オマーン

オマーン
عمان (ウマーン) (アラビア語)
Oman (オゥマーン) (英語)

Flag_of_Oman.png

西アジアのオマーンは、世界最大の半島であるアラビア半島に位置する産油国です。首都マスカットを含む本土は同半島の南東部にありますが、アラブ首長国連邦(UAE)を挟んでいくつかの飛び地も有し、中でも最北端にあるムサンダム地区は石油の輸出航路として重要なホルムズ海峡と面しています。また、南部のサラーラも中東とインド、更にはアフリカを結ぶ主要な港湾都市であり、オマーンは全体的に国際交通の要衝としての性質が強い国と言えます。それは国民性にも表れており、隣国にサウジアラビアやイラン、イエメンといったイスラムの教義に厳格な国が多い中で、オマーンの戒律はイバード派という独特な穏健的イスラムに則しているためそれほど厳しくなく、後述する大海洋帝国としての歴史も相まって、外国人を受け入れやすい土壌と言えます。

オマーンは8世紀頃に建国されたと伝えられており、古くから多くのオマーン船がインド洋沿岸の各地で商業活動を行っていました。16世紀初めにはマスカット(現在の首都)など沿岸の港湾都市をポルトガルに占領される事態が発生したものの、同世紀半ばには追放し、勢力を拡大。17世紀半ばに東アフリカのザンジバル(現タンザニア領)を得て、香料や象牙の一大産地として莫大な富を獲得しています。最盛期に当たる1832年にはサイード大王のもとでザンジバルに遷都し、アラビア半島から東アフリカを勢力圏とする大海洋帝国が築かれました。しかし1856年に大王が死去すると、後継争いからザンジバルはオマーンから分離し、交易は大幅に縮小。残された本土もスエズ運河の開通や、帆船から蒸気船へと移行といった時代の流れに取り残され、急速に衰退していきます。1891年にはイギリスの保護国となり、独自の王朝を維持しながらも事実上の鎖国を開始。この状況は1970年にカブース皇太子が宮廷クーデターで保守的な父王を追放するまで、約80年間続きました。その後、自ら国王に即位したカブースは強力なリーダーシップでオマーンを改革・開放路線へとシフトさせ、翌1971年10月には国連に加盟。これを皮切りに保護国から主権国家への脱皮を加速させ、同年12月には遂に独立を回復しました。以来、オマーンは現在に至るまで諸外国との友好関係構築に努めながら、カリスマ的な指導者となったカブース国王のもとで、豊富な石油資源をテコに経済成長と国家の近代化を進めています。

鎖国期のオマーンの国旗は、アラビアの君主の伝統色である赤一色の旗でしたが、開放路線に転じた1970年に全面的な変更が加えられ、現国旗が制定されました。国旗のカントン部には、オマーンの伝統的な短剣カンジャルと2本の太刀を重ねた国章が配されています。これは国王(スルタン)の権威の象徴です。赤はアラビアの君主の伝統色であると同時に外敵からの防衛を、白はイスラム教の指導者(イマーム)および平和を、緑は農作物と山がちな国土、そして繁栄をそれぞれ表します。1985年に国章が若干変更され、1995年にはそれまで白、緑より太かった赤が等分幅になり、更に縦横比も2対3から1対2とされるといったマイナーチェンジを経て、現在に至ります。

縦横比:1対2

【旧国旗】
Former OMA
前述したように、赤一色の国旗です。17世紀から使われていました。当時の国名は首都名との合成地名でマスカット・オマーン。1970年の宮廷クーデターで鎖国政策が廃止されたのに伴い、国名も国旗も現在のものになりました。


オマーン・スルタン国 (オマーン国)
سلطنة عمان (サルタナット・ウマーン)
Sultanate of Oman (スルタネイト・オブ・オゥマーン)

Map_of_Oman.gif

統計データは原則として2015年時点のもの。

[地理]
位置:アジア
面積:約31.0万km² (日本の約82%)
人口:約416万人
都市人口率:77.6%
首都・最大都市:マスカット(ア:مسقط‎‎ 英:Muscat)
主要民族:オマーン国籍56%
        アラブ人がほとんど。南東部に極少数だが、アラブ化以前
        から住む南アラビア先住民の諸部族が存在する。
       外国籍44%
        インド人26%
        バングラデシュ人6%
        パキスタン人5%
        エジプト人2%
        インドネシア人1~2%
        フィリピン人1%など
主要言語:アラビア語が公用語で、ほとんどの国民が母語として使用して
       いる。南東部ではマフラ語、シャフラ語、クムザール語といった
       南アラビア先住民系の言語も話されるが、使用規模は小さい。
       外国人労働者はバローチ語やウルドゥー語など自らの母語を
       持つため、都市部では英語が民族や国籍をまたぐ共通語とし
       て用いられる。
主要宗教:イスラム教95%
        イバード派(国教)55%
        スンナ派45%
        シーア派4%
       オマーン国籍者のほとんどはイバード派を信仰。
       他に少数のヒンドゥー教、キリスト教、シク教など。

