キューバ

キューバ
Cuba (スペイン語、英語)

Flag_of_Cuba.png

キューバはアメリカの南東に浮かぶキューバ島と、その周辺の島々を領土とする島国です。カリブ海の島国の中では最大の面積と人口を持ち、ヨーロッパ人渡来以前からカリブ先住民たちの生活の中核を成す地域でした。この地は1492年にクリストファー・コロンブスに発見されて以来、スペイン人による植民地建設が始まり、スペイン軍は1511年に征服を完了させました。以来、サトウキビの生産と奴隷貿易の中継地として長い間搾取される状態が続き、スペイン人が持ち込んだ疫病も相まって先住民はほぼ絶滅に近い状態に追いやられましたが、入植者にとっては中南米の植民地の中でも比較的優遇された地域として好意的に見られ、近代に入り大陸部の各スペイン領が独立していく中でも、キューバはスペインの統治下に留まり続けました。そんなキューバでも19世紀に入ると独立を求める動きが表れ、隣の大国アメリカの支援も得て次第に運動は武装闘争に発展。1898年にはアメリカ・スペイン戦争(米西戦争)が勃発し、完敗を喫したスペインはキューバの他に同じくカリブ海のプエルトリコ、東南アジアのフィリピン、オセアニアのグアムの割譲を余儀なくされ、急速に勢力を衰退させていくことになります。

こうしてアメリカの統治下に入ったキューバですが、もともと独立戦争を支援する名目でキューバを支援したわけで、4年後の1902年にはキューバ共和国の独立を承認しています。しかし新国家は独立に際して内政・外交を問わず常にアメリカが介入する権利や、国内に米軍基地を置くことを認めさせられ、基幹産業である砂糖もアメリカ資本に牛耳られるなど、独立国とは名ばかりの半植民地状態が長く続きました。この状態はキューバ国内に幅広く反米感情を根付かせることとなり、1959年にはフィデル・カストロとエルネスト・チェ・ゲバラ率いるゲリラ勢力により遂に傀儡政権が倒され、カストロが実権を掌握(キューバ革命)。カストロ政権は土地と産業をアメリカから取り戻すため、その要である農地と企業の国有化を断行しました。一方で、この措置によりアメリカ資本が決定的な損害を受けたことで、アメリカとの関係は急激に悪化。1961年にアメリカ政府はキューバとの国交を断絶し、露骨な政権打倒政策を開始しますが、キューバはもう1つの超大国ソ連に接近し、社会主義圏の一部となる道を選ぶことで体制の維持に成功してきました。こうした経緯から、キューバをカリブの赤い島と呼ぶこともあるようです。冷戦終結後の1991年にソ連が崩壊して最も有力な支援元を失い、2008年にはカリスマ的な指導力で国家の安定に尽力してきたカストロが高齢のため引退したものの、今でもキューバはキューバ共産党(PCC)による社会主義一党制を堅持し、アメリカ人が自国の庭先と呼んではばからない中南米地域における随一の反米国家として、その存在感を発揮しています。もっとも、アメリカでバラク・オバマ政権が発足した2009年以降は関係改善を模索するようになり、間接的な経済・文化交流を経ながら政治面でも交渉を続け、2016年には正式に国交を回復するなど、長年の敵国関係も見直されつつあります。

キューバの国旗は1902年の独立に伴い制定されたものですが、その由来は1849年に当時のキューバ独立運動の指導者ナルシソ・ロペスが、詩人のミゲル・トロンの提案した旗を独立派の旗として採用したことにさかのぼります。1959年にはキューバ革命による国家体制の大幅な変革が見られたものの、国旗は維持されました。3本の青帯はスペインの植民地時代にキューバに設置されていた3つの行政区を、2本の白帯は独立戦争の純粋さと力強さを、赤い三角形は独立のために流された血と自由、平等、同胞愛を、白い星は独立をそれぞれ表します。また、色の濃さや縦横比といった細かい差異はありますが、青と赤の配色を逆にすると、同じくカリブ海にあるアメリカ領プエルトリコの旗になるので注意が必要です。米西戦争の結果、スペインからアメリカに割譲された共通の歴史を持つ両地域には伝統的に深い紐帯がありますが、その後キューバは独立し、革命後は社会主義国としてアメリカと対峙。一方のプエルトリコは自治権を拡大しながらもアメリカ領に留まり続けるなど、異なる経歴を刻んできました。似た旗を使う両者がここまで違う道を歩むとは、旗を制定した当時は思いもしなかったでしょうね。

