オランダ

オランダ
Nederland (ネーデルラント) (オランダ語)
Netherlands (ネザーランズ) (英語)

Flag_of_the_Netherlands.png

北海に面する西ヨーロッパの君主国オランダは、ライン川下流の標高が低い地域を領土とする国です。古くから「低地」を意味するネーデルラントの名で神聖ローマ帝国の一部を構成し、重要な海洋貿易拠点となってきましたが、15世紀末からはスペインの支配下に入りました。スペインによる重税とカトリック信仰の押し付けは、特にプロテスタントのカルヴァン派が中心の北ネーデルラントで猛反発を招き、1568年には八十年戦争と呼ばれる独立戦争が勃発。カトリック信者の多い南ネーデルラントは程なくして停戦し、スペイン支配が続いたものの、北部は戦争を主導したオラニエ公ウィレム1世のもとで1581年にネーデルラント連邦共和国(1815年よりオランダ王国)を樹立。戦況を有利に進め、1648年にはウェストファリア条約で正式に独立が承認されました。

その後のオランダは東南アジアや南米に築いた植民地を軸に海洋交易大国となり、17世紀には最盛期を迎えましたが、後に大英帝国と呼ばれるイングランドとの覇権争いに敗れた後は徐々に国力が減退。現在はアルバキュラソーなどカリブ海の小さな島を除いて海外領土を有しておらず、外交面ではヨーロッパ諸国との関係強化、内政面では民主的かつ高福祉な国の建設に力を入れています。特にかつて南ネーデルラントと呼ばれたベルギー、ルクセンブルクとは「ベネルクス三国」として、早くから緊密な連携体制を構築しており、1960年に設立されたベネルクス経済連合が後にヨーロッパ共同体(EC)、更には現在のヨーロッパ連合(EU)へと拡大・発展していったことは特筆すべき事柄と言えます。また、日本では1600年代の通商開始以降、鎖国時代の江戸幕府が国交を維持したヨーロッパ唯一の国として知られますね。オランダからもたらされた西洋式の学問や文化は日本で「蘭学」として研究され、明治維新以降の近代国家建設に向けた基礎が築かれました。

現在、世界の多くの国が三色旗を国旗として採用していますが、その先駆けとなったのがオランダと言われています。16世紀、当時スペイン領だったオランダは前述のウィレム1世率いる独立戦争の時代に入り、独立軍はオレンジ・白・青の軍服を取り入れました。これはそのまま独立解放を求める旗の色ともなり、独立達成後にこの三色の旗を国旗として採用したとされています。しかしオレンジは色褪せやすく、薄明な海上では識別も困難なため、17世紀頃からやむを得ず赤へと置き換えられていきます。19世紀末頃には既にオレンジを用いた旗はほとんど使われなくなり、1937年にはオレンジを正式に赤へ変更する決定が下されました。とはいえ、オレンジ(オランダ語でオラニエ)は王家の色として現在でも重宝されており、ナショナルカラーとして国際スポーツ大会のオランダ代表ユニフォームなどに引き続き使われています。ちなみにルクセンブルクの国旗と似ていますが、青の濃さが若干異なり(オランダのほうが少し濃い)、縦横比もルクセンブルクのほうが横長です。

▼縦横比:2対3

【旧国旗】
オラニエ
Prinsenvlag(公の旗)と呼ばれる旧国旗です。前述のように、赤の部分がオレンジです。ちなみにオレンジはオランダ語でオラニエといいますが、これは独立運動の指導者オラニエ公ウィレム1世に由来します。

オランダ系のアフリカーナーが多い南アフリカではアパルトヘイト(人種隔離政策)時代、このオレンジ・白・青の配色を用いた国旗を使用していました。


オランダ王国
Koninkrijk der Nederlanden (コーニンクレイク・デル・ネーデルランデン)
Kingdom of the Netherlands (キングダム・オブ・ザ・ネザーランズ)

