ソマリア

ソマリア
Soomaaliya (ソーマーリヤ) (ソマリ語)
الصومال (アッ=スーマール) (アラビア語)
Somalia (ソマーリア) (英語)

Flag_of_Somalia.png

ソマリアはアフリカ大陸最東端に位置する国で、いわゆる「アフリカの角」の先端部を構成します。沿岸部を除いて国土の大半は不毛な砂漠地帯であり、国民の大半は遊牧を生活基盤としていますが、インド洋に面した長い海岸線を持つことから、古くからモガディシオ(現在の首都)などの港湾都市を拠点に国際交易が行われ、アラブ世界やペルシア(イラン)と結ばれた広大な商業圏の一部として栄えた歴史を持ちます。この地域には10世紀から14世紀にかけて、アラビア半島南端から移住したソマリ人が定着し、土着の黒人を支配しつつ、同時に緩やかに融合しながら、イスラム諸王朝のもとで交易国家としての歴史を刻んできましたが、列強によるアフリカ分割が行われた19世紀末期に北部がイギリス領、南部がイタリア領となりました。第二次大戦後にイタリアが全ての植民地を喪失すると、南部は1950年に国連の信託統治領となり、期限付きでイタリアが施政者に復帰。10年後の独立を目標に指導者の育成や産業の確立を義務付けられます。一方、南部の独立が既定路線になったことで北部でもいずれ誕生する新国家との統合を望む声が高まり、1960年6月26日にまず北部がソマリランド国の名で独立。次いで5日後の7月1日に南部も正式な独立を達成し、両者は統合してソマリア共和国となりました。

独立当初、ソマリアはアフリカでは珍しくほぼ単一民族に近い国家として安定的な政情が期待され、現に議会制が実質的に機能していた数少ない黒人国家になりました。しかしソマリ人は伝統的に「民族」という大まかな概念よりも、より細かな下部集団としての「氏族」への帰属意識が強く、1969年にクーデターで政権を奪取したシアド・バーレのもとで軍事政権が樹立されると、一党制のもとで自らが属する南部の氏族を重用する縁故主義が蔓延し、他氏族(特に北部の氏族)の恨みを買います。そのうえ、隣国エチオピアのオガデン地方(ソマリ人が多数を占める)併合を目指して1977年よりオガデン戦争が勃発し、産業の乏しい最貧国かつ不公平な利益配分がはびこっていた国家の財政は更に厳しいものとなっていきました。このような体制がいつまでも続くはずもなく、1980年代後半には反政府勢力が公然と活動を始め、支配地を次々に拡大。1991年5月には遂にバーレ政権を打倒しました。ところが今度は反バーレの一点のみで共闘していた各勢力が主導権争いにより内戦をはじめ、国は無政府状態となり、混乱に乗じて同年6月に北部がソマリランド共和国として再独立を宣言。また南部でも各地域に拠点を築いた軍閥やイスラム主義組織が独自の支配域を構成し、国家としての体裁すら保てない無法状態が長く続きました。その中でも国際社会からの支援を得て2000年に暫定政権が樹立され、一時は国土の大半を支配下に治めていたイスラム主義組織を駆逐、あるいは政権内に取り込みながら、連邦制による国家の再統合を目指して活動を続けました。そして2012年9月、議会による間接選挙制ながら大統領選が実施され、1991年の内戦勃発以来、実に21年ぶりに暫定ではない正統な中央政府が復活。新政府は国名をソマリア連邦共和国とし、各勢力の支配地域を自治国として認めながら、再び1つの国家としてスタートを切る準備段階に入りました(北部のソマリランドは再統合に反対し、未だに独立状態を維持しています)。

