ギリシャ

ギリシャ
Ελλάδα (エラザ) (ギリシャ語)
Greece (グリース) (英語)

Flag_of_Greece.png

ギリシャはヨーロッパ南東部、バルカン半島の最南端に位置する海洋国家です。本土と呼ばれる大陸部と、エーゲ海及びイオニア海に浮かぶ数多くの島々で構成され、本土にある首都アテネはオリンピック発祥の地として世界的に有名な都市となっています。古代のヨーロッパ世界においては、文化的中心としてアテネ、スパルタなど数多くの都市国家(ポリス)が築かれ、その後の地中海世界の形成に大きな影響を与えました。ギリシャの各ポリスは平時には対立し合っていましたが、異民族からの襲撃に関しては一致団結してこれを撃退する特異な関係にあり、当時のアケメネス朝ペルシアのような大国にすら勝利したこともあります。また政治的には、自由市民と呼ばれる人々に限定された形ではあるものの、比較的広い政治参画の機会があり、近現代の民主主義思想の原型になったとされています。

古代世界で栄華を誇ったギリシャですが、紀元前146年にローマの侵攻を受け属州化し、紀元後395年のローマ帝国東西分割後は東ローマ帝国の版図とされました。帝国の首都はトラキア地方のコンスタンティノープル(現在のイスタンブール)に置かれたため、ペロポネソス及びアッティカの両半島を中心とするギリシャ本来の領域は辺境化しましたが、それでも文化影響力は根強く残り、帝国はローマを名乗りながらもギリシャ文化の保護者として、長い間独自の体制を維持してきました。1453年にオスマン帝国が東ローマ帝国を滅ぼすと、後にトルコクラティアと呼ばれるオスマン支配期に入ったものの、19世紀のヨーロッパを席巻したナショナリズムの煽りを受け、1821年に独立戦争を開始。戦況は1827年のナヴァリノの海戦を境にギリシャ優位となり、1830年には独立が正式に承認されました。その後は王党派と共和派の争い、地域大国トルコとの反目、そして経済不振などから長らく政情不安が続き、難しい国家運営を強いられたものの、第二次大戦後の冷戦下ではバルカン半島で唯一アメリカを中心とする西側諸国に属し、国際的地位を固めました。一方、内政の混乱は相変わらずで、1967年にはクーデターを経て軍事政権が成立したのに伴い、国内で多くの反独裁運動が行われました。軍部は国民の反発から目を逸らそうと、1974年にキプロス問題に介入しましたが、拙速な判断とトルコの猛反発により失敗し、軍政の権威は失墜。同年中に民主化が行われ、以後は議会制のもとでおおむね安定的な政局を築いています。

青地に白十字の意匠が特徴的なギリシャ国旗は、オスマン帝国からの独立戦争の際、パトラ府主教パレオン・パトロン・ゲルマノスが独立軍のシンボルとして掲げたのが最初とされます。これを1832年に正式な独立を果たしたギリシャ王国が採用し、国旗としての地位を与えました。青は空と神の啓示、白は独立の正統性と信仰心を象徴します。青と白の9本の帯は、「自由か死か」という言葉をギリシャ語で発音したエレフセリア・イ・タナトス(Ελευθερία ή Θάνατος)が、9つの音節で成り立っていたことに由来します。この言葉は、ギリシャ独立戦争において独立軍の合言葉となっており、現在でも国の標語とされています。

縦横比:2対3

【旧国旗】
Greek_kingdom.png
王国時代のギリシャは、陸上用と海上用の2種類の国旗を併用しており、9つの帯が無いこの意匠は陸上旗として用いられていたものでした(海上旗は現国旗)。前述のクーデターで成立した軍事政権により1969年に陸上旗が廃止され、従来の海上旗が陸海問わず国旗として掲げられることになりましたが、1975-1978年の短い期間だけ陸上旗の復活も見られるなど、国旗に関する混乱も一時的に見られたようです。

