コンゴ共和国

コンゴ
Kongó (コンゴー) (リンガラ語)
Congo (コンゴ) (フランス語)
Congo (コンゴゥ) (英語)

Congo-Brazzaville.png

アフリカ大陸の中部には、周辺に高原や山地を、内部に高温多湿な熱帯雨林を抱える広大なコンゴ盆地が広がっています。盆地全体の面積は日本のおよそ10倍に相当し、豊かな生態系が育まれた地勢が特徴で、人類も古代から作物の生産に適したこの地域を生活拠点としてきました。そのうち部族社会も形成され、14世紀末になるとルケニ・ルア・ミニという人物がバントゥー系コンゴ族を率い、高度に組織化されたコンゴ王国という巨大な交易国家を建国。盆地の西部を中心に一大勢力を築きます。しかし15世紀、大航海時代に入ったヨーロッパ諸国(特にポルトガル)が進出し、コンゴ王国は瞬く間に奴隷貿易の中心地とされたうえ、16世紀に入るとコンゴ王は遂にポルトガルに従属。王国は形だけのものとなっていきました。それでも何とか独立を回復しようという動きは続けられ、1640年代には一時的な中興を実現したものの、20年余りで鎮圧。1885年にドイツのベルリンで開かれたアフリカ分割に関する会議で、王国の領土はフランス、ベルギー、ポルトガルによって分割されることが決定し、コンゴ王国は形式上も消滅。ヨーロッパ人による植民地支配がスタートしました。

王国の旧領土は南部がポルトガル、中・東部がベルギー、西部がフランスの植民地となりましたが、これはそれぞれ現在のアンゴラコンゴ民主共和国コンゴ共和国に相当します。うちフランス領コンゴは近隣のガボン、ウバンギ=シャリ(現中央アフリカ)、チャドと共にフランス領赤道アフリカを構成する4地域の1つとなり、最大都市ブラザヴィルが赤道アフリカ全体の首都に選ばれるなど、フランスのアフリカ中部に対する支配拠点となりました。しかしその一方で独立を求める動きも第二次大戦後に噴出し、1958年には植民地の維持に固執していたフランスも路線を転換。これによりまず赤道アフリカが解体され、それぞれの地域は自治共和国に昇格。独立に向けた準備が進められ、2年後の1960年には4つの自治共和国全てが正式な独立を達成しました。独立後の政情は決して穏当なものではありませんでしたが、それでも豊富な石油資源と熱帯雨林を抱えるこの国は、高い失業率に悩まされつつも、鉱業と林業を主軸に成長を見せており、また伝統的に子供への教育を重んじる国民性もあって識字率が80%を超えるなど、経済・社会面では堅調な国家建設を維持しています。特に初等教育の充実は、貧困や紛争により公教育が維持出来なくなり、子ども達が満足に読み書きが出来ない状況にある場合も多いアフリカ諸国では珍しい成果であり、国家にとって大きな強みとなっています。

コンゴ共和国の国旗は1958年の自治共和国成立に伴い制定されました。緑、黄、赤の3色は、アフリカ最古の独立国と呼ばれるエチオピアの国旗に範をとった汎アフリカ色と呼ばれ、多くのアフリカ諸国が用いている配色です。また同時に、緑は平和と森林資源、黄は輝く未来と鉱物資源(特に石油)、赤は独立のために流された血、人間の尊厳、そして国民の情熱をそれぞれ表します。実はこの旗、1970年に当時の社会主義政権により一度廃止されていましたが、1991年の民主化に伴い復活した経歴を持っています(国歌も同様)。詳しくは下記の旧国旗をご覧ください。

縦横比:2対3

【旧国旗】
Congo_under_the_socialist_regime_(1970-1991).png
1960年の独立後、コンゴ共和国は初代大統領フルベール・ユールーのもとで新国家の建設を行っていました。しかしユールー政権は旧宗主国フランスの支援を後ろ盾に腐敗し、深刻な汚職や国民感情を無視した対外干渉が絶えなかったうえ、1963年には遂に一党独裁を導入しようと画策。これは国民の怒りを買い、同年中に民衆蜂起でユールーは亡命に追い込まれました。蜂起から政権崩壊までの期間はわずか3日で、後にこの出来事は「栄光の3日間」の名で国史に刻まれることになります。その後、左派色の強い軍事政権が発足しましたが、1969年に政権内での実権を掌握したマリアン・ングアビによりコンゴ労働党(PCT)が結成され、結局は一党制に基づく社会主義国家が成立。翌1970年には国名がコンゴ人民共和国と改称され、ソ連を模倣した強権的な国家体制が形作られていきました。

