マカオ

マカオ
澳门 (アオメン) (中国語簡体字・標準語)
澳門 (オウムン) (中国語繁体字・広東方言)
Macau (マカウ) (ポルトガル語・英語)

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マカオ特別行政区は、中国の南部、広東省にある珠江デルタ地帯の西方に位置するマカオ半島、並びに沖合のタイパ島、コロアネ島を区域とする特殊地域です。香港の西方約70kmに位置するその領域は、沖縄の与那国島と同程度と狭く、その中に60万人以上の過密人口を抱えますが、これでもかつてに比べると埋め立てによってかなり大きくなったほうで、今ではタイパ島とコロアネ島は完全に陸で繋がっています(両島を繋ぐ埋立地は、双方の名称を採ってコタイ地区と呼ばれます)。この地は1999年12月にポルトガルから中国に返還され、香港と同じく「一国二制度」のもとで高度な自治権を保有し、経済・文化的には本土から自立した存在として、一部の国際機関にも個別に加盟しています。少ない陸地に人と建造物が密集するため農業は見られませんが、主に香港や本土向けの軽工業、そして観光業を中核としたサービス業で経済が回っており、特に観光客を惹きつけるカジノ産業は区の財政歳入の7割以上を占める生命線となっています。こうしたことから、マカオを「東洋のラスベガス」と呼ぶこともあるとか。

マカオはもともと水上居住民が自給自足の生活を行う小さな漁村でしたが、徐々に南シナ海沿岸各地を結ぶ交易圏が成立していくと、物品の集散地の1つとして繁栄するようになりました。16世紀に入ると、大航海時代のポルトガルが当時の明朝との貿易を開始し、その拠点の1つとしてマカオ半島南端の居住権を獲得。その後は次第に明朝、およびその後の中国を支配した清朝から各種統治権を奪いながら、19世紀には正式な植民地化を完了させました。ただ、交易拠点としての機能はこの頃になると衰退(香港が自由港として取って代わったため)し、20世紀に入った1910年にはポルトガル本国で革命により王政が打倒されるなど、本国自体が停滞・混乱期を迎えていたため、マカオは特に顧みられることも無く、細々と現地人による自治的な運営に委ねられていたといいます。転機が訪れたのは第二次大戦後、中国本土の支配権が中華民国から中華人民共和国に移ってからのことで、中国共産党の度重なる圧力に耐え切れなくなったマカオのポルトガル当局は、次第に本国政府よりも中国共産党に従属する存在となっていき、1974年にポルトガル本国が植民地主義の放棄へと路線転換すると、マカオそのものの返還も打診されるようになりました。その後は英中の香港返還交渉とリンクする形でマカオ返還交渉も行われるようになり、1987年には中国とポルトガルは交渉に正式合意。1999年にマカオを中国に返還すること、その後50年間は現状の体制を維持し、高度な自治権と特別行政区としての地位をマカオに認めることを条件に、遂に返還が実現することが決まりました。そして移行期間を経た1999年12月、ポルトガルに残された最後の植民地であるマカオは「中華人民共和国マカオ特別行政区」となり、本土のいかなる省にも属さない特殊地域としての自治権を得ながらも、中国の一部として新たなスタートを切ることとなったのです。

マカオ特別行政区の旗は、返還前の1993年3月には既に全国人民代表大会(中国本土の議会)においてデザインが決定され、当時の政庁で掲げられたポルトガル本国の国旗とは別に、一部で掲揚が開始されていましたが、正式な制定は1999年12月の返還時、すなわち特別行政区が発足した日となります。地色の緑は旧宗主国ポルトガル国旗に用いられている色であり、マカオが現在でもポルトガルと深い結びつきを保っていることを象徴する一方、中国の五星紅旗に使われている5つの星を配することで、中国との紐帯も表しています。中央にはマカオの区花である蓮が置かれ、その花弁が三方に分かれることで、マカオ半島、タイパ島、コロアネ島という、マカオを構成する伝統的な3地域を象徴します(前述のようにタイパ島とコロアネ島は埋め立てにより一体化していますが)。その下にはマカオ半島とタイパ島を結ぶ橋の中でも最も古い嘉楽庇総督大橋を表す白線、その更に下には海を象徴する4つの白線が引かれています。

