ヘッセン

ヘッセン
Hessen (ドイツ語)
Hesse (英語)

Hesse.png

ヘッセン州はドイツ中西部に位置する内陸の州で、国際河川であるライン川に面し、その地形は全般的になだらかな丘と平野で構成されます。州都はラインラント=プファルツ州との州境に位置する温泉都市ヴィースバーデンですが、国際的には文豪ヨハン・ゲーテの出身地かつ世界有数の金融都市であるフランクフルトが有名で、ドイツの文化(特に若者向けのポップカルチャー)と経済の中心的存在となっています。一般にヨーロッパの大都市は、中世から続く伝統的な市街地を守るため、高層ビルが林立するビジネス地区を市の中心部から離れた郊外や衛星都市に置く場合が多いのですが、フランクフルトは市内に歴史的な旧市街と現代的な摩天楼が並存しています。しかし乱開発の犠牲になっているというわけではなく、綿密な区画分けにより景観を壊さないよう細心の注意が払われているため、両者が融合した独特な街並みは逆に好評を得ている模様です。日本では同名のソーセージの名産地として知られますね。

ヘッセンの地は北部のカッセル地方、南部のダルムシュタット地方に大別されます。両者は16世紀にヘッセン方伯領が相続により分割されて以来、独立した個別の領邦を形成し、時には路線対立から戦火を交えることもありました。1866年の普墺戦争では2地域ともオーストリアに味方し、隣接する軍事大国プロイセンと敵対しましたが、結果は敗北。北部は全域がヘッセン=ナッサウ州としてプロイセンに併合され、南部も領土の一部を割譲せざるを得ませんでした。その後、1871年にプロイセンの主導でドイツ帝国が成立すると、既に併合されていた北部はもちろんのこと、南部も帝国を構成する領邦の1つとなり、政治体制の変化を経て第二次大戦後の1946年に両者は統合。ここに、16世紀以来分裂していたヘッセンは再び1つの行政区画となり、現在のヘッセン州が成立したのです。

ヘッセンの旗は独立した領邦だった頃から既に用いられていたもので、1948年には正式に州旗として制定されました。東隣のチューリンゲン州の旗と非常に似たデザインですが、これは13世紀にヘッセン方伯が分離するまで、チューリンゲン方伯がこの地を支配していたためです。両者の分離は家系内の土地相続が原因で、もとは同じ一族であることから、そのシンボルたる旗や紋章も似た意匠となっているのです。要するに、両者の間には本家と分家程度の差しか無いんですね。既に君主制は廃止されたものの、そうした歴史的経緯から、現在まで両州は深い紐帯を維持しています。2州共同で運営されるヘッセン=チューリンゲン州立銀行(通称、ヘラバ)がその好例でしょうか。さすがにドイツが東西に分裂していた頃は、ヘッセンが西ドイツ、チューリンゲンが東ドイツに属したため、交流はほとんど断たれていたようですけどね。また、中央の紋章はヘッセン州政府が公式な場で使う専用旗に付されるもので、民間用の旗では省かれます。

縦横比:3対5


ヘッセン州
Land Hessen
State of Hesse


Location_of_Hesse.png

面積:約2.1万km² (ドイツ全土の約5.91%)
人口:約608万人 (2011年推計)
州都:ヴィースバーデン (Wiesbaden)
最大都市:フランクフルト (Frankfurt, 注1)

(注1)
ドイツにはフランクフルトという街が2つあるため、こちらの街は区別のためにフランクフルト・アム・マイン(Frankfurt am Main)と呼ばれることもある。アム・マインとは「マイン川沿い」という意味で、ライン川の支流であるマイン川流域に位置することから。単にフランクフルトと言うと、通常はここを指す。

もう一方のフランクフルトはドイツ東部のブランデンブルク州にあり、フランクフルト・アン・デア・オーデル(Frankfurt an der Oder)と呼ばれる。アン・デア・オーデルは「オーデル川沿い」の意。ポーランドとの国境沿いに位置する小都市。

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嫁ドリル

Author:嫁ドリル
国旗と酒をこよなく愛する関西女。
カイロ、ドバイ、カルガリー駐在員を経て、現在は関東で働きながら旦那と1女1男の4人暮らし中。

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