イラク

イラク
العراق (アル=イラーク) (アラビア語)
ئیراق/Iraq (イーラク) (クルド語)
Iraq (イラーク) (英語)

Flag_of_Iraq.png

西アジアに位置するイラクは、古代メソポタミア文明を育んだティグリス川、ユーフラテス川を抱える平野の国です。第一次大戦に敗れたオスマン帝国からこの地を接収したイギリスが、当時の国際連盟から統治を委任され、アラブ世界屈指の名門ハーシム家をバグダードに迎え入れて1921年に王政を樹立。ハーシム家の名声を利用した間接統治を行いました。1932年には改めてハーシム家を王家とするイラク王国として正式な独立を達成したものの、引き続き親英的な王室・政府を介してイギリスが間接的に支配を続けたため、これに反発する軍部が1958年にクーデターが起こし、イラク共和国となりました。

しかし新共和国を主導する軍部も、部族や宗派の対立に揺れる不安定な国内を治めることはできず、1963年にはアラブ民族主義を掲げるアラブ社会主義復興党(通称、バース党)がクーデターで政権を奪取。1979年には党を掌握したサッダーム・フセインが大統領に就任し、2003年のイラク戦争で放逐されるまで長期独裁政権を担いました。1990年のクウェート侵攻に始まった湾岸戦争は、彼の引き起こした事件の中で国際社会に最も大きな衝撃を与えたものでしょう。バース党政権が倒れた現在もなお、イラクの政情は安定しているとは言い難く、民族や部族、宗派ごとに多様な背景を抱えるこの国を統治することが、いかに難しいかを物語っています。世界屈指の原油埋蔵量を持ち、大河のおかげで農耕も比較的行いやすいため、潜在的な国力は高いのですが…。

現国旗は2008年に制定されたもので、赤、白、黒、緑の汎アラブ色が使われています。赤は勇敢さ、白は寛大さ、黒は勝利、緑はイスラム教を象徴します。また、緑で書かれた文字はアラビア語で「アッラーフ・アクバル(神は偉大なり)」を意味します。バース党時代の国旗(後述)の面影が残っているため、当初は1年以内に各民族・宗派の合意を得られる新国旗を制定する予定でした。しかし2014年3月現在でも、国旗法に関する議論は各勢力間の対立や駆け引きのため停滞しており、本来ならば暫定的な国旗として1年で廃止されるはずだったこの旗が、引き続き使用期間を延長して使われています。

縦横比:2対3

【旧国旗】
Kingdom of Iraq
1921年に成立したイラク王国の国旗です。王室はアラブの名門ハーシム家であり、現在でもハーシム家の王国が継続しているヨルダンの国旗とよく似ています。配色は汎アラブ色が用いられ、ホイスト部には七稜星が2つ配されていますが、これは当時王国を構成していた14州を表します。

イギリスの統治下で成立したイラク王国は、1932年に正式に独立。しかしその後も親英的な政府が置かれ、豊富な石油の利権もイギリス企業に牛耳られたため、アラブ民族主義者が多い軍部の反感を買い、1958年にクーデターで王政が倒されました。王国の旗であるこの国旗も、翌1959年に新共和国政府により廃止されています。

1st Republican IQ
前述のクーデターにより王政が廃止され、イラク共和国が成立。1959年には新国旗が制定されました。この旗でも汎アラブ色が使われていますが、各勢力間の対立を考慮した軍部により、少数民族にも配慮したデザインとされています。すなわち、黄色い太陽はクルド人、赤い光はアッシリア人を象徴します。

しかし新共和国も政情の安定とは縁遠く、この旗も1963年のバース党(正式名はアラブ社会主義復興党。「復興」はアラビア語でبعثと書き、バースと読む)によるクーデターで政権が崩壊すると廃止されました。ここから2003年までの40年間、一時の中断を挟みながらもバース党が長期政権を握ります。

