ガーナ

ガーナ
Ghana (ガーナ) (英語)

Flag_of_Ghana.png

ガーナは西アフリカに位置し、南部で大西洋付属のギニア湾と接する国です。この地域は大航海時代より金の産地として知られ、ヨーロッパ人により黄金海岸と呼ばれてきました。1670年に最大民族であるアカン族によってアシャンティ王国という強大な軍事国家が形成されたものの、イギリスにより1902年に滅ぼされ、植民地化されました。ガーナ人による独立運動が本格化するのは第二次大戦後からのことで、1949年にクワメ・エンクルマ率いる会議人民党(CPP)が発足。CPPは次第に支持を広げていき、植民地当局も彼らの要求を無視し続けることは困難と判断。1951年から1956年まで計3回、現地人にも参政権を認めた上で総選挙を実施しました。独立を求めるCPPがその全てで圧勝するのを見たイギリス本国も、遂に植民地の維持を断念。1957年にガーナはようやく独立を達成しました。ちなみに当初の政治体制は英連邦王国(独立してもイギリス国王を形式上の元首として認め続ける国)でしたが、1960年には独自の大統領職を設置し、共和制に移行しています。

西アフリカの国々の多くは、独立しても紛争や軍事支配、貧困などに苦しみましたが、ガーナは比較的堅実な経済成長を遂げてきました。もちろんこの国でもそうした事態が無かったわけではありませんが、もともと豊かな土壌と天然資源に恵まれていたため、政情が安定化し民主主義が確立された現在は、潜在的な成長力の高さを発揮し、西アフリカ諸国のリーダー的存在となりつつあります。古くから知られた金は今でもガーナの三大輸出品(原油、金、カカオ豆)の1つであるほか、近年はヴォルタ湖の水量を生かした発電と、豊富な電力を利用した金属加工業(特にアルミニウム)が発展するなど、好調な経済が続いています。このようなことから、ガーナを「西アフリカの優等生」と呼ぶこともあるとか。また、2007年にギニア湾で最大級と目される巨大油田も発見され、2010年末には石油の商業生産が開始されたことで、今後も更なる経済成長が期待されています。一方、日本人にとってはガーナといえばとにかくカカオ。ロッテが発売している同名のチョコレートにより一気に知名度が高まったことで、需要が飛躍的に伸び、今や日本が一年に輸入するカカオ豆の実に80%近くがガーナ産となりました。我々が普段何気なく口にしているチョコも、実はかなりの確率でガーナ産カカオから作られており、遠い国ながら日本にとって大切な国であるといえますね。

ガーナの国旗は1957年の独立と同時に制定されました。1964年に一旦廃止されましたが、1966年に復活。その後は現在まで用いられ続けています。緑、黄、赤の配色は汎アフリカ色と呼ばれ、アフリカの多くの国が用いています。もともとこの三色を用いていたのは「アフリカ最古の独立国」と呼ばれるエチオピアですが、ヨーロッパ列強から独立する上で、この配色をアフリカ人のシンボルにしようと呼びかけたのはガーナが最初です。これは初代大統領エンクルマがガーナのみならず、ヨーロッパ諸国の支配下に置かれた全アフリカの解放を最終目標としていたためであり、一時期を除いて独立を維持していたエチオピアの国旗は、その象徴としてふさわしかったとのこと。配色の意味は、赤が独立のために流された血、黄が鉱産資源(特に金)、緑が森林資源と農業とされます。中央の黒い星は、黒人であるガーナ国民を表すと同時に、全アフリカの自由と解放を象徴しています。

縦横比:2対3

【旧国旗】
Former_Ghana.png
イギリスからの独立を指導したクワメ・エンクルマは、独立後は首相として政治の実権を握り、1960年の共和制移行に伴い初代大統領に就任しました。エンクルマ時代のガーナの政治はCPPによる一党制で、彼は強力なリーダーシップのもとで国政を運営できましたが、次第に政敵に対する弾圧や権力の集中を経て独裁化。外交面ではアフリカ諸国の相互支援や将来的な統一など画期的な案を発表し、華々しい活躍が見られた一方、内政は軽んじられ、反発する者には粛清を下すなど、「解放者」としての面影は薄れるばかりで、国民の不満は高まりました。

そんな彼は1964年、国旗を上記のように変更しました。独立時の国旗の黄を白に替えたこの意匠は、赤、白、緑を使ったCPPの党旗の配色であり、ガーナがCPPのものであるということを如実に表す象徴的な出来事でした。しかしこのような体制に業を煮やした軍部が1966年、エンクルマの外遊中にクーデターを起こし、軍事政権を樹立。国旗も即座に、独立時のものが復活しています。

エンクルマはその後ギニアに亡命し、かねてより親交のあった初代ギニア大統領セク・トゥーレの庇護下で悠々自適な生活を送りましたが、存命中はついぞ一度も祖国の地を踏むことなく、1972年に療養のため訪れたルーマニアの病院で生涯を終えています(遺体はガーナに埋葬)。また、エンクルマ亡き後の現在もCPPは小政党として存在していますが、ほとんど支持は得られず、往年の権勢は失っています。


ガーナ共和国
Republic of Ghana (リパブリック・オブ・ガーナ)