国旗はもともと1960年6月末に5日間だけ存在していたソマリランド国が制定したもので、7月1日の南北統合により改めてソマリアの国旗として採用されました。アフリカでは珍しく、「アフリカ最古の独立国」とされるエチオピア国旗を模範とした汎アフリカ色(緑、黄、赤)のどの色も使われていません。これは国連の関わりにより独立を達成した経緯から、水色と白を使った国連旗に似せた意匠を採用する動きがあったことに加え、伝統的にイスラム圏に属してきたソマリアと、エチオピア正教会を頂点とするキリスト教圏のエチオピアが反目し合ってきた歴史も関連しているようです。また同時に、水色はソマリアに広がる空とインド洋も象徴します。中央の白い五稜星は、歴史的にソマリ人が多数派を占める5つの地域(旧イギリス領、旧イタリア領、エチオピアのオガデン地方、ケニアの北東部、ジブチ全土)が将来的に統合され、1つのソマリ人国家を築くという大ソマリア主義を表します。もっとも、この大ソマリア主義を押し通そうとすれば必然的に周辺国の領土を奪い取らなければいけないわけで、それが前述のオガデン戦争の要因にもなった反省から、現在のソマリアは表立ってそのような野望を主張をすることはありません。新政府が発足したとはいえ未だに全土を実効支配するには至らず、内戦で壊滅状態になった経済の立て直しといった逼迫した内政問題がある中、実現性の薄い夢なんか語ってはいられない、といったところでしょう。

縦横比:2対3


ソマリア連邦共和国
Jamhuuriyadda Federaalka Soomaaliya
(ジャムフーリヤッダ・フェデラールカ・ソーマーリヤ)

جمهورية الصومال الفدرالية
(ジュムフーリーヤ・アッ=スーマール・アル=フィディラーリーヤ)

Federal Republic of Somalia
(フェデラル・リパブリック・オブ・ソマーリア)


Map_of_Somalia.gif

統計データは原則として2015年時点のもの。分離独立状態にあるソマリランドを除く。

[地理]
位置:アフリカ
面積:約50.0万km² (日本の約1.3倍)
    ※ソマリランドを含むと約63.8万km² (日本の約1.7倍)
人口:約662万人
    ※ソマリランドを含むと約1112万人
都市人口率:39.6%
首都・最大都市:モガディシオ (ソ:Muqdisho ア:مقديشو‎‎)
                  (英:Mogadishu)
主要民族:アフリカ系黒人がほとんどで、その大半をソマリ人が占める。
       正式な統計は無いが、ソマリ人の比率は少なくとも8割を超え
       ると推計される。他に少数のバントゥー系、エチオピア系など。
主要言語:ソマリ語とアラビア語が公用語。ソマリ語はほとんどの国民が
       母語として用いる言語で、公私問わず幅広い分野で話される。
       ただし宗教行事や中東諸国とのビジネスの場においてはアラ
       ビア語が主に用いられ、多くの国民が第二言語として習得して
       いる。他にスワヒリ語の北部方言など。
主要宗教:イスラム教99%以上
        スンナ派(国教)99%
        わずかにシーア派
       極めて少数だがキリスト教、ヒンドゥー教も都市部に存在

[政治・軍事]
独立:1960年7月1日
国連加盟:1960年9月20日
政治体制:共和制、半大統領制、連邦国家
元首:大統領
    議会が選出、任期4年。
政府:内閣
    首相と閣僚は大統領が任命するが、議会の承認が必要。
議会:二院制の連邦議会
    ●上院(正式名称未定。未開設)
     連邦構成国の議会による間接選挙制、任期4年。2016年現在、
     構成国の数やその境界も決まっておらず、議員が選出できる状
     況にないため、開設されていない。現在、憲法が上院に与えた
     権限は、下院が代行して行使している。
    ●人民院(下院)
     憲法上は直接選挙制だが、ソマリア全土で総選挙を実施できる
     状況にないため、各氏族長と有力者の合議に基づいて任命され
     た議員が暫定的に下院を運営している。任期4年。
政党制:多党制が容認されているが、政治は氏族や軍閥を単位として
     行われており、政党の影響力は小さい。
国政選挙権:18歳以上の国民全て
兵役制度:徴兵制 (施行できる状況下に無いため無期限延期中)
国防費:不明 (5000~7000万米ドルと推計される)
軍組織:ソマリア軍
     総数約2万人。陸・海・空軍で構成されるが、
     内訳は不明(大半は陸上戦力と見なされる)。

