台湾

台湾
台灣 (臺灣) (中国語)
Taiwan (英語)

Flag_of_the_Republic_of_China_(Taiwan).png

17世紀以来、当時中国を支配していた清朝の版図とされてきた台湾は、日清戦争後の1895年に日本の植民地となりました。第二次大戦における日本の敗戦を受け、1945年に清の後継国家である中華民国に返還されましたが、当時の大陸部では政府を牛耳る中国国民党と、反政府組織として急速に勢力を拡大していた中国共産党の間で内戦(国共内戦)が行われており、共産党が1949年に内戦に勝利して中華人民共和国を建国すると、国民党政府はまだ共産党の手が伸びていなかった台湾に移りました。その後は台湾最大の都市である台北を臨時首都(形式上の首都は大陸時代の首都だった南京)に定め、引き続き中華民国を名乗り、事実上の独立国として機能しています。そうした事情から、冷戦期は西側が中華民国、東側が中華人民共和国を承認し、両国は「自分こそが本当の中国政府だ」と主張していましたが、1971年に国連における「中国」の議席が民国から人民共和国に移されたのを皮切りに、民国を承認する国は激減。今では大半の国が大陸部の人民共和国を「中国」として承認しています。このような国際的孤立の中で、引き続き中華民国を名乗り「中国」の座を主張し続けるか、それともいっそ「中国」の座を諦めて「台湾」を国名とするかは、この国の政治において重大な問題となっています。

内戦後の台湾では、中央集権的な国民党政権により経済重視政策が進められ、1970年代には輸出用工業品の生産を軸とした高度成長を実現。それに伴い産業のハイテク化・多角化が進み、今では先進国並みの所得水準を誇るようになりました。一方、政治面では大陸の共産党政権の打破と本土奪還を大義面分とした国民党の一党制が長きにわたって続き、自由化を求める多くの人々が迫害を受けてきましたが、経済成長に伴って高度な教育を受けるようになった国民の声を無視することはやがて困難となり、1989年に複数政党制を導入して民主化しました。1996年には国家元首である総統(大統領)選が初めて直接選挙制で行われ、2000年には初の政権交代が発生。その後は大陸時代から続いていた旧態依然とした国家体制にも大幅な変革が加えられるなど、台湾の現状に合わせた多元的な政治が実施されるようになっています。外交面でも、近年急成長を遂げている中国との関係改善が台湾財界人を中心に声高に叫ばれるようになり、実際に経済・文化面では年々結び付きが強化されてきています。しかし政治・外交面ではまだまだ互いに譲れない部分が多く、当面は現状の分断状態が続く見通しです。

中華民国の国旗は当初、中国に住む主要5民族を象徴するカラフルな横分割旗でしたが、1928年に軍閥同士の内乱が収束し、蒋介石率いる中国国民党の一党支配(国民政府、いわゆる国府)が確立したことを記念して、同党の党旗に由来する新国旗が制定されました。この旗は青天白日満地紅旗と呼ばれ、台北への遷都や民主化を経て引き続き台湾で翻り続けています。旗の意匠は中華民国を建国した孫文の理念(三民主義)を体現し、赤は民族の独立、青は民権の伸張、白は民生の安定を表します。また、白で描かれた太陽は12本の光を持っていますが、これは12時間もしくは十二支を表し、国家がいかなる時間においても絶え間なく進歩する理念を象徴します。しかし中華民国を承認する国が少ない現代国際社会においては、この旗を掲げることはタブー視されており、オリンピックなどの国際スポーツ大会では国旗とは別のスポーツ旗(後述)が掲げられます。

縦横比:2対3

【旧国旗】
First_Flag_of_the_Republic_of_China.png
1912年、辛亥革命により清王朝が倒され、孫文によりアジア初の共和国として中華民国が建国されました。上記の旗はその際に制定されたもので、青天白日満地紅旗を国旗と定める1928年まで用いられました。五色はそれぞれ中国の主要民族を表しており、赤は漢族、黄は満州族、青はモンゴル族、白はウイグル族、黒はチベット族を象徴します。この配色は後に日本が満州事変で打ち立てた満州国に引き継がれています。