Map_of_Ghana.gif

統計データは原則として2015年時点のもの。

[地理]
位置:アフリカ
面積:約23.9万km² (本州より少し大きい)
人口:約2698万人
都市人口率:54.0%
首都・最大都市:アクラ (Accra)
主要民族:アカン人48%
       モシ人(ダコンバ人を含む)17%
       エウェ人14%
       ガ・アダンベ人7%
       グルマ人5%
       グアン人4%など。
       (多民族国家だが黒人諸民族がほとんどで、中でも上記の
       ニシェール・コンゴ系諸民族が、人口の大半を占める)
主要言語:英語が公用語で、政府機関やメディア、高等教育、ビジネス、
       などの公共性の高い場面における筆頭言語となっているが、
       母語率は国民の1%未満、第二言語として話せる国民も3割
       程度であり、ある程度の教育を受けられるエリート層の言語
       と見なされている。国民の多くは自らの属する部族の固有語
       を母語としており、アカン系諸語、モシ語など使用規模の大き
       な部族語に関しては、政府も一定の保護を与えている。
主要宗教:キリスト教71%
        ペンテコステ派28%
        その他のプロテスタント諸派19%
        ローマ・カトリック教会13%
        他の諸宗派、キリスト教系新興宗教など11%
       イスラム教18%
        スンナ派17%以上
       伝統宗教5%
       無宗教5%

[政治・軍事]
独立:1957年3月6日
国連加盟:1957年3月8日
政治体制:共和制、大統領制
元首:大統領
    直接選挙制、任期4年、3選禁止。
政府:閣僚評議会(内閣に相当、首相職なし)
    閣僚は大統領が任命するが、議会の承認が必要。
議会:一院制の国会
    275議席。直接選挙制(小選挙区制)、任期4年。
政党制:国民民主会議と新愛国党による二大政党制
国政選挙権:18歳以上の国民全て
兵役制度:志願制
国防費:1億9400万米ドル
軍組織:ガーナ軍
     陸軍1万2000人
     海軍2000人
     空軍2000人

[経済・通信・その他]
中央銀行:ガーナ銀行
通貨:セディ (cedi, GHS)
国内総生産(GDP):378億6400万米ドル
1人当たりGDP:1381米ドル
GDP構成比:農林水産業20.7%
        鉱工業27.7%
        サービス業51.6%
労働人口:1154万人
失業率:不明 (5~8%と推計される)
輸出額:103億6000万米ドル
輸出品:金、カカオ豆と製品、原油、ナッツ類、マンガン鉱石、ボーキサイト、木材、果物
輸出先:インド25%、スイス12%、中国11%、オランダ7%、フランス6%
輸入額:134億7000万米ドル
輸入品:機械類、鉄鋼、精製石油、医薬品、自動車、衣類、米、履物、砂糖
輸入元:中国33%、ナイジェリア14%、オランダ6%、米国5%、インド5%
固定電話回線数:27万6000回線
携帯電話回線数:3500万8000回線
国別電話番号:233
ccTLD:.gh
インターネット利用者数:約796万人
車両通行:右側通行
平均寿命:66.6歳 (男性64.1歳、女性69.1歳)

[日本との関係]
国交樹立:1957年3月6日
相手公館:大使館 (東京)
駐日相手国人数:2129人 (永住者1068人、特別永住者1人)
相手輸出額:1億4300万米ドル
相手輸出品:カカオ豆とその製品が9割、他に魚介類、アルミ製品
日本公館:大使館 (アクラ)
在留日本人数:325人 (永住者11人)
日本輸出額:1億2400万米ドル
日本輸出品:自動車と部品、自転車、鉄鋼、二輪車、機械類、ゴム製品
現行条約:1962年 経済・技術協力協定
       1977年 青年海外協力隊派遣取極


《国歌「神よ、祖国ガーナを祝福したまえ」》
制定:1957年 (歌詞は1967年に改正)
作曲:フィリップ・グベホ
作詞:マイケル・グボルジョー
備考:1957年の独立時の国歌は歌詞もグベホが書いたものが使われて
    いたが、エンクルマ政権崩壊翌年の1967年に当時の軍事政権が
    グボルジョーが作った新たな歌詞に変更した。

神よ、祖国ガーナを祝福したまえ。
我らの国に、偉大さと強さを与えたまえ。
自由と権利の大義を、永久に守る勇気を与えたまえ。
我らの心を、真の謙虚さで満たしたまえ。
我らが恐れることなく、誠実さを保つようにしたまえ。
そして我らが抑圧者の支配に対して反抗する時は、
我々の全ての意思と力に寄りて、絶えず助けたまえ。

《国名の由来》
8世紀から13世紀にかけて西アフリカの内陸部を支配したガーナ帝国の名にちなむ(ちなみに同帝国は現在のガーナ共和国の領域を支配したことはなかった)。ガーナという名称自体も同帝国の君主の尊称として使われていた言葉で、ソニンケ語で「戦士の王」を意味するという。

植民地時代は「黄金海岸」を意味するGold Coast(ゴールドコースト)と呼ばれた。中世以来、この地が金の主要生産国として知られていたことによる。

旧国名
1957-
1960
 ガーナ
(英)Ghana (ガーナ)

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プロフィール

嫁ドリル

Author:嫁ドリル
国旗と酒をこよなく愛する関西女。
カイロ、ドバイ、カルガリー駐在員を経て、現在は関東で働きながら旦那と1女1男の4人暮らし中。

国旗に関しては、まずは基礎知識カテゴリを熟読して下さい。

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