カーボベルデ

カーボベルデ
Cabo Verde (カーボ・ヴェルディ) (ポルトガル語)
Cábu Vêrdi (カーブ・ヴェルディ) (カーボベルデ・クレオール語)
Cape Verde (ケープ・ヴェルディ) (英語)

Flag_of_Cape_Verde.png

アフリカ大陸の最西端に位置するベルデ岬(セネガル領)から更に沖合へ500kmほど西に向かった位置には、カーボベルデ共和国という大小20程度の火山島からなる独立国が存在します。この地は15世紀からポルトガルの植民地支配を受けてきましたが、カーボベルデ人の主導により1956年に大陸部のポルトガル領ギニア(現ギニアビサウ)でギニア・カーボベルデ独立アフリカ党(PAIGC)が結成され、独立を求める武装闘争が本格化。戦況はPAIGC優位のまま推移し、更に1974年にそれまで抑圧的な支配体制を敷いていたポルトガル本国で革命が起こると、かたくなに守ってきた植民地主義が放棄され、両地の独立が認められることになりました。ポルトガル領ギニアでは前年の1973年にPAIGCが率いる暫定政府が樹立されており、これをポルトガル政府が追認する形で正式に独立。カーボベルデも翌1975年に独立し、以後は両国共にPAIGCの一党制のもと、将来的な統合を前提に親密な関係を築きました。

しかし1980年、ギニアビサウでクーデターが発生すると、両国関係は急速に冷え込みます。というのも、このクーデターで失脚したルイス・カブラルは、カーボベルデ人の両親を持ちながらギニアビサウの初代大統領になったという異色の人物であり、両国の統合計画においては最大の推進者として知られていたのです。クーデターの背景には、カブラルを始めとするカーボベルデ系の政治家がPAIGCの主導権を握っていることに対するギニアビサウ人の強い反発があり、一方のカーボベルデ人は自国にルーツを持つ者が政権から排除されたことを大いに非難しました。これを機に両国は国交を断絶し、統合計画は白紙化。1つの政党のもとで2つの国が統治されるという特殊な政治体制も維持できなくなります。クーデター翌年に当たる1981年には、PAIGCのカーボベルデ支部がカーボベルデ独立アフリカ党(PAICV)の名で分離を宣言し、以後カーボベルデはPAICVのもとでギニアビサウとは別の国としての歴史を歩むことになりました。両党の分離後もPAICVは依然として一党制を堅持しましたが、1980年代後半から長期政権に対する批判が強まり、1990年に複数政党制を導入。1992年には建国後初めての民主的な選挙で政権交代が実現し、その後は安定的な政局のもとで、選挙を通じて政権を選択する文化が根付いています。ちなみにギニアビサウとの国交は1982年に回復していますが、もはや両国の統合計画は過去の話となり、そのような案件が話し合われることも無いとのこと。

カーボベルデがPAICVによる一党制国家から、複数政党制に基づく民主主義国家として生まれ変わる過程で、1992年に新憲法が制定されましたが、この中で国旗も一新されました。新国旗ではギニアビサウとの統合や一党制といった過去の政策からの決別を表すため、汎アフリカ色を使ったそれまでの国旗とは全く異なるデザインが採用されています。地色には大西洋と空を表す青が使われ、国土を構成する約20の島のうち、特に重要な10の島を表す黄色い星が円形に並べられています。白は平和、赤は(血のにじむような)国民の努力を意味し、両色を横一線のストライプとすることで、国家建設に向けた道程を象徴しています。ヨーロッパ連合(EU)の旗とどことなく似ていますが、これはカーボベルデが伝統的にアフリカよりもヨーロッパ(特に旧宗主国ポルトガル)と密接な関係を保ってきたことが影響しているとのこと。ちなみに縦横比の規格は正式に定められているわけではありませんが、ほとんどの場合で上記の2対3の旗が使用されます。

縦横比:2対3 (慣例上)

【旧国旗】
Flag_of_Cape_Verde_1975-1992.png
1975年の独立に伴い制定された初代国旗です。この頃のカーボベルデはPAIGCのもと、ギニアビサウとの統合を目指していました。故に国旗はギニアビサウのそれと非常に似ており、違いといえばトウモロコシと貝殻をあしらった当時の国章が付されていることと、縦横比が2対3(ギニアビサウは1対2)であることだけでした。これらはカーボベルデの主要産業である農業と漁業を象徴します。

赤、黄、緑の三色は汎アフリカ色と呼ばれ、ヨーロッパからの独立を獲得した多くのアフリカ諸国がこぞってこの配色を国旗に採り入れました。また、この旗はPAIGC(1981年以降はPAICV)の党旗とほとんど同じデザインであり、一党制時代を象徴する存在だったといえます。配色や星の意味についてはギニアビサウの記事を参照のこと。


カーボベルデ共和国
República de Cabo Verde (レプーブリカ・ディ・カーボ・ヴェルディ)
República di Cábu Vêrdi (レプーブリカ・ディ・カーブ・ヴェルディ)
Republic of Cape Verde (リパブリック・オブ・ケープ・ヴェルディ)

