アルメニア

アルメニア
Հայաստան (ハヤスタン) (アルメニア語)
Armenia (アルミィニア) (英語)

Flag_of_Armenia.png

アルメニアはカフカス山脈南方に位置する高原の内陸国です。紀元前190年から紀元後428年までの約600年間、この地には後に大アルメニアと呼ばれることになるアルメニア人王朝が存在していましたが、この国は紀元後301年に世界で始めてキリスト教を国教としたことで有名であり、現在でもアルメニア人のほとんどはキリスト教を信仰しています。しかし王朝滅亡後は一時を除いて周辺の異民族の支配と弾圧を受けたため、多数のアルメニア人が祖国を去らざるを得なくなりました。今でも在外アルメニア人の多くは貧しい本国には帰還しておらず、世界各地にアルメニア人コミュニティが築かれており、その総数は300万人前後で推移している本国の人口を遥かに上回る500万人にのぼります。

近代に入るとアルメニアはロシア帝国の支配下に置かれたものの、ロシア革命の混乱に乗じて1918年にアルメニア共和国(第一共和国)を樹立しました。しかしロシアの赤軍による侵攻に伴い1920年に再併合され、以後1991年の独立までソ連を構成する15共和国の1つとしての歴史を刻みます。またアルメニア共和国(第二共和国)として再独立した後も、平穏な国家建設を行う間もなく、隣国アゼルバイジャン領内の自治州ナゴルノカラバフをめぐって同国との紛争が勃発し、オスマン帝国時代の統治をめぐって根強い遺恨の残るトルコとは関係が冷却化する(2009年になんとか国交は樹立しましたが、それでも犬猿の仲なのは変わらず)など、酒類(特にワインとブランデー)の製造と金属加工以外に著名な産業が無いアルメニアにとっては国難とも言える事態が相次いでおり、多くの在外アルメニア人からの送金に頼る経済状態が続いています。

アルメニア国旗は1991年にソ連から独立するのに伴い制定されましたが、その原型はアルメニア民主共和国時代に既に完成していました。当時の旗との唯一の違いは、民主共和国時代の国旗が国際的なスタンダードと目される2対3の縦横比を採用していたのに対し、現国旗はソ連国旗の影響から1対2になっていることです。配色の意味は、赤が独立のために流された血、青は空、希望、国土、オレンジは勇気、神の恵み、そして主要農産物である小麦とされています。アゼルバイジャンとの係争地となっている未承認国家ナゴルノカラバフでは、このアルメニア国旗をもとにした旗が掲揚されています。

縦横比:1対2

【旧国旗】
Armenian SSR
ソ連を構成していた15共和国の1つ、アルメニア・ソビエト社会主義共和国の国旗です。1952年から1991年まで用いられました。ソ連時代の各共和国の国旗はソ連国旗にそれぞれの意匠を盛り込んだものでしたが、中央に引かれた青線の意味は不明です。


アルメニア共和国
Հայաստանի Հանրապետություն (ハヤスタニ・ハンラペトゥチュン)
Republic of Armenia (リパブリック・オブ・アルミィニア)

Map_of_Armenia.gif

統計データは原則として2015年時点のもの。

[地理]
位置:アジア (ヨーロッパに分類されることもある)
面積:約3.0万km² (四国の約1.6倍)
人口:約299万人
都市人口率:62.7%
首都・最大都市:エレヴァン (ア:Երևան 英:Yerevan)
主要民族:アルメニア人98%
       ヤズィーディー(クルド系)1%
       少数のロシア人、アッシリア人、ウクライナ人など。
主要言語:アルメニア語が公用語で、ほとんどの国民が母語としている。
       ロシア語も広く通用し、過半数の住民はアルメニア語と並んで
       ロシア語の日常会話を習得している。他にクルド語など少数民
       族の各言語。
主要宗教:キリスト教95%
        アルメニア使徒教会93%
        東方典礼カトリック教会2%
       ヤズィーディー(クルド人古来の民俗信仰)1%
       他に少数のイスラム教、バハーイー教など。