2nd Republican IQ
バース党が定めた新国旗は、少数民族の意匠を廃し、全面的に党是たるアラブ民族主義を押し出したものとなっています。3つの星はアラブ諸国統一運動の急先鋒だったイラク、シリアエジプトの3ヶ国を表すと同時に、党のスローガン「統一、自由、社会主義」を象徴します。特にイラクとシリアは共にバース党が政権を牛耳っていた(イラクは2003年まで。シリアは現在も同政権が続く)ため、この時期は全く同じ国旗を使っています。

3rd Republican IQ
1990年8月、イラクがかねてより領有権を主張していた隣国クウェートに侵攻し、翌1991年1月には湾岸戦争が勃発。当時の大統領サッダーム・フセインは、戦時における国民糾合の手段として、国旗に直筆で「アッラーフ・アクバル(神は偉大なり)」と書き加えました。本来バース党は宗教界とは距離を置く世俗的な政党なのですが、国民のほとんどがイスラム教を信仰する事情を鑑み、その聖なる言葉を政治・軍事目的に利用したのです。

湾岸戦争は結局、アメリカを中心とする連合軍が勝利し、クウェートは独立を回復しましたが、「アッラーフ・アクバル」の文字は消されずそのまま使い続けられました。背景には、湾岸戦争とその後の対イラク経済制裁により国力が落ち、求心力が低下していた政権を維持するためにも、イスラム勢力に配慮した旗を使う必要があったことや、制裁をフセイン大統領が「イラクへの宣戦布告」と位置付け、戦時体制を崩さなかったことが挙げられます。

2003年のイラク戦争によりフセイン=バース党政権が崩壊すると、翌2004年にこの国旗も廃止されましたが、現在でもバース党の支持母体だった地域ではこの旗を用いる人も多いそうです。

4th Republican IQ
バース党政権崩壊後、2004年に制定された新国旗は、国旗のデザインをめぐって議論が紛糾したため、暫定国旗として前国旗の「アッラーフ・アクバル」の文字をフセイン大統領の直筆からクーフィー体にマイナーチェンジしたものが使われました。しかしバース党の象徴である3つの星が存続していることへの反発の声が強く、2008年に星を除いた現国旗へ移行しました。


イラク共和国
جمهورية العراق (アル=ジュムフーリーヤ・アル=イラーキーヤ)
كؤماری عیراق/Komara Îraqê (コマラ・イーラケー)
Republic of Iraq (リパブリック・オブ・イラーク)

Map_of_the_Republic_of_Iraq.gif

統計データは原則として2015年時点のもの。

[地理]
位置:アジア
面積:約43.8万km² (日本の約1.2倍)
人口:約3577万人
都市人口率:69.5%
首都・最大都市:バグダード (ア:بغداد‎‎ ク:بەخدا/Bexda 英:Baghdad)
主要民族:アラブ人(中・南部中心)76%
       クルド人(北部中心)16%
       トルクメン人5%
       アッシリア人2%
       少数のペルシア人、アルメニア人、北コーカサス系など。
主要言語:アラビア語とクルド語が公用語。共に二大民族の母語だが、
       クルド人をはじめ非アラブ人の多くも日常生活上の理由から、
       アラビア語も話すことができる。アッシリア人が用いるアラム
       語と、トルクメン人のトルクメン語も「地方語」として一部地域
       では公用が認められる。他にシャバク語、ペルシア語など。
主要宗教:イスラム教97% (国教)
        シーア派65%
        スンナ派32%
       キリスト教2~3%
        東方典礼カトリック教会の信徒がおよそ半数。
        他にアッシリア東方教会、正教会など。
       他に少数のマンダ教、バハーイー教、そしてクルド人古来の
       伝統信仰であるヤズィーディーなど。ただし2014年頃からの
       過激派武装組織の台頭に伴い、非イスラム教徒は国外に脱
       出する傾向が強い。