縦横比:1対2


キューバ共和国
República de Cuba
Republic of Cuba

Map_of_Cuba.gif

統計データは原則として2016年時点のもの。

[地理]
位置:北アメリカ (カリブ海)
面積:約11.1万km² (本州のおよそ半分)
人口:約1124万人
都市人口率:77.3%
首都・最大都市:ハバナ (西:La Habana 英:Havana)
民族:ヨーロッパ系白人64%
   混血系26%
   アフリカ系黒人9%
   混血系には白人とインディオの混血であるメスティーソと、
   白人と黒人の混血であるムラートを包括している。
言語:スペイン語が公用語で、ほぼ全ての国民が母語として使用す
   る。他にフランス語系のハイチ・クレオール語や、西アフリ
   カ系のヨルバ語から派生したルクミ語などの言語も一部で話
   される。
宗教:キリスト教65%
    ローマ・カトリック教会60%
    福音派5%
   無宗教23%
   サンテリア17%
   少数のユダヤ教、イスラム教、バハーイー教など。
   ※サンテリアは西アフリカ由来の精霊信仰をベースとして、
    キリスト教ローマ・カトリック教会の一部教義を含む他宗
    教の概念が混合して成立したキューバ独自の民間信仰。主
    に黒人や、黒人の血を引く混血者によって信仰される。

[政治・軍事]
独立:1902年5月20日
国連加盟:1945年10月24日(原加盟国)
政治体制:共和制、社会主義国
元首:国家評議会議長
   議会が選出、任期5年、再選制限なし。
   (他の国家評議会メンバーも同様)
政府:閣僚評議会(内閣に相当)
   閣僚評議会議長(首相)は国家評議会議長が兼任。
   他の閣僚は議長の指名に基づき、議会が任命。
議会:一院制の人民権力全国会議
   612議席。直接選挙制(小選挙区制)。任期5年。
政党制:キューバ共産党による一党独裁。
国政選挙権:16歳以上の国民全て
兵役制度:徴兵制
国防費:1億1800万米ドル
軍組織:キューバ革命軍
    陸軍3万8000人
    海軍3000人
    空軍8000人

[経済・エネルギー]
中央銀行:キューバ中央銀行
通貨:キューバ・ペソ (peso, CUP, 注1)
国内総生産:896億8900万米ドル
1人当たりGDP:7815米ドル
GDP構成比:農林水産業3.9%
      鉱工業21.7%
      サービス業74.4%
労働人口:469万人
失業率:2.0%
輸出額:25億3500万米ドル
輸出品:砂糖、タバコ製品、ニッケル製品、精製石油、蒸留酒、魚介類、医薬品
輸出先:ロシア23%、ベネズエラ15%、スペイン10%、カナダ9%、中国8%
輸入額:102億8000万米ドル
輸入品:原油、機械類、化学薬品、自動車、鉄鋼、穀物、肉類、ゴム製品
輸入元:ベネズエラ30%、中国25%、スペイン14%、イタリア5%、ブラジル5%
発電量:191億2000万kWh
    (火力91%、水力1%、再生可能エネルギー8%)
電力消費量:159億8000万kWh (1人当たり1422kWh)
電力輸出量:0kWh
電力輸入量:0kWh

[通信・その他]
固定電話回線数:132万2000回線
携帯電話回線数:398万8000回線
国別電話番号:53
ccTLD:.cu
インターネット利用者数:約370万人
車両通行:右側通行
平均寿命:78.9歳 (男性76.5歳、女性81.3歳)