縦横比:2対3


マカオ特別行政区
澳门特别行政区 (アオメン・タァビエ・ハンジョンチィ)
澳門特別行政區 (オウムン・タックピット・ハンチェンキョイ)
Região Administrativa Especial de Macau
(レジアォン・アドミニストラティーヴァ・エスペスィアル・ディ・マカウ)
Macau Special Administrative Region
(マカウ・スペシャル・アドゥミニストゥレイティヴ・リージョン)


Map_of_the_Macau_SAR.gif

[地理]
位置:アジア
面積:28km² (与那国島とほぼ同規模)
人口:約65万人
都市人口率:100% (区全体でマカオという1つの都市)
区都:マカオ (中簡:澳门 中繁:澳門 葡・英:Macau)
民族:漢族95%
    ポルトガル人と中国人の混血2%
    少数のポルトガル人など。
言語:中国語とポルトガル語が公用語。中国語はもっぱら広東方言が
    用いられ、標準語(普通話)は政府機関など公的機関で広東方言
    と併用される程度。
宗教:無宗教または信仰を明示しない45%以上
    漢族古来の民俗宗教(神教)30%
    仏教10%
    道教10%
    キリスト教5%

[政治・軍事]
特別行政区成立:1999年12月20日
政治体制:共和制、一国二制度に基づく中国の特別行政区
元首:中華人民共和国主席
    本国の議会が選出。任期5年。3選禁止。
政府:行政会(内閣に相当)
    区の長である行政長官は、各種職能団体の代表で構成される「選
    挙委員会」が選出し、国務院(本土の政府)が正式に任命する。任
    期5年、3選禁止。他の閣僚は行政長官の指名に基づき、国務院が
    任命する。
議会:一院制の立法会
    33議席。14議席は直接選挙(比例代表制)で、12議席は各種職能
    団体による間接選挙で選出され、残る7議席は行政長官により任命
    される。任期4年。
政党制:政党の結成は認められているが、国内の各種組織は「政党」で
     はなく、社会団体として活動し、各団体が政党の代替組織として
     選挙に参加している。
兵役制度:無し (本土の兵役制度は適用されない)
兵員:国防は人民解放軍の現地部隊(約600人)が担当する。

[経済・通信・その他]
中央銀行:マカオ金融管理局
通貨:パタカ (pataca, MOP)
国内総生産:461億7800万米ドル
1人当たりGDP:7万8586米ドル
GDP構成比:農林水産業0%
        鉱工業11.2%
        サービス業88.8%
労働人口:40万人
失業率:1.9%
輸出額:14億7000万米ドル
輸出品:機械類、精密機器、銅製品、衣類、有機化合物、宝飾品、履物
輸出先:香港53%、中国21%、米国7%、ドイツ3%、日本2%
輸入額:133億1000万米ドル
輸入品:機械類、宝飾品、酒類、精密機器、鉄鋼、電力、化学薬品、自動車
輸入元:香港63%、中国24%、ドイツ2%、日本2%、米国2%
固定電話回線数:14万6000回線
携帯電話回線数:189万6000回線
国別電話番号:853
ccTLD:.mo
インターネット利用者数:約43万人
車両通行:左側通行
平均寿命:84.6歳 (男性81.6歳、女性87.6歳)


《地名の由来》
中国語の簡体字表記では澳门、繁体字表記では澳門と書かれる。読みは普通話(標準語)と広東方言で異なり、前者がアオメン、後者はオウムンに近い。マカオでは繁体字表記のほうがよく用いられる。いずれも、「深い湾や入江」を指す「澳」と、域内の数少ない自然地形として残り、門のように立ちはだかる北台山、南台山を表す「門(门)」を合わせたもの。

マカオという日本語呼称はポルトガル語のMacauの読みに由来するが、これはマカオ半島にある地域最古の道教寺院である媽閣(マーコウ)廟を語源とする。最初期にこの地を訪れたポルトガル人が、現地人に地名をたずねたところ、この廟の名称を伝えられ、それがそのまま地名として西洋人に広まった。なお、英語ではMacaoと書かれることも多く、特別行政区政府も英語文書では度々MacauではなくMacaoと表記する。

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嫁ドリル

Author:嫁ドリル
国旗と酒をこよなく愛する関西女。
カイロ、ドバイ、カルガリー駐在員を経て、現在は関東で働きながら旦那と1女1男の4人暮らし中。

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