ギニア

ギニア
Guinée (ギネー) (フランス語)
Guinea (ギニー) (英語)

Flag_of_Guinea.png

西アフリカのギニアは、アフリカ大陸の中でもとりわけ降雨に恵まれた国であり、その豊かな水資源から「アフリカの水がめ」と呼ばれるほか、アルミニウムの原料となるボーキサイトの世界的な産出国として知られます。この地は古くから同地域に栄えたイスラム諸王朝の版図とされてきましたが、奴隷貿易の拠点として目を付けたヨーロッパ人が16世紀より勢力を拡大し、中でもフランスがこの地の獲得に意欲を燃やしていました。この動きを受けて1878年に内陸部(現在のマリとの国境付近)でワスールーと呼ばれるイスラム国家が樹立され、指導者のサモリ・トゥーレのもとで異教徒支配に対する抵抗闘争が繰り広げられたものの、フランスは1891年にギニアの正式な植民地化(フランス領ギニアの樹立)を決定し、攻勢を強めます。結局、最後の抵抗勢力となっていたワスールーが1898年に滅ぼされたことで、20世紀に入るのを待たずしてフランスの支配が確立しました。1904年には西アフリカの広大なフランス領諸地域がフランス領西アフリカとして統合され、ギニアもこれを構成する一地域となっています。

第二次大戦後、ギニアの独立運動はサモリ・トゥーレの曾孫(ひ孫)であるセク・トゥーレが主導し、彼が率いるギニア民主党(PDG)が現地住民の間で急速に支持を拡大。1958年に正式な独立を達成しました。この年は、フランス本国で現行憲法(第五共和国憲法)が制定され、植民地政策が大きく転換された年でしたが、これによると、新憲法下のフランス政府は各植民地を一時的に自治国とし、本国政府との結び付きが強い現地指導者に自治政府の運営と独立に向けた準備を任せ、独立後も引き続きフランスとの深い紐帯を維持させる方針が採られていました。ほとんどの植民地がこれを受け入れて自治国となり、2年後の1960年に独立していった一方、ギニアのトゥーレはこれを植民地主義の継続と見なして非難し、「隷属の中の豊かさよりも、自由の中の貧しさを選ぶ」という有名な声明を発表。フランスとの関係を遮断する形で、準備期間を経ないまま即時独立を選択したのです。その後のギニアはPDGによる一党制のもと、初代大統領となったトゥーレが長期政権を担いましたが、追い出される形となったフランス人は、撤退の際に新国家の建設に必要な資料や基礎的なインフラを根こそぎ収奪・破壊していったため、文字通り「何も無い」状態でのスタートとなり、独立当初から既に国難にさらされていたと言えましょう。また、1984年のトゥーレ死去直後に軍部がクーデターを起こすなど、ギニアにとって数少ないプラス要素だった安定的な政情も崩れ、現在に至るまで政情不安と貧困は国家最大の課題として重くのしかかっています。ちなみにフランスとの国交は1975年に再樹立されており、今ではギニアに対する最大の援助供給国になるほどの関係改善を果たしました。

ギニアの国旗は1958年の独立と同時に制定されたもので、フランス国旗の影響を受けた横三色旗となっています。配色はかつて独立運動を主導し、トゥーレが死去する1984年まで26年もの長期政権を率いたPDGの旧党旗からとられており、赤は独立のために流された血を、黄は水をたたえた肥沃な国土、ボーキサイトを中心とする天然資源、そして燦々と照りつける太陽の光を、緑はギニアの主要産業である農業と豊かな植生、および将来への希望を表します。また、これらの三色は汎アフリカ色と呼ばれ、ギニアを含む多くのアフリカ諸国が国旗に用いています。ギニア独立前年の1957年にガーナ(旧イギリス領)が独立していますが、トゥーレは独立前からガーナのクワメ・エンクルマ初代大統領と密接な協力関係を築いており、独立にあたってギニアがガーナ国旗の配色を参考にした、という説もあります。緑と赤の配色を逆にすると隣国マリの国旗になるので注意。

縦横比:2対3


ギニア共和国
République de Guinée (レピュブリック・デュ・ギネー)
Republic of Guinea (リパブリック・オブ・ギニー)

Map_of_Guinea.gif

統計データは原則として2015年時点のもの。

[地理]
位置:アフリカ
面積:約24.6万km² (本州より少し大きい)
人口:約1174万人
都市人口率:37.2%
首都・最大都市:コナクリ (仏・英:Conakry)
主要民族:黒人諸部族がほとんどで、フラニ族が国民の約4割を、マン
       ディンカ族が約3割を占める二大民族となっている。他にスー
       スー、キッシ、クペレ、トマなど。総部族数は20以上で、大半
       はニジェール・コンゴ系。非黒人は極めて少数だが、レバノン
       系のアラブ人や、フランス人などのヨーロッパ系白人が主に
       都市部に居住。
主要言語:フランス語が公用語で、政府機関や教育、ビジネスといった
       公共性の高い分野で用いられるが、理解率は国民の20%
       程度であり、一般国民からは高等教育を受けられるエリート
       層の言語と見なされている。国民の大半は自らの属する部
       族の固有語を母語としており、フラニ語、マンディンカ語、ス
       ースー語、キッシ語、クペレ語、トマ語の6言語は公用語とは
       別に「国語」の地位を与えられ、一定の保護を与えられる。
主要宗教:イスラム教85%
        スンナ派83%
        他にアフマディーヤ教団、シーア派など
       キリスト教8%
        プロテスタント諸派5%
        ローマ・カトリック教会3%
       伝統宗教(各部族固有の精霊信仰)7%

