アルバニア

アルバニア
Shqipëria (アルバニア語)
Albania (英語)

Flag_of_Albania.png

ヨーロッパ南東部のバルカン半島に位置し、アドリア海を挟んでイタリア半島と向かい合うアルバニアは、その地理的な近さもあって、古くからローマ帝国の支配を受けてきました。後にキリスト教が帝国の国教となった時にはこれを受容し、帝国の東西分裂後も東ローマ(ビザンツ)帝国の版図として伝統的な文化と生活を維持したものの、1453年に同国がオスマン帝国に滅ぼされるとイスラム勢力が次々とバルカン半島に進出。アルバニア人はこれに激しく抵抗し、一時はアルバニア民族史上最大の英雄とされるスカンデルベグという君主のもとで独立状態を築くことに成功しました。それでも1478年には全土がオスマン帝国の支配下に入り、以後およそ430年にわたって続いた統治でアルバニア人の大半はイスラム教に改宗しています。現在でもヨーロッパでは例外的にイスラム教徒が人口の過半数を占める国となっていますが、後述する社会主義政権時代に無神論が強制された期間が長かったため、戒律はかなり緩い国です。

国家としてのアルバニアの歴史は、1912年にオスマン帝国から独立したことで始まりました。当時は公国だったものの、後に共和国、王国と政治体制がコロコロ変わり、第二次大戦中はイタリアやドイツの占領を経験。1944年にソ連軍の支援により国土解放を実現したアルバニア共産党(1948年よりアルバニア労働党)は、社会主義と一党独裁に基づく体制を構築し、1985年の死去まで最高指導者の座に君臨したエンヴェル・ホッジャの長期政権下で、急進的な社会主義体制の拡大を謳う国家へと変質していきました。しかしソ連の衛星国となった多くの東欧諸国と違い、1956年にスターリン批判を行ったソ連とはその5年後に関係を断絶し、路線対立によりソ連を敵視していた中国に接近。1971年にアルバニアの提案によって台湾の中華民国政府が握っていた国連代表権が大陸の中華人民共和国政府に移されるなど、蜜月関係を築きました。しかし中国とも、1978年の米中関係改善を機に断交しています。当時のアルバニアは資本主義陣営である西側と対立しながら、東側の大国とも交流せず、国連以外のほとんどの国際機関にも加盟しない、もしくは代表を送らないという姿勢を貫いており、一種の鎖国状態にあったといえましょう(オリンピックにすら、社会主義時代には1972年のミュンヘン大会以外参加しませんでした)。しかしこのような体制は、国内経済が脆弱なアルバニアにとっては大きな痛手となり、ホッジャ死後の1991年に一党独裁の放棄が宣言され、1992年には正式に社会主義体制が終焉しました。現在は過去への反省から世界各国との友好善隣関係を築き、その支援を得ながら経済の再建に取り組んでいます。

アルバニアの国旗は独立以来、政治体制の変化に伴いコロコロと変わってきました。しかし自らを気高き鷲の子孫と位置付けるアルバニア人は、自国の事を「鷲の国」を意味するシュチパリアと呼び、歴代国旗のいずれにもそれが色濃く反映されています。現国旗は1992年に民主化に伴い制定されたもので、国旗の中央に配された鷲は「双頭の鷲」といい、古くからヨーロッパで用いられてきた権威の象徴とされています。アルバニアでは、15世紀にオスマン帝国軍を一時的に撃退したという民族的英雄スカンデルベグが考案して以来、アルバニア人のシンボルとされてきました。また、正反対の方向を向く鷲の頭は、国土が東洋と西洋の中間に位置する国というアルバニア的地理観の表れです。地色として採用されている赤は、旧宗主国であるオスマン帝国を表します。

縦横比:5対7

【旧国旗】
Albanian_Provisional_Government.png
1912年にオスマン帝国からの独立を宣言した際に掲げられた初代国旗です。当時のアルバニアは独立宣言を行ったイスマイル・ケマリ首相率いる過渡的な臨時政府の統治下にあり、君主制か共和制かといった基本的な国家体制も定まっていませんでした。しかし2年後の1914年、ドイツ貴族のヴィルヘルム・フリードリヒをアルバニアの君主として迎え入れ、アルバニア公国が樹立されたのに伴い、下記の公国旗が制定されました。

Albania (1914-1920)
1914年に成立したアルバニア公国の国旗です。歴代国旗の中でも鷲がとりわけ大きく描かれた特徴的な国旗ですね。1920年まで用いられました。

