クロアチア

クロアチア
Hrvatska (クロアチア語)
Croatia (英語)

Flag_of_Croatia.png

クロアチアはヨーロッパ南東部のバルカン半島に位置し、平仮名の「く」のような形をした細長い領土を持つ国です。かつては連邦国家ユーゴスラビアを構成する6共和国の1つでしたが、1991年に単独で独立しました。美しいアドリア海に面する長い海岸線と伝統的な街並み、地中海性の温暖な気候、そしてヨーロッパ諸国から気軽に行ける距離という強みを生かし、多くの外国人が訪れる観光リゾート地として存在感を発揮しているほか、旧ユーゴ時代に工業化が急ピッチで進められた結果、今では東欧屈指の先進工業地域として知られています。2013年7月にはヨーロッパ連合(EU)にも正式加盟を果たしました。EU諸国の中でもとりわけ対岸のイタリアとは密接な関係にあり、観光・貿易共に強い結び付きを持っていますが、これは両国の近さもさることながら、キリスト教各派の中でもカトリック信仰を共有しており、精神的な紐帯が強いことと無関係ではないでしょう。ちなみに男性の仕事着に欠かせないネクタイは17世紀頃にこの地で生まれたとされるほか、ディズニー映画「101匹わんちゃん」で有名になったダルメシアンも、クロアチア南部のダルマチア地方原産の犬種です。

この地は15世紀からオスマン帝国、18世紀からはオーストリア=ハンガリー二重帝国の支配を受けていましたが、第一次大戦後の1918年にセルビアの主導で単一の王国を結成しました。この王国は1929年に「南スラヴ人の国」を意味するユーゴスラビア王国と命名されましたが、政治の実権は最大民族であるセルビア人が握っており、少数民族にとっては不満が多い体制でした。中でも伝統的にセルビア人とライバル関係にあったクロアチア人の反発は大きく、第二次大戦中の1939年に政府はクロアチア自治州を設置して離反を防ごうとしましたが、1941年には南下してきたナチス・ドイツの支援でクロアチア独立国という傀儡国家が樹立され、セルビア人に対する迫害・虐殺を行っています(セルビア側も似たようなことはしていましたけどね)。戦後、ユーゴはカリスマ指導者ヨシップ・ブロズ・チトーが率いる連邦国家となり、社会主義体制のもとでクロアチアもこれを構成する6共和国の1つとなったものの、今度は先進工業地域である連邦北部の共和国が生み出した富が、貧しい農村地帯である南部の共和国の補助に充てられるのは不公平と主張します。それでもチトー政権下では、巧みなバランス感覚に基づく政策もあってなんとか情勢は落ち着いていたものの、1980年のチトー死去に伴い、一気に不満が爆発。かねてからのセルビアに対する反発も相まって、連邦の維持は非常に困難なものとなりました。結局、1991年にクロアチアは一方的に独立を宣言し、これを認めないユーゴ連邦軍(事実上のセルビア軍)と激しい戦闘を繰り広げましたが、国連を含む国際社会は翌1992年にクロアチアを承認し、独立は既成事実化されました。両国はその後も紛争を続けたものの、国際社会に裏打ちされた情勢が覆ることはなく、1995年には和平に至っています。

クロアチアの国旗は、ユーゴからの独立を宣言した1991年に制定されました。赤、白、青の配色は汎スラヴ色と呼ばれ、スラヴ系民族の多く住む国によく用いられる配色です。汎スラヴ色を使った国旗のほとんどはそれぞれの配色に個別の意味付けをしておらず、単にスラヴの盟主であるロシアの国旗がこの配色を使っていたことから、スラヴ系民族の連帯を表す色として受け入れた歴史があります。しかしクロアチアの場合は例外的に、赤は独立のために流された血、白は輝く光明、青は澄み渡る青空と美しい海と解釈される場合もあります。一方、中央には国章が置かれており、とりわけ目立つ意匠として「シャホヴニツァ」と呼ばれる赤と白のチェック柄が配されていますが、これは10世紀に一時的ながらクロアチアを独立させて国王の座についたトミスラヴ1世が制定したという模様で、今ではクロアチア人の民族的なシンボルとして愛されています(例:サッカーのクロアチア代表のユニフォームなど)。その上部には現代のクロアチア共和国を構成する5地域(左から中央クロアチア、最南端の飛び地ドゥブロヴニク、南部のダルマチア、西部のイストリア、東部のスラヴォニア)の独自の意匠が並んでいます。