中華民国
中華民國
Republic of China


Map_of_Taiwan.gif

統計データは原則として2015年時点のもの。

[地理]
位置:アジア
面積:約3.6万km² (九州より少し小さい)
人口:約2352万人
都市人口率:78.0%
首都:台北 (Taipei, 注1)
最大都市:新北 (New Taipei, 注1)
主要民族:漢族98% (台湾系85%、大陸系13%)
       先住民2% (タイヤル、サイシャット、アミなど14民族)
主要言語:中国語の標準語(普通話、北京方言)が公用語で、政府機関
       や報道、教育といった公共の場面で用いられる。ただし台湾に
       おける日常言語は南方方言(台湾方言、客家方言など)で、標
       準語とは発音においてかなりの乖離がある。先住民は東南ア
       ジア系・オセアニア系の独自言語を持つ。
主要宗教:仏教(大乗仏教系諸派がほとんど)35%
       道教33%
       無宗教19%
       キリスト教4%
        プロテスタント諸派2~3%
        ローマ・カトリック教会1~2%
       一貫道4%
       天帝教2%

[政治・軍事]
建国:1912年1月1日(辛亥革命により、大陸部で中華民国成立)
    1949年12月7日(台北へ遷都。以後台湾を主要領土とする国に)
国連加盟:非加盟 (1971年10月25日、国連から追放, 注2)
国連加盟国からの国家承認:21ヶ国
政治体制:共和制、総統(大統領)制
元首:総統(大統領)
    直接選挙制、任期4年、3選禁止。
政府:行政院(内閣に相当)
    行政院長(首相)は総統が任命。
    他の閣僚は行政院長の推薦に基づき、総統が任命。
議会:一院制の立法院
    113議席。直接選挙制(小選挙区比例代表並立制)。任期4年。
    73議席は小選挙区から、34議席は比例代表制に基づき選出。
    残る6議席は先住民専用議席であり、この枠のみ大選挙区制。
政党制:中国国民党と民主進歩党による二大政党制。
国政選挙権:20歳以上の国民全て
兵役制度:徴兵制だが、2017年までに志願制に移行予定。
国防費:103億1000万米ドル
軍組織:中華民国国軍
     陸軍20万人
     海軍4万5000人
      ※うち9000人は海軍陸戦隊(事実上の海兵隊)
     空軍4万5000人
     憲兵1万3000人

[経済・通信・その他]
中央銀行:中華民国中央銀行
通貨:ニュー台湾ドル (dollar, TWD, 注3)
国内総生産(GDP):5191億4900万米ドル
1人当たりGDP:2万2680米ドル
GDP構成比:農林水産業1.8%
        鉱工業36.1%
        サービス業62.1%
労働人口:1168万人
失業率:3.9%
輸出額:3148億米ドル
輸出品:機械類、化学製品、金属製品(特に鉄鋼と銅)、石油製品、自動車
輸出先:中国26%、香港14%、米国12%、日本7%、シンガポール6%
輸入額:2487億米ドル
輸入品:機械類、原油、化学製品、天然ガス、金属原料、自動車、繊維製品
輸入元:中国19%、日本17%、米国12%、韓国6%、ドイツ4%
固定電話回線数:1391万6000回線
携帯電話回線数:2968万1000回線
国別電話番号:886
ccTLD:.tw
インターネット利用者数:約1966万人
車両通行:右側通行
平均寿命:80.3歳 (男性77.0歳、女性83.5歳)

[日本との関係]
国交樹立:国交無し (注4)
相手公館:公式には無し (注4)
駐日相手国人数:9万7535人 (永住者2万245人、特別永住者991人)
日本公館:公式には無し (注4)
在留日本人数:2万162人 (永住者2139人)
現行条約:無し (注4)

(注1)
事実上の首都は台北だが、中華民国政府は中国全土を自らの領土とする見解上、政府機能が台北に移る前の首都だった南京を現在も公式の首都としている。実際には、南京は中華人民共和国の支配下にあり、中華民国政府の統治は及んでいない。

なお、最大都市として記載している新北市は、直轄市として単独で県と同格の地位を持つ台北市の周囲をぐるりと囲んでいる衛星都市であり、2010年までは台北県だった。一般には台北首都圏の一部と見なされており、厳密ではない資料では両者を区別せず、最大都市を台北と記載する場合もある。

(注2)
中華民国は「中国」の名で国連発足当時から加盟し、国連安保理の常任理事国の1つとなっていたが、1971年10月25日にアルバニア提案の総会決議で、「中国」の議席と常任理事国の地位が中華民国から中華人民共和国へと移行することが決まった。これに抗議し、中華民国は国連およびその関連機関との関係断絶を宣言した。

当初はアメリカが「引き続き一般の国連加盟国としての地位と権利は保証し、『中華民国』もしくは『台湾』の名で別の加盟枠を設ける」という妥協案を示していたが、あくまで「中国」の座にこだわった中華民国はこの妥協案にも猛反発し、以後国際的な孤立を深めていくこととなった。なお、民主化後の現在は国連復帰を目指す政策に路線転換している。