ヴィルヘルム・フリードリヒはドイツ南西部の貴族ヴィート家の出身であり、土地感も馴染みも無いアルバニア公への即位を辞退していましたが、同じドイツ系国家のオーストリアが圧力をかけたため、しぶしぶ新国家の君主という立場を受け入れました。しかしアルバニア人自身が外国出身の君主を戴くことに反発し、即位後すぐさまクーデター計画が露見するなど、その地位は成立当初から不安定でした。結局、1914年3月に即位したヴィルヘルム・フリードリヒは、同年9月には早くも国外へ脱出し、以後アルバニアは元首であるはずの「アルバニア公」が不在のまま、君主なき公国として運営されました。

Albania_(1920-1926).png
1920年、それまで首相が代行していた君主の権限が、新設された「摂政高等評議会」という機関に移されたのに伴い、国旗も改められました。前述の国旗より幾分鷲の大きさが縮小されたほか、その上部に置かれた白い星も削除されています。しかし君主なきアルバニア公国ではその後も政情不安が続き、1922年に首相兼内相に就任して実権を掌握したアフメト・ゾグーが1925年に自らを大統領とする共和制への移行を表明。翌1926年にはこの国旗も廃止されました。

Albania_(1926-1928).png
1925年に公国を廃止し、アルバニア共和国を樹立したゾグーは、自ら初代大統領に就任。翌1926年には国旗にも改正を加えました。しかし野心的なゾグーは大統領という地位に満足せず、1928年には新憲法を制定して国家体制を王国へと移行し、ゾグー1世として国王に即位しました。そのため共和国の旗として制定されたこの国旗の寿命は短く、制定からわずか2年で廃止されています。

Albania (1928-1934)
ゾグー1世を国王とするアルバニア王国の成立に伴い制定された国旗です。上部には英雄スカンデルベグが使ったといわれるヤギの角を用いた王冠が配されています。また、この国旗からそれまで政権により異なっていた鷲のデザインが固定され、現在に至っています。地色の赤も1934年からは現国旗のように若干明るくなりました。

ゾグーの統治下でようやく一定の安定を取り戻したアルバニアですが、海を挟んで向かい合う大国イタリアの勢力の伸長は防ぎきれず、1939年に同国の保護国となってしまいました。王政は維持されたものの、ゾグーは廃位され、イタリア国王ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世がアルバニア王を兼務する形となります。第二次大戦中の1943年にイタリアが連合国に降伏し、アルバニアは解放されるかと思いきや、今度はナチス政権下のドイツに占領されました。

結局、1944年にソ連軍の支援を得たアルバニア共産党がドイツ軍を駆逐し、国土解放が実現しましたが、共産党は王政復古を認めず、1946年にはアルバニア人民共和国の成立を宣言。ゾグーは失意のまま、亡命先のフランスで1961年に息を引き取りました。また王国廃止に伴い、この旗も国旗としての役割を終えています。

20091201191911abe.png
1944年の国土解放を主導したアルバニア共産党により、1946年に社会主義国家アルバニア人民共和国が樹立され、国旗も変更されました。基本的なデザインは王政期と変わりませんが、上部には王冠の代わりに社会主義の象徴である星が配されています。このデザインはソ連や中国との断交、1976年のアルバニア社会主義人民共和国への改称を経ても変わらず、最終的に社会主義路線を放棄して現国旗に移行した1992年まで用いられました。

社会主義時代の歴史については前述の本文を参照してください。


アルバニア共和国
Republika e Shqipërisë
Republic of Albania

Map_of_Albania.png

統計データは原則として2016年時点のもの。

[地理]
位置:ヨーロッパ
面積:約2.9万km² (四国の約1.5倍)
人口:約287万人
都市人口率:59.3%
首都・最大都市:ティラナ (ア:Tiranë 英:Tirana)
民族:アルバニア人97%
   ギリシャ人1%
   少数のロマ人、アルーマニア人、マケドニア人など。
言語:アルバニア語が公用語で、国民のほとんどが母語として使用
   する。北部のゲグ方言と南部のトスク方言にわかれるが、標
   準語はトスク方言が基礎になっている。他にギリシャ語など
   少数民族の各言語。
宗教:イスラム教59%
    スンナ派57%
    ベクタシュ教団2%
    キリスト教17%
    ローマ・カトリック教会10%
    正教会6~7%
   神は信じるが特定の信仰は持たない5%      
   無宗教3%