縦横比:1対2

【旧国旗】
IndCroatia.png
1941-1945年の一時期成立したクロアチア独立国の国旗です。汎スラヴ色とチェック柄のほか、ホイスト側上部には独立を主導した民族主義組織ウスタシャのロゴが入っています。

第一次大戦後に成立したユーゴスラビア王国の一部となっていたクロアチアは、長らく政治の中心を握るセルビア人への反感を覚えていました。ウスタシャは、ナチス・ドイツがユーゴに侵攻した1941年の混乱に乗じてクロアチア独立国の建国を宣言し、ナチス・ドイツの体制を模倣した独裁的な国家体制を構築します。その領土は現在のクロアチア領に加えてボスニア・ヘルツェゴビナも内包した大きなものでした。

しかし第二次大戦で支援元であるドイツの敗色が濃厚となると、程なくしてクロアチア独立国は解体。クロアチアは再びユーゴの一部に復帰しました。

Socialist_Croatia.png
第二次大戦後、ユーゴはヨシップ・ブロズ・チトー率いる社会主義連邦国家となり、クロアチアは連邦を構成する1共和国に再編。各共和国は連邦旗のほかに独自の共和国旗を制定する権利を持っており、クロアチアは連邦旗の赤と青の配色を逆にした共和国旗を作成しました。

しかし1980年にチトーが死去すると徐々に連邦内の各民族の間で分離主義が台頭し、クロアチアでも1990年にチェック柄を使用した現在の国旗へと移行しました。翌1991年、クロアチアはユーゴからの独立を宣言し、1995年までセルビア中心のユーゴ連邦軍と激しい戦闘を繰り広げ、独立を勝ち取りました。


クロアチア共和国
Republika Hrvatska
Republic of Croatia

Map_of_Croatia_.gif

統計データは原則として2016年時点のもの。

[地理]
位置:ヨーロッパ
面積:約5.7万km² (九州の約1.5倍)
人口:約415万人
都市人口率:59.6%
首都・最大都市:ザグレブ (ク・英:Zagreb)
民族:クロアチア人90%
   セルビア人4%
   ボシュニャク人1%
   他に少数のイタリア人、アルバニア人、ロマ人など。
言語:クロアチア語が公用語で、国民のほとんどが母語として使用
   する。少数民族言語としてはセルビア語、ボシュニャク語、
   イタリア語などが話され、一部地域ではクロアチア語と併用
   という制限下ながら、公的な場での使用が認められる。
宗教:キリスト教93%
    ローマ・カトリック教会86%
    正教会4%
    他にプロテスタント諸派など。
   無宗教6%
   イスラム教1%

[政治・軍事]
独立:1991年6月25日
国連加盟:1992年5月22日
政治体制:共和制、議院内閣制
元首:大統領
   直接選挙制、任期5年、3選禁止。
政府:閣僚評議会(内閣に相当)
   大統領が議会最大会派の指導者を首相に任命。
   他の閣僚は首相が任命。
議会:一院制の国会
   151議席。直接選挙制(比例代表制)。任期4年。
政党制:クロアチア社会民主党とクロアチア民主同盟による緩やか
    な二大政党制。
国政選挙権:18歳以上の国民全て
兵役制度:志願制
国防費:8億3500万米ドル (2012年)
軍組織:クロアチア共和国軍
    陸軍1万6000人
    海軍1400人
    空軍1500人 (防空部隊を含む)