ギリシャ王国の政治は1832-1862年はドイツ・バイエルン系のヴィッテルスバッハ家(オソン1世の1代のみ)、以後はデンマーク系のグリュックスブルク家(ゲオルギオス1世からコンスタンティノス2世までの6代)と、外国人由来の国王を戴いたことから不安定化の要因を常に抱えており、農業国ギリシャの脆弱な経済が政局の流動化に拍車をかけていました。時に専横的な態度をとる王家に対する不信感は、1967年のクーデターを招き、最後の国王コンスタンティノス2世は国外に亡命。国王不在のまま、軍事政権の長ゲオルギオス・パパドプロスが摂政の名目で実権を掌握し、形式的に王政が継続しながらも軍部による独裁体制が確立しました。しかし不人気な軍政は1974年に打倒され、同年中に共和制への正式な移行を達成しています。


ギリシャ共和国
Ελληνική Δημοκρατία (エリニキ・デモクラティーア)
Hellenic Republic (ヘレニック・リパブリック)

Map_of_Greece.gif

統計データは原則として2015年時点のもの。

[地理]
位置:ヨーロッパ
面積:約13.2万km² (日本のおよそ35%)
人口:約1096万人
都市人口率:78.0%
首都・最大都市:アテネ (希:Αθήνα 英:Athens)
主要民族:ギリシャ人92%
       アルバニア人4%
       他に少数のブルガリア人、ルーマニア人、南アジア系など。
主要言語:ギリシャ語が公用語で、国民の9割以上が母語として使用
       する。少数民族言語としてアルバニア語なども用いられるが、
       彼らもコミュニティ外ではギリシャ語を共通語として話してい
       る。外国語では英語が最も通じ、人口の約半数がギリシャ
       語と英語のバイリンガルである。
主要宗教:キリスト教95%
        正教会94%
        他にローマ・カトリック教会、福音派など。
       無宗教2%
       イスラム教2%
       少数のユダヤ教、ヒンドゥー教、バハーイー教など。

[政治・軍事]
独立:1822年1月1日(独立宣言)、1830年2月3日(独立承認)
国連加盟:1945年10月25日(原加盟国)
政治体制:共和制、議院内閣制
元首:大統領
    議会による間接選挙制、任期5年、3選禁止。
政府:内閣
    大統領が議会最大会派の指導者を首相に任命。
    他の閣僚は首相の指名に基づき、大統領が任命。
議会:一院制の国会
    300議席。直接選挙制(比例代表制)。任期4年。
政党制:多党制
国政選挙権:18歳以上の国民全て
兵役制度:徴兵制 (志願制への意向を検討中)
国防費:48億1000万米ドル
軍組織:ギリシャ軍
     陸軍8万6000人
     海軍1万9000人
     空軍2万7000人
     
[経済・通信・その他]
中央銀行:ギリシャ銀行 (注1)
通貨:ユーロ (euro, EUR, 注1)
国内総生産(GDP):1952億1200万米ドル
1人当たりGDP:1万8042米ドル
GDP構成比:農林水産業3.9%
        鉱工業13.3%
        サービス業82.8%
労働人口:483万人
失業率:25.0%
輸出額:274億9000万米ドル
輸出品:精製石油、アルミ製品、鉄鋼、医薬品、野菜、果物、オリーブ油、機械類
輸出先:イタリア11%、ドイツ7%、トルコ7%、キプロス6%、ブルガリア5%
輸入額:466億2000万米ドル
輸入品:原油、医薬品、機械類、船舶、自動車、アルミ原料、精製石油、衣類
輸入元:ドイツ11%、イタリア8%、ロシア8%、イラク7%、中国6%
固定電話回線数:517万7000回線
携帯電話回線数:1268万2000回線
国別電話番号:30
ccTLD:.gr
インターネット利用者数:約707万人
車両通行:右側通行
平均寿命:80.6歳 (男性77.9歳、女性83.3歳)