Map_of_Cape_Verde.gif

統計データは原則として2015年時点のもの。

[地理]
位置:アフリカ
面積:約4033km² (滋賀県とほぼ同じ)
人口:約51万人
都市人口率:65.5%
首都・最大都市:プライア (葡・カ・英:Praia)
主要民族:ムラート(黒人と白人の混血)71%
       アフリカ系黒人(フラニ人、バランタ人など)28%
       ヨーロッパ系白人(ポルトガル人がほとんど)1%
主要言語:ポルトガル語が公用語で、政府機関や教育など公的な場
       で用いられるが、ほとんどの国民はポルトガル語と西アフリ
       カ系諸言語が融合したカーボベルデ・クレオール語を日常的
       に使用しており、事実上の共通語となっている。
主要宗教:キリスト教85%
        ローマ・カトリック教会77%
        プロテスタント諸派5%など
       無宗教11%
       イスラム教2%

[政治・軍事]
独立:1975年7月5日
国連加盟:1975年9月16日
政治体制:共和制、半大統領制
元首:大統領
    直接選挙制。任期5年。3選禁止。
政府:閣僚評議会(内閣に相当)
    首相は国民議会の指名に基づき、大統領が任命。
    他の閣僚は首相の指名に基づき、大統領が任命。
議会:一院制の国民議会
    72議席。直接選挙制(比例代表制)。任期5年。
政党制:カーボベルデ独立アフリカ党と民主運動の二大政党制
国政選挙権:18歳以上の国民全て
兵役制度:徴兵制
国防費:不明 (900~1000万米ドルと推計される)
軍組織:カーボベルデ軍
     陸軍1000人
     空軍100人
     沿岸警備隊100人

[経済・通信・その他]
中央銀行:カーボベルデ銀行
通貨:カーボベルデ・エスクード (escudo, CVE)
国内総生産(GDP):18億7100万米ドル
1人当たりGDP:3135米ドル
GDP構成比:農林水産業9.7%
        鉱工業18.3%
        サービス業72.0%
労働人口:不明 (20万人前後と推計される)
失業率:不明 (10~15%前後と推計される)
輸出額:1億4920万米ドル
輸出品:魚介類と加工品、貨物コンテナ、船舶、衣類、履物、再輸出品
輸出先:スペイン40%、ポルトガル23%、オランダ8%、モロッコ3%、セネガル2%
輸入額:6億3070万米ドル
輸入品:機械類、精製石油、穀物、砂糖、乳製品、肉類、鉄鋼、自動車、飲料
輸出元:ポルトガル30%、豪州26%、オランダ11%、スペイン6%、中国6%
固定電話回線数:5万8000回線
携帯電話回線数:64万6000回線
国別電話番号:238
ccTLD:.cv
インターネット利用者数:約23万人
車両通行:右側通行
平均寿命:72.2歳 (男性69.8歳、女性74.5歳)

[日本との関係]
国交樹立:1975年7月11日
相手公館:無し (駐中国大使館が兼轄)
駐日相手国人数:6人 (永住者1人)
相手輸出額:3万4000米ドル
相手輸出品:コーヒー豆、再輸出品
日本公館:無し (駐セネガル大使館が兼轄)
在留日本人数:1人 (永住者無し)
日本輸出額:485万米ドル
日本輸出品:自動車、米、機械類、精密機器
現行条約:2006年 技術協力協定


《国歌「自由の歌」》
制定:1996年
作曲:アバルベルト・タバレス・シルヴァ
作詞:アミルカル・スペンセル・ロペス
備考:先代の国歌はギニアビサウと同じ「これぞ我らの最愛の国」だった。

歌え、兄弟よ。歌え、我が兄弟よ。
この賛歌は自由のために。
確かなる人のために。

誇りを持って種を埋めよう。この不毛な島に。
人生が窮地に追いやられた時は、
希望は我らを包む海のように大きくなる。
星々と大西洋の間を、揺るぐことなく海と風が見守る。
歌え、自由の歌を。

歌え、兄弟よ。歌え、我が兄弟よ。
この賛歌は自由のために。
確かなる人のために。

《国名の由来》
ベルデ岬(ポルトガル語でカーボ・ヴェルディ)の沖合に位置する地理的特性から。ポルトガル語でCaboは「岬」、Verdeは「緑」を意味する。大航海時代、アフリカ大陸に沿って航海していたポルトガル船の船員は砂漠に覆われた陸地を眺めていたが、この岬には豊かな植生が存在していたことから、このように名付けたという。

英語ではCape Verde(ケープ・ヴェルディ)と表記するが、これはポルトガル語であるCaboを英訳したもの。2013年10月、カーボベルデ政府は国連に対し、英語における加盟名を"Republic of Cabo Verde"に修正すると通告したため、英語でもCaboをCapeと訳さず表記するケースが増えてきている(ただし全体的には未だ英訳した表記が主流)。

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プロフィール

嫁ドリル

Author:嫁ドリル
国旗と酒をこよなく愛する関西女。
カイロ、ドバイ、カルガリー駐在員を経て、現在は関東で働きながら旦那と1女1男の4人暮らし中。

国旗に関しては、まずは基礎知識カテゴリを熟読して下さい。

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