コンゴ民主共和国

コンゴ民主
Kongó-Kinsásá (コンゴー=キンササ) (リンガラ語)
Kongo-Kinshasa (コンゴ=キンシャサ) (スワヒリ語)
RD Congo (エール・デ・コンゴ) (フランス語)
DR Congo (ディー・アール・コンゴゥ) (英語)

DR_Congo.png

コンゴ民主共和国はアフリカ大陸の中部に位置し、日本の6倍以上もの面積を持つ国です(世界11位)。国土はコンゴ盆地の中核を占め、その気候は北部のサバンナ、東部の高山地帯を除く大半が熱帯に属し、国内を縦横無尽にはしる河川と豊富な降水量により、広大な熱帯雨林を抱えます。この地は現地のコンゴ族によって14世紀末に建国されたコンゴ王国の領地となっていました(詳細はコンゴ共和国を参照のこと)が、19世紀に入るとヨーロッパ諸国によるアフリカ分割が始まり、1885年のベルリン会議でこの広大な土地はベルギー国王レオポルド2世の私有地となりました。しかし彼の支配は天然ゴムの生産を中心に原住民を徹底的に使役し、その利益を自らの豪奢な生活に当て、逆らう者やノルマを満たせなかった者を容赦なく迫害・虐殺する非常に苛烈なものでした。当初はそうした実態は把握されませんでしたが、1900年にジャーナリストの手によって明るみに出ると、当時の国際社会はその行動を大いに非難。これが国家そのものに対する批判に繋がることを恐れたベルギー政府は、1908年にコンゴの地位を国王の私有地から政府が管轄する植民地へと変更。これによりようやく「普通の」植民地となったコンゴは、その後同国が持つ最大の海外領土として重宝され、現地人への福利も最低限度は整えられるようになりました。

独立闘争は1950年代後半から始まり、1960年には正式な独立を達成しましたが、広大な国土故に様々な民族・部族集団が存在するこの国をまとめるのは容易ではなく、すぐさまコンゴ動乱と呼ばれる内戦に突入。一時は国内各地で分離独立を主張する勢力が現れはじめ、国家の統一性すら確保できない状態に陥ります。そんな中、1965年にモブツ参謀総長がクーデターを起こし、実権を掌握。強力な個人独裁体制を敷いて国内の不満をねじ伏せ、紛争は一旦収束しました。彼は1971年に国名をザイール共和国と改め、長期政権を維持しましたが、1996年より反政府勢力の動きが活発化。翌1997年にはモブツ政権が崩壊し、国名は再びコンゴ民主共和国へと戻りました。しかし反政府勢力の内実は様々な主張を持つ部族集団の寄り合い所帯で、共闘を行う上での理念は反モブツのみ。それが達成されるや否や再び国家は主導権争いによる内戦状態に逆戻りし、現在も基本的に国情は不安を抱えたままです。この国が内戦から抜け出せない理由は民族間の不和など様々なものがありますが、中でも最も大きいのは膨大な天然資源の権益をめぐる対立です。コンゴ民主共和国には銅やダイヤモンド、金のほか、先端産業に欠かせないコバルト、マンガンといった各種レアメタル、更には石油まで埋蔵されており、その量だけで見れば世界トップクラスの資源大国なのですが、これを自らの手中に収めようとする各勢力(特に東部)が政府の介入を許さず、国内各地で「縄張り」の維持に腐心しています。このような分裂状態が解消されない限り、この国が豊かさに向かって前進することは難しいでしょう。先進国にとっても、資源の安定供給は先端産業の維持・発展に欠かせないものであり、国際機関を通じて多くの国がコンゴ民主共和国の安定化に向けた努力を続けていますが、今のところ大きな成果は挙げていません。当然、こうした破滅的な情勢下で国民生活が豊かになるはずもなく、潜在的な国力は計り知れないものがあるにもかかわらず、現在は世界の最貧国の中でも著しく経済発展が遅れた国として知られます。

