インドネシア

インドネシア
Indonesia (インドネシア) (インドネシア語)
Indonesia (インドニージャ) (英語)

Flag_of_Indonesia.png

インドネシアは東南アジアに位置し、東西5000km以上の幅と1万8000近い島を抱える島国です。正確な島の数はインドネシア政府でも把握できておらず、海で隔てられた各島の間には風習や宗教などで大きな相違があるため、「インドネシア人」という1つの国民意識を形成するのに多大な努力をした経験があり、未だに新たな部族が発見されるこの地が、いかに多くの民族と多様な文化が混在するバラエティに富んだ国であるかがうかがい知れます。といっても、国の主要民族の大半はマレー系で、イスラム教を信仰する住民が多いなど、共通点が無いわけではありません。ちなみに、一国としては世界で最も多い約2億人のイスラム教徒人口を抱える国ですが、国教は定められておらず、信教の自由は認められています。日本ではビジネスの中心地である首都ジャカルタのほか、観光ではバリ島が有名でしょうか。

インドネシアの近現代史は、オランダによる植民地化に始まります。16世紀頃から既に香辛料を求めて多くのヨーロッパ人がこの地を訪れていましたが、やがてオランダがジャワ島のバタヴィア(現ジャカルタ)を根拠地として本格的な支配に乗り出しました。19世紀に入る頃には現在のインドネシア領域の大半が「オランダ領東インド」の名で植民地となり、収奪的な統治に反発する現地民は抵抗運動を繰り広げます。第二次大戦中はこの地域が原油や石炭など、東アジア有数の資源供給地帯であることに目を付けた日本による占領も経験したものの、終戦直後に独立を宣言。これを認めないオランダとの間で独立戦争が戦われ、国際社会からの圧力を受けたオランダは4年後の1949年には遂に独立を承認しました。独立後のインドネシアは1968年に就任した第2代大統領スハルトによる開発独裁で経済成長を実現しましたが、一方で長期政権の歪みによる問題も抱えることになり、1998年の同政権崩壊により民主化。それに伴い一時は経済の大混乱も見られましたが、現在は幾分安定しており、豊富な天然資源と工業の発展を軸に再び成長の軌道に乗り始めています。

赤と白はインドネシアの伝統色であり、13世紀末から16世紀までジャワ島に栄えたマジャパヒト王国の時代から、既に用いられていたといいます。1945年にオランダからの独立を宣言した際、国旗として制定されました(オランダによる独立承認は1949年)。この旗はインドネシア語でSang Merah Putihと呼ばれます。直訳すると「高貴な紅白」。赤は勇気、情熱、自由、太陽を、白は真実、聖なる心、純潔、月を表します。ちなみにこの国旗、縦横比以外はモナコの国旗と同じデザインです。この意匠を先に国旗としていたモナコ政府は、かつてインドネシア政府に対して国旗の意匠を変更するよう要請しましたが、インドネシア側は「この旗もモナコに負けないぐらい古い歴史がある」として拒否しました。

縦横比:2対3


インドネシア共和国
Republik Indonesia (レプブリーク・インドネシア)
Republic of Indonesia (リパブリック・オブ・インドニージャ)