Map_of_the_Netherlands.gif

統計データは原則として2015年時点のもの。

[地理]
位置:ヨーロッパ
面積:約4.2万km² (九州の約1.1倍)
人口:約1676万人
都市人口率:90.5%
首都・最大都市:アムステルダム(蘭・英:Amsterdam 注1)
主要民族:オランダ国籍78%
        西ゲルマン系白人のオランダ人が大半。カリブ海の
        オランダ領の島々由来の黒人住民が約1%を占める。
        北部のフリースラント州の住民はオランダ人と同じく
        西ゲルマン系だが、民族としてはフリース人として区
        別される。
       外国籍22%
        トルコ人2~3%
        モロッコ人2%
        インドネシア人2%
        ドイツ人2%
        スリナム人2%など
主要言語:オランダ語が公用語で、国民のほとんどが母語として使用
       している。他に北部のフリースラント州では地域公用語とし
       てフリジア語の使用も認められている。2ヶ国語以上を習得
       している国民の比率が非常に高く、英語は8割強、ドイツ語
       は7割、フランス語は3割の国民に通じる。
主要宗教:無宗教49%
       キリスト教40%
        ローマ・カトリック教会24%
        プロテスタント諸派16%
       イスラム教(スンナ派が大半)5%
       少数のヒンドゥー教、仏教、ユダヤ教など。

[政治・軍事]
独立:1581年7月26日(事実上)、1648年1月30日(国際法上)
国連加盟:1945年12月10日(原加盟国)
政治体制:立憲君主制、議院内閣制
元首:国王
    オラニエ=ナッサウ家による世襲制。
政府:閣僚評議会(内閣に相当)
    国王が下院最大会派の指導者を首相に任命。
    その他の閣僚は首相の指名に基づき、国王が任命。
議会:二院制のスターテン・ヘネラール(全州議会などと訳される)
    ●第一院(上院)
     75議席。各州議会が選出。任期4年。
    ●第二院(下院)
     150議席。直接選挙制(比例代表制)。任期4年。
政党制:多党制。小党乱立の傾向が強い。
国政選挙権:18歳以上の国民全て
兵役制度:志願制
国防費:90億3000万米ドル
軍組織:王立オランダ軍 (米軍の核兵器共有国)
     陸軍2万1500人
     海軍8500人 (海兵隊2300人を含む)
     空軍8000人
     保安隊(国家憲兵)6000人

[経済・通信・その他]
中央銀行:オランダ銀行 (注2)
通貨:ユーロ (euro, EUR, 注2)
国内総生産(GDP):7525億4700万米ドル
1人当たりGDP:4万4424米ドル
GDP構成比:農林水産業1.6%
        鉱工業18.8%
        サービス業79.6%
労働人口:788万人
失業率:6.9%
輸出額:4765億米ドル
輸出品:機械類、精製石油、原油、医薬品、化学薬品、天然ガス、精密機器
輸出先:ドイツ25%、ベルギー11%、英国9%、フランス8%、イタリア4%
輸入額:3896億米ドル
輸入品:精製石油、原油、機械類、医薬品、精錬金属、自動車、衣類、穀物
輸入元:ドイツ15%、中国15%、ベルギー8%、英国8%、米国8%
固定電話回線数:695万1000回線
携帯電話回線数:2080万9000回線
国別電話番号:31
ccTLD:.nl
インターネット利用者数:約1592万人
車両通行:右側通行
平均寿命:81.4歳 (男性79.2歳、女性83.6歳)

[日本との関係]
国交樹立:1600年4月 (伝統的な文脈上の日蘭交流開始)
       1858年8月18日 (近代国家としての公式な国交樹立)
相手公館:大使館 (東京)
       総領事館 (大阪)
駐日相手国人数:2491人 (永住者271人、特別永住者13人)
相手輸出額:31億8200万米ドル
相手輸出品:精密機器、医薬品、機械類、化学薬品、肉類、乳製品、野菜
日本公館:大使館 (ハーグ, 注1)
在留日本人数:7550人 (永住者1600人)
日本輸出額:136億3000万米ドル
日本輸出品:機械類、精密機器、自動車と部品、化学薬品、二輪車、鉄鋼
現行条約:1912年 通商航海条約
       1953年 航空協定
       1956年 査証(ビザ)相互免除取極
       1960年 通商協定
       1981年 文化協定
       1996年 科学技術協定
       2009年 社会保障協定
       2010年 税関相互支援協定
       2011年 租税条約
            (1970年の旧租税条約を廃止し、新条約として締結)