[政治・軍事]
建国:751年(王朝設立)、1971年12月2日(主権国家化)
国連加盟:1971年10月7日
政治体制:立憲君主制、国王に実権
元首:国王(スルタン)
    サイード家(ブーサイード朝)による世襲制。
    原則として終身制。
政府:閣僚評議会
    首相は国王が兼任、閣僚は国王が任命。
議会:二院制のオマーン評議会
    ●国家評議会(上院)
     83議席。国王による任命制。任期は無く、欠員が出る度に適宜
     補充される。国王の施策に対する助言機関としての権限のみ持
     ち、立法権は行使しない。
    ●諮問評議会(下院)
     84議席。直接選挙制で、国家を構成する61県のうち、人口が3
     万人以上の県には2議席が、それ以下の県には1議席が与えら
     れる。任期4年。通常の立法行程にはこちらが関わるが、法案の
     最終的な裁可と施行は国王が担う。
     ※なお、オマーンの最高行政区画は11の州であり、県は州の下
      に属する第二級行政区画である。
政党制:無党制(政党禁止)
国政選挙権:21歳以上の国民全て(軍人を除く)
兵役制度:志願制
国防費:93億4300万米ドル
軍組織:オマーン王の軍(通称、オマーン軍)
     陸軍2万5000人
     海軍4200人
     空軍5000人
     王室近衛隊6400人

[経済・通信・その他]
中央銀行:オマーン中央銀行
通貨:オマーン・リアル(rial, OMR)
国内総生産(GDP):702億5500万米ドル
1人当たりGDP:1万5647米ドル
GDP構成比:農林水産業1.4%
        鉱工業52.0%
        サービス業46.6%
労働人口:222万人 (うち80%は外国人労働者)
失業率:7.2%
輸出額:344億3000万米ドル
輸出品:約半分が原油、他に天然ガス、精製石油、有機化合物、アルミ製品
輸出先:中国35%、UAE15%、韓国8%、サウジアラビア6%、日本5%
輸入額:282億7000万米ドル
輸入品:機械類、自動車、精製石油、鉄鉱石、鉄鋼、医薬品、宝飾品、穀物
輸入元:UAE30%、日本13%、米国8%、中国7%、インド6%
固定電話回線数:43万5000回線
携帯電話回線数:664万7000回線
国別電話番号:968
ccTLD:.om
インターネット利用者数:約331万人
車両通行:右側通行
平均寿命:75.5歳 (男性73.5歳、女性77.5歳)

[日本との関係]
国交樹立:1972年5月
相手公館:大使館 (東京)
駐日相手国人数:61人 (永住者1人)
相手輸出額:17億7000万米ドル
相手輸出品:6割が天然ガス、3割が原油、他に有機化合物とアルミ製品
日本公館:大使館 (マスカット)
在留日本人数:144人 (永住者無し)
日本輸出額:37億8300万米ドル
日本輸出品:自動車と部品、ゴム製品、鉄鋼、機械類、石材、化学薬品
現行条約:1998年 航空協定
       2014年 租税条約


《国歌「国王(スルタン)の賛歌」》
制定:1970年 (1996年一部改定)
作曲:不明 (保護国時代にイギリス海軍の軍楽隊が作曲したとされる)
作詞:ラシード・ビン・ウザイーズ・アル=フサイディ

おお、神(アッラー)よ。
我らが国王(スルタン)陛下を護りたまえ。
名誉と平和に包まれしこの地の民を護りたまえ。

陛下に末永い命、強さ、加護が与えられ、
そのご指導が讃えられんことを。
陛下のため、我らは命を投げうつ。
陛下に末永い命、強さ、加護が与えられ、
そのご指導が讃えられんことを。
陛下のため、我らは命を投げうつ。

おお、オマーン。
預言者(ムハンマド)の時代から、
我らは貴きアラブ人の中で最も献身的だった。
喜べ! 天国の祝福を身にまとい、カブースが来てくれた。
彼を我らの祈りの守護者として、心から推戴しよう。

《国名の由来》
アラビア語ではعمان(ウマーン)と表記される。この言葉は古アラビア語で「滞在地」を表すというのが有力な説だが、その語源は紀元前2世紀にもさかのぼるとされる大変古いものであり、由来についても諸説ある。

ちなみに首都マスカットは、葡萄の品種であるマスカットとは語源が異なる。確かにどちらもMuscatと表記されるものの、前者はアラビア語で「最良の港」を表す言葉で、後者はジャコウジカの腹部からとられる香料「ムスク」を由来とする。ムスクは後に、強く良い香りを放つものに対して冠される言葉となり、マスカットのほか、マスクメロンのマスクなどもこれに由来する。

旧国名
1871-
1970
 マスカット・オマーン・スルタン国
(ア)سلطنة مسقط وعمان (サルタナット・マスカット・ワ・ウマーン)
(英)Sultanate of Muscat and Oman
  (スルタネイト・オブ・マスカット・エンドゥ・オゥマーン)

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嫁ドリル

Author:嫁ドリル
国旗と酒をこよなく愛する関西女。
カイロ、ドバイ、カルガリー駐在員を経て、現在は関東で働きながら旦那と1女1男の4人暮らし中。

国旗に関しては、まずは基礎知識カテゴリを熟読して下さい。

ツイッターやってます。基本的に更新情報はここでつぶやいてます。

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