[政治・軍事]
独立:1921年8月23日(自治国)、1932年10月3日(完全独立)
国連加盟:1945年12月21日(原加盟国)
政治体制:共和制、議院内閣制、連邦国家
元首:大統領
    議会が選出。任期4年。3選禁止。
政府:閣僚評議会(内閣に相当)
    首相は議会が選出し、大統領が任命。
    他の閣僚は首相が任命するが、議会の承認が必要。
議会:一院制の代議院(憲法上は下院)
    328議席。直接選挙制(比例代表制)、任期4年。
    憲法は連邦議会(上院)の設置を定めているが未成立。
政党制:多党制、小党乱立の傾向が強い。
国政選挙権:18歳以上の国民全て
兵役制度:志願制
国防費:146億6900万米ドル
軍組織:イラク軍 (日本ではイラク治安部隊と称されることも多い)
     陸軍19万3000人
     海軍2300人 (うち海兵隊800人)
     空軍5000人

[経済・通信・その他]
中央銀行:イラク中央銀行
通貨:イラク・ディナール (dinar, IQD)
国内総生産(GDP):1686億700万米ドル
1人当たりGDP:4630米ドル
GDP構成比:農林水産業5%前後
        鉱工業50~55%
        サービス業45~50%
労働人口:不明 (1000万人前後と推計される)
失業率:不明 (15~20%と推計される)
輸出額:546億7000万米ドル
輸出品:原油がほとんど
輸出先:中国23%、インド21%、韓国11%、米国8%、イタリア7%
輸入額:438億4000万米ドル
輸入品:機械類、鉄鋼、自動車、衣類、穀物、医薬品、茶、肉類、精製石油
輸入元:トルコ21%、シリア20%、中国19%、米国5%、ロシア4%
固定電話回線数:199万7000回線
携帯電話回線数:3355万9000回線
国別電話番号:964
ccTLD:.iq
インターネット利用者数:約489万人
車両通行:右側通行
平均寿命:74.9歳 (男性72.6歳、女性77.2歳)

[日本との関係]
国交樹立:1939年11月
相手公館:大使館 (東京)
駐日相手国人数:206人 (永住者10人)
相手輸出額:15億8400万米ドル
相手輸出品:原油がほとんど
日本公館:大使館 (バグダード)
       ※他にクルド自治区の首都であるエルビールに領事事務所が
        存在するが、独立した公館の地位は持たず、駐バグダード
        大使館の管轄下で領事事務のみを行う。
在留日本人数:日本政府は安全上の理由から、イラクに滞在する日本人
          数を非公開としており、詳細は不明。
日本輸出額:5億9300万米ドル
日本輸出品:自動車、機械類、鉄鋼、二輪車、精密機器
現行条約:1964年 貿易協定
       1968年 司法共助取極
       1974年 技術協力協定
       1979年 文化協定、航空協定
       2014年 投資協定


《国歌「我が祖国」》
制定:2004年
作曲:ムハンマド・フリーフィル
作詞:イブラヒム・トゥーカーン

我が祖国よ。我が祖国よ。
栄光、美しさ、気高さ、そして壮麗さ。
そなたの丘にはそれがある。
そなたの丘にはそれがある。
生命と解放、喜びと希望。
そなたの空にはそれがある。
そなたの空にはそれがある。

私は見られるだろうか? 私は見られるだろうか?
平穏と繁栄を手にし、堅固で名誉に満ちたそなたを。
私は見られるだろうか?
星に届かんばかりのそなたの気高さを。
我が祖国よ。我が祖国よ。

《国名の由来》
アラビア語ではالعراق(アル=イラーク)、クルド語(アラビア文字とラテン文字が併用される)ではئیراقまたはIraq(読みはイーラク)と呼ばれる。もとは川の間の「低地」を表すペルシア語であり、それがアラビア語に輸入されて地名となった。

国名として採用される前は、文字通り古代メソポタミア文明を育んだティグリス川とユーフラテス川の間の平らな低地地方、具体的にはバグダードからバスラにかけての地域を指し示す言葉だった。独立に際して、古くからの呼び名であるこの言葉が国家全体の名称として採用された。