Map_of_Indonesia.gif

統計データは原則として2015年時点のもの。

[地理]
位置:アジア
面積:約190.5万km² (日本の約5倍)
人口:約2億5571万人
都市人口率:53.7%
首都・最大都市:ジャカルタ (イ・英:Jakarta)
主要民族:マレー系93%
        ジャワ人40%
        スンダ人16%
        バタック人4%
        マドゥラ人3%
        ミナンカバウ人3%
        ブギス人2~3%
        バンテン人2%
        バンジャル人1~2%
        アチェ人1~2%
        バリ人1~2%
        ササク人、ダヤク人など約300民族。
       ベタウィ人(東南アジア諸地域民の混血)3%
       中国系1%
       パプア系1%
       他にメラネシア系、ネグリト系、ヴェドイド系など。
主要言語:インドネシア語(注1)が公用語で、国民の1割程度が母語と
       して、7割半が第二言語として習得し、政府機関、ビジネス、
       メディア、教育といった公的な場面における共通語となってい
       る。大半の国民はジャワ語、スンダ語など約740の民族語の
       うち1つを母語とし、学校教育の中でインドネシア語を習得す
       ることになる。
主要宗教:イスラム教87%
        スンナ派86%
        少数のシーア派、アフマディーヤ教団、ワッハーブ派など。
       キリスト教10%
        プロテスタント諸派7%
        ローマ・カトリック教会3%
       ヒンドゥー教(バリ島に集中)1~2%
       仏教1%弱
       他に伝統宗教(部族固有の精霊信仰)など。インドネシア憲法
       は信教の自由を認めているが、「信仰を持たない自由」は認め
       ておらず、少なくとも公式統計上は無宗教者は存在しない。

[政治・軍事]
独立:1945年8月17日(独立宣言)、1949年12月27日(独立承認)
国連加盟:1950年9月28日 (注1)
政治体制:共和制、大統領制
元首:大統領
    直接選挙制、任期5年、3選禁止。
政府:内閣(首相職なし)
    閣僚は大統領が任命。
議会:二院制の国民協議会
    ●地方代表評議会(上院)
     136議席。国家を構成する各州(特別州を含む)と、州と同格の
     ジャカルタ特別市から4名ずつ直接選挙により選出。任期5年。
     権限は地方行政や地方財政に関する分野に限られる。
    ●人民代表評議会(下院)
     560議席。直接選挙制(比例代表制)。任期5年。
     通常の立法権はこちらが行使する。
政党制:多党制
国政選挙権:17歳以上の国民のうち、軍に所属していない者に選挙権が
        与えられる。ただし既婚者もしくは結婚歴がある者に限り、
        17歳以下でも選挙権が与えられる。
兵役制度:志願制
国防費:76億4100万米ドル
軍組織:インドネシア国民軍
     陸軍30万7000人
     海軍7万4000人
     空軍3万8000人

[経済・通信・その他]
中央銀行:インドネシア銀行
通貨:ルピア (rupiah, IDR)
国内総生産(GDP):8619億3700万米ドル
1人当たりGDP:3347米ドル
GDP構成比:農林水産業13.6%
        鉱工業42.8%
        サービス業43.6%
労働人口:1億2240万人
失業率:5.5%
輸出額:1484億米ドル
輸出品:石炭、パーム油、天然ガス、衣類、機械類、天然ゴム、履物、木材、原油
輸出先:日本12%、米国11%、中国10%、シンガポール8%、インド8%
輸入額:1351億米ドル
輸入品:機械類、精製石油、有機化合物、原油、鉄鋼、自動車、繊維原料
輸入元:中国21%、シンガポール13%、日本9%、マレーシア6%、韓国6%
固定電話回線数:2238万6000回線
携帯電話回線数:3億3842万6000回線
国別電話番号:62
ccTLD:.id
インターネット利用者数:約5324万人
車両通行:左側通行
平均寿命:72.8歳 (男性70.1歳、女性75.5歳)

[日本との関係]
国交樹立:1958年4月15日
相手公館:大使館 (東京)
       総領事館 (大阪)
駐日相手国人数:5万916人 (永住者5641人、特別永住者8人)
相手輸出額:179億2000万米ドル
相手輸出品:天然ガス、石炭、原油、銅鉱、天然ゴム、衣類、ニッケルマット、木材
日本公館:大使館 (ジャカルタ)
       総領事館 (スラバヤ、メダン、デンパサール)
       他にマカッサルに領事事務所が置かれているが、駐スラバヤ
       総領事館の管轄下にあり、独立した公館の地位は持たない。
       なお、デンパサールは観光地として有名なバリ島の中心都市
       だが、都市名よりバリ島という島名のほうが有名な日本では、
       駐バリ島総領事館と呼ばれることもある。
在留日本人数:1万4133人 (永住者201人)
日本輸出額:121億5900万米ドル
日本輸出品:機械類、鉄鋼、精錬銅、自動車と部品、ゴム製品、精密機器
現行条約:1958年 平和条約、賠償協定
       1963年 友好通商条約、航空協定
       1981年 科学技術協力協定
       1982年 租税条約
       2008年 経済連携協定(EPA)