[日本との関係]
国交樹立:1929年12月21日
相手公館:大使館 (東京)
駐日相手国人数:236人 (永住者101人)
相手輸出額:1620万米ドル
相手輸出品:タバコ製品、魚介類、ニッケル製品、蒸留酒、コーヒー豆
日本公館:大使館 (ハバナ)
在留日本人数:94人 (永住者25人)
日本輸出額:4450万米ドル
日本輸出品:機械類、精密機器、化学薬品、ゴム製品、自動車と部品
現行条約:1960年 通商協定
     2009年 技術協力協定

(注1)
キューバでは一般国民と外国人で使用する通貨が異なる。キューバ国民が一般に用いるのはキューバ・ペソだが、外国人には兌換ペソと呼ばれる外貨兌換券 (Foreign exchange certificate, FEC)が発行され、外貨からキューバ・ペソへの直接の両替は原則として禁止されている。

兌換ペソでの支払いは外国人向けのホテルやレストラン、一部の商業施設など政府が認可した場に限られるが、キューバ・ペソでは購入がほぼ不可能な物品も取引可能で、給与がキューバ・ペソ払いに限られる一般国民にとっては高根の花である。石鹸や粉ミルクといった生活用品も、滞ることの多い配給に頼らざるを得ない経済状況にあるキューバだが、兌換ペソであれば問題なく購入が可能である。そのため、兌換ペソの入手が可能な政府関係者や商業界、貿易業者と、それ以外の大多数の国民との経済力・生活水準の格差が深刻化し、社会主義体制の維持において重大な懸念材料となっている。

こうした状況を踏まえ、2013年10月にキューバ政府は兌換ペソの将来的な廃止と、国内通貨のキューバ・ペソへの統合を発表した。正確な廃止の時期は未定であり、2018年2月現在でも両通貨は併存しているが、為替レートが米ドルと等価に固定され、通貨価値の高い兌換ペソを手に入れられる一部の階層と、市場レートでその1/24の価値しかないキューバ・ペソで生活せざるを得ない一般市民の間に広がる格差を、少しでも縮小する狙いがあるものとみられる。


《国歌「ラ・バヤメーサ (バヤモの賛歌)」》
制定:1902年
作曲・作詞:ペドロ・フィゲレード

戦いに急げ、バヤモ(注2)の男達よ!
祖国は君たちを誇らしく見つめている。
名誉の死を恐れることなかれ。
祖国のために死ぬことは、生きることなのだから。
鎖に繋がれて生きることは、屈辱と服従の中で生きるということだ。
ラッパの響きを聞け。
急げ、勇敢なる者たちよ。戦いへ!

《国名の由来》
スペイン語、英語共に表記はCubaだが、スペイン語ではクーバ、英語ではキューバと読む。日本語表記は英語読みから採られたもの。

由来は先住民のタイノ族(アラワク族とも)の言葉で「中心地」を表すCubanacan(クバナカン)。クバナカンはもともと現在の第4の都市オルギンにあった小さな集落を指していたが、周辺部族の首長が住んでいたため、部族にとっての中心地でもあった。また同時にキューバ島そのものが、西インド諸島最大の島として中心的な地位を持っていた。このクバナカンがやがて西洋人に伝わり、Cubaと短縮されていったという。

(注2)
バヤモはキューバ東部の都市名。スペインに対する独立運動が盛んになりつつあった1868年、カルロス・マヌエル・デ・セスペデスという地主がキューバ独立の必要性を訴えて演説し、独立活動家はセスペデスの生家があるバヤモから解放闘争を開始した。これに感銘を受けた作曲・作詞者のペドロ・フィゲレード(彼もバヤモ出身)が兵士を鼓舞するこの歌を制作し、1902年の独立に際して国歌に採用された。

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プロフィール

嫁ドリル

Author:嫁ドリル
国旗と酒をこよなく愛する関西女。
カイロ、ドバイ、カルガリー駐在員を経て、現在は関東で働きながら旦那と2女1男の5人暮らし中。

国旗に関しては、まずは基礎知識カテゴリを熟読して下さい。

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