イエメン

イエメン
اليمن (アル=ヤマン) (アラビア語)
Yemen (イェメン) (英語)

Flag_of_Yemen.png

イエメンは西アジアに位置する世界最大の半島、アラビア半島の南端に位置する国です。住民の大半はアラブ人であり、他のアラブ諸国と比べると石油収入が少なく、開発や近代化は遅れています。しかしそれゆえに伝統的な生活が色濃く残っており、「アラブ人の心のふるさと」という異名を持っています。また国の南西部に位置するモカという街(下記の地図ではタイズよりやや西)は、同名のコーヒーの品種の由来としても知られており、かつてコーヒーの原産国エチオピアから運ばれたコーヒー豆がモカから輸出され、世界各地に広められたという歴史を物語っています。もっとも、主要な港湾都市という地位をアデンに奪われた現在では、モカは寂れた漁村となってしまっているようですが。

近現代のイエメン史は、オスマン帝国の統治下にあった北部と、イギリスの支配を受けていた南部に大別されます。北部は1918年に王国として独立したものの、封建的な支配体制に反発した軍により1962年にクーデターが起こされ、アラブ民族主義者が主導する共和制に移行。一方の南部は1967年に独立し、1970年からはアラブ圏で唯一の共産主義国となってソ連と親密な関係を築くなど、両者は同じ「イエメン」を名乗りながら全く異なる歴史を歩んできました。しかしソ連を中心とする社会主義圏が1980年代より混迷し、有力な支援元が無くなった南イエメンは経済的に困窮。結果、北イエメンの主導で統合に向けた合意が成され、1990年に南北は統一。ここに、現在のイエメン共和国が成立したのです。1994年には旧北イエメン優遇の政策に反発した旧南イエメン指導部が再独立を求めて内戦が勃発しましたが、政府軍によって鎮圧され、統一は維持されました。しかし2011年に当時の政権が崩壊すると、解消されないまま推移してきた南北間の対立から再び内戦状態に陥った上に、2015年からはイスラム主義勢力が混乱に乗じて首都サナアを中心とする北部を占領し、それを周辺国も介入するなど、情勢は泥沼化の様相を呈し、現在に至るまで安定的な状況は戻っていません。

イエメンの国旗は1990年の南北統一に伴い制定されました。赤、白、黒、緑の四色は汎アラブ色と呼ばれ、アラブ世界の連帯を表す色とされていますが、イエメン国旗にはそのうち緑を除く三色が使われています。それぞれの配色にも意味があり、赤は統一と犠牲、白は輝く未来、黒は植民地時代の暗黒の過去を表します。南北分裂時代はそれぞれが独自の国旗を持っていましたが、北イエメン主導で統合手続きが進んだことから、統一イエメンの国旗には旧北イエメン国旗から緑の星を除いたものが採用されました。それぞれの歴史や旗については北イエメン南イエメンの記事を参照して下さい。

縦横比:2対3


イエメン共和国
الجمهورية اليمنية (アル=ジュムフーリーヤ・アル=ヤマニーヤ)
Republic of Yemen (リパブリック・オブ・イェメン)

Map_of_Yemen.gif

統計データは原則として2015年時点のもの。

[地理]
位置:アジア
面積:約52.8万km² (日本の約1.4倍)
人口:約2554万人
都市人口率:34.6%
首都・最大都市:サナア (ア:صنعاء‎‎ 英:Sana'a)
主要民族:アラブ人98%
       少数の南アジア系、アフリカ系黒人など。
主要言語:アラビア語が公用語で、ほぼ全ての国民の母語となっている。
       東部ではマフラ語やホビョト語、ソコトラ島ではソコトラ語などの
       南アラビア先住民系の言語も話されるが、支配言語であるアラ
       ビア語に押され、話者数は減少傾向にある。
主要宗教:イスラム教(国教)99%
        スンナ派(南部・南東部中心)56%
        シーア派(北部中心)43%
       イエメン北部のシーア派は独特な教義を持っており、ザーイド
       派と呼ばれて他のシーア派と区別されることも多い。他に少数
       のキリスト教、ユダヤ教、ヒンドゥー教など。