[政治・軍事]
独立:1912年11月28日
国連加盟:1955年12月14日
政治体制:共和制、議院内閣制
元首:大統領
   議会が選出。任期5年。3選禁止。
政府:閣僚評議会(内閣に相当)
   大統領が議会の指名に基づき、首相を任命。
   他の閣僚は首相の指名に基づき、大統領が任命。
   (いずれの任命権行使にも議会の承認が必要)
議会:一院制の国会
   140議席。直接選挙制(比例代表制)、任期4年。
政党制:アルバニア民主党とアルバニア社会党による緩やかな二大
    政党制だが、近年は第三党も伸長し、多党制の側面も持ち
    つつある。
国政選挙権:18歳以上の国民全て
兵役制度:志願制
国防費:1億4200万米ドル
軍組織:アルバニア共和国軍
    陸軍8500人
    海軍2500人
    空軍3100人

[経済・エネルギー]
中央銀行:アルバニア銀行
通貨:レク (lek, ALL)
国内総生産(GDP):119億2700万米ドル
1人当たりGDP:4147米ドル
GDP構成比:農林水産業23.0%
      鉱工業23.8%
      サービス業53.2%
労働人口:136万人
失業率:15.2%
輸出額:7億8900万米ドル
輸出品:衣類と履物、原油、クロム鉱、鉄鋼、電力、セメント、魚介類、家具
輸出先:イタリア51%、セルビア8%、コソボ8%、ギリシャ4%、ドイツ3%
輸入額:36億7100万米ドル
輸入品:機械類、繊維原料、精製石油、医薬品、自動車、皮革、天然ガス
輸入元:イタリア29%、ドイツ9%、中国9%、ギリシャ8%、トルコ8%
発電量:71億3500万kWh
    (火力5%、水力95%)
電力消費量:70億9400万kWh (1人当たり2471kWh)
電力輸出量:18億6900万kWh
電力輸入量:18億2700万kWh

[通信・その他]
固定電話回線数:24万5000回線
携帯電話回線数:336万9000回線
国別電話番号:355
ccTLD:.al
インターネット利用者数:約182万人
車両通行:右側通行
平均寿命:78.6歳 (男性75.8歳、女性81.4歳)

[日本との関係]
国交樹立:1922年4月
相手公館:大使館 (東京)
駐日相手国人数:77人 (永住者37人)
相手輸出額:313万米ドル
相手輸出品:鉄合金がほぼ全て
日本公館:無し (駐イタリア大使館がアルバニアを兼轄する)
在留日本人数:18人 (永住者1人)
日本輸出額:2440万米ドル
日本輸出品:自動車、機械類、精密機器、二輪車、化学薬品、ゴム製品
現行条約:1988年 貿易支払協定


《国歌「旗への賛歌」》
制定:1912年
作曲:シプリアン・ポルンベスク
作詞:アレクサンダル・スタヴレ・ドレノヴァ (通称アスドレニ)

我らは旗のもとで結束する。
1つの意思、1つの目的を持って。
我ら栄誉の言葉を誓わん。
我らを救う戦いのため。

戦いに背を向ける者は、
裏切り者として生まれた者なり。
真に勇敢なる者はひるむこともなく、
大義のために死ぬ者なり。

《国名の由来》
アルバニア語では「鷲の国」を表すShqipëria(シュチパリア)。前述したように、アルバニア人が自らを鷲の子孫と見なしていることから。

英語名Albaniaは「白い」を表すラテン語、もしくは「山」を表すケルト語のalbに由来する。アルバニアの国土は石灰岩で土地が白く見える性質があり、また海岸部の平野以外は概して山がちな地形を持つ。

旧国名
1914-
1925
 アルバニア公国
(ア)Principata e Shqipërisë
(英)Principality of Albania
1925-
1928
 アルバニア共和国
(ア)Republika Shqiptare
(英)Albanian Republic
1928-
1944
 アルバニア王国 (注1)
(ア)Mbretëria Shqiptare
(英)Albanian Kingdom
1946-
1976
 アルバニア人民共和国
(ア)Republika Popullore e Shqipërisë
(英)People's Republic of Albania
1976-
1992
 アルバニア社会主義人民共和国
(ア)Republika Popullore Socialiste e Shqipërisë
(英)Socialist People's Republic of Albania


(注1)
アルバニア王国は1939年にイタリア王国の保護国となり、イタリア王がアルバニア王を兼任した。また、第二次大戦において1943年にイタリアが降伏すると、翌1944年まではイタリアに代わってドイツがアルバニアを占領した。

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嫁ドリル

Author:嫁ドリル
国旗と酒をこよなく愛する関西女。
カイロ、ドバイ、カルガリー駐在員を経て、現在は関東で働きながら旦那と2女1男の5人暮らし中。

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