[日本との関係]
国交樹立:1899年6月
相手公館:大使館 (東京)
駐日相手国人数:494人 (永住者94人、特別永住者8人)
相手輸出額:1億2900万米ドル
相手輸出品:精製石油、綿花、果物、タバコ製品、アルミ製品、オリーブ油、魚介類
日本公館:大使館 (アテネ)
在留日本人数:707人 (永住者520人)
日本輸出額:2億2700万米ドル
日本輸出品:船舶、機械類、自動車、精錬銅、鉄鋼、二輪車、ゴム製品
現行条約:1956年 査証(ビザ)相互免除取極
       1973年 航空協定
       1981年 文化協定

(注1)
ヨーロッパ連合(EU)が統一通貨としてユーロを導入して以降、通貨発行権や金融政策の方針決定権はヨーロッパ中央銀行が担うようになり、ユーロ導入国が本来設置していた中央銀行はその傘下にある執行組織に改組された。ユーロ導入国の各中央銀行総裁はヨーロッパ中央銀行政策理事会の一員となり、連携してヨーロッパ中央銀行の政策を決定し、それに基づいて各国内での業務執行に当たることとされる。

なお、ユーロ導入前にギリシャ銀行が発行していた通貨はギリシャ・ドラクマ(drachma, GRD)である。


《国歌「自由への賛歌」》
制定:1865年
作曲:ニコラオス・マンザロス
作詞:ディオニシオス・ソロモス
備考:キプロス(南キプロス、ギリシャ系キプロス)と同じ国歌

我は畏敬の剣にそなたの姿を見る。
そなたは勇敢なる魂を持って、
大地を見渡し、統べる。

古(いにしえ)のギリシャ人よ、
その死は、生命と精神の自由をもたらした。
今、古き武勇を呼び起こせ。
歓喜と共に迎え入れん。おお、自由!

《国名の由来》
現代ギリシャ語ではΕλλάδα(エラザ)、古代ギリシャ語ではΕλλάς(ヘラス)と表記される。いずれも「ヘレーンの地」という意味。ヘレーンはギリシャ神話の登場人物であり、伝説上のギリシャ人の始祖とされ、古代ギリシャ人は自らをヘレーネス(ヘレーンの子孫)と称した。英語の公式国名もこれに基づいて付けられている。

英語の通称はGreece(グリース)と表記されるが、これはラテン語のGræcia(グラェキア)に由来する他称。由来は諸説あるものの、ギリシャ北西部のイピロス地方に住んでいた民族名とするアリストテレスの説が有力。日本語表記はGræciaがポルトガル語でGrécia(グレシア)となり、更にそれが宣教師によって日本に伝えられ、ギリシャに転訛した。

旧国名
1830-
1924
 ギリシャ王国
(希)Βασίλειον τῆς Ἑλλάδος
  (ヴァシレイオン・ティース・エラドス)
(英)Kingdom of Greece (キングダム・オブ・グリース)
1924-
1935
 ギリシャ共和国
(希)Ελληνική Δημοκρατία
(英)Hellenic Republic
1935-
1941
 ギリシャ王国
(希)Βασίλειον τῆς Ἑλλάδος
(英)Kingdom of Greece
1941-
1944
 ギリシャ国 (ナチス・ドイツの傀儡国)
(希)Ελληνική Πολιτεία (エリニキ・ポリテイア)
(英)Hellenic State (ヘレニック・ステイト)
1944-
1974
 ギリシャ王国
(希)Βασίλειον τῆς Ἑλλάδος
(英)Kingdom of Greece

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プロフィール

嫁ドリル

Author:嫁ドリル
国旗と酒をこよなく愛する関西女。
カイロ、ドバイ、カルガリー駐在員を経て、現在は関東で働きながら旦那と1女1男の4人暮らし中。

国旗に関しては、まずは基礎知識カテゴリを熟読して下さい。

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