さて、そのような情勢を抱える国のご多分に漏れず、コンゴ民主共和国も国旗がコロコロと変わってきた国の1つです。現在の国旗は2006年の新憲法制定に伴い導入されたもので、2007年の元旦より実際の使用が開始されています。この国旗は1963-1971年まで用いられた2代目の国旗をモチーフとしており、水色は平和、赤は殉国者の血、黄は豊かな天然資源を表し、星はコンゴ民主共和国の未来が明るいものであるように、という願いを象徴します。現実には国旗の理念が表すような理想的な国家とは程遠い状況が続いていますが、一刻も早く、この国が安定して豊かさを享受できるような環境を整えたいという気持ちが伝わってきますね。

縦横比:3対4

【旧国旗】
Congo-Kinshasa_(1960-1963)
1960年にコンゴとして独立したのに伴い制定された初代国旗です。ベルギー領時代から青地に1つの大きな星というデザインは用いられてきましたが、独立に伴い、当時の6州を表す小さな星が追加されました。1963年廃止。

DR_Congo_(1963-1966).png  DR_Congo_(1966-1971).png
2代目の国旗は現在の国旗の原型となっていますが、青の濃さが異なります。1963年に制定され、1966年にはデザイン性を考慮して赤と黄の斜線の角度を若干変更。最終的に1971年、国名がザイール共和国と改称されるまで用いられました。

Republic_of_Zaire.png
1965年のクーデターで実権を握ったモブツ大統領が、1971年に国名をコンゴ民主共和国からザイール共和国に変更。同時に国旗もそれまでとは全く違うデザインのものに改められました。緑、黄、赤は汎アフリカ色であり、緑は農業と繁栄、黄は天然資源を表します。国の中央のたいまつを持つ黒人の手は、モブツ政権の支配政党革命人民運動(MPR)の党旗をモチーフとしたものです。

モブツ大統領は当時アフリカで勢力を拡大していた社会主義・共産主義勢力を強硬に弾圧し、膨大な天然資源をアメリカを中心とする西側諸国に優先的に輸出したため、西側からは「アフリカにおける反共の砦」と見なされ、多額の援助を獲得しました。

しかし一方で、モブツ大統領は資源の輸出による収入や援助を国家ではなく自らの財産とし、国内のあらゆるものを私物化。貧困にあえぐ国民をよそに贅沢三昧の生活を行い、またモブツの独裁政権に反発する人々への粛清を行ったため、冷戦終結後はこうした体制が問題視されることとなり、内外を中心に批判が噴出。結局、1997年に反政府勢力により政権は打倒され、「モブツの国」と呼ばれたザイールも消滅しました。

DR_Congo_(1997-2003).png  DR_Congo_(2003-2006).png
32年間に及んだモブツ独裁政権が打倒された1997年、反政府勢力が樹立した暫定政権が定めた国旗です。それまでのモブツの政策を清算するかのように、国旗は初代国旗とほぼ同じものに戻され、国名もザイール共和国から再びコンゴ民主共和国となりました。2003年には青の濃さが薄く変更され、水色となっています。

その後も暫定政権が国家運営を担いましたが、反モブツの1点のみで連合していた各派は、目的を達成した途端にそれぞれが属する民族の権益確保と中央政府の実権掌握に向けて内戦に明け暮れ、国土は更に荒廃しました。現在も特に東部で深刻な紛争が続いており、特に豊富な天然資源の配分をめぐる対立が際立っていることから、「資源は呪い」という言葉もあるほど。

そんな中でも暫定政権は民政移管プロセスを進め、2006年に新憲法を制定。総選挙を通じて正統政府が発足したのに伴い、翌2007年1月1日より現国旗に移行しました。


コンゴ民主共和国
Republíki ya Kongó Demokratíki
(レプブリキ・ヤ・コンゴー・デモクラティキ)
Jamhuri ya Kidemokrasia ya Kongo
(ジャムフリ・ヤ・キデモクラシア・ヤ・コンゴ)
République démocratique du Congo
(レピュブリック・デモクラティック・デュ・コンゴ)
Democratic Republic of the Congo
(デモクラティック・リパブリック・オブ・ザ・コンゴゥ)


