北大西洋条約機構

北大西洋条約機構
North Atlantic Treaty Organization (NATO) (英語)
Organisation du Traité de l'Atlantique Nord (OTAN) (フランス語)

Flag_of_NATO.png

第二次大戦で国力の著しい減退が見られたヨーロッパ諸国ですが、すぐさまアメリカを中心とする資本主義陣営(西側)とソ連を宗主とする社会主義陣営(東側)の間で冷戦がはじまり、西側諸国は集団的な安全保障機構の設立によって東側陣営に対抗することが急務と考えるようになりました。また、二度の大戦で戦争の中核となったドイツの再軍拡を抑え込みつつ、東西に分裂したドイツのうち、資本主義陣営に属した西ドイツを社会主義勢力からの防波堤とするためには一定の国防力を許容しなければならないという複雑な国際情勢の中にあって、イギリスとフランスが主体となって西側の盟主アメリカを抱き込み、ドイツを守らせつつ西欧の体制保障を確保する国際条約が提言され、1949年4月にアメリカの首都ワシントンで北大西洋条約が締結されました。この条約に基づき北大西洋条約機構(NATO)が設立され、集団的自衛権のもとで加盟各国が軍事のみならず政治面においても相互防衛を約束し、まとまって東側陣営と対峙するようになったのです(ただし東側陣営もワルシャワ条約機構という軍事機構を設立し、NATOに対抗)。この国際的な枠組みの中で、兵器も主要国が共同で開発するようになり、技術革新の速度が飛躍的に向上しました。

ただ1980年代後半から東欧の社会主義政権が次々と民主化し、1990年には東西ドイツが再統一を果たし、更に1991年にソ連が崩壊したことを受け、冷戦期の組織理念のままでは存続意義を見出せないという状況が発生。NATOは新たな戦略を打ち出すこととなり、NATO域外であっても加盟国の脅威となりうる周辺地域の紛争があれば、それに積極的に介入し、沈静化させる方面に焦点を当てるようになりました。1990年代のコソボ紛争、並びにボスニア・ヘルツェゴビナ内戦が最初にその適用範囲となり、かつて敵対していた東欧諸国にもその裾野を広げ、今ではヨーロッパのほとんどの地域をNATO加盟国の集団安全保障対象としています。しかし、かつてロシアの勢力圏であった東欧、特に旧ワルシャワ条約機構加盟国のNATO加盟は、ロシアにとっては外交的敗北と軍事的圧迫に他ならず、2000年代後半に始まるロシアとNATOの緊張状態を誘発し、尚も不信感が根強い東西の雄がつばぜり合いを続ける要因ともなっており、ヨーロッパの国際情勢は「新冷戦」と呼ばれる時代へと突入しつつあります。

NATOの旗は組織設立から4年後の1953年に制定されたもので、ダークブルーの地色に白で羅針図と、4つの方位を表す線を配したものとなっています。ダークブルーの地色は大西洋を象徴し、白い円は加盟国の固い結束を、羅針図と方位はNATOが平和への道しるべとなるべく努力する組織理念を表します。また中央の意匠は旗としてのみならず、NATOに関連する組織であることを示すためのエンブレムとしても広く用いられており、加盟国首脳会議(NATOサミット)の議場では円形に配置された座席の中央に、この意匠を配置することが慣例化しています。

縦横比:3対4


【加盟国】
Member_states_of_NATO_.gif
28ヶ国
イギリスフランス(注1)、アメリカカナダイタリアポルトガルオランダ
ベルギールクセンブルクデンマーク(注2)、ノルウェーアイスランド
(以上、原加盟国)
ギリシャトルコ (1952年)
ドイツ (注3、1955年)
スペイン (1982年)
チェコハンガリーポーランド (1999年)
エストニアラトビアリトアニアスロバキアルーマニアブルガリア
スロベニア (2004年)
クロアチアアルバニア (2009年)

本部:ベルギーのブリュッセル
公用語:英語とフランス語

(注1)
NATOの組織は共同で軍事行動に当たる機構と、政治的な協調により政策の擦り合わせを行う機構に大別されるが、当時のフランスはシャルル・ド・ゴール大統領のもとでド・ゴール主義と呼ばれる独自の国家戦略路線を打ち出しており、アメリカへの過度な依存を拒否する傾向にあった。この独特な外交理念のもとで米英との摩擦を抱えたフランスは、1966年にNATOの軍事機構からの脱退を宣言し、NATO軍であってもフランス政府の指揮を受け入れない場合は入国を拒否するといった厳しい政策を打ち出した。ただしNATOの政治機構には引き続き加盟枠を残し続けており、NATOと連携して政治面での協調行動を採ることに関してはある程度受け入れていた(しかしそれまでパリに置かれていた本部は、ベルギーの首都ブリュッセルに移された)。

この政策は1969年のド・ゴール大統領退任後も歴代政権に引き継がれたが、フランスの国際的な孤立化を危惧する国民の声もあり、1990年代頃から徐々に軍事機構への復帰も試みられてきた。国内の意見集約を終え、正式な復帰を果たすまでには尚も時間は掛かったが、2007年に就任したニコラ・サルコジ大統領のもとで参加した2009年のNATOサミットの議場で、フランスはNATO軍事機構への43年ぶりの復帰を宣言することとなった。これにより、フランスはNATOの全活動に協力することを確約し、「フランスは本当にNATO加盟国なのかどうか怪しい」と訝しまれる状況から、ようやく脱した。

(注2)
デンマークの加盟枠は、海外領土であるフェロー諸島グリーンランドも内包する。両地域は高度な自治権を保障され、多くの国際機関にも個別加盟権を認められているが、国防・軍事政策においてはデンマーク本国の政策に従うものとされているため、軍事機構に限り本国の付属地として見なされ、自動的に管轄圏内に入れられる。

(注3)
西ドイツとして加盟。1990年に東西ドイツが再統一し、東ドイツが西ドイツに吸収合併されたため、旧東ドイツ領域にもNATOの集団的自衛権の行使圏が広がることとなった。その際、加盟名は単なる「ドイツ」に変更された。

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嫁ドリル

Author:嫁ドリル
国旗と酒をこよなく愛する関西女。
カイロ、ドバイ、カルガリー駐在員を経て、現在は関東で働きながら旦那と1女1男の4人暮らし中。

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