[経済・エネルギー]
中央銀行:クロアチア国立銀行
通貨:クーナ (kuna, HRK)
国内総生産(GDP):504億2500万米ドル
1人当たりGDP:1万2091米ドル
GDP構成比:農林水産業4.0%
      鉱工業26.5%
      サービス業69.5%
労働人口:155万人
失業率:15.0%
輸出額:116億3000万米ドル
輸出品:機械類、精製石油、医薬品、有機化合物、鉄鋼、衣類、家具
輸出先:イタリア14%、スロベニア12%、ドイツ12%、ボスニア9%、オーストリア6%
輸入額:197億6000万米ドル
輸入品:機械類、原油、自動車、鉄鋼、精製石油、皮革、化学薬品、電力
輸入元:ドイツ16%、イタリア13%、スロベニア11%、オーストリア8%、ハンガリー7%
発電量:108億2000万kWh
    (火力46%、水力40%、再生可能エネルギー14%)
電力消費量:158億1000万kWh (1人当たり3810kWh)
電力輸出量:18億5800万kWh
電力輸入量:86億4000万kWh

[通信・その他]
固定電話回線数:143万6000回線
携帯電話回線数:441万4000回線
国別電話番号:385
ccTLD:.hr
インターネット利用者数:約313万人
車両通行:右側通行
平均寿命:76.2歳 (男性72.9歳、女性79.4歳)

[日本との関係]
国交樹立:1993年3月5日
相手公館:大使館 (東京)
駐日相手国人数:159人 (永住者34人)
相手輸出額:5800万米ドル
相手輸出品:7割が魚介類、他に衣類、木材、有機化合物、機械類
日本公館:大使館 (ザグレブ)
在留日本人数:146人 (永住者76人)
日本輸出額:3900万米ドル
日本輸出品:自動車、機械類、化学薬品、鉄鋼、ゴム製品、精密機器
現行条約:1996年 債務繰延取極
     (他に旧ユーゴと締結した通商航海条約、文化協定、科学
     技術協力協定、査証相互免除取極が旧構成国であるクロ
     アチアにも適用され、現在も有効とされる)


《国歌「我らの美しき故郷」》
制定:1972年
作曲:ヨシップ・ルニャニン
作詞:アントゥン・ミハノヴィッチ

我らの美しき故郷。
おお、親愛なる英雄の土地。
古(いにしえ)の栄光を持つ祖国が、
常に幸福であらんことを!
親愛なるそなたの栄光こそ、
我らが大切にしてきたただ一つのもの。
親愛なる平野よ、親愛なる山々よ。

《国名の由来》
クロアチア語ではHrvatska(フルヴァツカ)と表記される。由来は不詳だが、一説にはクロアチア人が元はアケメネス朝ペルシアの皇帝ダレイオス1世の石碑に記されたハラウヴァティ(Harauvati)という民族を祖先とし、それがHrvatiと変化して現在の名称となったという。ハラウヴァティは「豊かな水」の意。

英語名Croatia(クロエイチャ)は現在は「山の民」の意味だと解釈されているが、これも元はHrvatskaを語源としており、その形容詞Hrvat(フルヴァート)がCravat(クラヴァート)、Croat(クロアート)と段階的に転訛。それに地名を表す接尾語のiaが付いてCroatiaになったと考えられる。

旧国名
1941-
1945
 クロアチア独立国
(ク)Nezavisna Država Hrvatska
(英)Independent State of Croatia
1945-
1963
 クロアチア人民共和国
(ク)Narodna Republika Hrvatska
(英)People's Republic of Croatia
1963-
1990
 クロアチア社会主義共和国
(ク)Socijalistička Republika Hrvatska
(英)Socialist Republic of Croatia

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プロフィール

嫁ドリル

Author:嫁ドリル
国旗と酒をこよなく愛する関西女。
カイロ、ドバイ、カルガリー駐在員を経て、現在は関東で働きながら旦那と2女1男の5人暮らし中。

国旗に関しては、まずは基礎知識カテゴリを熟読して下さい。

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