[政治・軍事]
独立:1991年9月21日
国連加盟:1992年3月2日
政治体制:共和制、半大統領制
元首:大統領
    直接選挙制。任期5年。3選禁止。
政府:閣僚評議会(内閣に相当)
    首相は議会の指名に基づき大統領が任命。
    その他の閣僚は首相が任命。
議会:一院制の国民議会(単に国会とも)
    131議席。直接選挙制(小選挙区比例代表並立制)。
    91議席は比例代表制、40議席は小選挙区制で選出。
    任期5年。
政党制:アルメニア共和党による一党優位制
     (形式上は多党制)
国政選挙権:18歳以上の国民全て
兵役制度:徴兵制
国防費:4億5000万米ドル
軍組織:アルメニア共和国軍
     陸軍4万6000人
     空軍3500人 (防空軍を含む)
     国境警備隊3万1000人

[経済・通信・その他]
通貨:ドラム (dram, AMD)
国内総生産(GDP):116億4400万米ドル
1人当たりGDP:3497米ドル
GDP構成比:農林水産業23.3%
        鉱工業30.1%
        サービス業46.6%
労働人口:151万人
失業率:17.8%
輸出額:16億2600万米ドル
輸出品:銅鉱と精錬銅、金、タバコ製品、蒸留酒、アルミ製品、電力、精錬ダイヤ
輸出先:ロシア15%、中国11%、ドイツ10%、イラク9%、ジョージア8%
輸入額:27億8000万米ドル
輸入品:天然ガス、機械類、精製石油、自動車、医薬品、小麦、ダイヤ原石
輸入元:ロシア29%、中国10%、ドイツ6%、イラン6%、イタリア5%
固定電話回線数:55万1000回線
携帯電話回線数:344万2000回線
国別電話番号:374
ccTLD:.am
インターネット利用者数:約151万人
車両通行:右側通行
平均寿命:74.9歳 (男性71.4歳、女性78.3歳)

[日本との関係]
国交樹立:1992年9月7日
相手公館:大使館 (東京)
駐日相手国人数:49人 (永住者11人)
相手輸出額:864万米ドル
相手輸出品:衣類、宝石の原石、アルミ製品
日本公館:大使館 (エレヴァン)
在留日本人数:16人 (永住者2人)
日本輸出額:1370万米ドル
日本輸出品:自動車と部品、機械類、精密機器、ゴム製品、医薬品
現行条約:2005年 技術協力協定


《国歌「我らが祖国」》
制定:1918年 (歌詞は1991年。ソ連時代は除く)
作曲:バーセフ・カナチヤン
作詞:ミカエル・ナルバンディアン

自由で独立した我らが祖国。
長きにわたる時を刻んだ祖国は、
自国の子たちを必要としている。
自由で独立したアルメニアとなるために。
自国の子たちを必要としている。
自由で独立したアルメニアとなるために。

死は全ての人間におとずれる。
人は生まれ、ただ死んでゆくのみ。
だが祖国の自由のために死んでいった者は、
神の祝福を得る。
祖国の自由のために死んでいった者は、
神の祝福を得る。

《国名の由来》
アルメニア語ではՀայաստան(ハヤスタン)と表記される。アルメニア人の自称「ハイ(複数形でハイク)」に、ペルシア語で「○○の土地」を表すstanを合成した地名。アルメニア人は自らを古代ヒッタイト人(『旧約聖書』で言うところのヘテ人)の末裔と位置づけており、ヘテが転じてハイとなったとされる。

英語名Armenia(アルミィニア)は、古代アルメニア王国の建国者アラムに由来するという説と、ハイの伝説上の英雄アルメナケが王になった際、自らの一族を「アルメナケの一族」を意味するアルメンと名づけたことに由来するという説がある。

旧国名
1920-
1990
 アルメニア・ソビエト社会主義共和国
(ア)Հայկական Սովետական
   Սոցիալիստական Հանրապետություն
  (ハイカカン・ソヴェタカン・ソシアリスタカン・ハンラペトゥチュン)

(英)Armenian Soviet Socialist Republic
  (アルミィニアン・ソヴィエト・ソーシャリスト・リパブリック)

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プロフィール

嫁ドリル

Author:嫁ドリル
国旗と酒をこよなく愛する関西女。
カイロ、ドバイ、カルガリー駐在員を経て、現在は関東で働きながら旦那と1女1男の4人暮らし中。

国旗に関しては、まずは基礎知識カテゴリを熟読して下さい。

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