ングアビはソ連との密接な連帯により支援を獲得し、強権的な支配体制を敷きましたが、1977年に暗殺。その後のPCT内の政争に勝利したドニ・サスンゲソが1979年に大統領に就任し、社会主義と一党制を堅持しながらも徐々に締め付けを緩和する方針を打ち出しました。また、1980年代後半になるとソ連・東欧の社会主義圏が混乱し、有力な支援元を失ったため、これ以上の長期政権の維持は不可能と判断したサスンゲソは、1991年に複数政党制の導入を決定。国名もコンゴ共和国に戻し、翌1992年には民主的な大統領選を実施し、野党候補の勝利によってPCTはようやく下野しました。ちなみに、このような流れによって国民や国際社会から一定の評価を得たサスンゲソですが、その後心変わりしたのか、前述の大統領選によって成立した新政権に反旗を翻し、内戦の末、1997年にこれを打倒。PCTを率いて再び大統領に返り咲き、2016年現在も在職中です。さすがに複数政党制は形だけながらも維持されていますが、その実態はPCTの一党支配と変わり無く、公正な選挙が行われているとは言い難いのが実情とのこと。

国名がコンゴ人民共和国と改められた1970年、国旗もそれまでとは全く違う上記のような意匠に変更されました。赤は社会主義の象徴であると同時に独立のために流された血を表し、カントン部の国章は平和を表す椰子の葉、労働者と農民の象徴である槌と鍬、希望と社会主義圏の連帯を表す星で構成されています。この旗のデザインがソ連国旗を手本に作成されたのは明らかで、同国との結び付きの強さをうかがわせます。1991年に国名がコンゴ共和国に戻され、民主化が決定したのに伴い廃止。


コンゴ共和国
Republíki ya Kongó (レプブリキ・ヤ・コンゴー)
République du Congo (レピュブリック・デュ・コンゴ)
Republic of the Congo (リパブリック・オブ・ザ・コンゴゥ)

Map_of_the_Republic_of_the_Congo.gif

統計データは原則として2015年時点のもの。

[地理]
位置:アフリカ
面積:約34.2万km² (日本の約90%)
人口:約467万人
都市人口率:65.4%
首都・最大都市:ブラザヴィル (コ:Balazavile 仏・英:Brazzaville)
主要民族:黒人諸民族が9割以上。うちコンゴ族が半数を占める。
       他にテケ、ンボチ、ンベデ、プヌ、サンガなど約60部族。
       極少数の白人(ほとんどがフランス人)、中国系など。
主要言語:フランス語が公用語だが、政府機関や高等教育などの
       公共性の高い場で用いられる程度で、大多数の国民は
       高等教育を受けられるエリート層の言語と見なしている。
       代わってアフリカ中部の共通商業語であるリンガラ語が、
       民族をまたぐ言語として広く使用される。ただしいずれの
       言語も教育課程の中で後から習得する言語であり、国民
       の大半はコンゴ語など、自らの属する各民族語を母語とし
       ている。
主要宗教:キリスト教77%
        ローマ・カトリック教会33%
        福音派22%
        福音派以外のプロテスタント諸派20%など。
       無宗教11%
       イスラム教1~2%
       キンバンギズム(注1)1~2%
       少数の伝統宗教(各民族固有の精霊信仰)など。

[政治・経済]
独立:1958年11月28日(自治国)、1960年8月15日(完全独立)
国連加盟:1960年9月20日
政治体制:共和制、大統領制
元首:大統領
    直接選挙制、任期5年、4選禁止(注2)。
政府:閣僚評議会(内閣に相当)
    首相と閣僚は大統領が任命。
議会:二院制の国会
    ●元老院(上院)
     72議席。国家を構成する12州の議会が6名ずつ選出。任期6年。
    ●国民議会(下院)
     139議席。直接選挙制(小選挙区制)。任期5年。
政党制:コンゴ労働党による一党優位制
     (形式上は多党制)
国政選挙権:18歳以上の国民全て
兵役制度:志願制
国防費:4億8700万米ドル
軍組織:コンゴ共和国軍
     陸軍8000人
     海軍800人
     空軍1200人

[経済・通信・その他]
中央銀行:中部アフリカ諸国銀行 (注1)
通貨:CFAフラン (franc, XAF, 注2)
国内総生産(GDP):141億7700万米ドル
1人当たりGDP:1851米ドル
GDP構成比:農林水産業4.9%
        鉱工業68.8%
        サービス業26.3%
労働人口:不明 (280~300万人と推計される)
失業率:不明 (35~50%と推計される)
輸出額:52億3100万米ドル
輸出品:原油が7割、他に精錬銅、木材、精製石油、錫鉱
輸出先:中国42%、イタリア17%、米国5%、インド5%、ポルトガル4%
輸入額:39億3400万米ドル
輸入品:機械類、船舶、鉄鋼、自動車、医薬品、パーム油、肉類、衣類、魚介類
輸入元:中国20%、フランス14%、韓国10%、米国5%、英国4%
固定電話回線数:1万7000回線
携帯電話回線数:521万6000回線
国別電話番号:242
ccTLD:.cg
インターネット利用者数:約38万人
車両通行:右側通行
平均寿命:59.4歳 (男性58.1歳、女性60.6歳)