[政治・軍事]
独立:1918年11月1日(北イエメン)、1967年11月30日(南イエメン)
南北統一:1990年5月22日
国連加盟:1947年9月30日 (注1)
※2015年1月以来、首都サナアを中核とする北部・中部を制圧したフー
  シと呼ばれるシーア派の武装組織が樹立した「革命評議会」と、南部
  の主要都市アデンを拠点とするスンナ派勢力、更にサウジアラビアに
  亡命した旧政権派といった諸勢力がそれぞれ政府を樹立し、自身の正
  統性を主張して内戦中。そのためイエメンに一元的な統治機関が存在
  せず、国家体制を確定的な情報として記載することは不可能。

[経済・通信・その他]
中央銀行:イエメン中央銀行
通貨:イエメン・リアル (rial, YER)
国内総生産(GDP):359億5500万米ドル
1人当たりGDP:1340米ドル
GDP構成比:農林水産業19.0%
        鉱工業10.6%
        サービス業70.4%
労働人口:733万人
失業率:不明 (30%前後と推計される)
輸出額:13億6400万米ドル
輸出品:原油、天然ガス、魚介類、野菜、コーヒー豆、銅くず、皮革、再輸出品
輸出先:中国25%、UAE17%、韓国10%、サウジアラビア10%、クウェート9%
輸入額:47億9300万米ドル
輸入品:精製石油、小麦、米、鉄鋼、砂糖、肉類、酪農品、パーム油、自動車
輸入元:UAE21%、中国14%、サウジアラビア10%、クウェート7%、インド5%
固定電話回線数:119万5000回線
携帯電話回線数:1735万9000回線
国別電話番号:967
ccTLD:.ye
インターネット利用者数:約677万人
車両通行:右側通行
平均寿命:65.5歳 (男性63.4歳、女性67.8歳)

[日本との関係]
国交樹立:1970年9月22日 (旧北イエメンと)
       1974年4月10日 (旧南イエメンと)
       1990年5月25日 (統一イエメンと)
相手公館:大使館 (東京)
駐日相手国人数:95人 (永住者4人)
相手輸出額:不明 (8000万~1億米ドル前後と推計される)
相手輸出品:天然ガス、原油、再輸出品
日本公館:大使館 (サナア)
       内戦に伴い、2015年2月より一時閉鎖中。
       ただし業務は駐サウジアラビア大使館で継続されている。
在留日本人数:8人 (永住者4人)
日本輸出額:不明 (1~2億米ドルと推計される)
日本輸出品:自動車と部品、機械類、ゴム製品、医薬品、鉄鋼
現行条約:1989年 青年海外協力隊派遣取極
            (旧北イエメンと。統一後の1993年改定して継続)
       1993年 技術協力協定

(注1)
1947年9月30日に北イエメン、1967年12月14日に南イエメンが個別に加盟。1990年5月22日の両国統合により、統合を主導した北イエメンの加盟資格を継承。


《国歌「統一された共和国」》
制定:1990年 (1979年から南イエメン国歌として既に使用されていた)
作曲:アユーブ・タリシュ
作詞:アブドラ・アブドルワッハーブ・ノーマン

おお世界よ、我が歌を繰り返せ。
再び響き渡らせよ。
我が歓喜を通じ、殉教者たちを思い出せ。
我らの祝いの輝かしい衣を、彼らに着せるのだ。
おお世界よ、我が歌を繰り返せ。

人類の一部たる我には、信念と愛がある。
我は生涯を通じ、アラブ人である。
我が鼓動はイエメンと同調する。
いかなる外国人も、イエメンを支配することはできないだろう。

《国名の由来》
アラビア語では「右側」を意味するاليمن(アル=ヤマン)と呼ばれ、これが英語に転訛してYemen(イェメン)となった。イエメンはイスラム教徒の聖地メッカにあるカーバ神殿に向かって右側に位置するため。

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嫁ドリル

Author:嫁ドリル
国旗と酒をこよなく愛する関西女。
カイロ、ドバイ、カルガリー駐在員を経て、現在は関東で働きながら旦那と1女1男の4人暮らし中。

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