(注1)
東南アジア各地に存在するマレー系諸言語のうち、その共通母体となったマレー語の南方方言(マラッカ海峡付近。地域内の一大商業圏であり、マレー商人の共通語として拡散されていた)を国家語として整理し、後にインドネシア語という新たな言語と位置付けたもの。方言間に若干の差異はあるものの、基本的な語彙はマレー語とほぼ同一であり、相互に意志疎通が可能である。

300以上の民族、約740もの多様な言語を持つインドネシアでは、特定の民族の言語を国語や公用語に指定すれば、民族対立を煽ったり、民族間の上下関係を作り出してしまうとの懸念から、国民に幅広く使われる言語を公用語にする必要があった。また、風習や系統の異なる諸民族に1つの「インドネシア人」という意識を植え付けるためには、「マレー語の方言」という位置付けも都合が悪く、新しく「インドネシア語」という言語名を付けることで、国家・国民全体の共通言語であることを示す狙いもあったという。

(注2)
当時、スカルノ初代大統領率いるインドネシア政府は、ボルネオ(カリマンタン)島全土の領有権を主張し、1963年に北ボルネオのサバ、サラワク両州を領土に組み込んだマレーシアとは激しく対立していた。そのマレーシアが安保理の非常任理事国に選出されたのに伴い、インドネシアは国連との関係凍結を発表し、1965年1月7日には正式に脱退した。

しかし同年9月のクーデター未遂事件を契機にスカルノは失脚し、政治の実権が陸軍出身のスハルト(後の第2代大統領)に掌握されると、対外強硬路線も白紙となり、1966年9月28日には国連にも復帰した。1945年の国連創設から2013年現在に至るまで、加盟国が自発的に国連を脱退した例は、これが唯一である。


《国歌「偉大なるインドネシア」》
制定:1945年
作曲・作詞:ワゲ・ルドルフ・スプラトマン

インドネシア、我が祖国。
我らの生まれしところ。
我らが祖国を守るため、立ち上がらん。
インドネシア、我が国家。
我らが民、我らが祖国。
さあ、声をあげて呼ぼう。
インドネシアの統一を!

我が国土よ、永遠なれ。
我が祖国よ、永遠なれ。
さあ、この心身を鍛えよう。
偉大なるインドネシアのために。

偉大なるインドネシアの独立と主権!
愛する国土、愛する祖国。
偉大なるインドネシアの独立と主権!
偉大なるインドネシアよ、永遠なれ!

《国名の由来》
古代ギリシャ語で「インドの島々」を表すΙνδοςνῆσος(インドスネソス)から。νῆσος(ネソス)はペロポネソスなどに使われるように、「島」を表す単語の複数形。ドイツの民族学者アドルス・バスチャンがこの地域一帯を表す言葉として初めて使用して以降定着し、その後現代風のインドネシアと変化して国名となった。英語での発音はインドニージャに近い。

首都ジャカルタのあるジャワ島では「島々の国」を表すNusantara(ヌサンタラ)という別名で呼ばれることも多い。

旧国名
1949-
1950
 インドネシア合衆共和国 (インドネシア連邦共和国)
(イ)Republik Indonesia Serikat
  (レプブリーク・インドネシア・セリカット)
(英)Republic of the United States of Indonesia
  (リパブリック・オブ・ザ・ユナイテッド・ステイツ・オブ・インドニージャ)

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プロフィール

嫁ドリル

Author:嫁ドリル
国旗と酒をこよなく愛する関西女。
カイロ、ドバイ、カルガリー駐在員を経て、現在は関東で働きながら旦那と1女1男の4人暮らし中。

国旗に関しては、まずは基礎知識カテゴリを熟読して下さい。

ツイッターやってます。基本的に更新情報はここでつぶやいてます。

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