[日本との関係]
国交樹立:1960年8月18日
相手公館:大使館 (東京)
駐日相手国人数:27人 (永住者6人)
相手輸出額:141万米ドル
相手輸出品:木材が8割、他に精錬銅、魚介類、コーヒー豆
日本公館:無し (駐コンゴ民主共和国大使館が兼轄)
在留日本人数:3人 (永住者1人)
日本輸出額:1050万米ドル
日本輸出品:鉄鋼が6割、他にゴム製品、二輪車、自動車、機械類
現行条約:1975年 貿易取極

(注1)
コンゴ古来の伝統宗教とキリスト教が融合したこの国独自の宗教。キンバング教会とも呼ばれ、ベルギー領時代にシモン・キンバングが設立した。土着の精霊信仰の影響が強いが、キリスト教の思想系統も受容しているため、資料によってはキリスト教徒に含む場合もある。

(注2)
2015年10月の憲法改正により、それまで「任期7年、2期まで(3選禁止)」とされていた大統領の任期が、「任期5年、3期まで(4選禁止)」と改められた。現大統領のドニ・サスンゲソは1997年に内戦に勝利したことで政権を掌握し、5年間の暫定統治期間を経て、2002年の大統領選で正式に1期目をスタートさせたが、以前の憲法規定では、サスンゲソ大統領の任期は長くても14年後の2016年までのはずだった。しかしこの改正により、2016年3月の大統領選にも出馬することが可能となり、実際に過半数の得票で当選。2021年までの在職が保障されることとなった。

また同時に、この憲法改正によって2009年以来廃止されていた首相職の復活が規定された(改正時点では形式上存在するだけで実際は空席となっていた役職であり、サスンゲソが前述の大統領選に当選し、3期目をスタートさせた直後の2016年4月になって、ようやくクレメント・ムアンバという人物が首相に任命された)。

(注2)
アフリカの中部・西部には独自通貨を持たない国が多く、代わってCFAフランが共通通貨として広く流通している。CFAフランはかつてはフランス・フランと、現在はユーロ(euro, EUR)との固定相場制を採っており、1ユーロ=655.957CFAフランとなっている。なお、CFAはフランス語に基づきセーファーと発音される。

CFAフランは西アフリカ諸国中央銀行発行のもの(コードはXOF)と中部アフリカ諸国銀行発行のもの(同XAF)に分かれるが、双方ともに通貨価値は同じである。ただし相互に混合流通しているわけではなく、国際法上はあくまで別通貨扱いで、CFAフラン導入国はいずれかの銀行が発行する貨幣のうち、どちらかを選択して自国通貨に指定する形態をとる。貨幣のデザインも双方で異なり、印字された銀行名で区別される。


《国歌「ラ・コンゴレーズ (コンゴの歌)」》
制定:1959年 (1969年廃止、1991年復活)
作曲:ジャン・ロワイエ/ジョゼフ・スパディリエール
作詞:ジャック・トンドラ/ジョルジュ・キバンギ

この日、陽が昇り、我らのコンゴが輝きをまとう。
長き夜は終わり、偉大なる幸福がおとずれた。
歓喜と共に、皆で自由の歌を歌おう。

立ち上がれ、誇り高き全てのコンゴ人よ。
国家の団結を呼びかけよう。
我らを分け隔てたものなど忘れ去り、
より結束を高めよう。
我らの標語のもとで生きよう。
「統一、労働、進歩」
我らの標語のもとで生きよう。
「統一、労働、進歩」

《国名の由来》
14世紀末から19世紀末までこの地に存在したコンゴ王国に由来。ただし、現在のコンゴのスペルはCongoだが、旧王国のコンゴはKongoと書く(リンガラ語などの土着言語では現在もKongo)。コンゴとはバントゥー系の言葉で「山」を表す。その名の通り、旧王国の領域には山がちな地形が多かった。

隣国コンゴ民主共和国との対比から公式国名で書かれることが多く、略す場合でも首都名を付してCongo-Brazzavilleなど、混同を防ぐ表記が成される。

旧国名
1958-
1970
 コンゴ共和国
(リ)Republíki ya Kongó
(仏)République du Congo
(英)Republic of the Congo
1970-
1992
 コンゴ人民共和国
(リ)Republiki ya bato ya Kongó
  (レプブリキ・ヤ・バト・ヤ・コンゴー)
(仏)République populaire du Congo
  (レピュブリック・ポピュレール・デュ・コンゴ)
(英)People's Republic of the Congo
  (ピーポゥズ・リパブリック・オブ・ザ・コンゴゥ)

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プロフィール

嫁ドリル

Author:嫁ドリル
国旗と酒をこよなく愛する関西女。
カイロ、ドバイ、カルガリー駐在員を経て、現在は関東で働きながら旦那と1女1男の4人暮らし中。

国旗に関しては、まずは基礎知識カテゴリを熟読して下さい。

ツイッターやってます。基本的に更新情報はここでつぶやいてます。

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