[経済・通信・その他]
中央銀行:ソマリア中央銀行
通貨:ソマリア・シリング (shilling, SOS)
国内総生産(GDP):57億7000万米ドル
1人当たりGDP:552米ドル
GDP構成比:農林水産業60.2%
        鉱工業7.3%
        サービス業32.5% (2013年推計)
労働人口:不明 (300~350万人と推計される)
失業率:不明 (50%以上と推計される)
輸出額:8億1900万米ドル (2014年)
輸出品:各種家畜が8割半、他に魚介類、胡麻、皮革、昆虫標本
輸出先:UAE46%、イエメン20%、オマーン16%、中国4%、インド3%
輸入額:34億8200万米ドル (2014年)
輸入品:野菜、米、小麦と製品、砂糖、肉類、乳製品、機械類、履物、自動車
輸入元:ジブチ19%、インド17%、中国12%、オマーン9%、ケニア6%
固定電話回線数:5万1000回線
携帯電話回線数:583万6000回線
国別電話番号:252
ccTLD:.so
インターネット利用者数:約20万人
車両通行:右側通行
平均寿命:52.4歳 (男性50.3歳、女性54.5歳)

[日本との関係]
国交樹立:1960年7月1日
相手公館:無し (日本を兼轄する他国駐在公館も無し)
       ※1982年に東京にソマリア大使館が開設されたが、
        1990年に閉鎖。以来、日本に駐在するソマリアの
        公館は存在しない。
駐日相手国人数:16人 (永住者2人)
相手輸出額:不明 (100~200万米ドルと推計される)
相手輸出品:魚介類と加工品が8割以上、他に胡麻、香油
日本公館:無し (駐ケニア大使館が兼轄)
在留日本人数:1人 (永住者無し)
日本輸出額:不明 (500~600万米ドルと推計される)
日本輸出品:自動車、ゴム製品、有機化合物、機械類
現行条約:特に無し


《国歌「祖国を称えよ」》
制定:2013年
作曲・作詞:アブドゥラヒ・カルシェ

如何様な国の旗であれ、自らの色を帯びている。
我らの上に浮かぶ空は、我らの視界そのものだ。
何一つ欠けることなく、率直な気持ちで、それを愛そう。

おお、その白き星よ、我らに何なりと申し付けたまえ。
高きそなたよ、我らが地にあまねき輝かん。
知らしめよ、おお、星よ。太陽のように。

そなたが昇る日にこそ、我らの心は純潔を伴い清められるのだ。
おお、我らが旗よ!
神がそなたを曇らせることのなきよう、我らは祈ろう。

引き裂かれし我らが5つの力(国旗の項目で解説した5地域)が、
神の御導きにより再び我らの元へ戻ることを、切に願う。
この紡がれし運命が、今ここに現実のものとならんことを。

《国名の由来》
ソマリ語ではSoomaaliya(ソーマーリヤ)、アラビア語ではالصومال(アッ=スーマール)と表記される。国名はこの国の人口の大半を占めるソマリ人(古代ヌビア語で「黒い」の意)の民族名に由来し、それに地名を表す接尾語iaが付いて「ソマリ人の国」を意味するソマリアとなった。

旧国名
1960-
1969
 ソマリア共和国
(ソ)Jamhuuriyadda Soomaaliyeed
  (ジャムフーリヤッダ・ソーマーリイェード)
(ア)جمهورية الصومال (ジュムフーリーヤ・アッ=スーマール)
(英)Somali Republic (ソマーリ・リパブリック)
1969-
1991
 ソマリア民主共和国
(ソ)Jamhuuriyadda Dimuqraadiya Soomaaliya
  (ジャムフーリヤッダ・ディムクラーディヤ・ソーマーリヤ)
(ア)الجمهورية الديمقراطية الصومالية
  (アル=ジュムフーリーヤ・アッ=ディームークラーティーヤ・
   アッ=スーマーリーヤ)

(英)Somali Democratic Republic
  (ソマーリ・デモクラティック・リパブリック)
1991-
2012
 ソマリア共和国
(ソ)Jamhuuriyadda Soomaaliyeed
(ア)جمهورية الصومال
(英)Somali Republic

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プロフィール

嫁ドリル

Author:嫁ドリル
国旗と酒をこよなく愛する関西女。
カイロ、ドバイ、カルガリー駐在員を経て、現在は関東で働きながら旦那と1女1男の4人暮らし中。

国旗に関しては、まずは基礎知識カテゴリを熟読して下さい。

ツイッターやってます。基本的に更新情報はここでつぶやいてます。

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