(注3)
新台幣、台湾元、新台湾ドルといった呼称もみられる。

(注4)
大陸で中華民国が成立した頃から両国間の国交は維持されていたが、日中戦争により断絶。戦後、1952年8月5日に発効した日華平和条約で日本は台湾に移転した中華民国政府を「中国」として承認し、国交を回復した。しかし1972年9月29日の日中共同声明に伴い、日本が中華人民共和国と国交を樹立したため、現在は正式な国交は断絶している。

ただし、両国間の深い経済的・文化的な結びつきを考慮し、交流関係を維持する法人が設けられており、日本からは公益財団法人「日本台湾交流協会」が、台湾からは亜東関係協会所管の「台北経済文化代表処」が置かれ、実質的に公館として機能している。前者は台北事務所(事実上の大使館)と高雄事務所(事実上の領事館)が、後者は東京代表処(事実上の大使館)、大阪と福岡の弁事処(事実上の領事館)、そして札幌・横浜・那覇の分処(事実上の領事事務所)が存在し、実務上の両国関係を維持している(中華民国を承認していない日本に、台湾人が中華民国パスポートで入国できるのもそのため。逆のケースも同様)。両国の外交・交易機関で交わされた合意も、形式上は正式な国家間の条約や協定といった形ではなく、外交官庁から下達された上で、上記の組織間が民間合意として取りまとめる、という形になる。

日本以外にも、アメリカや欧州諸国など、台湾と正式な外交関係を断絶した国の多くが、このような形で実務関係を維持しており、台湾が実際に交流を持つ国は、公式の外交関係を持つ国数以上に多い。


《国歌「三民主義」》
制定:1943年 (1937年より事実上の国歌。1943年に法制化)
作曲:程懋● (●は竹かんむりの下に「均」)
作詞:孫文(中華民国初代臨時大総統)の演説より
備考:国旗と同様、国歌も国際社会で使用することは出来ず、
    1937年制定の「国旗歌」で代用されている。

三民主義こそ、我が党(中国国民党)の指針。
民国を建て、これを以って大同(世界平和)へと進む。
そなたらは民の規範となり、昼夜問わず、
怠けることなく、主義に従おう。
勤勉であれ、勇敢であれ。
信を守り、忠を尽くそう。
心と徳を1つとし、最後まで貫徹しよう。

《国名の由来》
台湾の詳しい語源は不明だが、先住民の言葉で「来訪者」を意味するタイユアンや、「海に近い地」を表すタイウォンに由来すると考えられている。これに漢字が当てられて台湾という地名となったが、この名称が正式に定まったのは清朝統治期のことであり、それ以前は「東番」や「小琉球」などの呼称が並行的に使われていた。

台湾島にはポルトガル語で「美しい」を意味するFormosa(フォルモサ)という別名がある。16世紀半ばにこの地を訪れたポルトガル人航海士が命名し、現在でも美称として欧米諸国が用いることがあるほか、これを漢訳した美麗島という表記も見られる。

公式国名は中華民国(ヂョンファ・ミングォ)だが、この国を独立国として承認する国が少ない現代においては、地域名である台湾として言及されることがほとんど。稀に英語名Republic of Chinaを省略したROCが用いられることもある。民国とは、現代社会でいうところの「共和国(英語のRepublic)」に相当する古い言葉で、中華民国のほかには大韓民国(韓国)が用いている。「中華」の由来については中国の記事を参照のこと。



【おまけ:台湾のスポーツ旗】
Chinese_Taipei_(Olympic_Games).png    Chinese_Taipei_(Football).png
前述の理由で青天白日満地紅旗を掲げられないため、国際スポーツ大会で代わりに使用される旗です。左がオリンピック、右が国際サッカー連盟(FIFA)が管轄するサッカー大会(ワールドカップなど)で用いられます。

国花である梅の花が国旗の青、白、赤の配色で描かれ、その中には青天白日が配されています。青天白日の下のマークは、どのスポーツ大会に参加しているかによって変更されます。また名前も中華民国や台湾は使用できず、Chinese Taipei(チャイニーズ・タイペイ、中華台北)という名称を用いることになっています。

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プロフィール

嫁ドリル

Author:嫁ドリル
国旗と酒をこよなく愛する関西女。
カイロ、ドバイ、カルガリー駐在員を経て、現在は関東で働きながら旦那と1女1男の4人暮らし中。

国旗に関しては、まずは基礎知識カテゴリを熟読して下さい。

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