(注1)
憲法上は最大都市アムステルダムが首都と定められているが、王宮や行政府の官庁、国会議事堂、諸外国の大使館などはハーグ(蘭:Den Haag 英:The Hague)に置かれており、実質的な首都機能を果たす。

(注2)
ヨーロッパ連合(EU)が統一通貨としてユーロを導入して以降、通貨発行権や金融政策の方針決定権はヨーロッパ中央銀行が担うようになり、ユーロ導入国が本来設置していた中央銀行はその傘下にある執行組織に改組された。ユーロ導入国の各中央銀行総裁はヨーロッパ中央銀行政策理事会の一員となり、連携してヨーロッパ中央銀行の政策を決定し、それに基づいて各国内での業務執行に当たることとされる。

なお、ユーロ導入前にオランダ銀行が発行していた通貨はオランダ・ギルダー(guilder, NLG)である。


《国歌「ヴィルヘルムス・ファン・ナッソウエ」》
制定:1932年
作曲:不明
作詞:フィリップ・ファン・マルニクス

ヴィルヘルムス・ファン・ナッソウエ(ウィレム1世のこと)。
我は古きドイツの血筋を受け継ぐ者。
我はこの地に不滅の誓いを立てる。
我は自由で勇敢なるオラエニ公として、
スペイン国王に常に忠誠を尽くしてきた。

我が盾にして我が頼みの綱。
おお、神よ。それは汝に他ならない。
我は汝のお導きを信頼している。
我を見離すことなかれ。
さすれば我は敬虔さを保ち、
永久に汝のしもべであり続けるだろう。
そして我が苦しみを排除し、
圧制者を放逐するだろう。

《国名の由来》
オランダ語ではNederland(ネーデルラント)と表記する。これは古いゲルマン系言語で「低地」を表す普通名詞のため、通常は定冠詞を付けて固有名詞化する必要がある。ちなみにder Nederlanden(デア・ネーデルランデン)という複数形だと海外領土(アルバキュラソーなど)を含む王国全体を指し、het Nederland(ヘット・ネーデルラント)という単数形だとヨーロッパの領土のみを表す。前述したベネルクス三国では「ネ」に相当する。

ドイツ語ではNiederlande(ニーダーランデ)、フランス語ではPays-Bas(ペイバ)など、「低地」を表す言葉がそのまま国名として認知されている。英語ではNetherlands(ネザーランズ)Holland(ホゥランド)の2通りあるが、前者は公的な場、後者は日常的なくだけた表現として用いられる場合が多い。

日本語のオランダという名称はかつてのホラント州(後に南北の2州に分割。首都アムステルダムの周辺地域)がポルトガル語でHolandaとなり、更に日本語に転訛した独特の呼び名。

旧国名
1581-
1795
 ネーデルラント連邦共和国
(蘭)Republiek der Zeven Verenigde Nederlanden
  (レプブリーク・デア・ゼーヴェン・フェレーニハデ・ネーデルランデン)
(英)Republic of the Seven United Netherlands
  (リパブリック・オブ・ザ・セヴン・ユナイテッド・ネザーランズ)
1795-
1806
 バタヴィア共和国 (フランスの衛星国)
(蘭)Bataafse Republiek (バターフセ・レプブリーク)
(英)Batavian Republic (バテイヴィアン・リパブリック)
1806-
1810
 ホラント王国 (フランスの衛星国)
(蘭)Koninkrijk Holland (コーニンクレイク・ホラント)
(英)Kingdom of Holland (キングダム・オブ・ホゥランド)

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プロフィール

嫁ドリル

Author:嫁ドリル
国旗と酒をこよなく愛する関西女。
カイロ、ドバイ、カルガリー駐在員を経て、現在は関東で働きながら旦那と1女1男の4人暮らし中。

国旗に関しては、まずは基礎知識カテゴリを熟読して下さい。

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