Map_of_the_Democratic_Republic_of_the_Congo.gif

統計データは原則として2015年時点のもの。

[地理]
位置:アフリカ
面積:約234.5万km² (日本の約6.2倍)
人口:約7125万人
都市人口率:42.5%
首都・最大都市:キンシャサ (リ:Kinsásá ス・仏・英:Kinshasa)
主要民族:黒人諸民族が大半。ルバ族、モンゴ族、コンゴ族を中心
       とするバントゥー系部族が約8割を占める。他にナイル系、
       スーダン系、ピグミー系など、約250の部族が存在する。
主要言語:フランス語が公用語だが、理解率は人口の3割程度で、
       一般国民にとってはある程度の教育を受けられるエリー
       ト層の言語に過ぎない。代わりに首都キンシャサなどの
       西部ではアフリカ中央部の共通商業語であるリンガラ語、
       東部では東アフリカの共通語であるスワヒリ語が各民族
       をまたぐ言語として広く用いられる。ただし国民のほとん
       どはコンゴ語、ルバ語など自らが属する部族の固有言語
       を母語としている。総言語数は200以上。
主要宗教:キリスト教69%
        ローマ・カトリック教会37%
        コンゴ・キリスト教会(国内のプロテスタント諸派の連合体)32%
       イスラム教12%
        スンナ派6%
        特定の宗派に属さない4%
        シーア派1%
        極少数のアフマディーヤ教団も存在。
       キンバンギズム(注1)10%
       無宗教4%
       伝統宗教(各部族固有の精霊信仰)3%
       少数のバハーイー教、ヒンドゥー教など。

[政治・軍事]
独立:1960年6月30日
国連加盟:1960年9月20日
政治体制:共和制、半大統領制
元首:大統領
    直接選挙制、任期5年、3選禁止。
政府:内閣
    大統領が下院最大会派の指導者を首相に任命。
    他の閣僚は首相との協議に基づき、大統領が任命。
議会:二院制の国会
    ●元老院(上院)
     108議席。国家を構成する25州の議会が4名ずつ、
     州と同格の首都キンシャサの市議会が8名を選出。
     任期5年。
    ●国民議会(下院)
     500議席。直接選挙制(小選挙区比例代表並立制)。任期5年。
     439議席は比例代表で、61議席は小選挙区で選出される。
政党制:多党制
国政選挙権:18歳以上の国民全て
兵役制度:志願制
国防費:4億9100万米ドル
軍組織:コンゴ民主共和国軍
     陸軍10万3000人
     海軍6700人
     空軍2600人
     共和国防衛隊8000人

[経済・通信・その他]
中央銀行:コンゴ中央銀行
通貨:コンゴ・フラン (franc, CDF)
国内総生産(GDP):352億3800万米ドル
1人当たりGDP:455米ドル
GDP構成比:農林水産業20.3%
        鉱工業33.5%
        サービス業46.2%
労働人口:不明 (3000~4000万人と推計される)
失業率:不明 (5~10%と推計される)
輸出額:103億5000万米ドル
輸出品:銅鉱と精錬銅、コバルト鉱と精錬コバルト、ダイヤ原石、木材、原油、錫鉱
輸出先:中国44%、ザンビア25%、サウジアラビア6%、韓国5%、ベルギー5%
輸入額:104億6000万米ドル
輸入品:機械類、医薬品、鉄鋼、精製石油、自動車、衣類、穀物、砂糖、履物
輸入元:中国21%、南アフリカ17%、ザンビア12%、ベルギー7%、ジンバブエ5%
固定電話回線数:5万9000回線
携帯電話回線数:3775万3000回線
国別電話番号:243
ccTLD:.cd
インターネット利用者数:約310万人
車両通行:右側通行
平均寿命:57.4歳 (男性55.8歳、女性58.9歳)

[日本との関係]
国交樹立:1960年6月30日
相手公館:大使館 (東京)
駐日相手国人数:431人 (永住者126人、特別永住者2人)
相手輸出額:1080万米ドル
相手輸出品:木材、精錬銅、コーヒー豆、金、魚介類
日本公館:大使館 (キンシャサ)
在留日本人数:56人 (永住者10人)
日本輸出額:4420万米ドル
日本輸出品:自動車、化学繊維、ゴム製品、二輪車、機械類、鉄鋼、米
現行条約:1970年 貿易取極