[政治・軍事]
独立:1958年10月2日
国連加盟:1958年12月12日
政治体制:共和制、半大統領制
元首:大統領
    直接選挙制、任期5年、3選禁止。
政府:閣僚評議会(内閣に相当)
    首相と閣僚は大統領が任命。
議会:一院制の国民議会
    114議席。直接選挙制(小選挙区比例代表並立制)。任期5年。
    76議席は比例代表制で、38議席は小選挙区制により選出。
政党制:多党制
国政選挙権:18歳以上の国民全て
兵役制度:徴兵制
国防費:1億8000万米ドル
軍組織:ギニア共和国軍
     陸軍8500人
     海軍400人
     空軍800人
     共和国防衛隊1600人
     国家憲兵隊1000人

[経済・通信・その他]
中央銀行:ギニア共和国中央銀行
通貨:ギニア・フラン (franc, GNF)
国内総生産(GDP):66億2400万米ドル
1人当たりGDP:531米ドル
GDP構成比:農林水産業19.7%
        鉱工業37.2%
        サービス業43.1%
労働人口:524万人
失業率:不明 (5%未満と推計される)
輸出額:16億1100万米ドル
輸出品:金、ボーキサイト、切手、ナッツ類、原油、船舶、天然ゴム、カカオ豆、魚介類
輸出先:インド22%、スペイン8%、アイルランド7%、ドイツ6%、ベルギー6%
輸入額:21億7300万米ドル
輸入品:機械類、船舶、自動車、精製石油、米、医薬品、砂糖、鉄鋼、衣類
輸入元:中国20%、オランダ5%、インド4%、ベルギー4%、フランス4%
固定電話回線数:不明 (2万回線前後と推計される)
携帯電話回線数:1076万4000回線
国別電話番号:224
ccTLD:.gn
インターネット利用者数:約24万人
車両通行:右側通行
平均寿命:60.6歳 (男性59.0歳、女性62.2歳)

[日本との関係]
国交樹立:1958年11月14日
相手公館:大使館 (東京)
駐日相手国人数:377人 (永住者152人)
相手輸出額:15万8000米ドル
相手輸出品:魚介類、アルミ関連品、食用油、再輸出品
日本公館:大使館 (コナクリ)
在留日本人数:20人 (永住者無し)
日本輸出額:1330万米ドル
日本輸出品:機械類、自動車、ゴム製品、米、鉄鋼、衣類、化学薬品
現行条約:1963年 貿易取極


《国歌「自由」》
制定:1958年
作曲:フォデバ・ケイタ
作詞:不明

アフリカの民よ! 歴史ある過去よ!
誇り高く若々しいギニアの賛歌を歌え。
我らの兄弟たちの輝かしき叙事詩を。
彼らはアフリカ解放のため、名誉ある死を遂げた!
ギニア人は統一を説き、アフリカに呼びかける。

自由!
その人々の声は、全ての兄弟たちに、
自らの道を再び見出せと呼びかける。
自由!
その人々の声は、偉大なるアフリカの全ての兄弟たちに、
新たなる独立を通じて、アフリカの統一を成し遂げようと呼びかける。

《国名の由来》
フランス語ではGuinée(ギネー)、英語ではGuinea(ギニー)と表記される。語源については諸説あるが、ベルベル語で「黒人の地」を意味するAkal n-Iguinawen(アカル・ン=イグィナウェン)が時を経てAgunau(アグナウ)に短縮され、更にポルトガル語でGuiné(ギネー)となり、それが転訛しながらヨーロッパ中に広まっていったとする説が有力。また、スースー語(首都コナクリなど沿岸部で主流な部族語)で「女性」を意味するとも言われる。

他にギニアという名称を国名に持つ国はギニアビサウ、赤道ギニア、パプアニューギニアがあるが、語源をたどれば全て上記の説に由来する。また、極めて稀な用法として、文脈上これらの国と混同する危険性がある場合にのみ、国名の後に首都コナクリの名が付けられる場合がある(例えば英語ならGuinea-Conakryとなる)。

旧国名
1958-
1979
 ギニア共和国
(仏)République de Guinée
(英)Republic of Guinea
1979-
1984
 ギニア人民革命共和国
(仏)République populaire
   révolutionnaire de Guinée
  (レピュブリック・ポピュレール・レヴォルシオネール・ギネー)

(英)People's Revolutionary Republic of Guinea
  (ピーポゥズ・レヴォリューショナリー・リパブリック・オブ・ギニー)

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プロフィール

嫁ドリル

Author:嫁ドリル
国旗と酒をこよなく愛する関西女。
カイロ、ドバイ、カルガリー駐在員を経て、現在は関東で働きながら旦那と1女1男の4人暮らし中。

国旗に関しては、まずは基礎知識カテゴリを熟読して下さい。

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