Република Македонија
(英)Socialist Republic of Macedonia

コメント

非公開コメント

プロフィール

嫁ドリル

Author:嫁ドリル
国旗と酒をこよなく愛する関西女。
カイロ、ドバイ、カルガリー駐在員を経て、現在は関東で働きながら旦那と1女1男の4人暮らし中。

国旗に関しては、まずは基礎知識カテゴリを熟読して下さい。

ツイッターやってます。基本的に更新情報はここでつぶやいてます。

カテゴリ
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

外部リンク
QRコード
QRコード
リンク
検索フォーム
RSSリンクの表示
Flag counter