(注1)
コンゴ古来の伝統宗教とキリスト教が融合したこの国独自の宗教。キンバング教会とも呼ばれ、ベルギー領時代にシモン・キンバングが設立した。土着の精霊信仰の影響が強いが、キリスト教の思想系統も受容しているため、資料によってはキリスト教徒に含む場合もある。


《国歌「立ち上がれ、コンゴ人よ」》
制定:1960年 (1971年廃止、1997年復活)
作曲:ジョゼフ・ルトゥンバ
作詞:シモン=ピエール・ボカ

立ち上がれ、コンゴ人よ。
団結は運命だ。
独立闘争の中で団結し、長らく垂れていた頭を上げよう。
そして今、善きことのために、平和裏に跳躍しよう。
おお、熱烈なる民よ。
労働によって建てよう。
平和の中で、かつてより素晴らしい国を。

《国名の由来》
14世紀末から19世紀末までこの地に存在したコンゴ王国に由来。ただし、現在のコンゴのスペルはCongoだが、旧王国のコンゴはKongoと書く(リンガラ語、スワヒリ語など土着の言語では、現在もKongoと書く)。コンゴとはバントゥー系の言葉で「山」を表す。その名の通り、旧王国の領域には山がちな地形が多かった。

隣国コンゴ共和国との対比から公式国名で書かれることが多く、略す場合でも首都名を付してCongo-Kinshasaや政体名の頭文字をとったDR Congoなど、混同を防ぐ表記が成される。

1971年から1997年までの旧称ザイールは、当時独裁的権力を握っていたモブツ大統領が定めた名称で、最大民族コンゴ族の言葉で「川を飲み込む川」を意味するNzereが語源とされる。国内を流れ、多くの支流を持つ大河コンゴ川のことを指す名称だが、モブツ政権下ではこの川もザイール川と呼ばれた。

旧国名
1960-
1964
 コンゴ共和国
(リ)Republíki ya Kongó (レプブリキ・ヤ・コンゴー)
(ス)Jamhuri ya Kongo (ジャムフリ・ヤ・コンゴ)
(仏)République du Congo (レピュブリック・デュ・コンゴ)
(英)Republic of the Congo (リパブリック・オブ・ザ・コンゴゥ)
1964-
1971
 コンゴ民主共和国
(リ)Republíki ya Kongó Demokratíki
(ス)Jamhuri ya Kidemokrasia ya Kongo
(仏)République démocratique du Congo
(英)Democratic Republic of the Congo
1971-
1997
 ザイール共和国
(リ)Republiki ya Zaïre (レプブリキ・ヤ・ザイーレ)
(ス)Jamhuri ya Zaire (ジャムフリ・ヤ・ザイーレ)
(仏)République du Zaïre (レピュブリック・デュ・ザイール)
(英)Republic of Zaire (リパブリック・オブ・ザイーア)

コメント

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ザイールってもうないんですか? ドラえもんの映画で聞き覚えあるんですけど。

Re: タイトルなし

>ぶっぱさん

はい、もう無いんですよ。1997年、反政府勢力が当時の政権を打倒したことによってザイール共和国からコンゴ民主共和国に名前が変わっちゃいました。隣のコンゴ共和国とややこしくなってしまいましたねぇ。

ザイールが舞台のドラえもんの映画は大魔境でしたっけ? 犬のペコが出てくるやつですよね。子供の頃、友達に借りたビデオで何度か見てました。映画版のジャイアンは大抵は男気溢れる武闘派ですが、その中でも特に好きでしたね。敵地に向かうペコについてこないように言われても、彼は率先してついていきましたし。
プロフィール

嫁ドリル

Author:嫁ドリル
国旗と酒をこよなく愛する関西女。
カイロ、ドバイ、カルガリー駐在員を経て、現在は関東で働きながら旦那と1女1男の4人暮らし中。

国旗に関しては、まずは基礎知識カテゴリを熟読して下さい。

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