旧国名
1921-
1958
 イラク王国
(ア)المملكة العراقية (アル=マムラカー・アル=イラーキーヤ)
(ク)資料なし
(英)Kingdom of Iraq (キングダム・オブ・イラーク)



【おまけ:クルディスタン地域 (クルド自治区)
ク:هه‌رێمی کوردستان/Herêmî Kurdistan (ヘレミ・クルディスターン)
ア:كردستان العراق (イクリーム・クルディスターン)
英:Kurdistan Region (クルディスターン・リージョン)

Flag_of_Kurdistan.png  Location_of_the_Kurdistan_Region_in_Iraq.gif

イラクの最大民族は総人口の約8割を占めるアラブ人ですが、2番目に大きな民族としてクルド人が北部を中心に1割強ほど存在します。クルド人は自らの祖国を持たない民族の中では世界最大の人口を持つとされ、その居住域はイラク北部、イラン北西部、トルコ南東部を中心とする中東各地に広がっています。そのためクルド人の中には独自の国家を持ちたいという要求が強く、これらの国々と絶えず紛争を繰り広げてきました。

イラクでは1970年、当時のバース党政権とクルド人反政府勢力の間で政治協定が結ばれ、北部3州(エルビール州、ドホーク州、スライマニーヤ州)を「クルド人の地」を意味するクルディスタンという自治区とすることで合意しました。しかし当初、その自治権は極めて限定的なものに留まり、中央政府に従属する見せかけの"自治"への反発は止まず、やがて大規模な民衆蜂起が発生。結果、フセイン政権によってクルド人は徹底的に弾圧されることとなりました。この状況は1991年の湾岸戦争後に一変し、米英軍の保護下で事実上、中央政府の支配から離脱。1992年にはクルド人を首班とする自治政府が樹立されました。2003年のイラク戦争でフセイン政権が崩壊した後は、中央政府でも一連の改革が行われ、イラクは連邦国家化。これによって自治区には独自の通商権など、改めて高度な内政自治権が与えられています。独立に向けた動きも自治区内ではありますが、現行の自治政府は当面はイラクに留まる意向を示しています。

クルディスタン地域の旗は1900年代前半には既にオスマン帝国に対する独立運動の中で用いられていたとされ、イラク以外のクルド人にも「民族の旗」として幅広く認められています。将来、仮にクルド人居住域がまとめて独立することになったとしても、この旗が国旗となるのは間違いないでしょう。赤は自由のために闘ったクルド人の血を、白は平和と平等を、緑はクルディスタンの美しい風景を象徴します。また、中央の黄色い太陽は生命と光明の源を表します。

[地理]
面積:約4.1万km² (イラク全土の約9.34%)
人口:550万人
首都:エルビール (ク:ھەولێر/Hewler ア:أربيل‎‎ 英:Erbil)
主要民族:クルド人が大半。
       一部にアラブ人、アッシリア人、トルクメン人など。
主要言語:クルド語とアラビア語が公用語。
       他にアラム語など各民族語。
主要宗教:イスラム教スンナ派が大半。シーア派もわずかに存在する。
       アッシリア人はキリスト教アッシリア東方教会の信徒。

[政治]
自治区成立:1970年3月11日
元首:クルディスタン地域大統領 (議長とも)
    議会が選出、任期4年、3選禁止。
政府:クルディスタン地域政府
    首相および閣僚は議会が任命。
議会:クルディスタン議会
    直接選挙制、任期4年。
政党制:多党制だが、実質的には二大政党であるクルディスタン民主党と
     クルディスタン愛国同盟が統一会派を組み、一党優位制と同様
     の支配権を確立している。

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プロフィール

嫁ドリル

Author:嫁ドリル
国旗と酒をこよなく愛する関西女。
カイロ、ドバイ、カルガリー駐在員を経て、現在は関東で働きながら旦那と1女1男の4人暮らし中。

国旗に関しては、まずは基礎知識カテゴリを熟読して下さい。

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